第120話ゴブリン part2

120.ゴブリン part2



グラノ魔法師団長に話を聞きに来たのだが忙しそうに指揮を執っていた。

オレがどうした物かと悩んでいると母さんが空気を読まずに話しかける。


「兄さん。状況を教えて頂戴」


グラノ魔法師団長としても、こちらの方が重要と判断したのだろう。

残りの指揮を部下へと任せて説明をしてくれた。


一通り話を聞き、話を纏めるとこうだ。


遠征の前半は魔物の数が多くはあったが特に変わった出来事があった訳では無い。

問題はそろそろ撤収のタイミングを考え始めた夜に起こった。


ゴブリンの襲撃だ。見渡す限りのゴブリンの群れに飲み込まれそうになる。

しかしグラノの判断が正確だったのだろう。迅速に撤退戦へ移行する事に成功した。


ここまではブルーリング邸でも聞いた情報だ。生の声でよりリアルには感じられるが大筋は報告通りで間違いは無い。

ここからはオレ達が知らない内容だった。


グラノはゴブリンの規模を見てブルーリングの戦力では”掃討は無理”と判断。

このまま撤退してゴブリンをいたずらにブルーリングへ近づけるのは悪手。少しでも時間を稼いでオレとエルが到着する時間を稼ぐ事に専念した。



わざとブルーリングとは違う方向に撤退してゴブリンを引き付ける事で時間を稼ぐ作戦を実行する、しかし、作戦の意図が分からずに部下から不満が噴出した。

それでも真摯に説明をし最終的には渋々ながらも支持を得る事に成功する。


そもそも何故これほど長い間、時間稼ぎが出来たかと言えば…ゴブリンも魔物とは言え生き物だ。当然、食事や睡眠が必要なのだ。

人型故なのかゴブリンの生態は本来、日中に行動し夜間は眠る。


時間稼ぎをされるのに焦れたのか押せば倒せると思われたのかは不明だが…今日の夜襲が異常なのだ。

そうして延べ5日もの間、撤退戦で敵を引き付けていた。


後3日、粘ればオレとエルがブルーリングに到着する事を信じて戦っている所に偶然オレ達が現れた。っと言うわけだ。

グラノは眼を細めて一言だけ呟く。


「アルド様とエルファス様を生んだ実母の兄弟子…ラフィの兄弟子でこんなに誇らしい事は初めてです」


氷結さんの兄弟子…昔から酷い目にあわされてきたんだろうなぁ。っとグラノに同情した。




これで大体の経緯は確認できた。次はここがどの辺りなのかを知らねば。


「僕達は”奈落の谷”を越えてきたので場所の感覚がズレてまして…ここはどの辺りなのですか?」


オレはリュックから地図を取り出してグラノに聞いてみた。


「この辺りに拠点を置いていたはずだから…恐らくはこの辺りかと」


グラノが指差した場所はブルーリングの街からかなり東の方向に移動した場所だ。

オレ達が奈落の谷から来ないで街道を使っていたら絶対に合わなかったと断言できる。


この人達全員、本気で命を使って時間稼ぎをするつもりだったのだ…改めて覚悟の重さを見て畏れすら感じる。

同時に先程の騎士への態度に少しだけ”悪い事をした”っと思う。


次に会ったら謝罪しよう…そう心のメモに書き込んだ。




さてさて、経緯も知れてこの場所の位置も分かった。ブルーリングの街に急いで戻りたい所だが魔力が心許ない。

コンデンスレイと魔力盾、等々でオレとエルの魔力は2人共1/3程しか残っていないのだ。


ここは一度休憩を入れて魔力を回復したいと思う。

それに、ここを逃すと次にいつ休憩出来るか分からない。魔力だけじゃなく精神や体力の回復の為にもここで一度、休むべきだ。


「ここで一度、休憩しようと思います」

「そうね。魔力の回復も必要だし休憩しましょう」


母さんに話すと素直に同意してくれた。


「グラノ魔法師団長。どこか休める所はありますか?」

「休める所…馬車なら移動しながら休めますが…」


「馬車か…1台と馬を出来れば4頭、用意して貰っても良いですか?」

「はい。すぐに用意します」


15分程待つとグラノと5人の騎士がやってくる。

良くみると先程”叩頭礼”をしてきた騎士がいた。


「先程は失礼な態度を取り申し訳ありませんでした」


いきなりのオレの謝罪に騎士は驚いて良く分からない事を話している。


「いや、こちらが、、家族を守って、、いや、感謝を、、」


グラノが騎士にゆっくりと話しかけた。


「落ち着け。ゆっくりで良い。自分の思いを話せ」


騎士は1度だけ大きく息を吸って吐き出す。


「ハァ…こちらこそ申し訳ありませんでした。いきなり叩頭礼など…ただ嬉しかったのです。自分の家族がこれで助かると思ったら。どうやって感謝を表せば良いか分からなくなって…」

