第220話それぞれの覚悟 part2

220.それぞれの覚悟 part2






爺さんが王城に出向いてから……帰ってきたのは結局、次の日の昼を過ぎた頃合いだった。

目の下に隈を浮かべ疲労を隠しきれていない……それでも爺さんはオレに王城での顛末を話そうとしたが、頼み込む形で眠ってもらった。


爺さんから話を聞けば、オレもリーザスさんとルイスに使徒の件がバレた事を話さなければいけなくなる。

そうなれば、きっと爺さんは更に無理をしてでも、サンドラ伯爵に会おうとする筈だ。


元気な爺さんが1日や2日の徹夜で死んだりしないのは分かっているが、オレがこれ以上の無理をさせたく無い。

泥のように眠る爺さんの寝顔を見て、不出来な孫で申し訳ない、と頭を下げてから部屋を退出させてもらった。


結局、爺さんが起きたのは次の日の明け方だったそうだ。

その時間だと今度はオレが夢の中で、話が出来たのは朝食が終わり、ゆっくりした空気が流れ始めてからの事だった。


朝食が終わるとマールからエルの手紙を借りて、爺さんが待つ執務室へと1人で向かっていく。


「アルドです。お話をしたいのですがよろしいですか?」

「入れ」


執務室ではオレを待っていたのだろう、爺さんが1人でソファーに座り眼で座るように促してきた。


「その顔だと、また何か問題でもあったか?」


流石は爺さんだ。オレの事を良く分かっている。


「はい。少し……いえ、それなりの問題が1つ……」


爺さんは俯いて溜息を1つ吐くと、消え入りそうな声で呟いた。


「……話せ」

「はい……実は…………」


オレはエルからの手紙を見せ、ルイスやジョー達に使徒の件がバレてしまった事を話していく。

最後にオリビアはオレに付いて来てくれる事を伝えると、少しだけ笑ってくれた。


「サンドラか……」

「はい。こうも次々とサンドラ家の人間に知られたとなると、サンドラ伯爵にも伝える必要があるかと……これを放置してサンドラ家の分裂など起きた時には、取り返しのつかない禍根に成り得ます」


「そうだな……」

「では、その席には僕も同席させてください」


「まぁ、待て。サンドラの件は分かった。先ずはミルドが先だ。サンドラとは代々、良好な関係を築けている。ワシの母もサンドラから嫁いできたしな。取り敢えずはサンドラは後回しで良い」

「そうなんですか。そんなに長い間、懇意に……」


「まあな。それでミルドの件だが……お前達の“王家の影”としての働きは、王も大いに満足していたが……人死には無かったとしても領主館の襲撃……事は貴族家同士の面子の問題だ。流石に非の大きいブルーリングに肩入れは出来ない、と言われてしまった」

