第216話逃走中 part2

216.逃走中 part2




オレ達4人は今、南へ延びる街道を、ひたすら真っ直ぐに走っている。

アオから聞いているマナスポットの位置は、ミルドの街から南へ真っ直ぐ進んだ先にある森であるらしい。


恐らく領域に入ればオレには分かる筈なので、今は南へと軽く走りながら進んでいる所だ。

追われているのに軽く走っているのには、当然ながら理由がある。


オレとアシェラは魔力操作を覚えたばかりの頃から、身体強化の修行も欠かさず行ってきたのだが、ナーガさんとライラは純粋な魔法使いであり、身体強化の練度がそこまで高いわけでは無い。


オレ達にとっては軽く走るだけだが、ナーガさんとライラにはかなりキツイらしく、汗を滝のように流しながら必死に走っている。

これは以前のゴブリン騒動の時の母さんも同様だった。


やはり純粋な魔法使いタイプには、オレ達と同じペースでの運動は厳しいのだろう。

無理はしないように、2人の息が上がってきたタイミングで、休憩を入れていかなければ。


「そろそろ休憩しましょうか。念の為、街道から少し離れて下さい」

「ハァ、わ、ハァ、分かった、ハァ、わ……」


直ぐに2人に手拭いを渡して汗を拭いてもらう。

滝のような汗に対しては、あまり効果が無いかもしれないが何もしないよりはマシだろう。


2人は先程、服屋で奪うように買ったローブも脱ぎ捨て、今は鎧姿での移動だ。

因みに荷物はオレとアシェラで持っているが、水筒だけは何かあるとマズイので、それぞれに持って貰っている。


ミルドの街から南へ延びる街道は、海辺の漁師が住む村へ向かうための街道らしく、普段は魚を詰んだ荷馬車が往来しているだけあって道幅もありしっかりしたものだった。

それだけに当然ではあるが、追手は馬を使う事が出来る……しかし、ナーガさんとライラの体力を限界まで使ってしまっては、万が一見つかった場合逃げる事も儘ならなくなってしまうので加減が難しい。


