第217話逃走中 part3

217.逃走中 part3






ゆっくりと休憩を取り、いよいよマナスポットの開放に向かう。

戦闘は相談した通りオレとアシェラの2人で行い、ナーガさんとライラは遠目にオレ達が見える場所で待機となる。


「じゃあ、行ってくる」

「アルド君……無理はしないで……」

「アルド君、危なくなったらすぐに脱出して。絶対に今回、マナスポットを開放しないといけない訳じゃないのよ」


「分かりました」


ナーガさん達の言葉は正しい。一当てしてどうしても無理だと判断すれば、逃げる事も選択肢に入れさせてもらおう。

アシェラとアイコンタクトを交わしてから、空間蹴りで主が見える場所まで移動した。


サイレントパンサーはオレ達を敵と認識しているのだろう、こちらを睨み微動だにしない。

種族の特性だろうか、こうして睨み合っていても、ふとした瞬間にサイレントパンサーを見失ってしまいそうになる。


何時までもこうしているわけには行かない。アシェラに最後の確認を取ってオレはサイレントパンサーに吶喊した。


「アシェラ、良いか?」

「いつでも良い」


「行く!」


地上はミルドの街からやってきたであろう、騎士や魔法使いでいっぱいだ。空間蹴りで空を駆けながら、主であるサイレントパンサーへ向かって突っ込んでいく。

先ずは一当て……5メードほどの距離まで近づいた所で背中と右のバーニアを同時に吹かす。


主の左側を取ろうとしたのだが、どうやら同じタイミングで主も動いた。

想定していたより主の動きが早い……種族特性なのか元々気配が酷く薄い主を、オレは見失ってしまった。


「アルド、後ろ!」


アシェラの声がした瞬間、バーニアを吹かすと、オレがいた場所に主の爪が通り過ぎる。

背中に氷水を垂らされたような感覚が襲う……


改めて主と対峙すると、ヤツはオレを見て笑った気がした。

いや、気のせいじゃない、主はオレを見て笑っている……今の一当てでオレを取るに足らない格下だと判断したようだ。


確かに主の動きは早い。しかし、模擬戦でのアシェラの動きは主よりも僅かに速い。

アシェラの動きについて行けるオレが何故、主を見失ったのか……どうやら主は動く瞬間、気配を消している……そのせいでオレには消えたように…感じてしまうのだろう。


どうやら主は、加護を殆どを隠蔽能力に振っているようだ。索敵能力が劣るオレの分が悪い。どう攻めるか考えていると、アシェラが主へと突っ込んで行く。


「アシェラ、危ない!下がれ」


オレの言葉が聞こえているだろうに、アシェラは主への攻撃を止める気配は無い。

しかし、アシェラはオレのように主を見失ったりする事は無かった。主とアシェラの戦闘は終始アシェラが押している。


傍から見ているオレでさえ、主を見失いそうになる時があるのに……何故アシェラは確実に主を追えるのか……


「魔眼か……」


つい口から零れてしまった。考えてみればアシェラの魔力視の魔眼であれば、気配を消されようが主の魔力が光って見えている筈だ。

主がどれだけ巧妙に気配を消そうがアシェラには関係ない。


アシェラがバーニアを覚えてから、模擬戦で更に勝てなくなったのに……そろそろオレの威厳がヤバイ。

これ以上の失態は、後々の家の中でのパワーバランスに響いてくる!


