第221話ミルド公爵 part1

221.ミルド公爵 part1






アシェラ達がブルーリングに発ってから6日目の朝。

恐らくは今日の夕方にはアシェラとライラはアオに飛ばしてもらって王都に戻ってくるはずだ。


主要な者をブルーリング領に返したりと、忙しかったが結局この6日間でミルド公爵からの襲撃は無かった。

しかし、オレは毎日ドライアドにベッドの殆どを占領され、生木独特の固さと匂いを嗅ぎながら寝る事を強要され続けたのだ。


正直、この6日間はしっかり熟睡出来ていない……当然の事なのだが、やはりベッドの中に生木は合わないらしい。

布団の中が樹皮の破片だらけという最悪の目覚めの中で、早朝であるのにブルーリング邸に来客があった。


サンドラの件の時にもやってきた“王家の遣い”の人で、確か爺さんはルード卿と呼んでいた筈だ。

応接間に案内される時にオレと眼が合ったのだが、酷く悲しい顔をされ顔を背けられてしまった。


直ぐに爺さんも応接間へ入っていったので、オレも呼ばれるかと思い待機していたのだが、今回は何故か呼ばれる事はない。

1時間ほど経った所で部屋から出てきたルード卿は爺さんを心配そうに気遣っていた。


「ブルーリング卿、気を確かに持ってほしい」

「ありがとうございます。ルード卿」


「今回のミルド卿の態度は王も訝しんでいる。かの御仁が何を企んでいるのかは不明だが、孫殿の武勇があればきっと切り抜けられる筈だ」

「そうですね……」


そう言ってルード卿は爺さんを心配そうに気遣いながら帰っていった。

爺さんはルード卿を見送り、屋敷に戻った所でオレの姿に気が付くと、溜息を1つ吐いてから声をかけてくる。


「アルド、執務室へきてくれ……また問題だ」

「はい……」


オレと爺さんは、もう何度目か分からない話し合いをするために執務室へと入っていった。


「さて……どう話して良いか……」

「そんなに困った事なのですか?」


「ミルドからの要求の意図が、あからさま過ぎてな……ハァ、ルード卿からの話をそのまま伝えるぞ」

「はい」


「ミルドからの要求はアルド、お前だ」

「僕ですか?」


「ああ、今日の14:00に王国騎士団の屋内演習場へ“お前1人で来い”と要求があった」

「それだけですか?」


「そうだ。賠償金も謝罪も不要。ただその場にお前が来れば全て不問にするそうだ……」

「不問……」


「ここまでされると逆に清々しくさえある。因みに武装は最高の物を装備して来るように、と言われた」

「そうですか……要は僕に領主館襲撃の意趣返しをするつもりなのですね」


「ああ、恐らくは大人数で囲んでお前を亡き者にするつもりだろう」

「……」


「どうするかはお前に任せる。このまま独立へと動いても構わんとワシは思っている」

「いえ、危なくなれば空間蹴りで空に逃げられるので、100人までなら大丈夫とは思います……」


「100……だと……」

「但し、殺さずに戦うのは流石に無理です。人死にが出た場合、新たな禍根に成り得ますか?」


「……いや、向こうの条件を飲む形の戦闘だ、人死にが出ても文句は言えないだろう。尤もそれは、こちらにも言える事だがな」

「それなら大丈夫かと思います」


「そうか……」


そう言った時の爺さんの眼には、明らかに畏怖の感情が浮かんでいた。





14:00から確実に戦闘がある。昼食は消化の良さそうな物を軽く摂るだけにしておく。

自室へ戻りドラゴンアーマーを装備していると、未だにベッドの中にいたドライアドが、心配そうにオレを見つめてくる。


「どうした、アド」

「……アルドちゃん、これあげる」


「何だこれ?」

「回復薬……」


「そうか、助かるよ」

「危なくなったら使って。飲んでも、かけても効くからー」


「分かった」

「……死なない限り腕でも足でも直ぐに生えてくるからね。絶対使ってーー」


「……は?」

「私の秘薬で一番のなんだからー」


「ちょ、ちょっと待って……え?この秘薬使えば腕でも足でも生えてくんの?」

「うん。胴体を半分にされても、たぶん大丈夫だと思うーー」


こいつは何て物をくれるのだろう……この秘薬を使った瞬間、争奪戦が起きるのが眼に浮かぶようだ。

しかし、ドライアドに悪意は全く無い。


「あ、ありがとう、アド……危なくなったら使わせてもらうよ」


そう言いながらリュックでは無く、万が一のために収納の中へ放り込んだ。


布団の中から微笑むドライアドを残して、食料を確保するためにオレは厨房へと向かっていく。

今回は間違い無く戦闘になる。もしかしてオレの想定より多くの刺客がいる可能性を捨てきれない。


長期戦になり、戦いながら途中で食事を摂る可能性を捨てきれず、白パンでサンドイッチを作り、リュックの中へと仕舞っていく。

全ての準備が終わると、懐中時計は13:00を差していた。


「お爺様、準備完了です」

「……分かった」


爺さんと一緒に馬車に乗り込み王城への道を進んで行くが、馬車の中では言葉は無くたまに爺さんがオレを見て悲し気な顔をするのみだ。


今は爺さんに何を言ってもしょうがない……オレは大丈夫だから、そんなに心配しないでほしい。

王国騎士団の屋内演習場は以前、ダンヒル宰相にエルとオレの模擬戦を見せた場所である。


