第119話ゴブリン part1
119.ゴブリン part1
きっかり1時間でハルヴァが起きだした。母さんを見ると幸せそうな顔で涎を垂らして眠っている。
流石にこの顔をハルヴァに見せるのはマズイ。
すぐに母さんを起こさねば。2~3回揺すると瞼がゆっくりと開いていきオレをボーっとした顔で眺めて来た。
直に眼には理性の色が見え始める。
「……アル、おはよう。どれぐらい眠ってたかしら?」
「きっかり1時間です」
「そう」
母さんは立ち上がり大きく伸びをすると振り返った。
「じゃあ、出発するわよ」
全員が眼に決意の光を宿して頷く。
崖の下で組んだ隊列で移動する。ハルヴァを先頭に中列が左からエル、母さん、オレの3人。後列がアシェラ、のインペリアルクロスだ。
夕食の時間だが休憩はしない。進みながら、それぞれが干し肉を齧る。ハルヴァの水だけはコマメに確認しなければ。
全員が歩きながらの食事を終えるとハルヴァが話しだす。
「少し速度を上げます。キツかったら言ってください」
ハルヴァが駆け足程の早さで移動を開始した。オレとしてはもっと早くても良いのだが魔法使いの母さんへの配慮だろう。
1時間程の駆け足で目標の方角の丘の上へと到着した。
ブルーリングの方角を見ると空が明るい…
「恐らく戦闘が起こっています……」
ハルヴァの声がやけに大きく響いた。
そこからは母さんの限界まで移動速度を上げる。
普段は飄々として掴み処の無い人だが今は滝の様な汗を流し必死に走っていた。
「アシェラ、母さんを背負えるか?」
「うん。問題ない」
「頼む。オレとエルは魔力を無駄に出来ない…」
「気にしない。弟子が師匠を背負うのは当たり前……やっぱり違う。よ、嫁が親を…背負うのは当たり前……」
「お、お、お前こんな時に…」
母さんが汗を流しながらもジト目を向けてくる。
「アンタ達って所かまわずイチャつくわね…」
アシェラと2人で反省しなければ。ここでイチャついて死んだらただのアホだ。
アシェラが母さんを背負う事でパーティの移動速度が一気に上がる。
30分程走り小高い丘の頂上に到着すると遠征軍の生き残りが撤退戦を行っているのが見えた。
しかし、普通の撤退戦にしては様子がおかしい。
ジリジリと戦線を下げてはいるがゴブリンから決して逃げようとはしない。
あからさまな時間稼ぎに見える。この状況では助けなど来る筈も無いのに…
ブルーリングの街には、あそこにいる騎士や魔法使いの家族や友人、大切な人がいるのだろう。1分1秒でも長く生きて欲しいと思えるほどの…
「エル、遠征軍と合流してコンデンスレイを撃つぞ。皆は援護を」
「はい、兄さま」
「任せて。アルド」
「分かったわ」
「分かりました」
オレ達から見て右側に遠征軍、ゴブリンは左側だ。
まずは遠征軍との合流を目指す。
ここからは母さんをアシェラが背負いエルがハルヴァを背負う。
そのままオレを先頭に空間蹴りで夜の空へと駆け上がる。
距離は1000メード程で魔力の消費は想定内だ。
遠征軍の真ん中には疲れた表情のグラノ魔法師団長が檄を飛ばしている。
「あと3日、何としても持たせろ!それで諸君らの家族や大切な人は助かる!アルド様とエルファス様がきっと何とかしてくれるはずだ。我々は無駄死にでは無い!!」
全員が死相が出そうなぐらい疲弊していたが大きな歓声が上がった。
そんな中、オレはグラノ魔法師団長の真上に到着すると自然落下で落ちて行く。
いきなり空からオレが降ってきた事でグラノ魔法師団長が馬から落ちそうになり、周りにも緊張が走る。
「兄さん。助けに来たわ」
戦闘音が鳴り響いている中で母さんの声が妙にハッキリと聞こえた。
