第118話奈落の谷 part2
118.奈落の谷 part2
馬も放逐し軽く休憩も取った。
ここから空間蹴りで向こう岸まで移動するのだが人1人抱えてこれだけの距離を移動できるのだろうか…
「アシェラ、エル、少しでも危ないと思ったら底に降りるぞ。空間蹴りを使えば上るのなんて簡単なんだ。変な意地を張るなよ」
「分かった」
「分かりました。兄さま」
今の言葉はオレにも言い聞かせた言葉だ。この世界の地図を信じる程オレはお花畑じゃない。
今だに落ち込んでるハルヴァを背負う。
オレの身長は160手前ぐらいだ180近くあるハルヴァを背負うとなんとも言えない絵面になる。
現代日本なら”虐待”の二文字が出そうだ。
崖の淵に立つと底が見えない…どれだけ深いんだ、この谷。
反対側は薄っすらと見えるぐらいか…ざっと10~15kmって所かな。殆どカンの適当な数字だ。
オレは大きく息を吸って空中に踏み出した。
ここに来る前にエルと相談をした。どうやってハルヴァを運ぶか…1人が運んで、もう1人が魔力を補充するか。それともハルヴァ自体を渡すかを。
相談した結果、ハルヴァには悪いが背負うの自体を交代する事に決まった。
それは魔力だけでは無い。空間蹴りとは空間に斥力の足場を作る技術だ。
人1人背負ったままで飛び跳ねるのと変わらない。
勿論、身体強化があるので問題は無いのだが、その身体強化さえも魔力を使うのだ。
素の体力があった方が良いに決まっている。
こうして”奈落の谷”を越えるまでハルヴァをエルとオレとで交互に背負う事になった。
空間蹴りを始めて10分程経った。
エルはオレを心配そうにチラチラと見て来る。アシェラは母さんとサンドイッチの事でお喋り中だ。
なんだろう…この空気の違いは。男3人は悲壮感を纏わりつかせて、女2人は昼のサンドイッチが楽しみだ。と笑い合っている。
オレはエルと顔を見合わせ思わず苦笑いを零す。見えないがハルヴァもきっとそんな顔だろう。
少し肩のチカラが抜けた気がする。
「エル、まだ大丈夫だが交代お願いしても良いか?」
「はい」
オレとエルはハルヴァを渡そうとするのだが下は底が見えない谷底だ。
空中を慣れていないハルヴァは青い顔をして体を強張らせいる。
オレは申し訳ないと思いながらも強引にハルヴァをエルに渡した。
ハルヴァは半泣きになりながらエルにしがみついている…スマン、ハルヴァ。
エルにハルヴァを渡した事で体が軽い。少し高度を上げて向こう岸を確認してみた。
多少は近づいたのだろうが向こう岸はまだまだ先だ。
オレの魔力が残り2/3程だ。10分で1/3か…10分経ってハルヴァを受け取る時には降りるか進むかの判断をしなければ。
横目でアシェラを見ると余裕そうだ。母さんとハルヴァの重さが違うから当然なのだが。
交代してから10分が経った。
「エル、交代しよう」
「分かりました」
オレの言葉にハルヴァがこの世の終わりの様な表情をする。
エルにしがみついているハルヴァを強引に引きはがして背負う。
ちょっと雑に扱い過ぎたかもしれない。背中のハルヴァが震えている。
アシェラ達は相変わらずガールズトークで楽しそうだ。今度、”王都の服屋に行きたい”等と緊張の欠片もない。
そろそろ進むか降りるか決めなければ。
対岸はだいぶ近づいてきた様に思う。後ろを向くと同じぐらいの距離に見える。
ちょうど真ん中辺りか……
「エル、魔力はどれぐらい残ってる?」
「2/3…やっぱり3/5ぐらいです」
「オレもそれぐらいだ。アシェラ、魔力はどれぐらい残ってる?」
「ボクは2/3ぐらい」
「分かった」
微妙なラインだ…辿り着けたとしてもギリギリだな。
魔力は0まで使える訳じゃない。体が危険と判断すれば強制的に魔力枯渇で意識を失う。
空中で魔力枯渇になれば100%死だ。
正直、向こう岸についてすぐ魔力枯渇で意識が無くなるのも厳しい物がある。
ここは必要経費と割り切って谷底を移動するか…ハルヴァも限界っぽいし。
「谷底に降りようと思う。ギリギリの状態で谷底に降りて何かあっても対処出来ない」
オレの言葉に全員が頷いた。
「じゃあハルヴァ、魔力の節約だ。自由落下するぞ。眼をつぶってしっかり捕まってくれ」
「え?あ。あああああぁぁぁぁぁぁぁ」
耳元でハルヴァの声が五月蠅い。オレにこれ以上無いぐらい強くしがみ付いてるから落ちる事は無いだろう。
自由落下は流石に速い。10秒程で速度を落とす。
谷底は川が流れているが荒野の様相を呈している。
陽の光が届き難いからだろう大きな植物は生えていない。
開けた場所に着地してハルヴァを降した。
ハルヴァは四つん這いになって荒い息を吐いている。
そこまで怖かったのか…オレは慣れてるのでそんなに怖がるとは思わなかったんだ。スマン。
すぐにエルとアシェラも降りてきた。
母さんは”きゃーーーー”っと声を上げていたが顔は笑っている。
ジェットコースターに乗っている感覚なのだろう。
「ここから反対側まで進んで壁走りで上ろう。壁走りなら空間蹴りよりだいぶ魔力を抑えられる」
