第240話翼の迷宮 掃討戦

240.翼の迷宮 掃討戦






「アシェラ、行ったぞ」

「任せて!」


そう言って振り向いたアシェラは、ラピッドスワローに拳を叩き込んで粉々にしていく……

驚いた事にアシェラは、ラピッドスワローの動きに対応して見せた。


ラピッドスワローの動きは、100キロ以上の速さで弧を描き自由に飛んでくる。

しかも大抵の場合は群れを成しているから更に質が悪い。


まるで四方からプロ野球のピッチャーが、ボールを投げてくるかのような……

放っておいてもドラゴンアーマーを抜く事は出来ないので、大したダメージは無いのだが、不意に殴られるような衝撃を受け、イラッとくるのだ。


風竜がいなくなった今、この翼の迷宮の中でオレ達の驚異になる敵はいない。後は何とか体勢を立て直す事が出来れば……

母さん達の魔力が回復する時間を稼ぐため、オレは時々ラピッドスワローに体当たりされながらも、掃討戦を続けるのだった。






アシェラと2人で掃討戦を戦い続けて2時間ほどが経った。

オレ達は空間蹴りは魔道具を使い、魔法も封印、身体強化以外の魔力は一切使わずに掃討戦を続けているのだが……魔力もキツイが体力も限界に近い。


元々、オレやアシェラの戦闘スタイルは、エルの騎士剣術と違い縦横無尽に動いて攻撃をするのが特徴だ。

短期決戦の場合は爆発的な攻撃力を発揮するが、事が長期戦となると話が全く変わって来る。


アシェラは肩で息をしながら、更に魔力枯渇を起こし、青い顔で魔物を倒していた。


「アシェラ、もう良い。オレが何とかするから、お前はナーガさんの所で休んでくれ」


アシェラは横目でチラッとこちらを見たと思うと、前方の魔物に突撃していく。


「もう、止めろ。オレに任せておけ!」

「アルドも魔力は兎も角、体力は限界。ボクが抜けたらここを守れなくなる……」


アシェラの言う事は本当だ。アシェラがナーガさんの元に戻ると同時に、オレもキャンプ地だけの守りに切り替えるつもりだった。

その時には当然ながら翼の迷宮から溢れる魔物は、段違いに多くなる筈だ。


「ボクは下がらない……下がっちゃいけない。誰にもボク達を止められないって思わせないといけない!」

「アシェラ……お前……」


アシェラの気持ちは分かった……しかし母さん達が起きるのに1時間、エルが起きるのに2時間ほどの時間がかかる。

5分や10分ならアシェラも耐えられるかもしれない……でも1時間は無理だ。


しかし、これ以上の無理はミスや事故に繋がり兼ねない……重大な事故や怪我でもしたら……もう完全回復薬は無いのだから……

結果、オレはふらふらになったアシェラの背後に回り、首筋に当身を当て意識を奪う、という暴挙に出た……


「アルド……何で……」


驚いた顔で意識を失っていくアシェラに、心の底からの謝罪を繰り返しながら、優しく抱き留める……

直ぐにナーガさんの元へと移動し、アシェラを頼むと同時に、これからの作戦を一方的に伝えて、オレは再び空へと駆け上がった。


「後2時間、絶対にここは通さない!」


オレはまだまだ収まる様子の無い魔物の群れを見つめ、覚悟を決めるのだった。






「うぅん……ナーガ……」

「ラフィーナ、起きたのね……」


「ええ、状況を教えて頂戴……」

「魔物のピークは過ぎたみたい……今はアルド君が1人で魔物の群れを抑えてるわ……」


「アル1人で?どういう事なの?」

「エルファス君もアシェラさんも、魔力枯渇でそこに寝てるわ……3時間前からアシェラさんと2人で戦ってたけど、1時間前からはアルド君1人よ……」


「無理そうなら、キャンプ地だけの防衛に切り替えるって言ってたじゃない!何でアルだけを戦わせているのよ!」

「……」


「もう良いわ、直接アルに聞く!」


いつの間にか起きていたライラと一緒に、ラフィーナはアルドの戦っている空へと駆け上っていく。

ラフィーナが近づくとアルドの動きはいつもと同じに見える……


いつもと同じ……この持久力が必要な戦いで、何故いつもと同じ戦い方をしているのか……3時間も戦い続て、魔力も体力もギリギリの筈なのに……


取り敢えずは魔物の殲滅を優先するために、ウィンドバレット(魔物用)15個を一斉にばら撒いた。

その姿は日本のアニメで見た“キュ〇レイ”と呼ばれるロボットの攻撃を彷彿とさせる。


「……かあさま?」


アルドがやっとラフィーナに気が付き、振り向いた顔には魔力枯渇の症状は出ていないものの、眠気を必死に抑え込んでいる姿だった。


「アル、どうしたの?」

「エルフの秘薬を飲みました……」


「秘薬?何でアンタがそんな物、持ってるのよ?まさかアドが?」

「違います……エルフの郷での防衛戦の時に、村長から狂魔薬と狂体薬をもらってそのままになってたんです……」


「何よ、その薬は……危ない物じゃないでしょうね」

「狂魔薬は一度だけ魔力を全回復してくれます。但し、魔力が回復しても魔力枯渇の症状は直りません……後、眠ったら1日は起きない、とも言ってました……」


「……」

「狂体薬は半日間ずっと休まずに動き続けられるそうです……これも副作用があって、薬が切れると3日はまともに動けないとか……」


「アンタ、何て物使ってるのよ!」

「アシェラが……アシェラが言ったんです……アイツは口下手だから、言いたい事の10%も言えなかったと思うんですが、僕達は絶対に負けちゃいけない……一切の妥協も無く勝ち続ける事が、将来の子や孫の安全に繋がるって言いたかったと思うんです。その想いは僕も同じだから……だから、ここは無理をします……種族の始祖として……」


