第219話それぞれの覚悟 part1

219.それぞれの覚悟 part1






外に出ると陽が沈みかけて空は赤からゆっくり暗くなる所だ。


オレは早速サンドラ邸へ向かうが空間蹴りは使わず、身体強化を使い走っていく。

馬車を出してもらうには時間がかかるし、この状況で万が一にも空間蹴りが見つかったりしたら……今より状況が悪くなるのだけは絶対に避けたい。


そんな理由で軽く走っていくと、馬車で移動するのと変わらない時間でサンドラ邸へ到着した。


「ごめんくださいーー!」


日が暮れてしまい、サンドラ邸では門番も既に建物の中へ戻ってしまっている。

何度目か、大声を出して呼びかけていると執事が玄関からやってきた。


「すみません。アルド=フォン=ブルーリングです。遅くに大変申し訳ありませんが、オリビアに取り次いで頂けませんか?」


執事は「主人に確認して参ります」と告げ、屋敷へと戻っていく。

確かに嫁入り前の娘を、婚約者だからと言って日が暮れた後に外出を許す訳がない。


オレは少しだけ急ぎ過ぎた事を反省して、伯爵からの返事を待つ。

時間にして5分ほどだろうか執事が戻ってきて「どうぞ、お入りください」とオレを屋敷の中へと招いてくれた。


促されるまま玄関をくぐると伯爵とオリビアは勿論、ミリア第1夫人、オコヤ君とサンドラ家勢揃いでの出迎えである……


「このような時間に申し訳ありません。無作法にもかかわらず、屋敷へお招きくださり誠にありがとうございます」


オレと伯爵が一通りの貴族のやり取りを終えると、客間でオリビアとの会話を許してくれた。


「では客間でオリビアと話すと良い。私としては食事でもしながら話したいのだが、何やら急ぎの案件のようだ」

「申し訳ありません。オリビアと話したら、直ぐに戻らねばなりません」


「では、話はまたの機会にでも」

「はい、楽しみにさせて頂きます」


客間にはオレとオリビアの2人だけで移動させてもらう。

本来なら未婚の淑女を男と2人きりになど絶対にしないが、これはオレが婚約者だから許されている事だ。


「アルド、とても急ぎのようですが、何があったのですか?」

「実は少しマズイ事になってる。落ち着いて聞いてほしい」


「分かったわ……」

「実は今回の迷宮探索での事なんだが…………」


オレは今回の一連の事件と、ミルド領でマナスポットの解放をしてルイス達より先に帰ってきた事を説明していく。


「そう……ナーガさんが攫われて……」

「ああ、それで、ここからが本題なんだが…………」


爺さんから言われた内容と、今回の領主館襲撃がいかにマズイか、を説明すると、いきなりオリビアが拳を握り締めて怒りだした。


「そんなのはオカシイです!ナーガさんを攫った相手が悪い筈なのに、何故アルド達が責任を取らされるのですか!」


オリビアの言い分は尤もだ。オレ達も領主館を襲いたかったわけではない。


「オリビア、落ち着いてくれ」


オリビアを落ち着けてから説明していく。本当はこんな事、言いたくは無いのだが……平民を1人攫うのと、領主館を襲撃する事の罪の重さの違い。

最悪はナーガさんに何かしらの罪を被せて〝罪人に仕立てあげる事も出来る事”を説明していった。


そうなればオレ達は罪人を領主館から攫い、客人と騎士を半殺しにして逃げ出した犯罪者という事になる、と……


「そんな……」

「オリビア、その事はお爺様に任せたから、取り敢えずは良いんだ。問題はこれから……ミルド公爵の出方次第では直ぐに独立に動く可能性もある……」


「……」

「もしかして時間は思ったより無いかもしれないんだ……オリビア、もう一度聞きたい……最悪の時はサンドラを捨ててでもオレと来てくれるか?」


オリビアは瞳に決意を秘めてしっかりと答えた。


「はい」

「そうか……ありがとう」


