第161話精霊の宴

161.精霊の宴




僕はアルド達をブルーリングに送ってすぐ、精霊王様へ謁見するためにマナストリームの深層へと向かっている。

気を張っていないと流されそうになってしまうマナの奔流を必死で進み続けた。


マナストリームの深層は上位の精霊たる僕でも気を抜くと、周りのマナに同化され吸収されかねない。

そこから2日の間、マナの奔流を必死に掻き分けながら休む事無く進んでいくと、マナストリ-ムの最奥たる精霊王様の住む深層へと辿り着いた。


「精霊王様!」


早速、呼びかけてみるが返事を返してはくださらない。僕はそこから1昼夜、ひたすらに精霊王様へ呼びかけ続けた。

疲れ果て声も出なくなりそうな時、声が聞こえてくる。


「------------」


声は心の中へと直接響き、自分が精霊王様の分体である事を強く感じさせた。


「精霊王様。今代の使徒と契約をして”アオ”と名を授かりました」

「----------」


「お聞きしたい事があります。今代の使徒は今まで聞いていた使徒と違い過ぎます」

「-----------」


僕は精霊王様の言葉を1/10……いや、殆ど理解出来ない。

他の上位精霊によると、僕は在り様が人に寄り過ぎているそうだ。


確かに上位精霊の中で、僕よりも人の機微に敏感な者はいないと思う。

そのせいで精霊王様のお言葉が理解できないのはとても悲しい事だ。


でも……精霊王様のお言葉は理解できないけれど、取り敢えずは今までの報告だけでもしないと。

僕はアルドと契約してから、自分の見てきた事をありのままに話した。


「まずは使徒が2人おります」

「----」


「それに空間魔法を操り、空を歩くのです……」

「------」


「僕はこのまま使徒のサポートを続ければ良いのでしょうか?」

「------------------------------------------【--見-守--れ---】-------------------------------------------」


愚鈍な僕にも分かりやすく話しかけてくれている筈なのに、精霊王様の優しさが伝わるだけで内容までは理解ができなかった。

それでも、ただ1つ【見守れ】その言葉だけを理解する事ができたのは、精霊王様の偉大さのおかげだろう。


「分かりました。使徒を見守ります」


精霊王様の纏う雰囲気が柔らかくなった。僕の返事は間違っていなかったのだと思う。

その雰囲気のまま、精霊王様の輪郭がぼやけていく。


直に精霊王様の気配が無くなった。マナストリームに乗って世界を見守る役目に戻られたのだ。

たったこれだけの時間の謁見だが、これだけの深層で精霊王様ほどの存在にまみえる……


僕は寿命が100年は縮んだ気がした。


「ふう、帰るか……」






僕の呟きに反応するように”半人半樹の少女””赤い炎””銀色の狼””漆黒の蝶”が何も無い空間から湧き出してくる。


「上手くやってるの?」


”半人半樹の少女”ドライアドが、前触れも無くいきなり聞いて来た。

こいつは最初に人から別れた種族、エルフの精霊だ。


「当たり前さ。アオって名前も貰ったんだ」

「アオ……そのまんまじゃない。キャハハハ」


こいつは相変わらず気に入らない。思った事をそのまま口にして勝手気ままに過ごしている。

この性格でエルフをどうやって導いたのか……きっとエルフが地味なのは、コイツを反面教師にしたからだ。と密かに確信している。


”赤い炎”は2番目の種族、ドワーフの精霊のアグニだ。

こいつと3番目の種族 獣族の精霊フェンリルは言葉が話せない。


代わりに思念を飛ばせるので最低限の意思の疎通は出来るのだが、アグニは他人の意見を一切聞く気は無いようで会話?にならない。

いつも鍛冶の事を思念に乗せて垂れ流しており、何を考えているか良く分からないヤツだ。


フェンリルは意外な事に、この中で一番の人格者でいつも丁寧な思念を送ってくる。

但し、こいつは苦労性で、いつもドライアドに振り回されて貧乏くじを引いていた。


僕はこれだけ長い付き合いなのに、コイツの尻尾が立ってる所を見た事が無い。


「アオか……良い名ではないか。頑張っているようで吾輩も安心したぞ」


最後の”漆黒の蝶”こいつが最後の種族 魔族の精霊グリムだ……

ある意味こいつが一番、意味が分からない。


普段は真っ黒で陰気な蝶のくせに、怒ったり悲しんだりすると極採色になり7色に輝き出す。

口調も今のように取り繕った感じでは無く、場末の酒場の酔っ払いかと間違うほどだ。


フェンリル以外 癖が強いが、わざわざ僕に会いに来てくれたのは素直にありがたい。


「グリム、ありがとう。皆、わざわざ集まってくれたのかい?」

「当たり前でしょ!アンタが失敗したら世界が壊れちゃうんだから。それにしても精霊王様はなんでアンタなんかに任せたのかしら……精霊王様のお言葉も聞けない出来損ないのくせに」