オレは周りを一度、見回して、最初の作戦でアシェラに頼んでいた騎士達の様子を確認した。

思っていた通り、騎士や魔法使いがオレ達の下に集まってきている。しかも空間蹴りを使っている事から、どうやらオレ達だとバレているみたいだ。


こうなると主の討伐はアシェラに任せた方が良い……当然ながら騎士や魔法使いの攪乱はオレの役目となる。

しかし、主にソナーを使って証の位置を確認しておかないと、アシェラが主に攻撃できない。


適当に攻撃して誤って証を壊してしまうと、新たな主を生む可能性があるからだ。

本当なら手荒な真似はしたくなかったのだが、背に腹は代えられない。


オレは覚悟を決めてウィンドバレット(非殺傷)を魔法使いに撃ち込んでいった。

気を失う者、手や足にウィンドバレットを受け骨折している者、様々な者がいるが確実に魔法使いの戦闘能力を奪って行く


騎士は攻撃手段が弓しかないので、弓矢を用意するまで時間がかかる。

3分ほどウィンドバレットを撃ち込むと、木の下はパニックになっていた。


ウィンドバレットは風の魔法だけあって、見え難いのも混乱に拍車をかけている。

騎士や魔法使い達はこれで暫くは時間が稼げるだろう。問題は主とアシェラだが……


主は木の間を飛び回りながらアシェラへ攻撃を繰り返しているが、当のアシェラはバーニアを使って余裕を持って躱している。

証の位置が分からなくて攻撃が出来ないアシェラに、オレは声をかけた。


「アシェラ、ソナーを使う。隙を作れるか?」


オレの声にアシェラは直ぐに反応する。


「待ってた。コイツは麻痺が効くみたい。何度か麻痺を撃ち込んで強麻痺にするから待ってて」


……麻痺、効くのかよ。もう消化試合じゃないですか……アシェラさん。

それからアシェラは5発の麻痺を撃ち込むと、主は木の上で立ってるのがやっとの状態になって、プルプルと震えているだけだ。


オレは遠い眼をしながら、ゆっくり木の上を歩いて主へと近づいて行くと、痺れて動けない主はオレを呪い殺さんばかりに睨んでくる。

格下だと思っているのか、オレには殺意マシマシな主だが、アシェラを視界に入れた瞬間、主は瞳に恐怖を浮かべて涙を浮かべだした。


少し可哀そうになってきたが、命のやり取りをしていたのだからしょうがない。

オレは主の背中に手を置いてソナーを打つ……4回ほどのソナーでどうやら右手の爪からおかしな気を感じる。


「右手の爪が証みたいだ」

「ボクがやる?」


「いや、アシェラだと右手ごとになるだろ?」

「うん……」


「オレがやるよ。念のため、超振動を使うから離れてくれ」

「分かった」


オレは麻痺で動けない主に近づいて、1言だけ呟いた。


「爪で良かったな。どうやら死なずに済みそうだぞ」


それだけ言うとオレは魔力武器(大剣)を出して、超振動をかけていく。

ヒィィィィィンと甲高い音が響くのに6秒……中々発動時間が縮まらない超振動を一閃した。


見事切り落とした証を空間蹴りで回収し、主を見ると体が一回り小さくなっていくのが見える。

次はマナスポットの解放だ……改めて見るとマナスポットの周りには騎士が20人はおり、元気な魔法使いも4~5人がこちらを睨んでいた。


ここを制圧して30分間守っても良いのだが、出来る事なら精霊であるアオを見せたくない……

オレは空間蹴りで木の更に上に移動し、完全に騎士達の視界の外に出てからアオを呼びだした。


「どうだい。アルド」

「証は手に入れた。ただ、やっぱり姿は見せないでほしいんだ」


「そうか、言った通り、それだと調整に4時間ぐらいかかるよ」

「分かってる。大丈夫だ」


「分かった。じゃあ、調整が終わったら知らせる」

「それも出来れば、姿を出さずに出来るか?」


「分かったよ……アルドはいつも注文が多いね」

「頼むよ。アオ」


アオは肩を竦めて、その場で待機した。

念の為に1000メードの範囲ソナーを打ち、マナスポットの周りに魔物がいない事を確認すると、オレは真っ直ぐに落ちて行く。


出来ればマナスポットの解放も見られたくない。

オレはウィンドバレット(魔物用)を、マナスポットの周りの地面に撃ちこんでいく。


土煙を起こして煙幕として使うためだ。

アシェラも意図に気が付いたようで、同じようにウィンドバレットを地上に撃ち込んで行く。


土煙の煙幕の中、マナスポットにサイレントパンサーの爪を当て、短剣で突き刺してやった。

証が灰になっていく感触を確かめ、見えないながらも右手でマナスポットに触れると、領域が変わったのだろう、オレの魔力が急速に回復していく。


オレはすぐに空間蹴りを使いアシェラの元へと戻り、一言だけ叫んだ。


「逃げるぞ!」

「うん」


アシェラと一緒に逃げ出すと、その様子を見ていたナーガさんとライラも直ぐに合流してくる。

オレ達4人は空を駆け、取り敢えずは追手を撒くことに成功した。