「そうですか……」


「昨日の朝の事だが、ミルド公爵は王から“早急に自領から情報を仕入れブルーリングへの要求を公表しろ”と言われていた」

「そうなると今は“相手の出方を待つしか無い”という事ですか……」


「そうだな。ミルド公爵なら闇ギルドを使って、屋敷に襲撃ぐらいはやってきそうではあるがな……」

「そこまで?」


「ああ、アイツならやりかねん。ローザやマール等の主要な者はブルーリングに返した方が良いだろう。勿論、クララもだ」

「分かりました。直ぐにブルーリングに返します……ただクララやマールはどうしましょうか?アオに飛ばして貰うとブルーリングで時間的に矛盾が出てきます」


「そうか……上手くいかん物だな……」

「はい……」


「しょうがない。今回は2人もローザ達と一緒に帰らせよう。後は道中の護衛か……」

「ナーガさん、アシェラ、ライラ、騎士はタメイ、ノエルと他の騎士4~5人でどうでしょうか?」


「そうだな……ブルーリングに移動しても、アシェラとライラは精霊様に飛ばしてもらえば、直ぐに王都へ戻ってこれるか」

「アシェラ達が留守の間、主戦力が僕だけで、少しお爺様の護衛が少ないかもしれませんが……」


「ワシは良い。何かあっても充分に生きた。それより使徒に守って貰えるのだ。これ以上の護衛はあるまい」


オレはそう言って笑う爺さんに、苦笑いを返す事しか出来なかった。

そこからはノエルにブルーリングまでの隊の編成を任せ、ナーガさん、アシェラ、ライラ、マールに爺さんとの話を伝えていく。


「…………って事でクララやローザなど、主要な者の護衛をお願いしたいと思います」


4人は微妙な顔をしていたが、代表でナーガさんが口を開いた。


「話は分かったわ。言っている内容も理解できます。ただ1点だけ聞かせて」

「何でしょうか?」


「ご当主様とアルド君も一緒に退避しないのは何故?」

「ミルド公爵がいつブルーリングへ要求を求めるか分からないからです。そのタイミングでお爺様がいないと向こうの言い成りになりかねない」


「なるほど……であれば王都で暮らす必要は無いわよね?1日に何度か精霊様に王都へ飛ばしてもらえば良いはずよ」

「まぁ、そうですね……」


「王都に留まるのは何故かしら?」

「お爺様については正直、貴族としての矜持だとか、そんな理由なんだと思います」


「アルド君が残る理由は?」

「お爺様の護衛が一番ですが、僕がいないと賊は屋敷に残った者を皆殺しにするはずです」


「アルド君がいれば屋敷の者は助かる、と?」

「はい、僕が先に賊を皆殺しにしますから……」


「向かい合っての戦闘ならアルド君の言う通りだと思うわ……でも眠っている間はどうやって敵を知るの?交代で見張りをする人員もいないのでしょう?」


実はこれに関しては完璧とも言えるセキュリティが、ブルーリング邸にはあるのだ。





事は2ヶ月ほど前。

クララが怪我をして、ドライアドがアオの配下から抜けてでも治療してくれた後の事だ。


オレはアオを呼びだして聞いてみた。


「アオ、ドライアドにチカラを使えるようにしてやる事は出来ないのか?」

「ハァ、良いかいアルド。ボクとドライアドは共に精霊王様の分体で、高位の精霊なんだよ。それを無理矢理 僕の配下にしてるんだ。そんな都合の良い事出来るわけないだろ」


「そうなのか……」

「そうだよ。全く、アルドは……」


「何か役目でもあると、もう少し爺さんの眼も柔らかくなると思うんだけどな……」

「ん?役目があれば良いのかい?」


「ああ、でも無理なんだろ?」

「役目を果たすだけなら出来ると思うよ」


「どういう事だ?チカラは使えないんじゃないのか?」

「チカラは使えないけど、ドライアドは植物の精霊だ。植物の声を聞く事は簡単に出来る」


「植物の声を聞いてどうするんだ?」

「ハァ、本当にアルドは……植物は寝ないし、ずっとその場所に居続けるんだ。人と違って食事も休憩も必要ない。そして、あらかじめ言っておけば不審な者の来訪を知らせてもらう事ができるのさ」


「なるほど、寝ずの番か……それは凄いな。あ、でも冬はどうするんだ?草は枯れるぞ」

「この屋敷には表も裏も木が生えてるだろ。問題無いよ」


「そうか。一度、ドライアドに聞いてみるか」

「そうしなよ。たぶん暇つぶしに喜んでやってくれる筈さ」


こんなやりとりの後でドライアドに頼んでみると“楽しそう”と二つ返事で頼まれてくれた。

ドライアドは使徒であるジェイルと一緒に旅をした時も、こうして寝ずの番をしていたらしく久しぶりの事で懐かしいらしい。


こうして王都のブルーリング邸では、ドライアドによる完全なセキュリティが完成していたのだ。





場面は戻ってナーガさんに見張りはどうするかを聞かれているのだが、本当の事を言っても良いのだろうか?

