第117話奈落の谷 part1

117.奈落の谷 part1



作戦が決まってからオレが最初にやった事はアシェラと一緒にハルヴァ、ルーシェさんの元へ向う事だった。

ハルヴァは軍の命令でブルーリングへ向かう事になるだろうがアシェラは違う。


アシェラにブルーリングへ行く様に命令出来る者などいないのだ。

色々と圧力をかけて了承させる事は出来るかもしれないが、そんな事はしたくない。


ハルヴァとルーシェさんにオレの気持ちを話してアシェラの同行を許して貰うつもりだ。

2人は屋敷に用意された客間にいた。


ノックをしてゆっくりと扉を開ける…

オレの表情を見た2人は何かを悟ったのだろう。居住まいを正しオレに椅子を促してくる。


正直、今回の作戦は今までの様な安全マージンなんか全く無い。

オレもアシェラも死ぬ可能性だってあるのだ…座ってなどとても話せない。


オレも居住まいを正し立ったまま先程の話を伝えた。

最後に”奈落の谷”を越えて一緒にブルーリングへ行く許可が欲しい。と話す。


ハルヴァは椅子に座り手を組んで俯いている。

ルーシェさんが立ち上がりアシェラに向かって話し出す。


「アシェラ、アナタの気持ちはどうなの?」

「ボクは行くよ。アルドの為じゃない。ブルーリングにはボクの大切な物が沢山あるから」


「し、死ぬかもしれないのに?」

「うん」


アシェラの眼には強い決意の光が宿っていた。


「ダメだ」


ずっと俯いたままのハルヴァが顔を上げアシェラを睨みつけている。


「お父さんが何と言おうとボクは行く」


ハルヴァは溜息を1つ吐いて今度はオレに話しかけてきた。


「アルド様。アナタは心根が真っ直ぐで頭も良い。個人の武力も申し分無い。正直、アシェラを娶って貰えるのは望外の喜びです」

「そんな…オレなんて何も…」


「しかも謙虚でチカラに溺れない自制心を持っている……」

「……」


「そんなアナタに問いたい。最愛の伴侶を死地へ連れていくのですか?」


改めてハルヴァに言われるとアシェラを連れて行くのはダメなんじゃないかと思えてくる。

”奈落の谷”を越えてから魔力を回復してアシェラだけ帰る事もできるのだ。


オレが迷っているとハルヴァとアシェラが言い合いを始める。


「お父さんは黙ってて。ボクが行くのにアルドは関係ない」

「アルド様はお前の婚約者だ。関係無いはずないだろ」


2人が言い合い、手が出そうな雰囲気になってルーシェさんが話し出す。


「2人共黙って」


決して大きな声では無いのに不思議と通る声でルーシェさんは続けた。


「アルド君。アシェラを守ってくれる?」


この質問にオレは正直に答える。


「今回は絶対に無事に返すとは言えません……但しアシェラは全力で守ります。もし死ぬ事になってもオレより先に死ぬ事は無いと約束します」

「そう。分かったわ」


そう言いルーシェさんはアシェラに向き直って話し出す。


「アシェラ、アナタ愛されてるわね」

「うん」


今度はハルヴァに向かって話し出した。


「ハルヴァ、もう良いでしょう?」

「何故だ。ルーシェ、このままじゃアシェラが…」


「この話はブルーリング全体の話よ。アシェラが行くのは決まってるわ。後は私達の気持ちだけの話…」

「だからアルド様から言って貰ってアシェラが戦地に立たなくて良い様に!」


「そして私とアシェラにアナタとアルド君を想って一生、生きろと言うの?」

「そんな事は!」


「私に戦うチカラがあるなら一緒に行きたい…少しだけアシェラが羨ましいわ」

「ルーシェ…」


ルーシェさんが改めてオレを見る。


「くどい様だけどアシェラをお願いします。もし余裕があればハルヴァの事も…」

「分かりました。約束はできませんが全力を尽くします……お、お母さん」


ルーシェさんが一瞬、驚いた顔を見せたと思うと満面の笑みで答えた。


「いってらっしゃい。ハルヴァ、アシェラ、アルド君」


苦い顔をしながらも、なんとかハルヴァは許してくれた様だ。

あまり時間も無い。最後の装備確認をして馬車へと向かう。



馬車には母さんとエル、マールが待っていた。


