第121話ゴブリン part3
121.ゴブリン part3
騎士達と別れてブルーリングを目指している。
恐らくは夕方にはブルーリングの街へ到着出来るだろう。
馬には申し訳ないが潰れるギリギリまで酷使させて貰う。
昼食はそれぞれが馬の上で干し肉を齧っている。まあ、オレとアシェラだけは同じ馬に乗ってるからオレだけ食べさせてもらっているが。
馬の消耗を考え定期的に常歩で歩かせている。
常歩の時は隣と会話もできるので母さんに聞いてみた。
「やっぱりゴブリンキングがいるんですかね?」
「そうね…ただ、この群れの規模を1匹のキングで纏められるとは思えないわ…」
「何匹かのゴブリンキングがいると?」
「キング同士は雌を奪い合う敵同士になるはずなのよ。さらに上位の存在がいれば、もしかして…」
「ゴブリンキングの上位の存在…」
「お伽話では出てくるわね」
「どんなヤツですか?」
「ゴブリンエンペラーやゴブリン神なんてのが出てくるわ」
「神…」
「ゴブリン神なんてお伽話では”精霊王と戦った”らしいわ。本当にそんなのがいたなら どっちにしても勝てないから考えるだけ無駄ね」
「……」
「出来る事をやりましょう。それ以上なんて、どうやっても どうせ出来ないんだから」
「はい…」
何かとても嫌な事を聞いてしまった気がする。
これがフラグにならない事を祈りながら前に座るアシェラのツムジを見ていた…右巻き。
そろそろ夕方という頃合いに、とうとうブルーリングの街が見える丘まで辿り着いた。
ブルーリングの街は門が閉まっている以外はオレの記憶のままだ。
実際は騎士や魔法使いが慌ただしく動き回っているだろうが、ここからではその様子を伺う事は出来ない。
「ブルーリングは無事だ…良かった…」
エルが思わず零した言葉は全員の思いだった。
「さあ、ブルーリングに入って状況を確認するわよ」
母さんの言葉に全員が頷いた時にアシェラだけが街道をジッと見つめている。
「どうした。アシェラ。何か見えるのか?」
「……」
オレは返事を返さないアシェラを怪訝そうに見ていると1言だけ呟いた。
「来る…」
オレ達全員がアシェラの視線の先を追う。遠くで何か動いている…
どうやらギリギリだったらしい。
ゴブリン軍の本体。ここで会うと言う事は遠征軍が引き付けたのは先遣隊だけだったのだろう。
「皆、急いでブルールングに入るわよ。1秒が惜しいわ」
「「「「はい」」」」
オレ達は馬を走らせてブルーリングへと急ぐ。途中でエルの乗っていた馬が転んでしまった。
エルは空間蹴りで逃げたので問題はなかったが、馬を見ると足の骨が折れている…
回復魔法をかける時間と魔力が惜しい…オレが躊躇しているとハルヴァが馬を降りて立てない馬に近づいて行く。立てない馬を一度だけ優しく撫でると腰の片手剣を抜いて首を落とした。
そのまま馬に跨り、エルに手を差し伸べる。
「エルファス様、乗ってください」
エルは何とも言えない顔をしながらもハルヴァの手を取った。
短い間とは言えエルを乗せてくれた馬だ。オレ達よりは愛着もあるだろう。
ハルヴァの行動は最適だ。それは”間違いない”と理解できる。ただ感情で納得出来ないのはオレが甘いからなのだろうか…
纏まらない思考を抱え、それでもブルーリングへは向かって行く。
ブルーリングの街の西門へ到着した。
「門を開けろ!直系のアルド様とエルファス様のお帰りだ!」
ハルヴァが大声で叫ぶと驚きながらも門を開けようとしてくれている。
”遅い”恐らく襲撃に備えて門の裏にはバリケードでも組んであるのだろう…
「母様、ハルヴァ、上から行こう」
オレの言葉に全員が頷く。
オレはハルヴァをアシェラは母さんを抱き空間蹴りで城壁を越える。
城壁を越えるとハルヴァへ声をかける。
「近すぎるとコンデンスレイを撃てない。一番良い場所で撃てる様に差配しておいてくれ。それとエル。念の為にハルヴァとここで待機を。敵が想像以上の足の可能性が無いわけじゃない」
「分かりました。兄さま」
「了解です。アルド様」
そのままアシェラ、母さんと一緒に騎士団の詰所へと走る。途中、迂回しなければいけない道は空間蹴りで空を駆けた。
すぐに詰所へと到着する。
「ミロク団長!ミロク団長はどこ?」
母さんの怒鳴り声が響き渡り会議室の1つからミロク団長が飛び出してきた。
「あ、アルド様…ま、間に合った……”精霊の加護”に感謝を…」
ミロク団長は泣き出さんばかりに感動しているが…申し訳ないが後にして欲しい。
「ミロク団長。今、ハルヴァとエルが西門でコンデンスレイの準備をしています。状況を教えてください」
ミロク団長は我に帰り今のブルーリングの状況を簡単に説明してくれた。
遠征軍から救援依頼を受けたミロク団長は即座に救援隊を編成しようとした。
しかし遠征軍に続いて救援隊を編成するには食料、馬、人員…全ての物資が足り無い。
人員以外の物は2週間もあれば近隣の村や街へ買い付けに行けるのだが、自分の裁量で領の予算を触る訳にはいかなかった。
それに周りからの反対の声も大きかったのも要因の1つになる。