ドライアド印のセキュリティで防犯は完璧です!とナーガさんに伝えたら「ドライアド様に何させとるんじゃ!」って殴られそうな気がする……


働かざる者食うべからず、って言っても通じないだろうしな……

しょうがないのでドライアド印のセキュリティを知ってる、アシェラとライラにアイコンタクトで助けを求めてみた。


アイコンタクトを受けたライラはオレに見つめられたと勘違いして、モジモジしながら頬を染めている……使えねぇ。

アシェラはというとオレのアイコンタクトにピンときたらしく、自信満々で大きく頷いた。


そして振り向きながらナーガさんに言い放つ。


「先にミルド公爵を闇討ちするから大丈夫ってアルドが言ってる」


アナタ何言ってるんですかね?それが出来ないから困ってるんですけど?

ナーガさんは自信満々なアシェラとオレを交互に見つめ、大きな溜息を吐いた。


「私に言えない何かがあって……でも何とか出来るんですよね?」

「……はい、その通りです。すみません」


「ハァ、であれば私は何も言いません。但し、危なくなったらちゃんとブルーリングに飛んで下さいね」

「分かりました……」


ナーガさんはそう言って引き下がってくれ、ブルーリングへの旅路の準備をするために自室へ戻っていく。

アシェラとライラも当然ながら準備がある。オレを心配そうな目で見てから自室へと戻って行った。


出発は明日になるかとも思ったのだが、ノエルの指揮にナーガさんが補佐をし、驚くべき速さで準備が終わって行く。

結局、昼過ぎには馬車4台、騎馬8騎の編成が終わった時には全員が驚いた顔をしていた。


「ノエル……お前、有能だったんだな……」

「どういう意味だ!しかし、今回の編成はサブギルドマスターの助力が大きい。私だけではとても無理だった」


「そうか」

「ああ、足りない物資はこのまま街へ向かい買い足しながら出発する……こんな判断も騎士には難しい」


「そうだろうな……ノエル、すまないが、クララやマール、ローザ達を頼む」

「ああ、アシェラ様達もいる。任せておけ」


「ありがとう」


直ぐにノエルの号令が響き渡り、ゆっくりと馬車が動き出していく。

アシェラは今回のブルーリングまでの旅路で乗馬を練習するらしく、ノエルの馬の前にチョコンと乗っている。


これでオレ、エル、アシェラの乗馬の先生はノエルになるわけか……ノエルが共通の師匠とか……何とも言えない気持ちを抱えながら、一行が見えなくなるまで見送った。


「アド、お前が頼りだ。悪いけど当てにさせてもらうぞ」

「大丈夫ーー!アドに任せてー!」


ドライアドからの報告が遅れると、当然ながら対応も遅れてしまう。なし崩し的に今日からオレはドライアドと一緒に行動する事になってしまった。


「アルドちゃーーーん!」「あ・る・どちゃーーん」「アルドちゃーーん、どこーー?」


屋敷にはドライアドの声が響き渡り、絶えずお守りをさせられる生活……ナニコレ。

唯一の救いと思っていた寝室にもドライアドはやってきて、あろうことがベッドの中に入ってきやがった。


「アド……流石にベッドはどうなのかと……」

「何で?」


流石にクララと変わらない年齢の子供には何も感じないが、世間体という物が……


「アルドちゃん意地悪しないでーー!私はここで寝るの!」


そう言うとアドは半樹の体の部分を肥大化させていく……

あっという間にオレのベッドの中には一抱えもある生木が横たわり、その中にドライアドが眠るという状態に……ナニコレ


これ布団被る意味無いだろ……その辺の床にでも転がしてやろうとしたが根が張り付いて動かせない。


「ハァ、もう良い。その代わりちゃんと見張りはしろよ」


ドライアドは薄っすら眼を開けて小さく頷いた。

精霊であるドライアドは眠る必要は無い。この寝たフリもジェイルと一緒に生活をしていた時を懐かしんでやっているらしい。


実際は眠っていないがフリをするのが楽しいそうだ……オレにはまったく理解できないが精霊とはそういったものなのだろう。





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