第284話瘴気
283.瘴気
ボーグからドラゴンアーマーを受け取った1週間後の朝。
延び延びにになっていた結婚パーティだが、皆の予定を聞いた結果、10日後に自宅で開く事に決まった。
参加者はエル、マール、ルイス、ネロ、ジョー達三羽烏、ノエル、ガル、ベレット、タメイに母さん、リーザスさん、ナーガさんの計14人だ。恐らくはここにクララとサラ、アドが乱入してくると見ているがどうなんだろう。
女性陣はオレの料理、特にデザートに期待している節があるので、冷蔵庫もある事から多めに作っておこうかと思っている。
「オリビア、結婚パーティには何を出そうか」
「パーティーの料理はアルドが作ってくれるのですよね?」
「ああ、そのつもりだ」
「であれば何でも良いかと。アルドの作る物でマズイ物はありませんから」
オリビアはそう言うが、何でも良いが一番困るのだ。せめて食べたい物だけでも言ってほしい。
「じゃあ、何が食べたい?」
オレはオリビアに聞いたつもりだったが、アシェラとライラは食い気味に希望を伝えて来た。
「ボクはマッドブルの焼肉!」「私はカニ!カニが食べたい」「私はあのケーキと言う食べ物をまた食べたいです」
「焼肉に焼きカニにデザートはケーキねぇ……気心の知れた者ばかりだから庭でバーベキューでもするか」
「前に泳ぎに行った時に川で食事した時の食べ方?」
「ああ、そうそう。あれがバーベキューだ。皆でワイワイ言いながら焼きながら食べるんだ」
「あれですか、楽しそうですね」
「あれも美味しかった……」
嫁達は概ね賛成のようだ。後はケーキか……正直作るのが大変なんだよな。でも折角の結婚パーティだ。早起きして頑張るか!
こうして結婚パーティの準備を話していると、急に指輪が光出してアオが飛び出してくる。
「ただいま、今帰ったよ」
「おかえり、精霊王には会えたのか?」
「アルド、様を付けろよ。不敬だぞ。勿論、会えたよ。スライムの主を討伐した事もマナスポットを修復した事も報告してきたよ」
「そうか、何か言ってたか?」
「僕は精霊王様の分体ではあるけど、格が違い過ぎてお言葉を殆ど理解出来ないんだ……」
「そうなのか?」
「ただ【良くやった】と【見守れ】、この2つのお言葉はしっかりと聞き取れた。僕は精霊王様に初めて褒められて踊り出したいくらいだったよ」
アオはかつて無いほどに嬉しそうに、精霊王との邂逅を話してくる。その姿は見ているこちらが嬉しくなるほどの喜びようだった。
「そうか、良かったな」
「ああ、他の上位精霊にもしっかりと自慢してきたよ!」
「ハハ、他の上位精霊はどんな顔してた?」
「フェンリルからはお祝いの言葉を貰って、アグニからは何故かオリハルコンとミスリルの合金の比率を教えて貰った」
「何でそんな比率を?」
「そんな事、僕にだって分からないよ。兎に角、皆から偉業を祝福されたんだ」
アオはとても嬉しそうにその時の様子を話していた。
深層への移動はかなり疲れるらしく、アオは一通りを話すと帰って休むと言って消えてしまった。
慌ただしくアオが帰ってから少しの時間が過ぎた頃、ミルドで食材の予約をしてこようと3人へ話しかけた。
「一度、ミルドに飛んでくるよ。街の肉屋と漁師のオッサンへ10日後に肉とカニを用意してもらえるように頼んでくる」
「そうですね。いざ買いに行って、何も無かったではどうしようもありませんから」
「ああ、じゃあ、着替えてくるよ」
何も無いとは思うのだが、装備無しは流石に怖い。
自室でメンテナンスが終わったばかりのドラゴンアーマーを着込み、短剣2本と予備のナイフ2本を仕込んでいく。
もう初夏になるので水筒を腰にかけ、リュックを背負った。
これは何か美味そうな海鮮を買ってきて、今日の夕飯にするためだ。
「じゃあ、行ってくる」
リビングで寛ぐ3人に声をかけて玄関に向かうと、何も無い空間から黒い塊が湧き出してくるのが見えた。
咄嗟の事に何がどうなっているのか分からないが、オレは直ぐに戦闘態勢に入って嫁達へ向かって叫んだ。
「何かいる!アシェラとライラはオリビアを守ってくれ!」
直ぐに3人も戦闘態勢に入るが、黒い塊は依然としてその存在を主張している。
玄関ホールでソレと対峙していると、不意に指輪が光りアオが現れて大きな声で叫びだした。
「何をやっているんだよ!ドライアドに続いてお前まで!」
「--+-+」
「何を言ってるか分からないよ!もう!」
アオがそう言うと黒い塊が徐々に形を作っていき、何と真っ黒な蝶になったではないか。
「すまぬなアオよ。どうしても偉業を成した使徒の顔を見たかったのだ」
「そんなの知らないよ!折角ドライアドをエルフに会わせるためにマナを調整してきたのに、全部やり直しじゃないか!」
アオと黒い蝶が話していると言う事はあれは上位精霊なのだろうが、オレは戦闘態勢を崩してはいない。
アオもアドも最初に見たとき驚きはしたが、不思議と悪い物だとは感じなかった。
しかしこの黒い蝶を見ていると、何とも言えない悪寒がするのだ。まるで浄化する前の魔瘴石のような……
オレは自分の中の直感に従い、警戒を解かずにアオへと話しかけた。
「アオ、知り合いか?」
「一応ね。魔族の精霊でグリムだよ。アルドが偉業を成したから顔が見たくなったんだってさ」
