第356話雑魚キング part1

356.雑魚キング part1






ブルーリングを発って1週間が過ぎた。

国境も無事に越え、アオに教えてもらった1つ目のマナスポットへは明日の午前中には到着できる予定だ。


「アル、これ美味しいわねぇ。やっぱり私はアルの味付けが一番好きよ」


ニコニコと笑いながら、こう話すのは氷結の魔女こと母さんである。

オレが狩ってきたボアの肉を美味しそうに食べている。


「そうですか。ありがとうございます」

「ボクもアルドの味付けが一番好き。アルドも食べる。はい」


「ありがとな、アシェラ」


アシェラとのやり取りも、以前ならもうちょっと照れていたが、夫婦になった今なら自然に振舞えると言うものだ。

そんなオレ達を見て、ルイス、ネロ、カズイ、そしてナーガさんがジト目で見つめてくる。


「な、何だよ? オレ達は夫婦なんだから普通だろ?」

「まぁ、そうなんだけどな。そう仲良くされると、こっちが物悲しくなってくるんだよ。なぁ、ネロ、カズイさん」

「オレも嫁さんが欲しくなってきたぞ。アシェラみたいな強いヤツが良いぞ!」


ネロがアシェラを見て、とんでも無い事を言い出しやがった。


「やらんぞ……」


すかさずアシェラを抱き締めると、アシェラは頬を染めて俯いてしまった。


「アルド……恥ずかしい」


こんなオレ達をルイス、ネロ、カズイは砂糖を吐きそうな顔で揶揄ってくるが、その後ろにドス黒いオーラをまき散らしている存在がいる。


「あんなに小さかったアルド君にも相手がいるのに……私には春はいつ来るの? いっそもう少し若返れば……そうよ、カズイ君ももう少し若返れば射程圏内なんだから、帰ったら……ぶつぶつ」


おぃぃぃぃ!カズイ、逃げて!

と、こんな感じで過ごしており、久しぶりのアシェラや母さん達との旅は、やはり楽しい。


ルイスとカズイには申し訳無いが、以前の帰るための旅でこんな穏やかな気持ちになった事は無いのだから。


「ゴホン。気を取り直して、明日の予定を話しましょうか」


現実に帰ってきたナーガさんが居住まいを正して話し出した。


「アルド君の精霊様からの情報では、明日の午前中にはマナスポットへ到着する予定です。先ずは偵察をして、どんな種類の魔物が主なのかを確認する事から始めましょう。討伐に関しては、今この場で話してもあまり意味は無いのでそちらは偵察後ですね。問題は誰が偵察に行くか ですが、主と戦う事になるアルド君とアシェラさん、ラフィーナの3人に行ってもらおうと思います。アルド君とアシェラさんは最高戦力であるとともに、確実に主と戦うはずです。その目で主を見ておいた方が良いと判断しました。ラフィーナは2人のお目付け役ね。アナタなら冷静に状況を判断できるでしょ?」

「分かったわ。キッチリ、主の正体を確認してきてあげる」


「アルド君とアシェラさんも良いかしら?」

「はい、大丈夫です」

「ボクも問題無い」


「分かってると思うけど、その後は戦闘になる可能性が高いので魔力は温存しておいてね」

「はい」

「はい」


「ルイス君、ネロ君、カズイ君は私と一緒にお留守番です。その後の主との戦いでは、サポートがメインになるはずですので、自分の出来る事をしっかりと考えながら動いて下さい」

