第218話逃走中 part4
218.逃走中 part4
ヤルゴの襲撃から逃げ出し、オレ達は安全のため木の上で過ごす事に決めた。
全員が空間蹴りを使える以上、いつでも逃げられる木の上の方が安全だと判断したのだ。
先ほどのような洞窟だと上にも逃げられず、ほぼ空間蹴りの利点を殺される事になる。
今回の事は勉強になる出来事だった。次回があれば生かしていきたいと思う。
こうして実際に木に上に逃げたのだが、思った以上に見つからなかった。
やはり人は上には注意を向け難いようだ。
暫くすると約束通りアオは姿を見せず、声が耳の奥から聞こえてくる……くすぐったい。
「アルド、準備完了だ」
「そうか、すぐ向かうから全員一緒に飛ばしてほしい」
「分かったよ。因みにギフトは疲労回復だった。まぁ、普通かな」
以前の精力増大に比べたら……オレは心の中でホッと安堵の息を吐いた。
アオの声はオレの耳の奥から聞こえたので、他の人からはオレが独り言を話していたように見えた筈だ。
「アオから調整が終わったって連絡がきた。バカの1つ覚えになるが土煙を煙幕にして、その隙に飛ぼう」
「分かった」
「「分かったわ」」
正直、この逃避行にもいい加減ウンザリしている。
ミルド公爵領自体に、良い思い出が無いのも拍車をかけているが……
こっちは元々、迷宮探索にきただけなのにナーガさんを攫われ、訳の分からないうちに逃避行を強制され……これでは、この領が好きになるはずが無い。
オレは溜息を1つ吐いて、マナスポットへと向かって行く。
マナスポットに到着すると、漁師の村にヤルゴのパーティメンバーが全員揃っているのが見えた。
ヤルゴは先ほどのリアクティブアーマーでボロボロになっており、それ以外のメンバーも回復魔法使いと騎士剣術の男の足が治っているだけで、他の3人は両足が無い状態だ。
恐らくは回復魔法使いの魔力切れなのだろう、今は回復魔法使いを中心に配置し守るような陣形を取っている。
正直な所、ここで襲撃チックな事はしたくないのが本音ではあるのだがしょうがない。
ヤルゴは間が良いのか悪いのか……やってる事は間違いなく悪党のそれだが、どこか憎めないオーラを感じてしまう。そうは言っても、ナーガさんに危害を加えていたら間違いなく殺していたのではあるが……
いつまでも、こうしていてもしょうがない。
「じゃあ、撃ちましょうか」
3人が頷いたのを合図にオレ達は上空からウィンドバレットやウィンドカッターを土の部分に撃ち込んで行く。
今回は完全に煙幕で隠れてから手を繋いで降りていく。
万が一、1人残されでもしたら危険だからだ。
暫く魔法を撃ち込むと村が大騒ぎになり、ヤルゴはオレ達が仕返しに来たと勘違いしたようで、固い表情を晒していた。
「行きましょう」
オレの言葉を合図に全員が手を繋いでいくが、ライラとナーガさんはどっちがオレと手を繋ぐかケンカしている……
「早く!」
オレの声にナーガさんが折れ、渋々ライラとアシェラの手を握り締めた。
そのまま空間蹴りで降りていくとアオの声が聞こえてくる。
「飛ばすよ」
「頼む」
その声と同時に、いつもの長いのか短いのか分からない時間が過ぎ、気が付いた時には王都のアオの間に立っていた。
3人は魔瘴石から照らされる青い光に畏れを感じるのだろう、顔をしかめている。
直ぐにアオの間を出て、ナーガさんに話しかけた。
「疲れたでしょう。ナーガさんも今日はブルーリング邸に泊って行ってください。オレはお爺様に報告してきます。悪いがアシェラ、メイドにナーガさんの部屋を用意してもらってくれ」
「分かった」
「ありがとう。アルド君」
「こちらこそ迷惑をかけてしまって申し訳ありません……」
ナーガさんは場合によっては、このまま見知った人に挨拶すらできずに、サブギルドマスターを辞職しなければならない。
今はかける言葉も無く、オレは爺さんのいる執務室へと移動する。
「お爺様、アルドです。お話したい事があります」
オレが帰っているとは思わなかったのだろう、少しの時間を空けて声がきこえた。
「……入れ」
執務室では珍しく爺さんが1人で仕事をしている。
「セーリエはいないんですね」
「次の風呂を付ける貴族家と打合せをしている筈だ。セーリエに用があったのか?」
「いえ、そういう訳ではありません。実は…………」
オレは今回起こった一連の事件を、なるべく感情を交えずに話していった。
「…………というわけです」
オレの報告に爺さんは目元を揉みながら微動だにしない……
5分ほどしてやっと絞り出すように声を出した。
「纏めると……仲間が攫われたとは言え、ミルド公爵領で領主館に殴り込みをかけ、そこにいる客人と多数の騎士を半殺しにして逃げ帰ってきた、そう言う事か?」
「……はい。簡単に言うとその通りです」
またもや爺さんがフリーズしている……マズイ、余程ショックだったのだろうか?