全員が頷くがハルヴァだけが露骨に嫌そうな顔をする。そんなに怖かったか…
魔力温存の為に最低限の身体強化で崖の反対側まで走る。
隊列は先頭にハルヴァ、中列の左がエル、真ん中が母さん、右がオレ、そしてシンガリがアシェラだ。
上から見ると十字架の形、ロマサガで言うインペリアルクロスである。
エルが左なのは盾を左手に持っているから。アシェラがシンガリなのは例によって全員を魔眼の視界に入れる事で万が一を減らす為だ。
暫くの間ひたすらに走る。すると特に問題も無く反対側の崖へと到着した。
こんな事なら最初から谷底を走れば上へあがったと同時にコンデンスレイを撃てたのに……
今さら言ってもしょうがない。そろそろ昼食の時間だ、休憩を取ってから上るのが良い。
「後は上るだけだ。昼食と休憩を取ろう」
オレの言葉に全員が頷く…成り行きだけどオレがリーダーみたいだ。
”氷結さん”には任せたく無い。ハルヴァは母さんやエルに命令出来ないし…やっぱりオレか…
しょうがないとは言えリーダーはあまり良い思い出が無い。
日本での記憶では”上からノルマを課され、下からは煙たがられる”正に中間管理職だったからだ。
(この世界では日本で出来なかった”もう少し楽な生活”を送るつもりだったのに…)
”楽な生活”の意味は”精神的な気楽さ”の事だ。
結果論から逆算した”理不尽な暴論”や”一切のミスを許さない完璧な計画”など正直、関わりたくも無い。
まあ、この世界でそんな事言うヤツは”頭がおかしい”と言われるが…転生してから思うが日本は”甘かった”のだろう。
この世界で同じ事を言って部下を恫喝すれば”排斥”されるか、ヘタすると消されかねない。
思考が逸れた…
座るのに丁度いい切り株に腰かけ、朝作らされたサンドイッチをリュックから出す。
いつの間にか同じ切り株に座っていたアシェラにサンドイッチをガン見された。
「こっちが良いなら交換するか?」
アシェラは首を振り返してくる。
「さっきみたいに半分ずつ食べれば良い」
「お、おう…」
オレとアシェラは1口2口齧ってはサンドイッチを交換して食べた。
付き合い始めのカップルの様でなんとも言えない甘酸っぱい感覚を楽しんだいたのだがハルヴァから黒い魔力が立ち上っているのが見える……オレには魔眼は無いはずなんだが…
周りを見ると荒野と言うのがしっくりくる。
時折、風が吹くと砂が舞って砂まみれだ。
30分程経って皆に聞いてみる。
「このまま崖を上ろうと思う」
全員が真剣な顔で頷く。
「エル、アシェラ、魔力はどれぐらいだ?」
「僕は変わらず3/5程です」
「ボクも変わらずで2/3かな」
「そうか。オレもエルと同じぐらいだ。最悪はコンデンスレイを1発撃てるか…」
なぜかエル以外の全員が一瞬、驚いた顔をする。魔力を譲渡する事に慣れて無いのだろうが。
「じゃあ。行こう」
オレはハルヴァを背負って壁走りで崖の上を目指す。エルもすぐ後ろで壁を走っている。
アシェラは結局、壁走りは出来るようにならなかった。今は空間蹴りで母さんを背負っている。
降りる時は自由落下で10秒だったが上るのは大変だ。5分程、壁を走って崖を登りきる。
崖の上は草原になっていた。今は冬で枯れているが春には草の絨毯が出来るに違いない。
イメージではモンゴルの草原が近いかも知れない。モンゴルに行った事ないので想像ではあるが。
「まだ昼食を摂ったばかりですが計画通り休憩にしましょう。ハルヴァと母さんは見張りをお願いします」
「分かりました」
「分かったわ」
「エル、アシェラ、オレ達は睡眠薬を飲んで魔力を回復させるぞ」
「分かりました。兄さま」
「分かった」
オレ、エル、アシェラはなるべく寝易い場所を探して横になる。
こんな真冬に野宿では死んでしまうが母さんが横でエアコン魔法を使ってくれた。
こんな草原ではすぐに敵を発見できるだろうにハルヴァは立って見張りをしている。
直に強烈な睡魔に襲われてオレ達3人は眠りについた。
眼を覚ますと陽が暮れかけて星が見えだしている。
「どれぐらい眠ってましたか?」
「大体3時間ぐらいかしらね。魔力はどう?」
「…ほぼ満タンです」
「そう、じゃあ私とハルヴァも1時間だけ寝かせて貰うわ。起きたらゴブリンを追うわよ」
「分かりました」
横を見るとエルとアシェラがこちらを見ていた。
いつもオレが一番最後まで寝てる気がする…
母さんとハルヴァが睡眠に入った。オレとエルは魔力の節約があるのでアシェラがエアコン魔法を使っている。
リュックから地図を取り出し方向を確認した。この地図、大事な物だろうに…クシャクシャで見る影も無い。
オレもこの世界来て13年。日本での北極星の様な代表的な星は覚えている。
地図を信じるなら遠くに見える丘の方角がブルーリングの街だ。
はやる気持ちを抑えて星を見る。
”どうか間に合いますように…”西の空に見えた流れ星にそう願うのだった。
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