第143話爪牙の迷宮 part2

143.爪牙の迷宮 part2




迷宮に潜って2日目の朝。


「おはようございます」


何時の間にかナーガさんが起きていたようで後ろから声を掛けられた。


「おはようございます」

「結局、朝まで……アルド君。無理をしては迷宮探索なんて出来ないわよ?」


「すみません……」


オレとナーガさんの声にエル、アシェラも起き始める。

唯一、母さんだけが涎を垂らしながら熟睡中だ。


皆が朝食を摂り身支度をしても起き出さない母さんを、とうとうナーガさんが起こし出す。


「ラフィーナ、起きて」

「ん……もう少し……」


「もう、早く起きて。ほら涎が……」


むりやり母さんの体を起こしたが、眼は瞑ってむにゃむにゃ言って中々目覚め様としない。

ナーガさんは母さんの口元の涎を拭いて、甲斐甲斐しく世話を焼いている。




暫くしてやっと目覚めた母さんだったが黒パンと干し肉を見て難しい顔をしていた。


「昨日も食べたけど黒パンは固いし干し肉は塩が効き過ぎてしょっぱいわ」

「保存食なんだからしょうがないでしょ」


「それはそうだけど……」

「ラフィーナは相変わらず食べ物にうるさいわね」


オレ達は母さんがまるで子供の様に扱われる所を驚きながら見ていた。

元々、子供の様な人ではあるが態度だけは、どこかの偉い長老並みの大きさだったはずだ。


オレは心の中でナーガさんに”猛獣使い”の称号を贈ろうと思う。


「そう言えば2階層からボアが出るのは前に聞きましたがボアだけなんですか?」

「そうね。少しこの爪牙の迷宮の魔物を説明しましょうか」


「ありがとうございます」


ナーガさんがこの爪牙の迷宮を詳しく教えてくれるようだ。聞き洩らさないようにしなければ。


この爪牙の迷宮に出て来る魔物には法則があって必ず1階層に2種類以下の魔物しか出ないそうだ。

2階層には1,2階層の魔物が、3階層には2,3階層の魔物。と言うように今いる階と1つ下の階層の魔物が出現する。


1、2階層は説明するまでもなかったが3階層にはサイレントパンサーと言う豹の魔物が出るらしい。

高台や物陰に潜み獲物が来るのをジッと待つ。

タイミングによっては恐ろしい相手である。ただナーガさんの話では、アシェラの魔力視の魔眼があれば動かないだけの魔物で脅威にはならないらしい。


4階層はスライエイブと言う猿の魔物だ。こいつはウィンドウルフ同様、群れて襲ってくる。

しかも知能が高いせいか手頃な物を武器として使う。非常に嫌らしい魔物らしい。

非常に嫌らしい故に、ナーガさんは暫く4階層に留まり野営の訓練をするつもりのようだ。


ナーガさんが必要と言うのであれば、恐らくは必要な事なのだろう。

所詮はサルの魔物だ。特別なチカラがあるでも無く、少し知恵が回るだけのサル如き恐れる理由もない。


5階層はファイアリザード。ボーグがこいつの皮を欲しがっていた。

こいつは特に特徴が無い普通のトカゲらしい。ファイアと名前が付いてるので火でも吹くのかと思ったら色が赤色で過去に”火を吹きそうだ”とSランク冒険者が呟いた事からファイアリザードと名付けられた少し可哀そうな魔物だ。


6階層はマッドベアで熊の魔物だ。こいつは膂力が非常に強く、簡単な鎧など爪を振るわれれば紙の様に切り裂かれる。

少し対戦するのが楽しみな魔物だ。


7階層はガジャ。こいつは象の魔物なのだがナーガさんの話では何故7階層に出るのか不思議な程、弱いらしい。

本来、象の強みはその巨体から繰り出される踏み潰しなのだが、ここは迷宮の中だ。天井の高さのせいなのか大きなガジャはいない。


結果、中途半端な大きさの微妙な魔物が登場する事になった。

8階層はある意味、ミノタウロスより厄介な可能性があるティグリスと言う虎の魔物が出る。


ティグリスは元が虎だけあって非常に高い俊敏さと強い膂力を持っている様だ。

それに水の魔法も使ってくるらしく全ての能力が高いレベルで纏まっている。


そして9階層にはミノタウロス。頭が牛で体が人の魔物だ。

膂力が非常に高く狂暴。その皮膚は剣を弾き魔法を跳ね返すと言われている。


オレとしては急所を付けば関係無いと思っているので8階層のティグリスが一番厄介な気がしていた。

そして10階層。地竜だ。


ブレスが本当に伝えられている威力であればコンデンスレイに匹敵するはずだ。

正直な所、非常に気が重い……知ってるか分からないがアオに聞いてみようと思う。





ナーガさんから魔物の情報を聞いていると昨日と同じ様に指輪が光出す。


「アルド。定時連絡だ。”問題なし”聞いてくれよ。ハルヴァと僕、この言葉しか話して無いんだぜ?頭がおかしくなるよ。ん?あ、そうか、まだ迷宮にいるのか。なるべく早く魔瘴石を取ってこないと本当にアルドかエルファスに帰ってきてもらうよ。そんなに長い間は待てないからね」