それからはルイスとリーザスさんの状況や、アシェラやマール、ライラの様子などを聞かれたので包み隠さず話していく。


「オリビア、そろそろ戻らないといけない」

「そうですね……」


必要最低限ではあるが、話も終わり時計を見るとそれなりの時間が過ぎている。

別れ際、潤んだ眼で見つめるオリビアと2度目のキスをしてから、オレはサンドラ邸をお暇させてもらった。


実はオリビアとの会話の途中で、アオから「エルファスが収納を見ろ、だってさ」と耳の奥で話しかけられたのだが、オリビアには何も言っていない。

エルからのメモに何が書かれているか、先にオレが確認してオリビアに伝える必要があるかを判断したかったのだ。


サンドラ邸を出て暫く歩いた所で小さなライトの光を浮かべ、収納からメモを取り出して内容を確認した。



『兄さまへ


こちらは順調にリュート領との関所の街に到着しました。明日の朝にはリュート領へ入れると思います。

ルイスやジョー、全員に怪我や病気はありませんので、安心してください。


但し、母さまとリーザスさんがハチミツ漬けを毎日2個ずつ食べているので、そちらは諦めて貰えると助かります。



それと少し問題が……先回の収納を使った手紙のやりとりで、アオの姿を全員に見られてしまいました。


騒ぎにはならなかったのですが、全員から”説明しろ”と無言の抗議を受けてしまい、母さまと相談した結果、ほぼ全ての事を話してあります。

勿論、新しい種族と独立の事だけは秘密にしてありますが……


おおよそ皆には好意的に捉えてもらえましたが、ルイスとネロからは水臭いと怒られてしまいました。

2人は兄さまにも文句があるそうなので、再会した時には覚悟をしておいてもらえると助かります。



それとミルド公爵家襲撃の件ですが、これは全員にも関係がある事なので話す事にしました。

全員がナーガさんを救出した事については納得して、兄さまの行動を評価しています。


ただ、母さまとリーザスさんだけは、襲撃をかけるなら顔を隠し主要な者を殺して有耶無耶にするべきだった、と言っていました。

言ってる事は分かるのですが、苛烈すぎて僕には同意する事は難しいかもしれません。



恐らくは後10日ほどで王都に到着するとは思いますが、それまでの間 全て任せきりにしてしまう事をとても心苦しく思っています。

兄さまのように小さなマナスポットを開放する事も考えたのですが、兄さまとアシェラ姉がいない中、゛危険が大きすぎる”と母さまに反対されてしまいました。


皆は僕が絶対に守りますので、兄さまはそちらに全力を尽くしてください。


最後に僕のマールへ。

僕も君を選んで良かったと思っているよ。             』



どうやらエルの方は問題は無さそうだ。この内容ならオリビアに見せても問題無かったかもしれない。

しかし、サンドラ伯爵家は伯爵、第1夫人のミリアさん、オリビア、オコヤ君、第2夫人のリーザスさん、ルイスの6人だ。


その中のオリビア、リーザス第2夫人、ルイスの3人が使徒の件を知ってしまった事になる。

6人中、3人……これも爺さんに報告した方が良さそうだ。


この状況では既にサンドラ伯爵家は“ミルド公爵との件”“更に言えば使徒の件”と色々な物に巻き込まれていると言って良いかもしれない……

オレ、いつかサンドラ伯爵に殴られるような気がしてきた……


背中に冷たい物が流れる感覚を味わいながらサンドラ伯爵の顔を思い出すと、いつもの柔和な顔が悪鬼のように変わっていく。

オレは頭を振って妄想を振り払う。


「ま、まだ大丈夫のはずだ……慌てるような時間じゃない……と思う……」


自分でも訳の分からない事を呟きながら、とぼとぼとブルーリング邸への帰路を歩いていく。






考え事をしながら屋敷に辿り着くと、テーブルの上にはオレと爺さんの2人分の食事だけが残されていた。

どうやら爺さんは、まだ城から帰って来ていないらしい。