「アル、アシェラ、ハルヴァ、遅いわよ」


母さんからの叱咤に取り敢えずの謝罪だ。


「すみません。母様」

「ごめんなさい。お師匠」

「申し訳ありません」


「じゃあ、乗って頂戴」


母さんの言葉に皆が馬車へと乗り込む。

ただエルとマールだけが言葉も無くお互いを見つめ合っている。


「エル。今回は本当に帰れないかも知れない。マールには悪いが心残りが無い様にしろよ」


そう告げてオレは何も見ずに馬車へと乗り込む。

乗る寸前にチラッと見えた姿にはエルがマールを抱きしめキスをする所だった。




オレが乗る馬車の御者は執事のセーリエ。いつでも馬車を捨てられるように4頭の馬を騎士達が走らせている。

騎士は護衛を兼ねている様で武装し馬車の周りを固めていた。


「さあ、ここからは少し時間があるわ。アル、地図を持ってきたから説明して」

「これ!!持って来て良い物なんですか?」


「固い事言わないの。どうせブルーリングが無くなった後じゃ意味の無い物になるんだから良いのよ」


恐るべし”氷結さん”しかし、物事の確信を突いて来る、その言動は流石だと言わざるを得ない。


「では説明します。ここが今僕達がいる場所。そしてここがブルーリングの街。ここが魔の森です……」


オレはそれからおおまかな作戦とも言えない案を話した。

”奈落の谷”を越えた後は何があろうと1日の休息を取る事。


魔の森から溢れたゴブリンはブルーリングを目指していると仮定すればオレ達とぶつかる可能性が高い場所はどこか。

基本はコンデンスレイを撃って逃げる。ヒットアンドアウェイだ。


1射目は魔力を分ければ気を失う事は無いが2射目は2人が気を失う。

アシェラ、ハルヴァ、母さんはその護衛がメインになるだろう事


万が一、掃討戦に移った時にはオレとアシェラ、ハルヴァが遊撃でエルが母さんの護衛と役割を決める。

細かい打ち合わせを終えるともう1台の誰も乗っていない空の馬車へアシェラとハルヴァが移動し睡眠の時間だ。


その際には騎士団の睡眠薬も服用し短い時間を効率的に使う。

恐らく夜明けには”奈落の谷”に到着すると思われる。そこからは馬車を捨てる事になるはずだ。本当の意味での休息を取れるのは全てが終わってからになるだろう。


全ての準備を終え睡眠薬を飲む。エル、母さんも思ったよりリラックスしている。


「エル、生きて帰るぞ」

「はい。絶対に!」


2人で笑みを浮かべていると睡魔が襲ってきた。


「睡魔がきた。起きたら馬で移動して、次は谷越えだな」

「僕もです…全員、無事に…」


「ああ…そ、う、だな…」


そこからの意識は無い。眠る寸前に見た物は微笑んでいる母さんの顔だった。




どれぐらい経ったのか、馬車の揺れで眼が覚める。

周りを見るとエルと母さんは既に起きていた。


「どれぐらい進みましたか…?」


半分、寝ぼけながらも体を起こし状況の確認をする。


「私もエルも起きたばかりで、ここがどの辺りなのか分からないわ」


どうやら起きた時間は変わらないらしい。オレは小窓を開けセーリエに今の場所を聞く。


「セーリエ、ここはどの辺りなんだ?」

「あの丘の向こうが”奈落の谷”です。目的の場所までは後4~5時間程かと」


「あの丘の向こう…」

「はい、今は”奈落の谷”と並行に移動しています。少しでも距離が短くなるように谷が狭まっている場所を目指して」


「そうか。ありがとう」


セーリエは礼で返してくる。


「聞いた通りです、母様」

「分かったわ。私達の出番はまだ先ね。この間に朝食を頂きましょう」


母さんの言葉で屋敷から持ってきたパンに適当に持ってきた食材を挟んでいく。

即席のサンドイッチだ。


オレの様子を見ていた母さんが興味深そうに見て来る。


「アル、そのパン美味しいの?」


オレは口の中に食べ物が入っているので話せない。しょうがなく無言で母さんの顔の前にサンドイッチを持って行く。

母さんはマジマジと見た後、貴族とは思えない大きな口を開けサンドイッチに齧りついた。


おいいぃぃぃぃ!半分以上食いやがった!!声に出せない叫びが馬車の中に響く。

氷結さんは食い物には意地汚い!


