第184話ライラの大冒険 肆

184.ライラの大冒険 肆





話はかなり遡る。エルフの郷にアルドがやってくる少し前の事



牢に捕らえられ続けて、流石の私も心が折れかけていた。

魔喰いの首輪で絶えず魔力を消費させられ、魔力が1割以上になる事は無い。


牢の中での生活より、絶えず魔力枯渇にさせられている事がキツイのだ。

起きていられる時間も徐々に減ってきている。食欲もあまり無い。


恐らく助けが来ない限りは、このまま衰弱して最後には死んでしまうのだろう。

しかし、助けなど誰も来ない。それは自分が一番良く知っている。


いっそのこと……と思うのだがアルド君を想うとどうしても死にきれない……

何とか逃げ出せないかと考えていると、リステアが今日の食事を持ってきてくれた。


「おばちゃん……大丈夫?」


最初の第一声が私の心配か……子供に心配されるほど私の顔色は悪いのだろう。


「ええ、大丈夫よ。今日もありがとう」

「ううん、これだけしか無いけど、食べて元気を出して」


リステアが持ってきてくれたのは、豆の炒った物に具の無いスープだった。

日に日に食事が貧相になっていく。この量で1日分なのだ。


食欲が無いのがせめてもの救いか……


「リステア、虫はどう?」

「詳しい事は教えて貰えないけど、大人がどんどん減ってる……」


「そう。エルフ本国やサンドラには救援要請を送ってあるんでしょ?」

「うん。ただエルフの国からは時間がかかるって言ってた。サンドラの街は同じように虫に襲われてるみたい」


「救援は厳しいわね……」

「うん。大人が言ってたけど、この郷はもう長く無いって……」


「……」

「おばちゃん、僕で出来る事があったら言って。おばちゃんは何も悪い事してない……僕を助けてくれたのに……」


リステアは決意を秘めた眼で、私に話しかけてきた。

恐らくリステアは小さいながらも、この郷が遠くない先、虫に飲まれるのを理解しているのだろう。


今さら意味は無いのかもしれないが、最後に望んだ姿……アルド君の隣に立てる姿で死にたい。


「リステア”若返りの霊薬”が2本欲しい」

「若返りの霊薬……本当は言っちゃいけないんだけど、爺ちゃんが使わない秘薬だ。たしか家の棚に隠してあったはず」


「死ぬとしても若返った姿で死にたいの……」

「……分かったよ、おばちゃん」


リステアもエルフである以上、秘薬の秘密は一番最初に教えられているはずだ。

普段なら絶対に聞いてくれない願いを、どうやら聞いてくれるらしい。


リステアはしっかりした足取りで牢から出て行った。

私はと言うと食事を摂り終わると、やはり魔力枯渇で体がダルく眠気が襲ってくる。


これだけ眠っていて寝過ぎで頭痛もするのに、魔力を回復するためだろう、体が睡眠を欲するのだ……

私が意識を手放しそうな時に、リステアが牢に戻ってきた。


「おばちゃん、これ……」


リステアの手には私がかつてエルフの遺跡で手に入れた”若返りの霊薬”と同じ物が2つ握りしめられている。

私は睡魔をねじ伏せて”若返りの霊薬”を受け取った。


「やっと、やっとアルド君の隣に立てる……リステア、ありがとう……」


私の眼からは大粒の涙がポロポロと零れ落ち、床にシミを作っていく。

暫くして私が落ち着いたのを見計らって、リステアが話しかけてきた。


「おばちゃん、もしかして取り上げられるかもしれないから、直ぐに使っちゃった方が良いよ」

「ええ、分かったわ」


今の私は31歳のはずだ。霊薬を1つ全てと7/10を飲み込んだ。

残りは第一夫人に渡すため、懐に隠して持っておく。


奇跡が起きてこの窮地を脱することができたなら、アルド君に会いに行こう。

私は魔力枯渇の苦しみが、どうでも良いと思えるほどの幸福感の中で眠りについた。





どれぐらい眠っていたのか……手を見ると子供のそれになっている。

私は嬉しさのあまり飛び起きた。


服がブカブカになってしまったので、裾を踏んで転びかけてしまう。


「アルド君に会いたい……」


久しぶりのハッキリした思考で、改めてアルドへの想いを口に出した。

ん?ハッキリした思考?


思わず自分の中の魔力量を見てみると、なんと半分近く残っている。

もしかして体が小さくなった事で魔道具に不具合が?


