第171話1年後
171.1年後
サンドラ伯爵に風呂のプレゼンを行って1年とちょっとが経ち、オレとエルは6月で15歳となった。
もう1週間もすると学園での最後の夏休みとなる。
もう1年前の話になるがアイテムを入れる”穴”に”収納”と名前を付けた。
エルとアイテムを入れる話をしていた時に”お前の穴”に入れてくれ。だとか”オレの穴”に入れる。などの言葉を横で聞いていたマールとアシェラに、頼むから名前を付けてくれ。と懇願されたのだ。
言われてみれば確かにおかしい。しかも”穴”は隠してある技術だ。知らない人が聞いていたら、兄弟でホモと思われてもしょうがない。
兄弟でホモ……ヤダーーW役満じゃないですかーーー!
オレとエルは顔を引きつらせながら必死に名前を考え、すぐに”収納”と名付けた。
アシェラとマールとしては”穴”じゃなければ何でも良いようで、概ね好意的に受け止められている。
この1年の戦果としては前回の夏休みと冬休みには1つずつ迷宮を踏破した。
今は手元に魔瘴石が2つある。両方の迷宮探索とも死ぬかと思ったが、それは別の機会に話したい。
その魔瘴石なのだが、エルが2つ共”収納”の中に入れてしまった。
”収納”を使うと魔力総量が減るのでオレが1個入れると言ったのだが、エルは頑なに自分の”収納”に入れると聞かなかった。
お返しでは無いがオレはと言うと”爪牙の迷宮で手に入れたミスリルナイフを”収納へ入れている。
ミノタウロスやティグリスの報酬で短剣や予備のナイフもミスリルの物に変えたのだが”爪牙の迷宮で手に入れたミスリルナイフ”だけは何故か段違いで”超振動”との相性が良い。
超振動を使うとミスリル製の武器でも壊れてしまう事があるのだが”爪牙の迷宮で手に入れたミスリルナイフ”だけは壊れる気配が全く無いのだ。
エルも片手剣が壊れた時に、急遽使いたい時があるかもしれない。なので収納に緊急装備として入れてある。
因みにアダマンタイトの武器も一度レンタルさせて貰ったがアダマンタイト製の武器は魔力を殆ど通さなかった。
魔力武器を多用にするオレには根本的に合わない武器だったので、すぐに返品させて貰った。
もし買っていたら神金貨が何枚か飛んでいた……
使える武器ならそれも良いが、使えない武器で神金貨とか……思い出しただけで背中に冷たい物が走る。
風呂はこの1年の間にサンドラ伯爵邸とダンヒル宰相邸の2件に設置済だ。
今は王宮と貴族家2件の計3件を工事中である。
サンドラ伯爵とダンヒル宰相が貴族仲間や王様に自慢しまくったのが原因で、あらゆる貴族家から問い合わせが来ている状況だ。
セーリエなど執事から現場監督に転職したかのように、作業服を着て現場で怒号を響かせている。
哀れセーリエ。恨むならサンドラ伯爵とダンヒル宰相を恨め。
値段の方もかなり強気なのだが、それでも構わないから売って欲しい。と言われているとか。
魔道具の商売として順調な滑り出しでホッとしたのは秘密だ。
ローザも足が完全に治り、以前より精力的に魔道具作りに打ち込んでいる。
ローザの娘のサラだがやはり魔道具作りは父親を思い出すらしくローザの後を継ぐつもりは無いらしい。
但し、料理に興味があるようで、オレがたまに作る物を手伝わせている。
特にデザート作りが好きなのは単純に自分が食べたいだけなのか……
本気でそっちの道に進みたいのなら爺さんに話しても良いかもしれない。
風呂の次に売り出す予定のトイレなのだが、実は1年前に試作品は完成していた。