追手を撒いてから2時間ほどが経ち、今は海辺に見つけた洞窟の中で時間を潰している所だ。


「後2時間か。待つとなると長いなぁ」

「うん。長い」

「長い……」


オレ達3人をナーガさんが苦笑いで見つめている


「普通はもっと必死の逃避行になるのでしょうけどね……」


流石に火をおこしたりはせず、会話をしていただけなのだが、捜索隊に漁師がいたからなのかどうやら見つかってしまったようだ。

オレ達が気が付いた時には洞窟の入口に騎士と魔法使いが隊列を組み、戦闘にはヤルゴ一味がいた。


「よう、昨日ぶりだな……」


先頭にヤルゴと騎士剣術の男が1人……昨日の今日でヤルゴの四肢は回復されている……あの回復魔法使い凄腕だったのか。

騎士剣術2人の斜め後ろに大斧使いがそれぞれ1人ずつ。


最後に回復魔法使いと魔法使い……非常に隙の無い良いパーティだ。


「またやられに来たのか?」


オレの挑発の言葉にヤルゴは殺気を発したが、直ぐに抑えて話だした。


「まあ、オレ達じゃ、お前等には勝てないのは認めてやるよ」


意外な言葉を発するヤルゴに、オレは訝し気に問いかけた。


「何を企んでる……」

「何も。ただ、少し手を貸して貰いたいだけだ」


「……」

「そう警戒するなって。昨日は山猿……いや、そこのエルフを攫った事は謝る。すまなかった」


オレはヤルゴの意図が読めずに、更に警戒を1段引き上げる。


「おい、ヤメロって。本当に話をしたいだけなんだ……」

「……」


「……」

「……言ってみろ」


「助かるぜ。単刀直入に言う。翼の迷宮を踏破してほしい」

「……」


「最近、新緑の癒し手と氷結の魔女のパーティで、迷宮を踏破して回っているのは知っている。この翼の迷宮も踏破に来た。違うか?」

「……そのつもりだったが、お前等のせいで中止になったよ」


「やっぱりか……勝手を言うが、もう1度、翼の迷宮の踏破に挑んでもらえないだろうか?」

「無理だ。オレ達だけじゃ迷宮の踏破は出来ない」


「変わりにオレ達がバックアップする。それでもダメか?」

「戦力が足りない。オレ達は後2人の計6人で挑戦するつもりだった」


「オレのパーティメンバーが代わりに入る。それでは無理か?」

「無理だな。お前では弱すぎる。今はいないメンバーの内の1人は、オレと同じか強いぐらいだ……」


「どうしてもか?」

「ああ……無理だ」


「じゃあ、その魔道具を売ってくれないか?金なら幾らでも出す」

「それも無理だ。この魔道具は殺してでも奪い返せ、と言われている物だ。この魔道具を狙うなら殺すしかない……」


「どうしても無理か?」

「……」


「オレ達も分かりました、って引き下がれない理由があってな。お前等ほどの腕だと知ってれば、余計なちょっかいを出さなかったんだが……」

「……」


ヤルゴは心の底から残念そうにしながら、後ろにいる騎士と魔法使いに合図を出した。

騎士達は何か袋を投げ込んでくる。


「薬だ。吸い込むな!」


オレはそれだけ言うと息を止めてヤルゴへと突っ込んで行く。

この状況では手加減出来ない。悪いが殺す気でいかせてもらう。


オレはウィンドバレット(魔物用)を10個纏って左には魔力盾を出し、リアクティブアーマーを起動した。

ヤルゴはリアクティブアーマーを露骨に警戒するが、バーニアを使えば分かっていても躱すのは至難の業だ。


そのままヤルゴにリアクティブアーマーをぶち当てた!

リアクティブアーマーの爆風で薬は辺りに吹き飛んだ筈だ。


5メードほど吹き飛んだヤルゴに注意を向けながらも、ウィンドバレットを騎士剣術の男、両手斧の男、グジーロ、回復魔法使い、魔法使い、の両足に1発ずつ撃ち込んでやる。

ヤルゴ以外の全員の両足が弾け飛び、辺りは一瞬で血の海になった。


ヤルゴ達の後ろでは、騎士と魔法使いが隊列を組んだまま、こちらを呆けた顔で見ている。

オレはハンドサインで血止めをナーガさんに頼み、騎士達の元へ殺気を漲らせゆっくりと歩いていく。


途中でハッタリのためにウィンドバレット(そよ風バージョン)を10個だし近づいていくと、騎士や魔法使いがジリジリと下がり出した。


「来ないのか?それならこちらから行くぞ!」


そう言ってウィンドバレットを地面に撃ち込んで行く。

おかわり、おかわり、おかわり、40発ほど撃つと土煙が立ち込め、こちらと向こうを完全に分断する事に成功した。


「ナーガさん、治療は?」

「全員の血止めはしておいたわ。命に別状はないはずよ」


「そうですか、良かった。取り敢えず逃げましょうか」

「ええ」


リアクティブアーマーの直撃で気絶したヤルゴを一度だけ見てから、オレ達は空間蹴りで空へ逃げ出した。




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