私はこれ幸いとウィンドカッターで、魔喰いの首輪を叩き壊してやった。

これで私は自由だが、問題は建物の外は虫がいて逃げられない……


それに魔力も半分以下しか残っていない。エルフに見つかれば直ぐにでも新しい魔喰いの首輪を着けられ牢に戻されるだろう。

いや、脱走した者など管理が面倒だ、と言って殺されるかもしれない。


この家から逃げ出すにしても、まずは一度眠って魔力を回復させないと。

この村長宅は領主館も兼任しているが2年間、住まわせて貰った家だ。


2年の間に大抵の部屋へは入った事がある。

体の大きさや隠れやすさ、魔力回復に4時間の睡眠が必要な事から私は3階の倉庫。


主に衣類が保管してある部屋へ逃げ込む事にした。

座敷牢の格子をウィンドカッターで切って行く。


ほんの5分ほどで外へ出られるほどの隙間を作る事に成功した。

勿論、子供の大きさと言う事もあるが……


心配していた魔法の腕は魔力操作、魔力変化共に若返る前と変わりは無い。

牢から抜け出した私は素早く3階まで移動して倉庫へ忍び込んだ。


早速、今の体形に合う服を物色していく。

2年間の生活でエルフの民族衣装のノーマルな着こなしも問題無い。


後は取り敢えずは魔力を回復しないと……

私はタンスの収納ケースを空けて子供1人分のスペースを作るとそこに忍び込んだ。


少しお腹は減ったが贅沢は言えない。

私はそのままゆっくりと眠りについていった。





夏、特有の暑さに私は収納ケースから這い出してくる。

一番最初に魔力を確認すると満タンになっていた。


「これで、ここから逃げ出せれば完璧なんだけど……」


虫に攻められているとは聞いていたが虫とは何なのか?それによっては逃げ出せない可能性もある。

私は情報を集めるためにリステアを頼る事に決めた。


子供は建物の一番奥に集められているのは聞いている。

私はエルフに見つからないように、見つかってもエルフの子供に見えるように、フードを被って耳を隠し建物の奥へと移動していく。


幸いな事に大人達は私の事などどうでも良いほどに切迫していた。

子供達が集められた部屋に潜り込み、そっとリステアへと声をかける。


「リステア、少し良いかしら?」


リステアは振り返ると訝し気に私を見て、何かに気が付いたように声を上げた。


「おばちゃん?」

「しー!静かに」


私がそう言うとリステアは思い出したのだろう、”気を付け”をして口を噤んでいる。


「リステア、色々と情報が欲しいんだけど……」


私がそう言うと部屋の隅へと走って行き、こちらに手招きをしだす。

リステアの行動がイマイチ分からなかったが手招きされた場所まで来ると理由はすぐに分かった。


部屋の隅が一部だけ崩れており外の様子が窺えたのだ。


「リステア、この穴どうしたの?」

「昨日から少しずつ大きくなって……でもここからなら外が見えるよ」


「確かに外は見えるけど……大人には言ったの?」

「うん。ただ皆忙しいみたいで、後で直すって言って誰もこないんだ」


「そう……」


私は嫌な予感を覚え子供達から離れずに、壁の穴が大きくなっていくのを見つめていた。





子供達と一緒にいながら、外の様子を見て分かった事は、敵はマンティス。

冒険者ギルドではC~Dランクの魔物のはずだ。


私からしたら雑魚以外の何者でも無い。

その雑魚にエルフがこれほど苦戦している理由は、恐らくだが数……穴から見えるだけでも夥しい数のマンティスが見える。


どうやら、どこかから救援も来たようだが、この数には多少の援軍など何の役にも立たないはずだ。

穴からは良く見えないが、屋敷から出て遊撃でマンティスの群れを倒している猛者もいるらしい。


私からすれば、この群れに近接で挑むのは頭がおかしいのでは、と思えてくる。

これからどうするか考えていると、とうとうマンティスが穴に気が付いたようで壁を壊そうとしたきた。


目立った行動をすれば”エルフに見つかってしまう”その事が頭をよぎったせいか、一瞬の躊躇が生まれ、壁を壊したマンティスに侵入を許してしまう。

マンティスは辺りを見渡すと一番近くにいる子供に狙いを付けた。


リステアだ……たまたま壁の近くを歩いている所をマンティスに狙われる事になってしまう。


「リステア!しゃがめ!」


私がそう叫ぶとリステアは、その場にうずくまる。

マンティスはリステアを襲うために、右手の鎌を振り上げて嬉しそうに鳴いた……しかしマンティスの鎌が振り下ろされる事は無い。私のウィンドカッターが命中し、マンティスの首が落ちて行く。


ギリギリだったが私の方が一瞬だけ早かった。

リステアはマンティスと私を交互に見たかと思うと、こちらに向かって走ってくる。


「おばちゃん……」


リステアは自分より背が低くなった私にしがみつき、泣き出してしまった。

直ぐに壁が壊れた音で大人がやってきて、壁を修理していく。


数人の人族がいたのには気が付いたが、全員がおかしな仮面を被り怪しい事この上無い。

エルフの大人は見慣れない私を怪訝に見てくるが、それ処では無いのだろう。


チラ見はするが誰何する事も無く、自分の持ち場に戻っていった。





そして私は運命の人に再び出会う。





このときの私は仮面の子供がアルドきゅん☆……ごほん。アルド君だとは全く気が付かなかった。

折角アルド君から話しかけてくれたのに、ぶっきらぼうに返してしまったのだ。


私はその後、アルド君の第1夫人であるアシェラからその事実を聞いてどうしていいか分からなくなってしまった。

”どうしよう”アルド君との再会に、どんなドラマチックな演出をしようか考え続けてきたのに……


”再会演出ノート”は2冊目に入っていたはずだ。”因みにノートは他にも”告白ノート”や”将来の子づくりノート♡”など沢山の種類がある。

折角の再会を……ある意味ピンチに表れたアルド君と守られる私……最高の再会が演出できたかも知れないのに……


私はかつてない程にマンティスと言う魔物が嫌いになった。あそこで壁を壊して入って来なければ……

完全な八つ当たりなのだが私は本気だ。


何時の間にかアシェラも私の前からいなくなっており、途方に暮れトボトボと家の中に入ると、悪い顔をしたラフィーナが私を待っていた。



私はこの世には絶対に弱みを見せてはいけない人間がいる事を、今日と言う日に知る事になった……





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