基本、水とお湯を出すだけなので、給湯器の技術が大いに役にたったのだ。
ただ汚物の処理に関しては、やはり分解など出来る訳も無く水洗式となった。
これには屋敷をかなり改造して排水管を施工しないと、屋敷の中を肥えの入った桶を担いで歩く事になってしまう。
裏庭に面した部屋を急遽トイレに改造し、工期1ヶ月で1階と2階に1個ずつ洗浄付きトイレが完成した。
それが去年の秋の出来事だ。
それからは毎朝が戦争だった。朝になるとトイレ争奪戦となり、他のトイレがどれだけ空いていても誰も入ろうとしない。
急遽、爺さんの命令によりトイレ増設工事が行われ、年末には1階に3個、2階3個 メイド達が使用している別館に4個、洗浄付きトイレが導入された。
これによりトイレ争奪戦は無事に終息していく。
全てが終わってから爺さんがトイレの前で溜息を吐いていたのは秘密だ。
これも後日談があり、サンドラ伯爵家のオリビアとルイス ダンヒル宰相家のガイアスとティファ経由で情報が洩れた。
今は毎日のようにサンドラ伯爵とダンヒル宰相からトイレについて矢のような催促が爺さんにあるらしい。
一度、セーリエにトイレ工事を打診しようとして本気の殺気を出された事で今は保留となっている。
オレ達の装備だが2つの迷宮を踏破してオーガキングとデーモンの素材を手に入れたが、地竜より性能が下がるとボーグに言われてしまった。
結局、武器をミスリル製に変えた程度であまり変わってはいない。
今の鎧の性能に満足しているので良いのだが、ボスを倒すごとに新しい装備になって強くなるのはゲームの中だけらしい。
技術の方も一応の完成を見たのか、特に新しい物は無いので今は今までの技術に磨きをかける時期なのだろう。
それとオレはルイスの母親であるリーザスさんから大剣を習いだした。
申し訳ないがジョーよりも強いし何より教え方が上手い。
最近は学園の帰りにルイスと一緒にサンドラ邸に行き、大剣を習って帰る日が続いている。
リーザスさんと言えばサンドラ伯爵邸。
当然ながらオリビアがいる。オリビアはオレとリーザスさんの組手が終わるとかいがいしく手拭いを渡してくれたり、果実水を運んでくれたりこちらが恐縮してしまうほど世話を焼いてくる。
リーザスさんの言うには、好きでやってるのだから放っておけば良い。らしいのだが……
オリビアは1年前の宣言通り平民の妻がする掃除、洗濯、料理を習い、空いた時間で領地経営と外交の勉強をしているらしい。
正直、ここまでされると外堀が完全に埋められた感がすごい……
ここで断ったら絶対オレが悪者になるヤツじゃないですかーーやだーーー
最初にしっかりと断らなかったオレの責任なのだろう。
もう半分、諦めているがアシェラに本当に良いのか、もう一度、しっかりと相談しようと思う。
以上がここ1年に起こった事だ。
ルイスとネロがメキメキと実力を上げていたり、ジョーとノエルがもうすぐ結婚する事など些細な事である。
ジョーとノエルは結婚すると同時にノエルの実家があるブル-リングの街に引っ込むらしい。既に尻に敷かれているので今度、指を差して笑ってやろうと思う。
そのタイミングでゴドとジールも家族を連れてブルーリングに来てくれる事になっているとか。
学園を卒業しても楽しそうな日々が来そうである。
因みにノエルだが子供が出来るまではそのまま騎士を続けるそうだ。
ジョーとノエルの子供か……弄りがいがありそうだ。
思い返せばジョーにもノエルにも世話になった。何かプレゼントを考えねば!