遠征軍が敵わなかった敵に対するにはブルーリングにある戦力だけでは足りないのは誰の眼にも明らかだったのだ。
結果、籠城戦でオレとエルの帰りを待つ事に決定した…
「……それで遠征軍への救援は出せませんでした。申し訳ありません」
ミロク団長が悔しそうな顔で歯を食いしばっている。
「その件ですが…ここに来る途中で遠征軍の生き残りに会いました」
「!!どうなったのですか?」
「一応、見える敵はコンデンスレイで焼き払いましたので大丈夫だと思います。かなり疲弊していたので1~2日の休憩の後で帰ってくるかと」
ミロク団長が…あ、この眼はダメなヤツだ。オレはこの眼をするミロク団長から逃げる為に早々にこの場を辞退するのだった。
ミロク団長からの報告ではゴブリン軍は西側でしか発見していないそうだ。
これで西側に全戦力を注ぐ事が出来る。
必要最低限の情報を仕入れたオレ、アシェラ、母さんはとんぼ返りで西門へと向かう。
西門へ到着すると門の裏のバリケードが一部解除されていて人が一人通れる程度に門が開いている。
そこから門の外に出るとハルヴァとエルがゴブリン軍を睨んで立っていた。
「エル。状況を聞いてきた。ゴブリン軍は西からだけだ。全力で迎撃するぞ」
「分かりました。兄さま」
エルの”やる気”がすごい。コンデンスレイを撃つ順番を聞いてみる。
「1発目はどっちが撃つ?」
「ボクに撃たせてください。ブルーリングを守る戦いで魔力だけ供給してたなんて我慢できません」
エルはこちらを見ないでゴブリンの大群を睨みつけながら話す。
それはそうだろう。ブルーリングが大切なのはエルも同じなのだから。
「分かった。何なら2発撃ってもいいぞ」
「取り敢えずは1発撃ちます。そしたら魔力を半分下さい」
そこからは会話は無かった。エルは水平射撃がなるべく遠くまで届く様に射角を考えて撃つ様だ。
この世界も惑星なのだろう。”奈落の谷”を越える時に地平線が丸みを帯びていた。
星は球形なのだから水平に撃っても射線は徐々に高くなる。地球と同じ大きさと仮定すると4~5km先では元の高さより170cm程上を通るはずだ。
銃であれば弾が重力で落ちていくので関係ないがコンデンスレイは光だ。重力の影響は受けずに真っ直ぐに進む。
実は馬車にテントを張った時、エルにコンデンスレイの特性を説明した。
基本的に科学を広めるつもりは無いが今回は最大の成果が欲しい。コンデンスレイを撃ちましたが1~2km先の敵までにしか当たりませんでした。そこから先は敵の頭の上を通りました。なんて事は止めたい。
ゴブリンまでの距離は500メードを切っている。
遠征軍の時と同じで夜も関係なく襲ってくる様だ。
しかし、ゴブリンを見ると地響きを立て醜悪な顔でこちらに進んでくる。コンデンスレイが無ければ絶望する物量だ。
いよいよ300メードを切った。
エルは角度を気にしているのだろう。地平線の上ギリギリを狙っている。右手を真っ直ぐ伸ばし、指先にはコンデンスレイの光が灯りだした。
徐々に強い光を発し出す…ゴブリンは200メードを切る…
もうゴブリンの地響きで声も満足に聞こえない…100メード…
そう思った時ゴブリン軍の左端に光の線が伸びた。射線上のゴブリンが次々と破裂して、その血煙を浴びたゴブリンも目玉を破裂させ燃え上がる。
その光の線が右端まで一気に振るわれた。
”赤”
何千、何万の血肉なのだろう。ゴブリン達の血煙が一斉に吹き上がった。何とか生き残った個体が、その血肉の”赤”に触れると次の瞬間には炎の”赤”が出現する。
オレはエルに魔力を渡しながら、この光景に恐怖した…
「も、門の中に戻ろう」
全員が頷いて門の中へと引き上げた。
それから城壁の上へと移動し改めてゴブリン軍の様子を見ると、街道の向こうにはまだ数え切れない程のゴブリンが見える。
風の魔法で熱風が来ない様にしてくれている母さんに話かけた。
「まだ数え切れない数がいます…」
「そうね…」
暫くするとゴブリン軍が引いて行く。撤退して欲しいが恐らくは明日に備えて一時的に引いているだけだろう。
「僕達も休みましょうか。魔力を回復しておかないと…」
「そうね」
オレ達が重い空気で話合っていると後ろから喝采が沸き起こる。余りの声量に、隣にいる母さんの声すら聞こえない…
どうやらゴブリンを撃退したと思っている様だ。
正直、普通には移動出来そうもない。しかし、ここはブルーリングだ。アシェラに手で合図して母さんを背負って貰う。
オレはハルヴァを背負い、空間蹴りで空を駆けて人の海から逃げ出した。
念の為になるべく魔力を使いたくない。人波から離れた場所でハルヴァを降ろす。
「ミロク団長の所に行って相談を」
オレの疲れた声に全員が頷いた。
流石にこの数日の疲れが出てきたのか、言葉少な目に詰所までの道を歩く。
ゴブリン軍を2回も焼き払ったが、オレは心の中で呟いた。”ここからが本番だ”
きっとまだ序章なんだろう…心からこの騒動の終わりを熱望した。
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