「ドライアド。少々口が過ぎるようだ。いくら本当の事でも本人に向かって言うのは、些か配慮に欠けるのでは無いか?」


「……」

「だって本当の事じゃないー。グリムは細かい事ばっか、五月蠅いんだーーー」

「やれやれ、アオ、あまり気にするな。いくら出来損ないでもしっかり努力をすれば、吾輩の1/10程は結果が出るかもしれない」


そうだった……こいつらはナチュラルに煽って来るんだった……悪口を言っている自覚が無いのが、さらに腹立たしい。

これでどうやって使徒を導けたのだろうか。心の底から疑問に思う。


こうして皆で会話をしている横で、アグニは全く関係が無いオリハルコンとミスリルの合金の比率を考えていた……思念を垂れ流してくるのが非常に鬱陶しい。

フェンリルからは先程から必死に慰めの思念が飛んできている。


「今回の使徒は少し何か違う気がするんだ…………」


本当はあまり関わりたく無かったが”使徒の精霊”の先輩である4体に、アルドとエルファスの事を話してみた。


「使徒が空間魔法を使ったの?あれって精霊でも使える者って少ししかいなかったわよね?」

「アオよ、気を引きたいと言って嘘はイカンぞ……」


ドライアドは興味がありそうだがグリムは色が派手になりかけている。


「本当さ。僕もその為に精霊王様へ報告にきたんだ」


ドライアドは興味深そうに目を輝かせ、グリムはかつての自分の使徒よりアルド達が優秀なのが納得いかないようだった。


「良いなー私も地上へ行こうかなー」

「ドライアド。意味も無く地上へ来るのは、マナの流れに混乱を呼ぶよ。精霊王様にも禁止されている」


「あらー、精霊王様が禁じたのは無秩序な干渉よ。会いに行くだけなら関係ないわー」

「僕らのチカラはマナを直接に触るんだ。頼むから止めてくれ」


僕はドライアドへ攻撃も辞さないつもりで話すと、やっと少しだけ譲歩してくれるようだ。


「分かったわよ!グリムもアオも意地悪なんだーーー!何よ、何よ、私の方が上手く出来るのにーー!」


そう言ってドライアドは姿を消した。

ついでに最後まで挨拶もせずに、ミスリルとオリハルコンの比率を垂れ流していたアグニも興味無さそうに消えていく。


「魔族は至高の種族なのだ!故に我の使徒も至高!!ティリス!当然ながら、お前が最高の使徒なのだ!」


グリムのいつもの発作が出ている……

こいつは自分の使徒に対して信仰に近い感情を持っているらしく、普段は”使徒の魂の欠片”を捜す為にマナストリームを漂っている。


もう何百年も前の魂の欠片など残っているはずも無いのに……





そして、いつものようにフェンリルと僕だけが残された。

フェンリルの顔を見ると眉を”ハの字”に下げ、あいつらの代わりに謝っている。


僕は苦笑いを受かべて、いつものように返す。

久しぶりの同窓会を終え、改めて”使徒の精霊”の責任を感じるが、同時に自分のチカラの無さも感じてしまった。


僕の思考を読むようにフェンリルが横で心配そうな顔をしている。

ドライアドの言うように僕は出来損ないなのかもしれない。何故なら他の”使徒の精霊”と違い僕には戦うチカラが無いからだ。


正直な所、僕は役に立っているのだろうか……

ブルーリングの領域はこの数か月で5メードほど広くなった。


領域の中では作物も良く育つように調整しているし、少しでも領域が広くなるように頑張っている。

僕なりに努力してるつもりなのだが……何か地味なのだ。





全員 相変わらずで懐かしくなったが、これ以上ここにいても意味は無い。そろそろアルドとエルファスの元へ帰らなければ。

戻ったら精霊王様に言われたようにアルドとエルファスを見守り、助けようと思う。


「じゃあ、僕は行くよ。久しぶりに会えて良かった」


この場に残るフェンリルに話しかけた。この言葉は本心だ。久しぶりに自分が精霊である事を実感できる。

しかし、改めてこいつら精霊と比べたらアルドやエルファス、アシェラ、姐さんは会話になるだけまだマシだと思い知らされた。


少しだけアルドにも優しくしないと……そんな事を思う。

さて、目指すは地上。ブルーリングのマナスポットを目指す。



大変だけど行きと同じだけの時間をかけて戻るしかない……僕は気をしっかり持ってマナの奔流を真っ直ぐに進んで行った。




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