「アルド君、アシェラさんごめんなさい……足を引っ張って……」

「ごめんなさい……」

「止めてください。僕達はパーティです。足りない所は補い合えば良いんです」

「うん。ボクは2人を迷惑なんて絶対に思わない。ボクの出来ない事を、いつも2人はやってくれてる」


そこからはネガティブな空気は無く、リラックスして休憩出来た。


「昼食には早いですが、軽く果物でもたべましょうか」


各々、リュックから好きな果物を出して軽く食べる。オレはオレンの実を取り出すと口の中に放り込んだ。

日本のみかんよりはだいぶ酸っぱいが、酸味が疲労を洗い流してくれるようで、すぐに1個を食べきってしまった。


そんな少し緩い空気の中、唐突に馬の蹄の音が聞こえてくる。


「伏せて!」


オレの言葉に全員が身を低くして馬をやり過ごした……暫く待つが、後続はどうやら無さそうである。


「ナーガさん、どう思いますか?」

「私達を探しているのでしょうね……」


オレとナーガさんの会話にライラが入ってきた。


「漁師の村から人を出させるための先遣だと思う……きっと漁師の村に本陣を敷いて捜索が始まるはず……」

「ライラは軍に詳しいのか?」


「……身内に軍の人間がいた」

「それでか……そうか、ここからは時間との戦いだな」


オレはもう少し細かい情報を聞くために、アオを呼びだした


「アルド、エルファス達は無事に門を抜け、リュート領を目指してるよ」

「そうか、良かった」


「アルド達は何でこんな場所に……あ、そうか、エルファス達から追手を引き離す為に、マナスポットを目指しているのか」

「ああ、マナスポットの詳しい場所を教えてほしい」


「うーん……ここからこっちの方向に3000メードって所かな」

「3000?急いだら20~30分じゃないか……」


「そうだね。直ぐそこから領域が始まるよ」

「そんな近くに……」


「アルド、マナスポットが小さくても、油断するなよ」

「ああ、それと1つ、頼みがある」


「何だい?」

「マナスポットを開放すると、いつも30分ぐらい動かなくなるよな?」


「ああ、マナスポットを僕の配下に調整してるんだよ」

「あれを無くせないか?30分間、お前を守れる自信が無いんだ……」


「……マナスポットに潜りながらの調整だと、時間がだいぶかかる」

「どれぐらいだ?」


「この大きさなら……たぶん5……いや4時間かな」

「そんなのにか……」


「ああ」

「……分かった。解放する前に呼ぶ……その時の指示に従ってくれないか?」


「わかったよ」

「悪いな。アオ」


オレの言葉にアオは苦笑いを浮かべて消えていく。これだけ付き合いが長くなってくると、だんだんと表情が読めるようになってきた。


「聞いた通りです。先ずはマナスポットを見つけて、それから作戦を立てましょう」

「分かった」

「「分かったわ」」


オレ達は休憩を切り上げ、アオに教えてもらった方向へ真っ直ぐに向かった。





アオの言う通りに進むと直ぐに森があり、マナスポットも無事見つける事が出来たのだが、困った事態に……

漁師の村が森のすぐ脇にあり、マナスポットをどうやら土地神として崇めているようなのだ。


ここのマナスポットは大きな岩の形をしており、今は灰色で妖しい気を発している。

村人はマナスポットの前に祭壇を作り、お供え物をしていた。


肝心の主だが普通より一回り大きいサイレントパンサーが、マナスポットの横にある大木の上に居を構え、こちらを睨みつけている。

爪牙の迷宮で見たサイレントパンサーとは、放つ圧が全く違う……


どうやらここの主は加護を繁殖では無く、自分の強化に全フリしているみたいだ。

今まで倒した主の中には、自身の強化に加護を全フリしている主はいなかった。


小さなマナスポットで、強化に全振りしている場合の主がどの程度の脅威を知れるのは助かるが、ここで戦闘になった場合、間違いなく村に駐留している騎士からも攻撃される事になってしまう。

オレ達がこうして様子を窺っている間にも、騎士や魔法使いが続々とやってきては、捜索に向かって行く。


「アシェラ、主が見えるか?」

「うん、凄い魔力……あの主はきっと強い……」


「やっぱりか……ゴブリンエンペラーとどっちが強いと思う?」

「うーん……同じぐらい?」


「そんなにか……」

「うん」


エンペラーと同じとか……これは作戦ミスかもしれない。

くそ、後は何の能力に加護を振ってるかだが……防御か、攻撃か、スピードか、若しくはバランス形かもしれない。


本来ならゆっくりとソナーを打って、安全に攻めたい所なんだが……こう騎士の姿があるとそれも難しい。

一瞬、騎士に主をけしかけて漁夫の利を狙う事を考えたが、使徒としてそれはどうなんだろうか。

ナーガさんや皆の正直な意見を聞きたい。


「今、恐ろしい作戦を思いついたのですが…………」


オレが先ほど思いついた作戦を話すと、3人の意見が見事に別れた。


「……私は良い手だと思う。戦闘は詰まる所、どれだけ相手に損害を与えて、自分の損害を減らすか。アルド君の作戦は理に叶ってる」


オレをベタ褒めしたのはライラだ。ライラの目線は戦闘だけを見た軍人の意見ともいえるだろう。


「ボクは両方とも倒せば良いと思う。騎士がいても精々30人ぐらいならボクが睡眠で眠らせれば良い!」


アシェラは脳筋の理論だ……邪魔する者はぶっ飛ばす!これぐらい単純だと世の中、楽なのだろうが。


「空間蹴りを大々的に見せた以上、この件は王様にまで上がる筈よ。その時にブルーリングの関与は分かる人には分かるわ……ここで大きな禍根を残せば、後々に余計な軋轢を生む可能性が高い」


ナーガさんの言う事が胸に刺さる……確かに王様には空間蹴りを見せているんだった。


「3人の意見を聞いて思ったんだが、ナーガさんの言うように、この件は王様にまで上がるだろう。非道な行いは後々の憂いになりかねない。最悪、騎士がどうしても邪魔になっても、アシェラが寝かせてくれ。今回は人死には出さないで行こうと思う」