思えば老人と言っていいほどの年になる爺さんに、無理難題を言い過ぎている気がして、不安になってくる。

本当なら、そろそろ父さんに跡目を譲って、隠居生活を送ってもおかしくない年なのだ。


それを未だに第一線で執務を行っているのは、ひとえにオレやエルの負担を少しでも軽くしようとしてくれている親心からなのだろう。

まとまった時間が出来てからにはなるが、以前から考えていた魔道具を爺さんのために作ろうかと思う。


あの魔道具なら、きっと爺さんの疲れを取ってくれるに違いない。

そんな事を考えながら夕食を食べ終え、風呂に入らせてもらった。


旅の間は宿でお湯を貰い、体を拭くだけの生活だったのだ。

久しぶりの風呂は体の汚れだけでは無く、心に溜まった疲れも洗い流してくれる。


充分に風呂を堪能してから自室へ歩いていくと、オレの部屋の前にはアシェラ、ライラ、マールが心配そうな顔で待っていた。


「オリビアは付いて来てくれるよ」

「うん。オリビアならそう言うはず」


どうやらオリビアの返事を心配していたわけでは無く、心配なのは爺さんの返事のようだ。


「爺さんはまだ帰って来てない。いつ帰るかも分からないんだ……」

「そうなんだ……」


エルの手紙を見せようと思ったが、廊下で話しているのも誰に聞かれるか分からない。


「それと実はエルからの手紙がある。3人共、オレの部屋に入ってくれないか?」


そう言うと3人は頷きながらオレの部屋へと入ってくる。

流石に4人分の椅子は無いので、3人には並んでベッドに座ってもらい、オレが椅子に座らせてもらった。


3人に急かされるように懐からメモを取り出すと、最初にマールへ手紙を渡した。


「エルからマールへの言葉があった……すまない、眼に入ってしまった」


マールは驚いてから直ぐに手紙を読み始める。

順番に読んでいき、最後のマールへのメッセージまでくると、嬉しそうに顔を綻ばせていた。


「アルド、皆が読み終わった後で良いから、この手紙を貰ってもいい?」

「ああ、問題ない」


「ありがとう」


一連のやり取りを終えると、マールはアシェラにメモを渡し順番に内容を読んでいく。

アシェラとライラもメモを大事そうに持ち、決して粗末に扱う事は無い。


最後のライラが読み終わったメモを、マールに渡したタイミングでオレは話しだした。


「先ず、エル達に危険は無さそうだ。手紙の通り、10日もあれば王都まで帰ってくると思う」


3人は小さく頷いている。


「問題はルイス達やジョー達に使徒の件が知られた事だ。ジョー達は直ぐにブルーリングに移動するとして……問題はサンドラ家。オリビアに続きリーザス第2夫人、ルイスにも知られてしまった。この時点でサンドラ家をミルド公爵の件と使徒の件に巻き込んでしまっている……」

「「「……」」」


「お爺様が戻り次第、この件も報告するつもりだ。独立が早まる可能性もある。申し訳ないが、覚悟だけはしておいてくれ」

「分かった」

「「分かったわ」」


「じゃあ、取り敢えずオレからのは話しは終わりだ。他に何かあるか?」


3人を見ても誰も特には無いようだ。


「今日は逃げるのに必死だったからな。早めに休もう」

「「うん」」

「3人共、お疲れ様」


それぞれが自分の部屋へ戻って行くと、オレは残された部屋でこれからの事を考えた。

ミルド公爵……誰にも言うつもりは無いが、本当に独立が早まるような事をしてくるというのなら、オレは流石に許せそうに無い。


ミルド領のマナスポットも開放した……その時が本当に来るなら、街の民は別にしても領主館にだけはコンデンスレイを撃ち込ませてもらう……


普段はあまり沸いて来ない憎しみという感情を持て余しながら、ゆっくりと眠りについていった。





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