第8話誕生日 part3
8.誕生日 part3
タブの姿を見てアシェラは怯えたが、“助けが来た”と話して納得してもらった。
タブを先頭にオレ、アシェラの順番で歩いていく。
部屋に到着して中を覗くと、ガタイの良い男と意地の悪そうな男が机に伏せて眠っていた。
今度はオレ、アシェラ、タブの順番でゆっくりと部屋の中を歩いていく……
1歩、1歩、歩くたびに緊張で何かが削られていくようだ…
あと5m、あと2m、1m……
(もうちょっと、もうちょっとで逃げられる……)
その時のオレは“あせり”で自分の事しか考えられなくなっていた。
ガタン
何かが倒れる音が響いて、オレは後ろを振り向いた。
アシェラだ。恐怖が限界だったのだろう。足元のゴミ箱を蹴飛ばしてしまったようだ……
「うー…ん、なんだ?」
ジャロッドと思われる、ガタイの良い男がゆっくりと起き出した。
オレは思わず叫ぶ。
「アシェラ。逃げろ。走れ」
アシェラはオレの言葉に従った。ただし7歳の全力疾走だ。大人からすれば どうという事はない。放っておけばすぐに捕まってしまうだろう。
(オレのミスだ。自分の事でいっぱいになったオレの失敗だ。アシェラの逃げる時間はオレが作らないと……)
追い詰められたからだろうか、アシェラを守るためだろうか、さっきまでは恐怖でいっぱいだったのに、槍モドキを構えオレはガンジとジャロッドに対峙した。
「ガキが。いつの間に……ガンジ、起きろ」
「うー…ん、なんだぁ」
「しっかりしろ、ガキが逃げやがった」
「はぁ?ガキが逃げた?」
タブは腰から短剣を抜き2人に向ける。
タブが短剣を抜くのを見て、ジャロッドとガンジも同じように短剣を抜いた。
「てめぇ、裏切りやがったのか」
「腰抜けが……オレは最初からこいつを入れるのは反対だったんだ」
そんなやりとりをしながらも、オレとタブは出口に近づくようにゆっくり下がっていく……
「逃げられると思ってるのか?今なら命だけは助けてやるよ。ほれ、武器を置け……」
ジャロッドの言葉を無視し、さらに下がる。
「ガンジ。ガキは任せた。殺すんじゃねえぞ」
「へへ……任せろ……」
ガンジとオレ、ジャロッドとタブ、それぞれ1対1の形になった。
「ガキが……オレはテメエみてぇなガキが一番嫌いなんだ。不自由無く生きてきた顔しやがって……泣き叫ぶまでいたぶってやる……」
短剣を前に突き出すような構えで、ゆっくり近づいてくる。
素人目だが荒事には慣れているようだ。こっちは前世も含めて殺し合いなんてもっての外、喧嘩だって子供の頃に数える程度しただけだ。
こっちに有利があるとすれば“舐めてくれている”のと“魔力操作”、後は中途半端な“身体強化”だけか……
(最初から全力だ。それしかできない)
オレは槍モドキを構えながら足に魔力を纏う。オレは全ての準備が整ったのを確認し、槍モドキを握っている手から光の玉を発射した。
光の玉は真っ直ぐにガンジの顔に向かっていく。当たる!と思った瞬間、ガンジは反射的に光の玉を切った。
突いた……
真っ直ぐに突いた……
ガンジが光の玉を切った瞬間、身体強化中の足で踏み込み、槍モドキを真っ直ぐに突いた……、
槍モドキは酷く簡単に、ガンジの胸へ吸い込まれていく……
ガンジは驚いていた……次に泣き笑いの顔で、自分の胸からオレの顔へ視線を移す……何か言おうとしたのか、口をぱくぱくさせたが声は聞こえなかった……
そして、ゆっくりと崩れ落ちていく……
死んだ……
ガンジを中心にゆっくりと血が咲く様に広がっていく……
……
……
「ガンジ!!」
ジャロッドの叫び声にオレは我に返る。
しかし、その時には覚悟はどこかに消え去り、先程とは違う恐怖がオレの中を支配していた。
周りを見渡すとタブは左腕から血を流している……ジャロッドにやられたのか、加勢しないと。理性では分かっていたが、オレの心は既に折れていた……そして……
オレは逃げ出した。
がむしゃらに走る。気がつくとアシェラの姿が見えた。アシェラは苦しいだろうに懸命に走っている。
アシェラに追いつこうと力を入れた瞬間、明らかにオレに向けられた殺気を、後ろから感じてしまった。
恐怖に泣きそうになりながらも振り返ると、ジャロッドが怒りに燃えた眼をこちらに向けながら、追いかけてくる。
(タブは?タブはどうなったんだ……もう、もう嫌だ。頼む。逃がしてくれよ)
オレは心の中で叫びながら、前を向いて再び走りだした。しかし、その願いとは反対にジャロッドとの距離は縮んでいく。
(追いつかれる)
槍モドキも落としたのか、もしかしてガンジに刺さったままなのか、手には何も持っていない。
すぐにアシェラに追いついてしまう。拙いながらも身体強化を使えるオレは、普通の5歳児以上の能力があるようだ。
(ダメだ。アシェラが。くそっ、やるしかないのかよ)
欠片だけの勇気をかき集め、ジャロッドを迎え撃つために立ち止まると、ジャロッドは直ぐに追いついてきた。
オレは体力も気力も限界に近い中、腕に魔力を纏う事しか出来なかった……
(怖い。オレは何でこんな所で殺し合いしてんだよ!!)
