第241話迷宮踏破
241.迷宮踏破
半日をかけて翼の迷宮の出口にやって来ると、外は無数の冒険者で溢れかえり、笑顔で遅い昼食を食べている所だった。
「こっちだ!」
オレ達が人の多さに驚いているとヤルゴが大きく手を振って、嬉しそうな顔で自分のいる場所を教えてくる。
アイツとオレ達はこんなフレンドリーな関係だったか?と心の中で首を傾げていると、ナーガさんとエルは普通にヤルゴの元へ歩いていく。
どうしたものか、と微妙な気持ちを抱えているのはオレだけじゃないようで、母さん、アシェラ、ライラも同じように困惑した顔を晒していた。
「本当にありがとうございました。これでミルドも少しだけ良くなるはずだ」
ヤルゴの言葉を皮切りに辺りからも感謝の声が響き渡る。
「ありがとう!」「アナタ達はミルドの英雄だ」「本当にありがとう」「これで街道が通る……」「感謝してもしきれない……」「あんな子供達が……」
まるで英雄の凱旋のような熱狂に、モニョっとしていたオレや母さんも、完全に毒気を抜かれてしまった。
エルとナーガさん以外の4人で、顔を見合わせて苦笑いを浮かべていると、更にヤルゴの声が響く。
「今日は宴会だ。軽くなら酒も用意してある。ミルドの未来と王家の影に乾杯だ」
「「「「「「「「「おーーーー」」」」」」」」」
その瞬間、地面が揺れると錯覚するような歓声が響いた。
宴会が始まり、通り過ぎていく者に「ありがとう」と声はかけられるものの、ミルドに知り合いはいない。
結果、宴会場の隅で少し早い夕食を作っている所だ。
材料はマッドブルを1頭まるまる貰ったのでタン、カルビ、ロースを女性陣に解体してもらった。
石でかまどを作り、その上に鉄板代わりの石を乗せてやる。
冒険者たちは焚火の周りにブロック肉に串を刺した物を突き刺し、焼けた場所を齧り赤身が出てきたら再び焼く、を繰り返している。
当然ながら味付けは無しか、あっても塩を振る程度……結果、オレの料理を全員がチラチラと覗き見る、と言う状況が出来上がっていた。
「何か視線を感じるなぁ……」
全員が感じていた事なのだろう、しかしここでヘタな事を言えばオレが他の冒険者にも振る舞おう、とでも言うと思ったのか、誰からも返事はかえって来ない……エル、オマエモカー
しょうがないので早速、肉を焼いていく事にする。
肉ばかりでは、と思いマッドブルを貰う時に野菜も無いか聞いてみると、ネギっぽい野菜を貰えた。
こうなると当然ながら1番バッターは、ネギ塩タン君である!!
片面に刻みネギを乗せ半分だけを焼いていく……母さんがひっくり返してネギ側を焼こうとしたので箸で手首を叩いてやった。
「痛いわね、何するのよ!」
「母様でもネギ塩タンの食べ方に文句は言わせません!」
オレが半分しか焼いてないネギ塩タンを、それぞれの皿に乗せてやると全員が皿を凝視して固まっている。
「食べないのか?」
「アルド……これ半分、生……」
アシェラが半分しか焼いてないのを気にしている。
「大丈夫、赤くても脂が浮いて来れば、反対側も殺菌される温度になっている筈だ。そのまま食べれるぞ」
オレの言っている意味が分からないだろうが、アシェラは恐る恐るネギ塩タンを口の中に入れた。
「美味しい!これ、カニを越えたかも!」
「そうかー、どんどん焼いて行くからなー」
オレは仕込んであったネギ塩タンを追加で焼いていくと、アシェラに続いて全員が食べていたのはご愛敬。
ネギ塩タンに続き、ロースやカルビも自作のタレで食べていき、結局 先回と変わらない量を食べてしまった。
「あー、美味しかった。もう食べられない」
「そうだな。ただ、これからはマッドブルが食べれないのは残念だな」
「あ、そうか。もう迷宮が無い……」
「だな。まあ、しょうがない」
アシェラとオレの会話にヤルゴが入ってくる。
「それなんだが、少しだけ良いか?」
「……何だ?」
「ミルド領には過去に溢れて種として定着したマッドブルがいる。重ねて無理を言うがさっきの料理を教えてもらう事はできないだろうか?」
「……」
少し思っていたんだが、こいつ……図々しく無いか?