「分かりました。アルド達の邪魔は絶対にしません」

「分かったぞ」

「はい。僕に出来る事をします」


「では今日の野営は、アルド君、アシェラさん、ラフィーナの見張りは無しで。私達4人で回しましょう」

「はい」

「分かったぞ」

「はい」


こうしてオレ達は思い思いの場所で眠りに付いていった。






次の日の朝 朝食を終え、全員で主を目指していると、空気が変わったのを感じた。これは……領域だ。


「ナーガさん、領域に入りました。アオを呼んで詳しいマナスポットの場所を聞きます」

「分かりました。お願いします」


オレは直ぐに指輪に魔力を流し、アオを呼び出した。


「ん? ここは領域の中だね?」

「ああ、そうだ。アオ、マナスポットの場所を教えてほしい」


「了解だ。あの大木が見えるかい?」

「あー、あ、あの1本だけ高い木か?」


「そうだ。あの大木の下まで行けば、アルドなら分かるはずだよ」

「分かった。ありがとう、アオ」


「分かってると思うけど、無理はしないでくれよ」


アオは不安そうにオレを見つめてくる。


「大丈夫だ。先ずは偵察をして準備を整えてから主に挑むつもりだからな。母さんやアシェラもいるんだ。心配するな」

「分かったよ。アシェラ、姐さん、アルドを頼むね」

「大丈夫。アルドはボクが守る!」

「私の息子だもの。絶対に守って見せるわ。アオは心配しなくても大丈夫よ」


2人の言葉を聞いてアオはやっと帰ってくれた。

ブルーリングに帰ってからのアオは、少し過保護だと思うほど、やたらとオレを心配する。


前はこんな事は無かったのに……もしかしてアイツから見てオレは、頼りなく見えているのだろうか。

微妙な思いを抱えながらもナーガさん達とはここで別れて、アシェラ、母さんと一緒にマナスポットへと向かった。






ここからは、特に周囲へ気を配りながらマナスポットへと向かって行く。念のため、空間蹴りで木から木へと空を駆けての移動である。


「何もいませんね……これだと、このままマナスポットに着いちゃいますよ」

「そうね。ここの主は繁殖じゃなくて、自分の強化に加護を使ったのかもしれないわ。注意して進みましょう」


「分かりました」


結局 その後も魔物の姿どころか動物の1匹すら見る事無く、とうとうマナスポットに到着してしまった。

マナスポットは一抱えほどの岩だった。ドス黒く変色しており、禍々しい気を発している。


「着いちゃいましたね……」

「そうね。でも主の姿は見えないわ。アシェラ、何か見える?」


アシェラは魔力視の魔眼を持っている。魔物だろうと生きて魔力を持つ物を見逃がす事は無い。


「うーん……何も見えない。近くの木にも何もいない」

「そう……しょうがないわね。アル、範囲ソナーを使って頂戴。多分、主は何処かへ移動したんだと思うけど、相手が分からないんじゃ対処しようが無いもの」

「主が魔法を使えたら、こっちの位置がバレますよ。良いんですか?」


「それこそ、今更でしょ。最悪 戦闘になるかもしれないけど、このまま戻っても意味は無いんだから」

「ですよね……分かりました。300メードで打ってみます」


そう言ってオレは300メードで範囲ソナーを打つ……すると無数の魔物の反応が……これは……


「か、母様、魔物がそこら中にいます。数は100では済みません。本当にそこら中です」

「は? どこ? 私には見えないわよ」


「土の中です。この反応……たぶん相手はファウルモールだと思います」

「ファウルモールって、あのモグラの魔物の?」


「はい。マナスポットの横に大きな反応があるので、恐らく主はマナスポットの直ぐ横の土の中かと」

「ぶっちゃけ雑魚過ぎて私も詳しく無いんだけど……ファウルモールって魔法は使わないし、魔物の中でも最弱じゃなかった?」


「そうですね。動きは遅いし攻撃は爪だけだったはずです……しかも、その爪も穴掘り用で大した攻撃力は無かったかと」


そんな雑魚の中の雑魚、キング オブ 雑魚のファウルモールが相手でも、オレと母さんは眉根を下げてマナスポットを見つめる事しかできない。

そんな中、アシェラが核心をつきポツリと呟いた。