心の中で悪態をつき、ジャロッドの動きを警戒する。
「ガキがぁ、もうテメエはいらねぇ。殺す。足がついちゃぁ困るんだよ。テメエをやったら次はあのガキだ。2人共ぶっ殺してやる」
本気なのだろう、怒りを隠しもせずにジャロッドが短剣を向けてきた。
こちらが素手なのを舐めているのか、首を狙って振られた短剣をオレは腕で受け止めると、腕に鋭い痛みが走る。
痛みを堪え恐る恐る腕を見ると赤いミミズ腫れが1本出来ていた。その様子を見ていたジャロッドが叫ぶ。
「テメエ、魔法使いか!あのガキの護衛だな。見てくれに騙された……くそっ!」
勘違いをしているのを察したが、オレはそれに乗っからせてもらった。無言でジャロッドを睨み右手の指を向け、そのまま魔力を指先に込めた……
光る指先を見て危険と判断したのか、ジャロッドがオレから距離を取る。
「くそっ、ツイてねぇ。くそっ、くそっ」
魔法に警戒しながら一定の距離を取りながらも、ジャロッドはこちらを睨みながら悪態をついていた。
ズキンッ、腕に鋭い痛みが走る……痛む腕を悟られないように、アシェラの後ろ姿をチラ見すると、あと少しで大通りに出られそうだ。
(あそこまで行けば人通りが多い……もう大丈夫か……あとは、オレがここを何とかすれば……)
オレの思考を読んだのかジャロッドが悔し気に吐き捨てた。
「ガキは逃げた。ガンジも死んじまった。テメエのせいで全部オジャンだ。テメエだけは絶対に殺す!」
計画が破綻し仲間も死んだ。逃げれば良いのにオレを殺すためだけに、ジャロッドは殺意をむき出しにして叫んだ!
(ハッタリが効かない。いつまでもこの状態でいられるわけがない……どうやって逃げる、考えろ、考えろ!)
右手の指を向け魔力を集めたまま、思考を加速させるが何も思いつかない……ただ時間だけが過ぎていく。
痺れを切らしたのか、ジャロッドがとうとうゆっくりと間合いを狭めてきた。
結局、オレは何も思いつかないまま、腕と足に魔力を纏いジャロッドの動きを凝視する。
ジャロッドが姿勢を低くし踏み込んできたのを、オレは横に飛んで勢いを躱す。直ぐに最初の様な睨みあいがまた始まってしまう。
ジャロッドはこちらを睨みながらも、何かを考えていた……
「テメエ……もしかしてハッタリか?本当は魔法なんか使えねえんじゃねえか?」
オレは内心の動揺を出さない様に、平静を装ったが隠しきれなかったようだ。
「本当に使えねえみたいだな。くそがっ!こんなガキにここまでコケにされたのは初めてだ」
ジャロッドは殺気をまき散らしながら短剣を振るってくる。
(もうハッタリは効かない。もう殺すか殺されるかだ……)
“殺すか殺されるか”オレはこの時にやっと“戦い”を始めたのだろう。
怒りに身を任せたジャロッドが短剣を振りかぶる。
ガンジの時のように光の玉を作り、顔に向けて飛ばしてやった。
ジャロッドは光の玉を何かの魔法と思ったようで、大きく仰け反って光の玉を躱す。
(ここだ!)
オレは“魔力を纏った足”で踏み切り、全力で跳んだ!
狙うのは顔の中心。
全身のバネを効かして、渾身の力で右腕を振りぬく。
普通であれば手の骨が折れる所だが“魔力を纏っている”問題ない。
ジャロッドは顔面にオレの拳を受け、3mほど吹っ飛んだ。
今はガタイの良い体を大の字にして倒れている。
「やったか……」
呟いた瞬間、“フラグ”と心の中に叫び声が聞こえた気がする……
10秒、20秒、動く気配がないジャロッドを見て力を抜こうとした瞬間、ヤツはゆっくりと動きだした……。
「殺す……殺す……絶対に殺す……」
ぶつぶつと恐ろしい言葉を吐きながら、立ち上がろうとしている。
オレは恐怖に震えながらも、再び魔力を手と足に纏い直していく……
顔を上げた所でジャロッドは眼を見開き、固まっている。
ヤツの視線はオレの少し横、オレの後ろを見てるのか?
