第170話ライラの大冒険 参

170.ライラの大冒険 参




ライラがエルフの隠れ郷に留まり2年の月日が流れていた。

アルドと出会ってから、4年になるだろうか……


これだけの時間が過ぎたが、自分でも驚く程アルドへの気持ちは薄らぐことは無い。

一刻も早くアルドの元へ駆け付けたいが、アシェラとの約束もあり霊薬を後2本、出来れば3本手に入れなければアルドの元へ行く事は許されない。


ライラは毎日、寝る前の僅かな時間、アルドへの想いをノートへ綴って、それを糧に日々を過ごしていた。




ライラは隠れ郷に留まってからの2年でエルフ語は完全にマスターしていた。

言葉だけであれば1年でほぼマスターしていたのだが、エルフの文化や”若返りの霊薬”の情報を手に入れる為に郷へ留まっていたのだ。


言葉を思ったより早く覚えられたのには訳がある。

最初は郷の中に人族語を話せる者はいないと思っていたのだが、実は話せる者がそれなりの人数いる事が分かった。


村長もその一人で、最初に話せないフリをされたのは警戒されていたからのようだ。

郷で生活しだして1か月が過ぎる頃には、村長は謝罪と同時にエルフ語の先生を申し出てくれた。


こうして2年の間に村長宅に世話になりながらエルフの言葉を覚え、文化を学ばせてもらった。

しかし2年も生活を共にすると不思議な事がいくつか出てくる。村長は髭を生やした50歳ほどの見た目なのだが、村長以外に年配の姿の者がいないのだ。


さらに霊薬に関係あるか微妙なのだが、最近ではエルフと言う種族自体に疑念を持ち始めていた。

それはエルフの葬儀に参列した時の事。


(エルフは何百年も生きると聞いたが、この亡くなったエルフの見た目は20台後半に見える……エルフと言う種族は年を取らないと聞いたが、村長の見た目は50代だ。しかも亡くなったエルフの死因は老衰と聞いている。生前に私が話しかけた時も、見た目は若いが言動は老人のそれに近かった……どうなっている?)


寝る前に情報を整理してみた。


1.老衰で死んだエルフの見た目が20代。村長の見た目が50代。

2.20代の見た目で老衰で死亡。生前の雰囲気は若者より老人のそれに近かった。

3.何百年と言う寿命のわりに出産が多い……郷の人口に対して子供の数は人族と変わらないように感じる……人口爆発しないのは何故?


色々な仮説を立てていると1つ気になる事がある。


”若返りの霊薬”


もしも、エルフ自身もこの秘薬を使っているとしたら?

寿命も本当は人族と変わらないとしたら?