「そうか……」
グリムと呼ばれた精霊がこちらを向き、話しかけてくる。
「お主がスライムの主を倒した使徒か?」
「まぁ、はい、一応は。オレだけのチカラじゃないですが……」
「こんな子供に……」
グリムから得体の知れない何かが吹き出し、特大の不快感が襲ってくる。
「こんなガキよりティリスが劣るだと……こんなクソガキよりぃぃぃぃ!!!」
「グリム……お前……瘴気を纏って……何で……」
アオが驚きながら口走っているが、もうオレにでもハッキリと分かる……これは浄化される前の魔瘴石から感じる感覚と同じだ。
上位精霊が何故、瘴気を発しているのか……
この場の全員が困惑する中、グリムだけはオレを真っ直ぐに見つめ更に狂気を撒き散らしてくる。
「ティリスって何だ!?オレに関係する物なのか?」
オレがそう叫ぶと、グリムは呪い殺さんとばかりに更に瘴気をまき散らした。
「先達の名も知らぬクソガキがぁぁ!!あまりにも不敬!!ティリス……ティリス!!このクソガキには罰が必要だ!オマエ如きがティリスより上であるものか!!偉業だと!!テメェ如きが行って良い訳がねぇだろうが!!その罪、死んであがなえぇぇ!!!」
その瞬間、空間が歪んだようにズレた。そのズレに触れた物は全てが切り裂かれていく……何度かズレが起こるが、オレに届く寸前まで来ると空間に吸い込まれるように消えてしまった。
「クソがっ!!!精霊王の分体であるこの身では、使徒を傷付けられないのか!!こうなれば!!」
そう言うとグリムはオレを見つめてくる……これは……いつもアオに飛ばしてもらう時の感覚だ。どうやらグリムはオレを何処かに飛ばそうとしているらしいが、直ぐに右手の指輪からそれを邪魔する何かが流れ込んでくる。
「グリム、何をやってる!アルドを何処に飛ばそうって言うんだ!!」
「くそが!くそが!使徒もくそなら精霊もくそ野郎か!!邪魔ばかりしやがって!!」
そう言うとグリムから出たズレがアオに向かって飛んで行く……オレは咄嗟にバーニアを吹かし、右腕に魔力盾を発動してアオの前にかざした。
何かが右腕をすり抜けていく感覚を感じると、オレの右腕が肘と手首の中間あたりでズルリと落ちていく……
「がぁぁぁっ!!」
「アルド!!」
とてつもない激痛がオレを襲う……それはそうだろう、右腕を半ばから切り落とされたのだから……
そんなオレに向かって、アオが叫んでいるのが見えた。
何とか攻撃を魔力盾で防げたのか……良かった。そう思った瞬間、1秒なのか1時間なのか分からない不思議な感覚に包まれて、オレはマナスポットに吸い込まれていった。
ハッと意識を取り戻した後、オレは砂塵が舞う荒野に1人ポツンと立ち尽くしていた……この状況に全く意味が分からないが、未だに血が滴り落ちる右腕の血止めだけはしなくては……
直ぐに回復魔法を使って血止めだけを行い、改めて辺りを見回した。
砂埃が舞い視界が著しく悪い。見覚えのある景色を必死になって探すが、こんな荒野が記憶にあるはずも無かった。
「……何処だよ、ここ……嘘だろ……アシェラ!オリビア!ライラ!」
オレの叫び声に帰って来るのは吹きすさぶ砂塵のみであり、誰からの返事も無い。
「あ、アオを呼べばここが何処か教えてくれるはずだ。現在地が分かれば直ぐに帰れる」
オレは右手の中指の指輪に魔力を通そうとして、その右腕が無い事に気が付いた。
「嘘だろ……ちょっと待ってくれよ……」
パニックになった頭ではあるが、この状況を何とか出来る方法を必死になって考える。
「そうだ!収納があるじゃないか!取り敢えずエルに連絡を取れば、アオに知恵を借りる事も出来る」
早速、収納を開けようとするも、収納が開く気配は全く無い。
何度も必死になって試しそれが10を数える頃、憤りを感じながらも現実を認めた。
「マジかよ……収納も使徒のチカラだったってのかよ……おい、どうするんだよ……ここ何処なんだよ……オレが何かしたのか……オレなりに真面目にやってきたじゃねぇか!何なんだよ、この仕打ちは!!それにオレ、結婚したばかりなんだぜ……アシェラやオリビア、ライラだってきっと心配してる……」
あまりに突然の事態に涙がとめども無く溢れてくる……そんな絶望に叩き込まれた中、ふと足元に光る物が見えた。
ゆっくりとしゃがみ込むと収納の中に入れてあった筈のミスリルナイフと、最初に収納を試した時に入れた串が落ちていた。
「ハハ……あれからずっと入ってたのかよ……この分の魔力、あれからずっと使えてなかったのか……腕を落とされなかったら、ずっと気が付かなかったはずだ……だから腕を落とされてラッキーってか……」
思ってもいない事を呟き冷静になろうとするが、あまりに理不尽な仕打ちと希望の見えない未来に怒りが湧いてくる。
この絶望の元凶……何の非も無い筈のオレに、意味の分からない感情をぶつけてこの状況に追いやった者への怒り。
「ふざけるなよ……あの野郎!上位精霊だか何だかしらねぇが、絶対にこの落とし前はつけさせてやるぞ!!絶対にだ!!」
オレの憎しみを含んだ絶叫は、砂塵の中へ消えていった。
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