時間がかかってしまったが空間蹴りを仕込んだ靴敷をプレゼントするのが、あの脳筋夫婦には喜ばれそうだ。
この靴敷だが魔力伝達用のミスリル線が伸びており、先の小箱をウェストポーチの様に腰に取り付けるようになっている。
その中に魔石を入れておけば魔石が無くなるまで空間蹴りが出来る優れものなのだ。
実はこの装備、爺さんから厳重な管理を言いつけられた。
ブラックボックス化は勿論。「最悪は殺してでも回収しろ。そう言う相手で無いと貸し出すな」
そう、この魔道具は貸し出すのだ。3か月ごとに返してもらって特殊な操作をしないと魔法陣が消えるようになっている。
そこまで?と思ったが爺さん、母さん、ナーガさん、ジョー、ノエル、全員に同じことを言われてしまった。
結婚祝いにジョーとノエルは決まりとして、3か月縛りだとルイスとネロは厳しいかもしれない……
最悪は卒業まででも良いし、もしかして2人共ブルーリングに来てくれるかもしれない。
一度、2人に聞いてみようと思う。
因みには母さんとナーガさんは完成して直ぐに靴敷を持って行った。
最近は屋敷の庭で2人して空間蹴りの練習をしている姿を良く見かける。
この前などナーガさんがロングスカートとは言えスカートで空間蹴りの練習をして盛大に見せ付けてくれた……若いなピンクか。
どこから現れたのかオレはアシェラに速攻で麻痺を撃ち込まれて、耳元で”浮気、絶対ダメ!”と囁かれた。
アシェラはどこに向かっているのだろう……日本なら間違いなく忍者と呼ばれたはずだ。
次の日の朝---------------
特に普段と変わりの無い朝だと思っていたら早朝だと言うのに来客があった。
相手はどこぞの貴族の当主のようで爺さんが対応している。
その貴族の当主は”王家の遣い”を名乗ったそうだ。少々、不穏な物を感じる……
そしてオレとエルはいつもなら学園に向かう時間なのだが、爺さんから言いつけられ居間でアシェラと一緒に待機させられていた。
時間にして1時間ほどだろうか、オレとエルだけが執務室に呼ばれると爺さんと父さんがおり、それに50歳ぐらいの男がこちらを訝しそうに見ている。
「アルド、エルファス、これより”王家の影”としてサンドラ領へ向かって貰う」
爺さんが言うと同時に”王家の遣い”が爺さんに食って掛かる。
「ブルーリング卿!子供ではないですか。こんな子供を死地へ向かわせるつもりですか!何を考えておられるのか!」
爺さんは説明するのも面倒そうだが、遣いの男は義憤に駆られ引きそうに無い。
「分かりました。ルード卿。我が孫のドラゴンスレイヤーとしてのチカラの一端をお見せしましょう」
「ど、ドラゴンスレイヤー?こんな子供が?有り得ない……」
「アルド、空間蹴りをお見せしろ」
「分かりました」
オレは爺さんの言う通り3歩ではあるが執務室の空中を歩いてみせた。
ルード卿と呼ばれた爺さんと同じぐらいの壮年の男は口を開け、呆然とオレを見ている。
「ルード卿、このことはご内密に。”王家の影”としてサンドラ領の窮地を救うべく、すぐに向かいます」
「わ、わ、分かり…ました……」
ルード卿と呼ばれた男はそう返すのが精一杯だった。
王家の遣いが帰ってから詳しい話を母さん、オレ、エル、アシェラ、の4人で聞く。
話としては単純だった。
サンドラ領にもブルーリング領の”魔の森”のような魔物の領域があるらしい。
今回、その”領域”から魔物が溢れサンドラ領を襲っている。そう言う事だ。
しかしゴブリン騒動とは違い、明確にサンドラ領を狙っている訳ではないらしく同心円状に被害が増えているらしい。
しかもその被害の中にはエルフの国の庇護にあるエルフの郷の1つが入っており、そちらからも救援要請が入っている。
王国とエルフは今だに表向きは対立しているが、お互いに折り合いが付く所を捜していた。
そこに今回の件だ。
王国のサンドラ領がエルフの郷を助けたとあれば、そこから元の国交へ持って行くのは容易い。