オレがイマイチ事の重大さを感じずにいると、爺さんは真剣な顔で話始めた。
「空間蹴りが見られたのであれば、お前達の事がバレるのは時間の問題だろう。ミルド公爵家とブルーリング男爵家の関係から、苛烈に責任を求められることになる筈だ。最悪はお前の首を差し出せと言われる可能性すらある……」
「……そこまでですか」
「ああ、領主館に殴り込むというのは、戦争をしかけるのと何ら変わらん……」
「それでは最悪の場合、僕を切ればブルーリングには、飛び火しないのでしょうか?」
「そうかもしれんが、それはワシが許さん。お前は使徒だ。新しい種族の父になる男だ。お前を切るぐらいならミルド領を焼き払い、直ぐにでも独立した方がマシだ」
「……」
「直ぐに王へ謁見を申し込んでくる。王家の遣いとしてのお前の実績で、ミルド公爵家に何とか取り成して貰えないか、手を尽くしてみる」
「……申し訳ありません」
「いい。最悪は直ぐにでも独立する覚悟だけはしておけ……」
「はい……」
「エルファス、アシェラ、マール、オリビア、ライラにも伝えておけ。特にオリビアはサンドラとの事もある。迷うようなら切り捨てる事も覚悟しろ」
「……はい」
すぐに爺さんが出て行ったので、オレはアシェラとマール、ライラを呼び出して、いつもの屋根の上へ移動した。
屋根の上ではライラ、オレ、アシェラ、マールの順番で座り、オレは重い口を開ける……
「お爺様と話してきたんだが…………」
マールがいるので、まずは今回の旅であった事を最初から話していく。アシェラとライラも随時、足りない部分を補填してくれて、分かり易く説明できたと思う。
いよいよ爺さんとの話を説明していくと、領主館に殴り込みをかけた事がどういう意味なのかを理解出来て、全員の顔が見る間に曇って行く。
「…………という事で最悪の場合は直ぐに独立する可能性がある」
3人の反応は流石としか言えなかった。
驚いた様子は確かにあるが、瞳の奥には覚悟を秘め、取り乱すような事は無い。
「意外だった」
オレの言葉に3人は不思議そうな顔で返してくる。
「もっと驚いて取り乱すと思った……特にマールの落ち着き具合はオレの予想とはだいぶ違う……」
マールは苦笑いを浮かべながら話し出した。
「私はアシェラみたいに他に妻が増えるのを、どうしても許せそうにないわ……それであれば、せめて大きく構えて受け止めないと、私はエルファスの負担になってしまう……」
「そうか……」
改めてアシェラとライラを見ると、アシェラはリラックスした様子であるが、何があっても付いて行く、と眼が語っている。
ライラは何やら覚悟をした瞳で気力を漲らせていた……爺さんや本人もその気みたいだが、オレはお前を嫁にした覚えは無いんだが……
しかし、このタイミングで文句を言う度胸も無く、流されるままにになってしまうのは……これがダメなのは分かっているのだが……
後はエル達とオリビアにも伝えなければいけない。
直ぐにメモにこれまでの状況を書き、爺さんが言う通り独立の覚悟の件も書いていく。
一通りをメモに書いた後、マールにメモを渡してマールからエルへの言葉も手紙の最後にに追記してもらった。
「良いか?」
「うん、ありがとう。アルド」
マールから手紙を受け取り、直ぐに収納の中へ入れる。勿論マールが書いた手紙を読むほど、オレは無粋ではないので何を書いたのかは分からない。
早速、アオを呼びだしてエルへ伝言を頼む。
「アオ、いつも済まないが、エルに収納を見るように伝えてほしいんだ」
「分かったよ。そう言えば、この前エルファスに伝言を伝えた時に、アルドの友達が僕を見て腰を抜かしてたんだ。人の顔を見て腰を抜かすなんて失礼だよね。アルドの友達らしいよ、全く……」
そう言ってアオは消えてしまったが、アオの言い様だとどうやらアオの姿を、ルイスやジョーに見られたみたいだ。
オレは自分の迂闊さを呪って天を仰ぐ……そりゃ、そうだよな……ルイス達の事考える余裕が無かった……ハァ、参った……
見られてしまった物はしょうがない。母さんとエルが上手く説明してくれたと信じて、切り替えていこうと思う。
そうなると後、伝えていないのはオリビアだけになる。
「後はオリビアか……」
「オリビアにはアルドが一人で伝えた方が良い」
「アシェラは行かないのか?」
「うん、ここで待ってる」
「そうか……」
万が一、心の準備が出来て無い、と言われて振られた時には、アシェラに慰めてもらおうと思ったのだが……
アシェラが行かないと言うのであればしょうがない。
「サンドラ邸へ行って来る」
「「行ってらっしゃい」」
ライラも付いてくるつもりは無さそうなので、一人寂しくサンドラ邸へと向かう事にした。
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