「ラフィ?ハルヴァ?アルド様にエルファス様まで…私は夢を見ているのか?」
「夢じゃないわ。しっかりして!」
「い、いや…しかし…え?、なんで?」
「『グラノ。アンタは魔法の才能は並みだ。しかし冷静な判断で魔法の効果を何倍にも出来る』お師匠がいつも言ってた言葉よ。兄さん、しっかりして!」
ラフィーナの言葉に眼をいっぱいに開いてから周りをもう一度見渡す。
「本当にラフィなんだな?」
「そうよ。兄さん」
グラノは頭を振り、自分の頬を思いっきり叩いた。
「ラフィ、ここから見えるゴブリンは先遣隊の一部だ。後ろに本体が控えている」
「この規模で先遣隊…」
グラノが悲痛な顔で一度だけ頷く。
「アルド様。極大魔法をお願いできますか?」
「分かった。オレは撃てるが、エルはハルヴァを運んだから撃つのは厳しい」
「あの極大魔法なら1発あれば十分です」
軽く打合せをするとゴブをなるべく倒す為に水平射撃をする事に決まった。
「なるべく沢山、倒したいからな。オレ達のパーティだけ一時的に突出してコンデンスレイを撃ちたい」
「なるほど。突出しないと射角が狭くなると言うことですか…」
「そうだ。2秒間の”光の剣”で薙ぎ払うのに横に人がいると巻き込みかねん」
「しかし一時的とは言えアルド様が無防備になるのでは…」
「そこはエルに守ってもらう。不沈艦エルだ!」
「ふちんかん?ですか…」
「ああ、見ててくれ」
オレ達パーティの配置は前衛にハルヴァとアシェラ。後衛にオレとエル、母さんだ。
前衛の配置は左にアシェラ、右にハルヴァ。後衛は左から母さん、オレ、エル。
コンデンスレイを撃つオレを守る様な配置になっている。
「では、行こう」
オレの言葉に全員が頷く。
オレ達パーティが突出するのにわざわざ前に出なくても周りがジリジリと下がってくれる。
その場で止まって戦うと勝手に突出した形になっていく。
相変わらずアシェラがおかしな攻撃力でゴブリンを蹂躙している。その横でハルヴァが堅実に敵を1匹ずつ倒していく。
母さんはウィンドバレットを5~10個、絶えず纏わせてゴブリンアーチャーやナイト等の遠距離武器持ちや指揮官を狙って倒していた。
周りを見てからエルに呟く。
「そろそろ行くぞ」
「はい。兄さま」
エルがオレの背中から抱き着くような恰好になってオレの全面に盾、両横と背中に魔力盾を展開する。
勿論リアクティブアーマーは仕込み済みだ。
「全員、撤退!」
オレは魔力を凝縮しながら”撤退”の指示を出す。
これはさき程の打合せでもオレが強硬に主張した。
”撤退”の指示が出たら絶対に下がれ。っと。オレはエルの盾で視界が0に近い。
本当に”同士討ち”になりかねない。
コンデンスレイの準備も完了しそうという時にエルのリアクティブアーマーが前方、両横で炸裂した。
威力マシマシは自分も吹き飛ばされる為に今回は抑え気味の威力のはずだ。しかし最低限でもシレア団長を戦闘不能にしたのだから威力はそれなりにある。
「エル。盾解除!」
「はい」
エルは盾を下げ、魔力盾を解除する。
オレとエル、何故かいるアシェラの3人はポツンと敵のど真ん中に取り残されていた。そしてリアクティブアーマーのお陰でオレの周りだけ敵がいない空間ができている。
「いくぞ!」
まずは敵の群れの端に光の線が伸びて行く…すぐに反対側の端まで光の剣が振るわれた。
一瞬の静寂の後の轟音。エルが魔力盾を球形に展開しアシェラが盾の中でエアコン魔法を使う。
オレはエルに魔力を貰い意識は飛んでいない。
「下がるぞ」
オレの言葉にエルとアシェラが顔をしかめながら頷いた。
恐らく敵が近すぎた為に魔力盾の外は灼熱の地獄なのだろう。
現に近くにいるゴブリンの目玉が破裂して見る間に全身を燃え上がらせていく。