「僕のチカラなんて、たかが知れています」


騎士も含めてグラノまでが驚いた顔をした。


「魔力の回復も皆さんの協力が無ければ満足に出来ないんです。皆で一緒にブルーリングを守りましょう」


今度は呆けた顔を晒す…何故だ。

騎士達はすぐに気を取り直し騎士式の礼をしてくる。


「皆様の休憩の間の安全は我々が命をかけてお守りします」


何故かすごくやる気を漲らせながら言われてしまう。


「お、お願いします…」


オレは、そう返すのがやっとだった…解せぬ。




ブルーリングへの移動は箱馬車では無く荷馬車だ。

それなりの広さがあるので1台でも横になって休む事が出来る。勿論、快適とは行かないが。


御者をさき程の騎士が努め、残りの4人が馬に乗って護衛してくれる様だ。


「よろしくお願いします」


挨拶をして馬車に乗り込んでいく。

グラノ魔法師団長は遠征軍の指揮を執る為にここでお別れだ。


ゴブリンもすぐには攻めてこないと思われるので1日の休息の後、ブルーリングに帰ってくるらしい。


「じゃあ、兄さん。先にブルーリングに戻ってるわ」

「ああ。アルド様やエルファス様を頼む」


「私の息子なのよ。兄さんに頼まれなくても面倒みるわよ」

「そうだな」


空気が弛緩して皆の顔に笑みが浮かぶ。


「では出発します」


御者台から騎士が声をかけてくる。


「お願いします」


一番近いオレが騎士へと返した。

ゆっくりと馬車が動き出す。周りの騎士や魔法使いがオレ達を送り出してくれる。


その顔は疲れが滲み、土や汗で真っ黒だ。しかし、やりきった者だけが浮かべる”良い笑顔”で送り出してくれた。




馬車が少し進んで遠征軍が見えなくなると母さんが話し出す。


「魔力を回復しないとね。睡眠薬を使うわよ」

「「「はい」」」


母さんとハルヴァ以外の3人で睡眠薬を飲んだ。


「悪いけどハルヴァは見張り。私はエアコン魔法。休憩はアル達が起きてからね」

「分かりました」


直に眠気がやってきて思い思いの場所に寝ころび夢の世界に旅たってゆく。

オレが最後に見たのは隣で眠るアシェラを抱きかかえ、違う場所に寝かせるハルヴァの後ろ姿だった。




ガタゴトと揺れる馬車の音で目が覚める。

眠い眼を擦りながら起きると空が薄っすらと明るくなる所だった。


周りを見るとエルとアシェラはまだ眠っている。

母さんは少し青い顔をして調子が悪そうだ。


「母様。大丈夫ですか?」

「少し魔力が枯渇気味なだけ。問題ないわ」


そう言えばこの馬車は荷馬車だ。完全に開け放されている。オレも以前、屋外で広範囲にエアコン魔法を使って思った以上の魔力消費に驚いた事があった。


「あまり無理はしないでください」

「アンタ達ばっかり無理させられないわ。休憩ぐらいしっかり取りたいでしょ?」


確かにエアコン魔法が無ければ寒さで何度か起きただろう。最悪、凍死なんて事もあるかも知れない。

オレ達の話声のせいか、エルとアシェラが起き出した。


「おはよう…」

「「「「おはよう」」」」


アシェラの挨拶に全員が返す。

寝起きのアシェラか…子供の頃から何度も見てるが最近は見てなかった。


オレが見過ぎたのだろう、アシェラが顔を赤くして後ろを向いてしまう。

周りは生暖かい眼でオレ達を見つめるのだった。




交代で母さんとハルヴァは睡眠中だ。勿論、睡眠薬も使っている。

悪いがアシェラにエアコン魔法を使って貰う。オレとエルの魔力は万が一を考えて極力、温存していくつもりだ。


「エル、アシェラ、魔力はどうだ?」

「僕は完全に回復しました」

「ボクも完全に回復したけどドンドン減っていってる」


折角回復したのにこれは良くない。周りを見渡すと馬車の隅に木箱が1つ置いてある。

中を覗くとどうやら雨が降った時に荷物に掛ける防水の布の様だ。


これで簡易テントを張れば魔力の消費を抑えられるはず!