エルを見ると同じ様に食べたそうにしている。

オレは肩を竦めてエルの顔の前までサンドイッチを持っていった。


エルは氷結さんの半分程を齧り美味いのだろう眼を細めている。

オレは残りのサンドイッチの欠片を口に放り込み、次のサンドイッチを作り始めた。


母さんとエルは自分で作れば良いのにオレが作るのをジッと見ている。

どうやらオレが作る物の方が美味いと思っているらしく決して自分で作ろうとはしない……


オレは溜息を1つ吐き母さんとエルの分のサンドイッチを作りだす。

2人の分を作り終え、さて自分の分を作るか!と思った所に”空間蹴り”でアシェラとハルヴァがやってきた。


アシェラとハルヴァはサンドイッチに興味津々で涎でも垂らしそうな勢いだ。


「それは誰が作ったの?」


アシェラが母さんとエルに聞くと2人は揃ってオレを指差してきた。

オレは大き目の溜息を吐きアシェラとハルヴァの分を作りだす。


ハルヴァに渡す時に恐縮されたが決して”いらない”とは言わなかった。

アシェラの分を渡したら一口食べて残りをオレの前に突き出してくる。


オレは目の前のサンドイッチを齧ると、アシェラがまた一口……

交互にサンドイッチを食べているとハルヴァの眼がヤバイ事になっていた。


親の仇でも見るかの様に血走った眼でオレを睨んでくる……

この世界に呪いがあるのならオレはきっと呪い殺されると確信できる眼だ。


アシェラがハルヴァの視線に気が付き脇腹を軽く叩くと麻痺を撃ち込まれた様でまともに動けなくなる。

オレは2つ目のサンドイッチをアシェラに手渡し2人で交代で食べるのであった。




朝食を食べ終えると満場一致で昼食もサンドイッチが良いと言われる。

しょうがなく昼の分のサンドイッチを人数分作りそれぞれに手渡した。


睡眠も食事も摂った。遅い馬車での移動をする必要がない。


「アル、目的地は分かる?」

「セーリエに聞いたので大丈夫だと思います」


母さんは頷いた後、全員に向かって話し出した。


「全員、食料は5日分持ったわね?」

「「「「はい」」」」


「じゃあ、準備は良いかしら?」

「「「「はい」」」」


ここからは馬車から馬での移動に変更だ。馬は可哀そうだが使い潰すつもりで酷使させてもらう。

水を飲ませ食事をさせて、すぐに走らせる。


もし”元気に王都へ戻って来る事ができたら”ブルーリングを救った馬として一生楽をさせてやるからな。




馬の配置はオレとアシェラで1頭、エル、母さん、ハルヴァはそれぞれ1頭で計4頭での移動である。


馬に乗り換える時、ハルヴァはアシェラに自分の馬へ乗れ。と言っていたが無視されていた。アシェラは当たり前の様にオレの馬に乗って来たのでそのまま移動している…

またハルヴァに睨まれたがオレのせいなのだろうか?




3時間程、馬を走らせると目印の大岩が見えて来た。


「あの岩が目的地です」


オレの言葉に全員が大岩を見ながら気持ちを引き締めている。


「大岩まで移動したら馬は放しましょう」


この旅は一方通行なのだ。馬はここで捨てる事になる。

運良くどこかの街に辿り着けるか、魔物のエサになるか…何とか生き残って欲しいと思う。


大岩に到着すると最後の休憩だ。馬に積んであった物から最低限をリュックに詰める。


「さあ、準備は良い?」


母さんが聞くとアシェラが何故か母さんを背負おうとしている。


「アシェラ、お前はハルヴァを…」

「嫌」


「え?でも…」

「私はお師匠を運ぶ。お父さんはアルドとエルファスが運んで」


隣を見ると10歳ほど老け込んだハルヴァが佇んでいた。



哀れハルヴァ。年頃の娘を持つ親は全員お前を応援しているはずだ!




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