この推測が当たっているとしたら村長は威厳を持たせる見た目のために”若返りの霊薬”を使っていないだけなのかもしれない。

一見すると突拍子も無い事のように思えるが”若返りの霊薬”を含めて考えると驚く程に全ての矛盾が説明できる。


もしかして”若返りの霊薬”は貴重な品では無くエルフの秘密を守るため、政治的な意味で貴重な品になっているとしたら……

遺跡など漁らなくても”若返りの霊薬”を手に入れる事が出来る可能性が出てきた気がする。


しかし、この推測が真実であれば気が付いた私を、エルフは絶対に許さないはずだ。

ここは慎重に動かなければエルフと言う種族自体を敵に回しかねない。


私は半ば自分の仮説が正しいと確信しながら眠りに落ちていった。





次の日から自分の仮説を頭の隅に入れながら生活していると、すぐに答えに巡り合う事になる。

それは世代。本当に何百年もの寿命があるのであれば6世代、7世代、8世代前のご先祖様が生きていないとおかしいのだ。


しかし実際は3世代、ギリギリ4世代前の人が生きているのが限界だった。

勿論、4世代前の人も若い見た目であるから本来の歳よりは俊敏に動けるのだろうが精々50歳程度の動きである。


100歳を越えて50歳の動きが出来れば十分ではあるのだが。

私は迷っていた。この事実を公開しない代わりに”若返りの霊薬”を手に入れられないか。


この条件で交渉出来るのではないか……

問題はエルフ側に私の命に価値が無い事か……殺してしまえば交渉も何も無いのだから。


そんな事を考えているのが態度に出ていたのだろう。

ある夜、村長に呼び出された。


「ライラ、我らエルフの言葉は覚え、我らの生活も学んでいるか?」

「はい。この2年で不自由なく会話できるまでになりました」


「そうか。名残惜しいが、そろそろ旅立ちの時では無いか?」

「もう少し、エルフの文化に触れたいと思います」


「文化か……”若返りの霊薬”……」

「……」


「2年前に我らの東の集落の墓地より”若返りの霊薬”が盗まれた。犯人は人族の女と言う事だ」

「……」


「ライラ。私は2年前にゴブリンから孫を助けてくれたお前に恩義を感じておる。これは最大の譲歩だ。郷から出て行きなさい。これ以上は私でも若い衆を抑えきれん」

「……」


思えば2年もの間、よそ者である自分を郷の中で自由にさせてくれたのは村長だ。

これ以上は迷惑をかけられない。どこか別の集落でエルフと交渉しようとライラは重い口を開いた。


「分かりました。今までありがとうございました」


ライラがそう言い席を立とうとするとエルフの男が数人部屋に入ってくる。


「村長、もう我慢できねぇ。この女はエルフの秘密に気が付いている。違うか?」

「……」


「昔、人族にエルフが滅ぼされそうになった時、年寄りも戦争に担ぎ出すために作られた薬だ。この薬の事がバレたら人族や他の種族は必ずエルフを攻めにくる」

「……」


「この女を一生幽閉してくれ。そうじゃなきゃオレがこの女を殺す」


村長は大きな溜息を1つ吐き疲れた声で返した。


「……分かった。誰かライラを我が家の牢へ……」


ライラはこの人数に抵抗する事の無意味さから大人しく連行されていく。

村長の隣を通った時に小さな声で”すまない……”謝罪の声が聞こえた。





ライラが連れていかれた場所は座敷牢に近かった。

一応ではあるが床には敷物が敷かれ、寝るための毛布も置いてある。


トイレはありがたい事に個室で外からは見えない作りになっていた。

これだけ聞けばライラほどの魔法使いなら簡単に脱出、出来そうだ。


しかし現実にはライラはこの座敷牢に囚われ続けている。

何故か?この世界では古来より魔法使いの犯罪者にどうやって枷を嵌めるか考えられてきた。


魔法使いから魔法を奪う。簡単な話だ。魔法は魔力が無ければ使えないのだから。

そうして必然のように”魔喰いの首輪”と言う魔道具が作られた。装着者の魔力を問答無用で消費し光り続けるだけの簡単な構造の魔道具だ。


効率化など勿論されていない。逆にどうやって無駄に魔力が消費されるかに心血が注がれた魔道具。

それがライラの首に嵌められていた。

この魔道具の効果によってライラの魔力は常に1割を越える事は無い。


起きていても絶えず感じる魔力枯渇の感覚……

頭は朦朧とし、眠気とダルさを絶えず感じていた。


普通の人であれば1週間で根をあげる拷問だ。

しかしライラは気力だけで耐えていた。


その姿を暗闇からジッと見つめる視線が1つ……

ライラはもう少し若ければ見目麗しい淑女である。


エルフといえどライラほどの美しさを持つのは稀であった。

”もう少し若ければ……”


他種族であれば言葉通りの意味であり、異性を諦めるための物である。

しかしエルフには必ずしも当てはまる言葉では無かった。


そしてエルフの秘密だ……

エルフの秘密は知ったからと言って、必ずしも囚われる訳では無い。


1つだけ秘密を知って、さらに自由があり”若返りの霊薬”さえ与えられる立場がある。

”婚姻”エルフの誰かと結婚すれば、自由も”若返りの霊薬”さえも与えられるのだ。


実はライラを一番に捕らえた者も、ライラに入れ込んだ1人だった。


「ライラ。オレの嫁になればすぐに出られる」

「誰がアンタなんかの嫁になるか……出てけ……」


「強情な……お前が折れる頃にまた来るよ」


そう言って男は厭らしい顔をしてライラの前から姿を消した。

ライラは思う。


(耐えられなくなったら死のう。アルド君以外の男なんて考えられない……あぁ、アルド君に会いたいなぁ……)


そうしてライラは魔力枯渇で意識を失っていく。



どれほどの時間が経ったのか部屋の隅に僅かな大きさの空気穴用の窓がある。そこからの光で今が陽が当たる時間なのだと分かった。


恐らく今日で2週間ほどだ。こうしていても誰かが助けに来てくれる可能性など無い……

ライラはいっそ楽になろうか。と何度考えたか分からない。その度に”アルド君に会いたい”と死ねずにいた。


しかし昨日から郷が騒がしい。空気穴に耳を澄ませていると怒号や戦闘音が聞こえてくる。

何かが起こっている?ライラも魔法師団の小隊長を務めた猛者だ。


すぐに意識を変え戦闘音に集中した。

声はエルフの物だけ。但し、戦闘音と一緒に羽音のような物が稀に聞こえる。


その日から食料の支給は半分になった。

いつも食料を持ってきてくれる男の子、リステアに状況を聞いてみる。


この子はライラが郷に来る事になった、きっかけの男の子だ。


「リステア、いつもありがとうね」

「ううん、ライラおばちゃん。おばちゃんは何も悪い事してないのに……」


ライラは言葉を覚えてから、このリステアが自分の事をおばちゃんと呼んでいる事に初めて気が付いた。

普段なら1発ぶん殴っている所だが言葉を覚えた時には、情が沸いており、そのままになっている。


「外はどうなってるんだい?」

「僕も詳しい事は分からないけど虫が襲って来るんだ」


「虫?」

「うん。小さいのから大きいのまで。大きいのは大人より大きいみたい」


「みたい?リステアは見て無いのかい?」

「うん。僕達は虫が来ると避難所に隠れる事になってるんだ」


「絶えず襲ってくる訳じゃないのか?」

「多いのは昼頃。夜は襲ってこないみたい」


「そうか。被害はどう?」

「大人が何人も死んじゃった……」


「虫の目的は分かる?」

「知らない。大人も何で虫が襲ってくるのか分からないって言ってた」


「そうか。ありがとう。また何か分かったら教えて頂戴」

「うん。じゃあ僕は行くね。ライラおばちゃん」


最後の言葉に反応し、引き付った顔に笑顔を張り付けて見送った。


(虫……実際に見れれば何か分かるかもしれないが……この状態じゃ何も出来ないか……)


気になるのは季節。今は6月の半ばのはずだ。虫の活動はこれからが本番となる。


嫌な予感を感じながらライラは魔力枯渇で意識を手放していく。

思う事は……夢の中でもいいから”アルド君に会いたい”どこまでも乙女なライラであった。





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