オレ達は素早く下がりながらも魔力盾とエアコン魔法は絶対に切らない。
「エル、大丈夫か?交代するか?」
「ま、まだ大丈夫です」
とても大丈夫そうでは無い…オレはエルの背中に手を当て魔力を返す。
驚いた事にエルの魔力は1/3を切っている。
オレは自分で撃ったコンデンスレイの威力に改めて戦慄した…
オレ達が素早く下がると母さんが風の魔法を使い熱風を上空へと逃がしてくれる。
やっと安心してエルは盾を消し、アシェラはエアコン魔法を止めた。
改めて後ろを見ると見渡す範囲で炎が上がり、ゴブリンだったであろう残骸が転がっている。
遠征軍の兵は一部始終を見ていた。
兵の中には”修羅”の噂を聞き、領主の息子の箔を付ける為の嘘だと思っていた者も少なくない。
撤退の最中でグラノが叫んでいた事も士気を上げる為の大言壮語だとバカにする者までいた程だ。
しかし、今この瞬間……目の前に修羅は実在していた。
3人の修羅は、まだ子供のあどけなさを残しながらも恐ろしい程の戦闘力を見せつける。
特に”撲殺少女”と呼ばれる可愛らしい女の子の戦いは衝撃だった。
数え切れない程の魔法を纏いゴブリンの中へ突っ込むとゴブリンがみるみるウチに減って行く。
少女がいる場所だけはこちらが押し返す勢いだ。
そして2人の修羅。”確かに強いが噂程では無い”っと落胆していると何やら2人でくっついて盾に隠れてしまう。
”何をやっている”と思うと同時にハルヴァ副団長と次の領主の奥方が撤退しだした。
マズイ。孤立する。と思った瞬間に肝心の盾さえ消えてしまう。
自分も含めて数人の騎士が助けに行く為に足にチカラを入れた時にそれは起こった。
”綺麗な光”だった……真っ白な光が一筋、ゴブリン達の左から右へと振るわれる。
その数舜後、地響きと共にゴブリンが爆散していく……
そこからの光景は正に地獄。
周りの全てが燃え上がり、生き残ったゴブリンも目玉を破裂させて燃えていく。
恐怖と炎に飲み込まれそうになりながらも巻き込まれない様に必死で後退した。
どれぐらい経ったのか…数分の様で数時間のような…
我に返った時には見渡す限りの焼けた大地とゴブリンだったであろう残骸、そして”修羅と呼ばれる3人の勇者”が堂々と立っていた。
何とかゴブリンを全滅させてホッとしていると何人かの騎士がオレに叩頭礼をしだす。
”叩頭礼”所謂、土下座だ……何事??
頭を地面に打ち付ける様にしてオレ達に跪いている……
オレは内心の苛立ちを隠しながら声をかけた。
「止めてください。アナタ達のお陰で間に合った。こちらが礼を尽くす方だ」
どよめきが起こるが”叩頭礼”を止める気は無いらしい…
「修羅様方のお陰で私の家族が救われました…ありがとう。本当に…ありがとうございます…」
気持ちは分かる。この人に悪意が無いのも分かる……
「こちらこそ…ありがとうございました。アナタ達と亡くなってしまった騎士と魔法使いに感謝を…」
それだけ言うのがやっとだった。オレはその場から逃げる様に立ち去った。
オレの後をアシェラ、エル、母さん、ハルヴァが付いて来ている。
「兄さま…あの態度はあまり…」
「そうだな…オレも良く無かったと思う。ただ拝む様に言われてもな……」
オレの性格が分かっているからだろう。諦めにも似た空気が流れた。
「まあ、いいわ。まずは兄さんから話を聞きましょ」
母さんの言葉に一同が頷きグラノ魔法師団長の元へと移動する
先程の騎士達は今だに頭を地面に擦りつけて叩頭礼をしていた。
オレは言い様の無い不快感を抱えて母さんの後をついていく。
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