ジャロッドは顔に、怯え・驚愕・焦り・沢山の負の感情を貼り付けたと思った瞬間……
逃げ出した……
オレは逃げ去るジャロッドを茫然と眺める事しかできない。
(何で?何で逃げる)
混乱する思考の中だったが、“助かった“少しだけ安堵を感じた。
すると突然、強烈な風がオレの横を吹き抜ける……違う、男がオレの横を風のように走り抜けていったのだ……
男はまさに風のような速さで走ると、あっと言う間にジャロッドに追いつき、右手に持った剣で首を刎ねた……
(は?どうなってる。首が……落ちた……意味が分からない……)
オレが呆けたように立ち竦んでいると、後ろから不意に声をかけられた。
「あるど」
名前を呼ばれ振り向くと、そこには騎士2人に守られたアシェラが嬉しそうに立っている。
「アシェラちゃん、無事だったのか。良かった……」
アシェラはどこにも怪我は無さそうだ。本当に良かった
「おとうさん」
未だに混乱するオレの後ろを見ながら、アシェラは嬉しそうに叫んだ。
足音が聞こえ後ろを振り向くとそこにはアシェラの父、ブルーリング騎士団第2小隊 隊長ハルヴァが颯爽と歩いていた。
そこからの事はしっかりと覚えていない。
夢の中のようなフワフワした心地で、気が付いたら広場の建物の中で座っていた。
「アル、ケガはない?攫われたって聞いたけど本当かい?」
父さんの声がした瞬間、急に色々な事が現実味を帯びてきて、攫われた恐怖と人を殺した恐怖が襲ってくる。
怖い……何が怖いのかすら理解しないまま、オレは年甲斐もなく父さんに抱き着いてしまった。
「父様……僕は……人を殺しました。事故なんかじゃない……殺そうと思って……殺したんです。最後の時……あいつは……」
「大丈夫!もう大丈夫だから!」
父さんはそう叫ぶと、オレを強く抱きしめた。オレは自分でも思ったより、精神的ダメージを受けていたらしい。
父さんの胸に顔をうずめ心を空にしていく……どれぐらい時間が経ったか……やっと少し落ち着いてきた。
そんなオレの前に騎士に連れられた男が1人やってくる。
「アルド様よろしいでしょうか?」
父さんに埋もれていた顔を上げ、男を見るとタブだった。
「タブ!生きてたのか!」
オレは父さんから離れてタブに駆け寄り、お互いの生還を喜んだ。
「は、はい。アルド様、なんとか……ハ、ハハハ……」
タブは騎士からの圧力からか微妙な態度で返してくる。
「父様、僕はこのタブに助けてもらったんです。タブがいなかったら逃げ出せなかった」
「そうなのかい?アルの命の恩人なら、最大の感謝を返さないといけない……本当ならだけど……」
父さんはタブを疑っているのだろう、確かに話が上手すぎる。
「本当だよ。あとタブには病気の娘がいて薬がいる。お礼として、その薬をあげたいんだ」
「なるほど……病気の娘に薬、ですか……まあ、良いでしょう。誰か彼の話を聞いてあげてくれ。そして希望の薬の手配を頼みたい」
タブの顔には安堵の色があふれて、大粒の涙が滲みだしていく。
その時、父さんがタブに近づき耳元で囁いた……
「2度目は無いよ……」
タブの顔が引きつり恐怖が張り付いていく。それからタブは来た時と同じように、騎士に連れられ退席していった。
タブが退席して父さんと話してると、遅れてきた母さんとエルがやってくる。
おおまかな説明は聞いていたようだが、いきなり母さんに抱きしめられ危うく窒息する所だった。
折角助かった命が母親の胸で窒息とか……全く笑えない。
そしてオレは流石に誕生会は無理だと判断され、屋敷に1人送り返される事になってしまった。エルにはずっと心配され最後には泣かれかけてしまう。
今は1人で自室の天井を見ている……父さんに泣きついた時よりは落ち着いており、多少の余裕も出てきた。
(今回の事で思い知った。この世界は日本よりずっと命が安い。日本の価値観を引きずるとオレが潰れかねない。味方と敵、その他を明確にし敵には非情にならないと……それと将来この家を出るのなら魔法だけじゃなく武術も習うべきだ。そうじゃないといつか後悔する)
今までは、ゲームや小説の中のようで、どこか現実感が無かった。
しかし今回、人の生き死にを体験し異世界転生を初めて実感したと同時に、この世界で生きていく事を改めて決意するのだった。
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