「エル、これを張ってアシェラの魔力消費を抑えるぞ」

「張るのですか……」


良く分かって無いエルをそのままに布を広げていく。

このままだとアシェラが布をずっと持つ羽目になるので柱になる木を探す。


周りを探したがそんなピッタリの物が落ちている訳も無く…

少し先に3メード程の高さの若木を見つけた。オレは短剣を握りしめ、その木に向かって走りだす。


走りながら魔力武器(大剣)を構え振りかぶる。この木は枝も邪魔だし少し太すぎる…

切り倒す前に少し細くさせて貰う。


一閃。もう一回…もう一回…


何回か大剣を振り下ろし立ったままの木を好みの太さと形へ変えて行く。

馬車も馬も止まり、騎士達はその姿を死んだ魚の眼で見続けていた。


そうして自分の気に入った形になった所で切り倒す。

その木を柱変わりにして防水の布を張る。これで簡易テントの完成だ。


正直アシェラに寝ころんで貰う事も考えたが、この防水の布は厚手の布に水を弾く様に油を染み込ませてある。

正直ぬるぬるして気持ちが悪い。こんな物の下にアシェラを入れるなんて…


ぬるぬる…アシェラ…ゴクリ。

オレは首を振って邪念を振り払う。




1時間程でハルヴァと母さんが起き出した。

簡易テントの中は暗いのでライトの魔法で明るくしてあるが、一瞬どこにいるのか分からなかったのだろう。


「ここはどこ?」


思わず”私は誰?”と言いそうになったが普通に返す。


「馬車の上ですよ。アシェラの魔力消費を抑える為に防水の布を張りました」

「防水の布…なるほど。荷物を濡らさない為の布で…」


母さんは興味深そうに布を眺めている。


「ちょっと良い?」

「はい」


「実は魔力がまで1/4ぐらいしか回復してないの」

「まあ1時間ではそうでしょうね」


「これなら魔力消費が抑えられるから、もう3時間ぐらい眠っても良いかしら?」

「そうですね。アシェラにも1時間ぐらい寝てもらいましょうか」


「誰がエアコン魔法を使うのよ」

「ここなら殆ど魔力を使わないので僕が使いますよ」


「…分かったわ。アシェラ、聞いてたわよね?少し眠りましょ」

「ボク…寝過ぎて眠く無い…」


「ワガママ言わないの。はい睡眠薬」

「はい…」


「ハルヴァも眠っておく?次はいつ休憩できるか分からないわよ」

「そうですね。もう1時間眠らせてもらいます」


そう言うとハルヴァはアシェラの横に移動するがアシェラはオレの隣へ逃げてくる。

ハルヴァは顔に暗い影を落としながら眠りに落ちて行った。せめて良い夢を見てくれ。




きっちり1時間経つとハルヴァとアシェラが起きて来る。


「おはよう…」

「「おはよう」」


「もう”おはよう”は言いたくない…寝過ぎで頭痛い…」

「そうか…魔力はどうだ?」


「満タン」

「それならエアコン魔法を変わってくれると助かる」


「分かった」


アシェラとエアコン魔法を変わって貰う。

母さんが起きるまで後2時間。そこからは馬に乗り換えて移動だろうな。




2時間経って母さんが起き出した。


「母様。おはようございます。魔力はどうですか?」

「ふぁぁ…良く寝た。魔力は満タンよ」


これで全員が完全回復だ。オレは御者の騎士に話しかけた。


「すみません。回復できました。ここからは馬で移動しようかと思います」

「分かりました」


そう言うと馬車を止め騎士達も馬を降り始める。

馬は水を飲ませ食事を与えて15分程休憩させた。ブルーリングに着いたら好きなだけ食べさせてやるから今は我慢して欲しい。


「本当にありがとうございました」


オレが騎士達にそう言い放つと何故か騎士達は眼に涙を滲ませ出す…やばい。


「そ、それではオレ達はこれで…」


オレは申し訳ないとは思いつつこの場を離れたかった。

4頭の馬を受け取りブルーリングへと馬を走らせる……


(やっべぇ…やっべぇよ…眼が昔、宗教に嵌った友人と同じだ…)


大学1年のサークルで知り合った時は素朴な感じの女の子だったはずだ。

大学3年の時に久しぶりに会うと化粧のキツイ娼婦の様になっていた…何でも信者を3人勧誘すれば徳が1つ増える。っと訳の分からない事を言っていたのを覚えている。


さっき騎士達はあの時の女の子と同じ眼をしていた…オレは股間が”キュッ”となるのを誰かに悟られない様に隠すのに必死だ。


王都からここまでの間、色々なイベントをこなした気がするが本筋は全く進んでいない…まずはブルーリングに辿り着かねば。




オレはエル、アシェラ、母さん、ハルヴァを見回す。そして馬を走らせながらブルーリングの無事を心から願ったのであった。





11/10になりました。

以前からお話していた通り、明日から12/20まで更新をお休みさせて頂きます。


(*´Д`)< と言っていたがそれは嘘だ!!


あまりにもキリが悪いので後2話だけ更新します。毎日8:00更新でっす


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る