「アル……」

「母様、ライラ、僕の戦闘能力は時間制限付きです。今は僕に任せて体力の温存を……」


「……本当に無理なら、ちゃんと言うのよ」

「分かりました。母様……」


その言葉と同時に、アルドは敵の群れへと真っ直ぐに向かって行った。




3日後--------------




「うーん……うーん……」

「アルドは無茶し過ぎ。ボクに暴力も振るって……少しは反省すると良い」


「悪かった、アシェラ……反省してます」

「……」


「……ごめん」

「……もう、今回だけは許す」


今が一体どんな状況かと言うと、掃討戦は3日前に山場を越しており、今は残りの魔物を虱潰しで倒している所だ。

オレはと言うと狂魔薬と狂体薬の副作用で丸一日眠り続け、起きても体中が筋肉痛でトイレに行くにも一苦労という有様だった。


この筋肉痛だが、普通の筋肉痛と違い回復魔法の類は一切効かず、3日間 絶えず痛みに襲われる、といった恐ろしい物だった。

ナーガさんの話に依るとエルフの間では死に瀕した際に、相手を道ずれにするのに使う薬らしく、生き残る前提の戦いで使うバカはいないとか……


オレはその言葉を聞いた瞬間、エルフの郷の村長が指を差して笑っている姿を幻視してしまった……

あの野郎……御使い様とか持ち上げておいて……今度あったら嫌味の1つでも言ってやらねば。


ただ冷静に考えて見ると、あの数時間が掃討戦の山場だったのは間違いが無い。母さんやエルの魔力が回復した後は、オレ1人が抜けても問題が無いくらいには魔物の数は収まっていた。

サンドラの時も思ったが、やはり少数精鋭と言うのは持久力がネックになる。


狂〇薬シリーズは勘弁だが、帰ったらアドに何か良い薬が無いか聞いてみようと思う。


「……ナーガさん」

「どうしたの、アルド君」


「ヤルゴ達はどうなったんでしょうか……」

「それなら昨日の時点でエルファス君と私で、一度迷宮の外に出て話してきました」


「!そうだったんですか……」

「かなり疲弊はしてましたが、ヤルゴのパーティには死人は出ていません。但し全体ではCランク1名とBランクが1名命を落としたそうですが……」


「……そうですか」

「翼の迷宮の特性を考えれば、掃討戦の犠牲の少なさは破格と言っても過言ではありません。アルド君の頑張りのお陰です。結局、外に溢れた魔物はワイバーンが2匹と雑魚が4~50匹だったみたい」


「ワイバーンが……倒せたんですか?」

「ええ、ヤルゴ達がドワーフから買ってあった、虎の子の魔道具を使ったみたいですね。倒されたワイバーンを見ましたが、2匹共、片方の翼が吹き飛んでいました」


「翼が……」

「きっと風竜を倒すために集めた、魔道具の内の1つだったのでしょうね」


「……」

「これからの事ですが……掃討戦もアルド君が回復次第、終了となる予定です」


「はい」

「もう一度聞くのですが、アルド君は本当にヤルゴ達の手伝いで、過去に溢れた魔物の討伐を手伝うんですか?」


「はい、そのつもりです」

「……そうですか、分かりました」


それだけ言うとナーガさんは立ち上がり、どこかへ歩いて行ってしまった。

ヤルゴ達を手伝うと言っても、流石に学園の卒業式には出席したい。


過去の魔物の討伐に付き合える日数は、精々3日……頑張っても4日か……

迷宮という閉じた世界でなら兎も角、世界に散った魔物を探して討伐するとなると、3日や4日でどれほどの事が出来るのか……


サンドラの時でも、散ったマンティスの討伐に全員で取り掛かり、1月の時間が必要だったのだ。

翼をもつ魔物をどこまで倒せるのか……オレは筋肉痛に耐えながら討伐の事を考えていた……オレの横顔を見ながら苦い顔をしている者達には気付かずに……






狂体薬を飲んでから、丁度72時間で筋肉痛は収まった。

72時間ピッタリとか……何かの呪いの薬だったんじゃ……オレは狂〇薬シリーズだけは飲まない事を心に固く誓った瞬間である。


「皆、迷惑をかけました。やっと復活しました!」


オレの言葉に全員が呆れた表情を浮かべていたが、言葉の端々には温かな物が感じられた。

心配をかけて本当に申し訳なく思う……


ここからは半日をかけて出口に向かい、そこからオレとナーガさん以外は漁師の村からマナスポットで王都へと戻る事になる筈だ。


「では出発しましょうか」

「「「「はい」」」」

「ええ」


ナーガさんの声にオレ達は大きく返事を返した。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る