アオは言いたい事だけ言って消えていく。特大の爆弾だけ残して……しかも地竜の事も聞けなかった……


「アルド君……魔瘴石はあのタヌキが欲しがっていたのね……しかも時間が無いって……いい加減、話して貰え無いかしら」


オレと母さんは顔を見合わせ、とうとう観念してナーガさんへと話しをする事にした。

正直どこまで話して良いのか分からなかったが、母さんは全てを話すつもりの様だ。


先日からパーティには信頼関係が必要だ。と感じていただけにオレも母さんを止めるつもりは無い。

きっと頑なに秘密にし続ければ、ナーガさんはどこかのタイミングでパーティを離脱したんじゃないかと思う。やはり隠し事をしたままで信用してくれ。と言うのは相手に対する甘えなのだろう。


母さんはナーガさんに先回の迷宮探索の後からの事を大雑把ではあるが正確に話していく。

普通では、とても信じられない事でもナーガさんは黙って聞いていた。


1時間程だろうか全ての話を終え全員がナーガさんの顔を見る。


「じゃあ……アルド君とエルファス君が創世神話に出てくる”精霊の使い”で”使徒”だって言うの?」

「そうよ」


「世界の危機にマナスポットを開放する必要があって、その準備に魔瘴石が要るって事?」

「そうね」


「もし、アルド君とエルファス君が失敗したら何百年か後に……せ、世界が終わっちゃうの?」

「たぶんね……」


ナーガさんが俯きコメカミを揉んでいる。


「ラフィーナ。アナタには散々騙されてきたけど真剣な話で嘘を吐かれた事は無かった……もう一度だけ聞くわ。今の話は本当なの?」

「ええ、残念だけど全部本当よ。そしてこれを聞いたアナタも、もう逃げられない……」


真剣な表情で顔を上げたナーガさんが母さんへと尋ねた。

母さんの返事にナーガさんは特大の溜息を吐く。


「ハァ……分かった……分かったわ。全部信じるし協力もする。誰にも言わない事も誓うわ……」

「ナーガ。ありが……」


「但し!条件があるわ」

「条件?」


「その新しい国に私も連れてって」

「!!本気?」


「ええ。正直エルフの国に帰る気にはならないし、王都も慣れ親しんだけど……ラフィーナ達と一緒の方が楽しそうだわ」

「……アナタ…思ってたよりバカだったのね……」


「それともう一つ」

「何?」


「誰か素敵な人を紹介して。いなければアルド君でも良いわよ」

「……」


この人何言ってるんでしょうか……あのアシェラさん…その殺気は何故オレに向いているですか?

話を変えねば!脂汗を流しながら必死に話を変える。


「な、ナーガさん。国と言ってもかなり先になると思いますが……」

「そうなんですか?じゃあこのまま王都のギルド長に話して、ブルーリングに転勤させて貰おうかしら」


「ナーガさんがブルーリングに来てくれたなら大助かりですが……ただオレ達は2年半後にしか帰るつもりはありません」

「そこら辺も詳しく教えて貰えると嬉しいわ」


そこから今、考えている大まかな予定を説明した。


「そうですか……」

「はい、出来ればナーガさんには先にブルーリングに行って欲しいですが」


「考えてみます」

「無理にとは言いません。もしナーガさんの都合が付けば。で……」


「分かりました」


朝からだいぶ話し込んでしまった。懐中時計を見ると、もうすぐ10時になる所だ。

もう、ついでだ。オレは指輪に魔力を送りアオを呼び出した。


「ん?どうしたんだい?」

「アオ。知っていたら教えて欲しいんだが」


「言ってみなよ。知ってる事なら教えてあげるよ」

「この迷宮主の地竜の事なんだが知ってる事があれば教えて欲しい」


「地竜か。竜種の中でも防御力に重点を置いた進化をした種族だね。反面、攻撃力はさほどでも無い」

「オレの攻撃は通じるのか?」


「そんな事、僕が知ってる訳ないだろ。それは使徒であるアルドの領分だ」

「そうか。あと地竜のブレスなんだが……」


「あー、ブレスはヤバイね。攻撃が弱い地竜でもブレスだけはエルファス以外は耐えられないんじゃないかな?」

「ん?エルなら耐えられるのか?」


「その盾に魔力盾だっけ?それを纏えば耐えられると思うよ」

「マジか!」


「たぶんね。実はちょっと忙しいんだ、そろそろ僕は戻らせてもらうよ」

「待ってくれ。後1つだけ」


「何だい。アルドは僕にもう少し気を使った方が良いよ」

「すまない。地竜のブレスはどんな物なんだ?」


「地竜のブレスはブレスだよ。何を聞きたいのか分からないよ」

「うーん……ブレスって事は燃えるって事で良いのか?」


「アルド……火のブレスを吐くのは火竜。ここの迷宮主は地竜だろ。じゃあ土のブレスに決まってるじゃないか」

「土のブレス……具体的には何が飛んでくるんだ?」


「土のブレスなら土が飛んでくるだろ。アルド。頭、大丈夫?」

「……それは硬度の高い石礫が高速で飛んでくるって事でいいのか?」


「ああ、やっと少しだけ賢くなったね」

「そうかい……ありがとう。アオ。助かった」


「じゃあ、今度こそ僕は戻らせてもらうよ」


そう言ってアオは消えていく。

アオの話を整理してエルとも相談したい。オレはナーガさんへ時間が欲しいと話してみた。


少し整理したいのはナーガさんも一緒だった様で早目の昼食を摂る事になった。



アオからの情報でやっと地竜を何とか倒せそうな気がして来た。後は超振動の練度を上げて発動時間を最悪でも5秒に縮めて1分以上は出していられる様にしないと……





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