第116話騒乱

116.騒乱



迷宮探索から急いで屋敷へと戻った。


オレ、母さん、アシェラは執務室へと足早に向かう。

ノックも適当に執務室の扉を開け放つ。


執務室には疲れた様子の爺さんと父さん、泣いているマール、オロオロとしているエルがいた。

まったく何も分からないオレ達はまず、大まかでもいいので状況を聞きたい。


「ヨシュア。状況を教えて頂戴」


母さんが父さんへと説明を頼む。

父さんは疲れた顔でオレとエル、アシェラを見てから話し出した。


「良く聞いてほしい………」


父さんが今、ブルーリングで起こっている事を分かる範囲ではあるが教えてくれる。



父さんの話を要約すると、ブルーリング騎士団と魔法師団は遠征軍を編成して魔の森へと魔物の討伐へと向かった。

予定では魔の森までの移動で1日、魔物の間引きで2~4日、帰りに1日、予備日で3日を見て4~9日の日程だ。


古参の騎士や魔法使いから今回の遠征は”かつてない程に魔物が多い”と噂される程に魔物の数が多かった。

それでも騎士や魔法使いの頑張りによって予定より多くの間引に成功し皆、臨時のボーナスに期待を膨らませている。


問題が起こったのは4日目の夜、明日か明後日には帰還命令が出るはずだと少し弛緩した空気が流れた頃であった。




野営地に見張りが緊急を知らせる笛の音が鳴り響く。


”敵襲!”笛の音から少し遅れて敵襲を知らせる声が聞こえて来た。

兵達は素早く鎧を着こみ、武器を手にする。


そのまま野営地の広場に出ると森との境界近くでは既に戦闘が始まっていた。


「全員、戦闘配置につけ。総力戦だ。魔法師団は西側を重点的に攻撃しろ!」


今回の遠征の総指揮官グラノ魔法師団長の叱咤が聞こえてくる。

普段は温厚な彼も大声を張り上げ、状況の把握と戦線の立て直しに尽力していた。



グラノ魔法師団長。”氷結の魔女”と呼ばれる稀代の魔法使いの兄弟子である。

同じ師を師事し魔法を学んだ同門だ。


ラフィーナはグラノが12歳の時に新しい弟子として師が連れて来た。そこからの数年は同じ家に住み家族同然で育つ事になる。

最初は可愛らしい見た目とズボラな性格に父性を刺激され淡い恋心を抱いた事もあった。


しかし、普通の魔法使いの倍以上の魔力量を背景に魔法の腕をメキメキと上げる姿を見てそんな気持ちは吹き飛んだ。

10歳と12歳、微妙な年齢である。成長期の2年と言うアドバンテージ。それを覆す事が出来る才能。


ラフィーナへの嫉妬を表に出さずに過ごせたのは正に2歳年上の最後の矜持であった。

それでも自分の気持ちに折り合いを付けるのには数年の時間を要したのだが。


そんな彼は15歳になると師から独り立ちをし旅に出る。

道中には魔法を使い日銭を稼いだ。便利だからと言う理由で冒険者登録もした。


そうして2年の旅の結果ブルーリングへと流れ着く…

”水が合った。”グラノは後にそう語ったが自分でも不思議な程にこの地の空気が合う。


無事に魔法師団にも入る事が出来、2年ぶりに師と妹弟子へと筆を執った。

その手紙のせいか数年後には妹弟子までもがブルーリングにやってきたのだが、それは別のお話。




グラノは少しでも戦況を確認する為に馬に乗り視線を高くする。

”私も空間蹴りができたなら…”そんな詮無い事を考えるのは余裕があるからか、追い詰められてるからか。


馬からの眺めでやっと敵の姿が朧気ながら確認できた。


ゴブリン。魔物の中でも最弱と言われる。本当であれば騎士団や魔法師団の脅威に等なりえない。

問題はその数であった。視界全てを覆うかと思われる程の数の暴力。


”このままでは飲み込まれる”と判断して即時に撤退戦へと移行を決める。


「総員。撤退戦へ移行する。補給部隊を先頭に撤退するぞ!シンガリは騎士団!魔法師団は騎士団の援護だ。全員、生きて帰るぞ!」


グラノの指揮の元、騎士や魔法使いは迅速に行動した。

しかし、ゴブリンの数の暴力に櫛の歯が欠けるように1人、また1人と徐々に被害が拡大していく。


グラノは撤退戦へと移行を決めた時にもう1つ手を打った。”救援の要請”である。

願わくば”修羅”の誰か1人でもブルーリングに居てくれたなら…


グラノから救援要請を受けたブルーリング領では領主の一族が全員不在と言う事でミロク騎士団長の独断になるが救援隊が編成され始めていた。

勿論、王都への早馬も同時に走らせてある。


ミロク騎士団長は思う。恐らく”アルドとエルファスが間に合わなければブルーリングは持たない”っと。

報告にあったゴブリンの群れの規模はブルーリング領1つで太刀打ちできる数では無い。


コンデンスレイ……あの理不尽な極大魔法が必要だ。

自分の役目はアルドとエルファスが帰ってくるまでの時間稼ぎ……しかし、王都までは往復で12日。


どんなに急いでも10日はかかる……アルドやエルファスが運良く間に合っても自分の命は間に合わないだろう。っと腹をくくるのであった。




場所はブルーリング邸に戻る。




「……っと言う事で敵はゴブリン。規模は……恐らく騎士団と魔法師団が時間稼ぎにしかならない程度…だと思われる…」


父さんの言葉に爺さんが続く。


「王には既に伝えたが軍の編成には1週間、物資の準備にさらに1週間、移動に1週間、どんなに急いでも3週間から1月後になる。ブルーリングを守るよりそこから広がらない事を重点に作戦が立てられるだろう」