「でも土の中だと攻撃出来ない。ボクの魔法拳でもそんなに深くまでは届かない」


そう。アシェラが言う通り、オレ達の攻撃オプションでは、土の中にいる相手へ攻撃する術が無いのだ。


「ちょっと確かめたい事があるので、待っててください」


そう言ってオレはリュックの中から干し肉を取り出すと、空間蹴りで主の真上まで移動した。

そのまま干し肉を主の上に落としてやる……すると土が盛り上がり、無数のファウルモールが顔を出すではないか。


しかし、肝心の主は一切動こうともせず、雑魚のファウルモールが干し肉を奪って再び土の中へと潜っていく。

オレは母さんとアシェラが待つ、木の枝へと戻ってから再び口を開いた。


「主は動こうともしません……どうしましょう」

「きっと雑魚のファウルモールが主へ食料を運んでるのね。一度ナーガと合流しましょう。この場で出来る事は無さそうだわ」


「分かりました」


こうしてオレ達はナーガさん達と別れた場所へと、空を駆けて戻っていった。






ナーガさん達はオレ達と別れた場所にキャンプを作って待ってくれていた。


「おかえりなさい。どうでしたか?」


ナーガさんの言葉に3人で微妙な顔をしながらも、オレが代表で見てきた事を説明していく。


「実は…………」


マナスポットは一抱えほどの岩である事、主は雑魚キングのファウルモールである事、しかし土の中へはこちらからの攻撃オプションが無い事、干し肉を雑魚が主へ運んでいた事を説明していった。


「そうですか。ファウルモールの主ですか。良かったのか悪かったのか判断に迷う所です」


ナーガさんの言葉に全員が眉根を下げて頷いている。


「主をどうやって地上へ上げるかが問題なんですが、申し訳ありません。僕には何も思いつきません」


するとアシェラが思案顔で口を開く。


「アルド、前に魔の森でファウルモールを倒した時、巣穴に水を入れて追い出して無かった?」

「あー、確かにセミやモグラは巣穴に水を入れると出てくるけど、あの数のファウルモールがいたんじゃ難しいだろうな。全部の巣穴を水で満たすなんて、それこそ人が出せる量じゃない」


「そっか、難しい」

「水の中なら音で何とかなるんだろうけど、土の中じゃあな……兵糧攻めって言っても、雑魚が食料を運ぶだろうし……」


やはり、どれだけ考えても良い考えが思いつく事も無く、時間だけが過ぎていく。

とうとうナーガさんは誰もが考えていたが、言葉にしなかった一番 面倒な案を口にする。


「しょうがありません。雑魚を一掃しましょう。そうすれば嫌でも主は出て来ないといけなくなりますから」

「やっぱり、それしか無いわよねぇ。正直 凄ーーーく、面倒なんだけど」


「他に良い案があるなら聞かせてほしいわ。ラフィーナ」


母さんは何も答えずに肩を竦めて返している。


「アルド君の話から、ファウルモールを全て殲滅するには、正直 何日かかるか分かりません。しかも、いくら相手がファウルモールとは言っても主は主です。状況にもよりますが、雑魚狩りはアルド君とアシェラさん以外で行う事になるでしょう。皆さん、チカラを貸してください」

「任せてください。オレがアルドの道を切り開きます」

「オレもやるぞ。アルドに成長した所を見せてやるんだぞ!」

「僕も頑張ります。そんな弱い相手なら僕でもやれるはずです」

「……」


あ、ナーガさん、1人だけ何も言わず、明後日の方を見てる人がいるんですが。


「良いわね? ラフィーナ。アナタが先頭に立ってやるのよ」

「えー、先頭はナーガかルイス君で良いでしょ。私はほら、何かあった時のサブって言うか。急に風竜が襲ってきたら困るじゃない?」


「風竜なんてこんな場所にいるわけ無いでしょう! 雑魚狩りでは個々に狩る事になるんだから、アナタがフォローしないと危ないでしょ!」

「もう、分かったわよ。ナーガは変な所で細かいんだから」


こうして約1名、全くやる気を見せないが、ファウルモールを全て殲滅する事に決まったのだった。





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