しかし、それには実際にエルフの郷を助ける必要がある。
しかしサンドラ領にはそのチカラが無く、王国軍では軍の編成に急いでも2週間はかかる。
そこでゴブリン軍を退け、ドラゴンスレイヤーたるオレ達に白羽の矢が当たったと言う事だ。
「以上だ。サンドラ領に向かって脅威を取り除いて欲しい……」
「お父様。お言葉ですが脅威とは何ですか?」
「魔物だ……」
「魔物の種類は?」
「分からん……」
「では魔物の規模は?」
「スマン、分からん……」
「……そうですか」
「これを見せれば”王家の影”として情報も支援も十分に貰えるはずだ」
そう言って過度な装飾がされた短剣を2本見せてくる。
「これは?」
「”王家の影”の証だそうだ……確かに半年ほど前に”御触れ”が回っていた」
「何と?」
「”この短剣を持つ者は王家と同列として扱う”との内容だったはずだ」
「王家と同列……破格の扱いですね」
「ああ。アルドとエルファスを軽んじている訳では無いのは確かだ。恐らくはどちらかをブルーリングの領主にして、どちらかを王家に取り込みたいのだろう……」
「……なるほど」
「王家の思惑はこの際どうでも良い。取り急ぎサンドラ領へ向かって欲しい」
「分かりました」
「ブルーリングの紋章の入っていない馬車をすぐに用意する」
「待ってください」
「何だ?」
「サンドラ領なら王都よりもブルーリング領からの方が近いはずです」
「そうか、そうだな……旅程で2日は違ってくるか」
「はい。ブルーリングからであれば4日もあれば到着するかと思います」
「分かった。緊急の案件だ。ワシも一緒にブルーリングへ行こう」
「はい。3人共聞いたわね。装備を整えて”アオの間”の前室に集合よ。食料はアルが全員の分を揃えて頂戴。秘蔵の保存食もキッチリ出して貰うわよ」
「何故それを……分かりました……」
何故、氷結さんが知っているんだ……まぁ梅干しの事なので持って行くのは構わないが……
オレは厨房で保存食と食料をを詰め込んで”アオの間”の前室へと急いだ。
オレが一番、最後かと思ったら爺さんがいない。どうやら先にブルーリングへ飛んで準備をしてくれているようだ。
すぐに”アオの間”への扉を開く。
オレは指輪に魔力を送り久しぶりにアオを呼び出した。
「久しぶりだね、アルド。どうしたんだい?」
「久しぶりだ、アオ。全員をブルーリングに送って欲しい」
「了解だ。行くよ」
アオの言葉で一瞬の浮遊感の後、全員がブルーリング領の”指輪の間”へと飛ばされる。
指輪の間の入口では爺さんと父さんが待っていた。
オレ達と交代するように爺さんが王都の”アオの間”へ飛んでいく。
「ヨシュア、準備はどう?」
「父さんから話は聞いたよ。今、準備中だ。後30分ほどで準備が出来ると思う」
「そう、因みに編成を聞いて良いかしら」
「馬車が1台、騎馬が4騎、全てブルーリングの紋章が無い物を選んである」
「人は?」
「ベレット、タメイ、ガル、の3人だ。タメイには御者をして貰うつもりだよ」
「分かったわ。食料は馬車の上に積めるだけ詰んで」
「分かった。アルのその荷物も食料かい?」
「はい。試験中の保存食も入っているので出来れば別にして貰えると助かります」
「分かったよ。別に積んで貰うように話しておくよ」
そう言って父さんはオレから荷物を受け取ると階段を登り始めた。
「何だこの重さは……ここは持てないって言える空気じゃない……頑張れ、私!」
父さんはボソボソ呟いていたが丸聞こえだった。
オレは何も言わずにそっと荷物を持って階段の上まで運んだ。
ここからは最速でサンドラ領を目指す。サンドラ伯爵を筆頭に、ルイス、オリビア、リーザスさん、オレの知り合いは全て王都にいるはずだ。
どの規模の魔物災害か不明だが、さっさと終わらせて迷宮探索をしなければ。
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