爺さんの言葉は事実上の敗北宣言……ブルーリング滅亡を意味していた。

マールが泣いている意味が分かった…”お父さん、お母さん、レビン”と零している。


最後のレビンとは今年の始めに生まれたマールの弟の名のはずだ。

オレもクララがいるから分かるが、年の離れた兄弟は手放しで可愛い。


エルがマールを持て余している……


「お爺様。すぐに馬車と馬の用意を。出来ればブルーリングと王都の正確な地図も」


オレの言葉に2つ…いや3つの反応があった。

1つは希望を見出す者。父さんは露骨に嬉しそうな顔をしている。まるで英雄を見る子供の様だ。


1つは難しい顔をする者。爺さんが筆頭でオレ達しか希望が無いが本当に行かせて良いのか迷ってる。

そして、もう1つ…困惑。エルだ。


「エル…怖いか?」


オレの言葉にエルはあからさまに狼狽していた。


「エル、”前に迷宮探索には来るな”って言ったよな?」

「はい…」


「あれは”オレの勝手な都合でお前が危険な目に合う必要は無い”って言ったつもりだ」

「はい…」


「でも今は違うだろう?エル、マールを見て見ろ」


エルはマールを痛々しい顔で見つめる。


「お前の大事な人の家族が危険なんだ。タブだけじゃない。ヤマト、ガル、ベレット、タメイ、オレ達の大事な人、大事な場所、全部が危険なんだ」

「……」


「オレは行く。お爺様、馬車と馬を急いでください。僕はこれから厨房で食料を調達してきます」


それだけ言うと厨房へと足早に向かう。

料理長へありったけの非常食を箱に詰めて貰った。勿論リュックには5日分を入れてある。


用意をしているとアシェラと母さんも一緒に行くつもりの様だ。


「アシェラ、母さんも行くんですか?」

「当たり前じゃない。自分の家を守るのは当然でしょ」

「アルドだけじゃない。ボクの大事な人や物もあそこには沢山ある」


何時の間にかあの場所はオレ達の大事なモノが沢山ある土地になっていた。

何としてもブルーリングは守る。改めて心に誓う。


出来る準備は全部やらないと…表の馬車に食料を積み込む。睡眠を馬車で取って最悪は馬車を捨て馬での移動も視野にいれる。

騎士団で愛用している睡眠薬も持って行きたい。すぐに眠れるのと1時間で4時間分の睡眠が取れるのは助かる。


準備をしていると爺さんから呼ばれアシェラ、母さんと一緒に執務室へと移動した。


「アルド、これがブルーリングから王都までの正確な地図だ」


爺さんが机いっぱいに1枚の地図を広げて見せた。

地図には王都とブルーリング領、その間の地図しかない。国全体の完全な地図は王家しか持っていない様だ。


しかし今はこれで十分だ。オレは街道がどこを通っているのかショートカット出来ないかを見て行く。

大きくショートカット出来るか所を発見する。


王都からブルーリングへの道のりは”奈落の谷”と呼ばれる渓谷を大きく迂回しているのだ。