「分かった。ボクに任せて」

「「分かったわ」」


「作戦も決まったし、後は攻めるタイミングと役割だな」

「短期決戦なら私とライラさんは邪魔になるわね」


「ナーガさんは付与だけして退避、ライラも魔力が減ってるはずなんで退避、オレとアシェラで突っ込む」

「分かった!」

「分かったわ」

「……」


ライラは戦力外宣告に不満のようだ。


「ライラ、魔力はどれぐらい残ってる?」

「2/3……」


「ライラは空間蹴りの魔道具が無い。マナスポット解放後もアオが調整を終わるまでの4時間も逃げ続けないといけない。その時は恐らく空間蹴りを使い続ける筈だ」

「うん……」


「悔しいだろう、とはおもうけど今回は我慢してくれ」

「……分かった」


「アシェラ、主とはオレがメインで戦う。アシェラは邪魔をしてくるだろう騎士や魔法使いの対処を頼む」

「……頑張る」


「なるべく攻撃はしないように、どうしても邪魔な場合は睡眠を入れてくれ。間違っても殺すなよ」

「……うん」


アシェラとライラの返事が不安だ……どうか無事に済みますように。

相談の結果、作戦の開始は昼食後に決まった。戦闘が始まれば食事を摂るのは難しいので軽く食事を摂ってからの方が良い、という判断だ。


一度 村から離れ、海が一望できる高台まで移動したら朝買った串焼きと果物を食べて、英気を養わせてもらおうと思う。


「この串焼き美味いな」

「うんうん。肉も美味しいけどタレが最高」


ミルドの街で買った串焼きだが、甘辛いタレに胡椒が効いていて、日本でも行列が出来そうな美味さだ。

アシェラだけで無くライラとナーガさんも喜んで食べている。


腹いっぱい肉を食べたいが、食べ過ぎて動けなくならないように腹6分目ほどで食事を止め、食後の休憩を取らせてもらった。

眼下の海を見てると、隣に座ったアシェラが難しい顔で話を振って来る。


「この湖は端が見えない……凄く大きい」


湖……恐らくは眼下に広がる海の事を言っているんだと思うが、どう説明すれば良いんだろう。

オレが悩んでいるとナーガさんが説明してくれるようだ。


「アシェラさん、これは湖じゃなくて海と言って、川の水は最後には必ず海に集まります」

「ほぇー」


「そして海の端は崖になっており、水は崖から奈落に落ちて、水の精霊様が雨に変えてくれているんですよ」

「ぶーーーーーーーー」


オレは口に含んでいた水を盛大に拭き出して、むせている所だ……


「げほっ、げほっ、こほっ、スーーーハーーー……」

「アルド君、大丈夫ですか?」


「は、はい。大丈夫です……」


オレは今、この瞬間にナーガさんへ聞かないといけない事ができた……


「な、ナーガさん……」


オレの真剣な雰囲気を察したのか、ナーガさんが身を固くして姿勢を正す。


「この世界の端は崖になってると聞きましたが…………」


ナーガさんは質問にきょとんとしながらも丁寧に教えてくれた。この世界の在り方というヤツを……

結果から言うと、どうやらこの世界では天動説が信じられているようだ。


この大地は平で、土の精霊が維持していて、水は世界の端まで流れて行くと溢れて奈落へと落ちて行く。そこを水の精霊が雨に戻して循環しているんだとか……

太陽は火の精霊が毎日、東の空から西の空までゆっくりと移動してくれている、と本気で信じられているらしい……


オレが呆れた顔で話を聞いていたら、ナーガさんから「アルド君でも知らない事があるんですね」と笑われてしまった。

この言葉をジョーが言ったのなら、逆に指を差して大笑いしてやるのに……ナーガさんにそんな酷い事はできない……ジョーめ。


科学をどこまで広めるか……オレは溜息を1つ吐いて、地動説の証拠でもある水平線の丸みを眺めていた。

そんなオレの姿を、ライラが興味深そうに見つめている事には、全く気が付かずに……





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