「ヤルゴ、お前はオレ達にケンカを吹っ掛けて来た敵だ。ナーガさんは許したが、オレ達の中では割り切れない物が未だにある。それでもお前の為じゃなく、民のためだと思って踏破後の魔物の討伐も手伝ってやるんだ。そこを更にとか……お前はどんな顔でこれ以上、オレ達に物乞いをするんだ?」
「……」
「あまりオレ達を安く見積もるな……ナーガさんが許した命だ。オレに狩らせるような真似をさせないでくれ……」
「……配慮が足りなかった。スマン。忘れてくれ」
ヤルゴは大きな体を縮こませて、仲間の元へと帰って行く。
その姿だけを見るとオレが悪いような気がしてしまう……申し訳ないが自分で使う分には別だが、知識を無秩序に広めるつもりは無い。
「しかし、ヤルゴは何を考えているのか……ゴロツキかと思えば、情に厚かったり……かと思えば素行は悪かったり……」
「きっと子供なのですよ……」
「子供?ヤルゴがですか?」
オレの一人言にナーガさんが答えた。
「子供の頃から周りよりチカラがあったのでしょう。あれは、子供のまま大人になった典型です」
「そうなのですか……」
「今回、始めて自分の思い通りにならない事が起きて、戸惑っているんですよ。今までであれば、ヤルゴに反対する者などいなかったか、いてもチカラで封じ込めていた……」
「……」
「本来であればチカラを持つ者は、大小の差はあれ傲慢になるものですが……アルド君、エルファス君、アシェラさんは、そんな素振りを欠片も見せません。私からするとそちらの方が不思議に思えます」
「……」
それは前世の記憶があるから……エルやアシェラはオレを見ていたから……心の中でそう呟いたが、この事を言う機会は生涯ないだろう。
「ラフィーナにそんな教育が出来たとは思えないので、ヨシュア様や御当主様の教育の賜物ですね」
そう言ってナーガさんは笑った。
宴会の喧騒は夜遅くまで響き渡り、ミルドの人達が如何に翼の迷宮踏破を願っていたのか、肌で感じる事が出来た。
明日の朝からはオレとナーガさんだけがミルド領に残り、オレは翼をもつ魔物の討伐を、ナーガさんはギルドで素材の査定を行う事になっている。
風竜の素材は当初、収納で運ぶつもりだったのだが、尻尾と手足の一部しか残っていなかったため、人力車1回分で運べてしまう。
相談の結果、申し訳ないがエル達が帰る時に一緒に運んでもらう事にした。
「エル、悪いな」
「大丈夫です。これなら僕だけでも問題無いです」
「母さんやアシェラも交代してくれるだろ……この量を1人は流石にキツイぞ」
「……」
何故かエルは苦笑いを浮かべていたが、問題は無いはずだ。
こうして鳴りやまない辺りの喧騒をバックに、オレ達は交代で見張りをしながら野営を続けた。
朝になり目を覚ますと昨日の喧騒が嘘のように静まり、変わりに冒険者が今日の討伐の準備を忙しそうに進めている。
「プロだな……」
「そうですね。野営先で本当に酔うような人は長生きできませんから。昨日の喧騒も野営の交代組が騒いでいたと思いますよ」
「なるほど……」
「ミルド領は他領に比べても過酷ですから、逞しいですね」
ナーガさんの言葉に納得していると、母さん、アシェラ、ライラ、エルがやってきた。
「じゃあ、卒業式までには帰りますので、後はお願いします」
オレの言葉に誰も反応せず、母さんなどニチャと厭らしい笑みを浮かべている。
そんな雰囲気の中、エルが一輪車を引きながら声をあげた。
「では僕は行きます。討伐、頑張ってください」
「エルも気を付けなさい。最悪は荷なんて捨てても良いんだからね」
「エルファス、任せてごめん。アルドはボクが守るから安心して」
「エルファス君……お願いします」
「私はエルファス君と一緒に、ミルドの街まで移動しますね」
どういう事だ?これではエルが1人で帰って、母さん達も討伐を手伝うみたいじゃないか……
「どういう事です?母様達は王都へ帰るんじゃないんですか?」
「何よ、アル1人じゃ手に余ると思って、手伝ってあげるんじゃない!感謝しなさいよね」
どういう風の吹き回しだ……あんなにもヤルゴに敵意を剥き出しにして、ミルド領にも興味無さそうだったのに……
「ヤルゴに敵意を剥き出しで、ミルド領にも興味が無さそうだったのに……何で……」
オレの言葉に全員が呆れた顔を見せ、ナーガさんが諭すように話し始めた。
「きっとラフィーナの性格では未だにヤルゴは敵で、ミルドにも愛着は無いと思います……」
「じゃあ、何で?」
「アルド君が心配だからですよ」
「オレが?」
「戦闘なら、ここにいる全員とも渡り合えるでしょうが、人には休息が必要です。野営や休憩、食事など1人では難しい事があるのは、アルド君も良く知ってるでしょ?」
「それは……そうです……」
「エルファス君は半日でミルドの街、もう半日で漁師の村へ。野営は必要ありません」
「……」
「私は街での宿泊になりますから、王家の影として余程の事が無い限り、ミルド公爵は私の安全を必死になって守るでしょう」
「僕だけが安全の確認が取れないって事ですか……」
「そうです。私から見ても、少しミルドを信用し過ぎているように見えます」
「……」
「ミルドの事では無く、アルド君を守るためならミルドでの討伐も、誰も嫌とは言わないと思いますよ。もう少し甘えても良いんじゃないでしょうか?」
「はい……ありがとうございます……」
オレが皆の気持ちに感動していると、後ろから氷結さんの声が聞こえた。
「マッドブルの肉を沢山、狩らないとね!エルには収納経由で受け取って貰う手はずになってるわ!」
おいぃぃぃぃぃ!マッドブルのためかよ!オレの感動を返せ!
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