ここを無視できれば4日は短縮できる…ここから2日でブルーリングへと辿り着ける計算だ。


問題は母さんを連れて行けない事とアシェラと2人きりでの移動になる事…

普段は問題ないが休憩や睡眠、食事をどうするか。


2日なら強行軍でも行けるか…そんな事を考えていると執務室の扉が開く。

そこには完全武装のエルが立っている。


「兄さま、すみませんでした。マールとも良く話して僕の勘違いに気が付きました。意味の無い戦いはしないですが、この戦いは僕が戦う大義があります」


そう呟くエルの顔は憑き物が落ちたかの様な晴れ晴れとした物だった。

こんな顔のエルは久しぶりに見た気がする。オレはエルの脇腹を拳で軽く突きながら迎え入れた。




”奈落の谷”を越えるルートを説明だ。

1日かけて奈落の谷まで馬車で移動し、空間蹴りで谷を越える。このルートは大きなメリットとデメリットがあるのだ。


メリットは旅程を大幅に短縮できる。今から出発すれば明後日にはブルーリングに到着だ。

それに対してデメリットは基本オレ達3人しか移動出来ない事……地図で見ると谷は10000メード程らしい。

なんとか1人ずつなら運べるかも知れないが…安全を見て2人運ぶのが限界だろう。この地図が正確だとしての話だが。


オレは冷静に説明したが反応はバラバラだ。

爺さんそもそも谷を越えるのに反対の様で6日かけて屋敷にいる騎士と向かうべきだと主張した。


父さんはオレとエルの魔法。コンデンスレイがあれば何とかなると考えている様でオレ、エル、アシェラで谷を越えて向かうべきと主張する。

最後の母さんだが2人の主張を否定した。


まず爺さんの主張では恐らくブルーリングは持たない事。そして父さんの主張では敵を倒せはしても恐らくオレとエルは戦死するだろう事を飾る事無く真っ直ぐに伝えた。

それを踏まえ母さんの主張はこうだ。


谷を越すのは絶対に必要である。問題は人選だがオレ、エル、アシェラは確定でそこに母さん、ハルヴァを連れていくべきだと言う。

母さんをオレとエルが交代で運び、アシェラはハルヴァを谷の向こうまで運ぶ。


そこでブルーリングに危機があったとしても絶対に1日の休養を取る。

魔力が回復し次第、発射に最適な場所を探し極大魔法を使う。それを日に2回続け敵を削り続ける。


どこかでブルーリングの戦力に合流できれば一番だが現状ではゲリラ戦になるだろうとの事だ。

万が一を考えて屋敷から最速でブルーリング領への応援もお願いする。


これが母さんの主張の全てだった。ここにいる全員が”氷結の魔女”と呼ばれた稀代の冒険者の実力を見せ付けられた瞬間だ。願わくは普段からその片鱗でも見せてくれたらと思わずにはいられないが……



こうして作戦は決まった。残る問題があるとすればハルヴァとルーシェさんに何と言うべきか…

少しだけ胃がキリキリと痛んだ気がした。





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る