天井はかなり高く、空間蹴りの有用性が制限される事は殆ど無い筈だ。

最悪はドライアドから貰った秘薬もあるし、追いつめられるようなら魔瘴石で領域を作っても良い。


何かを守る必要が無いなら、空間蹴りの魔道具で魔力を使わず空に退避して体力の回復もできる。

そんな事を考えていると、いつの間にか馬車は王城へと入っていく……


窓から景色を見ていると、この方向は騎士団の演習場の方向へ向かっている。

どうやら直接、演習場へ向かうようだ。





5分ほどすると屋内演習場の入口で馬車が止まり、爺さんとオレが降りていくと、護衛の騎士の中にダンヒル宰相ともう1人貴族らしき人物が立っていた。

貴族は細身ではあるが神経質そうな顔で眉間に皺を寄せている。


「ミルド卿、この度は本当に申し訳無い事をした。ブルーリング家当主として謝罪させて頂く……」

「ふん。形だけの謝罪など結構だ。それよりも我が領主館を襲撃したのは本当に、こんな子供なのか?」


「ああ、そうだ……」

「こんな子供が……そ、それと空を飛べると聞いているが本当か?」


何か思っていたのと様子が違う……これは……どうなっている……

オレが訝しんでいるとダンヒル宰相が仲裁に入ってくれた。


「ミルド卿、落ち着いてほしい」

「あ、ああ。すまない……」


ダンヒル宰相がミルド公爵を窘めると、全員に向き直って話し出す。


「アルド君1人で演習場に入ってもらうのは変わり無いが、何が起こるかは王家としても見定めさせてもらう。ミルド卿、ブルーリング卿、観覧席に移動しましょう。アルド君、こちらの準備が終わり次第連絡する。暫く待っていてくれ」

「分かりました」


オレの横に1人の騎士を残して宰相達は移動していく。

思っていた事態とかなり違う事に戸惑っていると、不意に声をかけられた。


「アルド君、今回は災難だったね」


いきなり声をかけられ驚いているオレに、騎士は鎧の面を上げながらイタズラが成功した、とばかりに笑みを浮かべている。


「シレア団長……」

「大変だったみたいだね」


「ええ、色々と悪い方に転がってしまいました」

「僕は立場的にアルド君に味方できないけど、そう悪い事にはならないと思うよ」


「それはどういう意味ですか?」

「うーん、中に入れば分かる……それしか言えないかな」


「そうですか……」

「ただアルド君なら大丈夫。逆にやり過ぎないかが心配になってくるよ」


そんなこんなでシレ団長と話していると、騎士の1人が呼びにやってきた。


「じゃあ、アルド君。準備は良いかい?」

「はい」


オレの言葉に頷いてから、シレア団長は扉を開いてオレを中へと促していく……

屋内演習場には6人の男女が立っていた。


つい先日、何度も戦闘をして、その度に半殺しにしてきた相手である。


「ヤルゴ……」

「テメェ、貴族だったんだな……貴族でその強さ……しかもオレ達は何頭も馬を潰しながら何とか昨日の夜、やっと王都に到着したってのに……」


コイツ等はどれだけの事をミルド公爵に話しているのか……ここまでくると色々な事を隠し通せるとは思えない。

少しでも伝わる情報を減らすためにも、コイツ等はここで殺した方が良い……


気は乗らないがオレはヤルゴ一味を殺す覚悟を決めて、短剣二刀をゆっくりと抜いた。


「まて!」


いきなりヤルゴからの声が響くが、今さら何を話す事があるのだろうか。

構わず仕掛けようとした時に更に声が響く。


「頼みがあるんだ!」


“頼みがある”何を言っているのか……ヤルゴの意図が読めずに困惑しているとオレにだけ聞こえる声量でヤルゴが話し出した。


「翼の迷宮を踏破してもらいたい。踏破してもらえるならどんな要求にも応じる。命を差し出せと言うなら、踏破の後で首を刎ねてもらっても構わない」


こいつはこの場がどういった場所で、どんな立場で話しているのか分かっているのだろうか……


「お前……どういうつもりだ。オレはミルド公爵領で領主館を襲った罪でここに呼ばれた。そして、その相手としてお前等が立っている。ミルド公爵がオレに迷宮踏破をして欲しいなら、最初からそう言えば良い。だが武装して向かい合ってるという事は、そういう事だろう?」

「ミルド公爵が“お前のチカラを信用できない”と言うから無理にこの場を作らせて貰った。翼の迷宮踏破はミルド領全体の悲願だ。迷宮を踏破してくれるならオレは何でもする」


「……何故だ」

「何故?どういう意味だ」


「ミルド公爵の立場ならお前の言う事は分かる。だがお前は一介の冒険者だろう。何故ミルド領に拘る」

「……オレはミルド領の騎士爵家の3男だ。オレがSランクに成れたのも、ガキの頃からミルド領の支援があったからこそ。いつか翼の迷宮を踏破するために……オレはそうやって育てられてきた。この年になってオレにはそれだけの実力は無いと分かっても、今更 生き方は曲げられねぇ。他にどうやって生きていけば良いか分からねぇからな……」


「……」

「オレのパーティメンバーも全員そうだ。遅々として進まねぇ探索に苛立って、誰かに当たる事もあったが迷宮探索を諦めた事だけは一度も無い。どうしてもダメならその魔道具だけでも貸してくれ。それは空を歩けるんだろ?。絶対に返すと約束する。頼む……」


「……」

「……」


空間蹴りの魔道具を外して素の空間蹴りを見せれば、魔道具の効果を誤魔化す事は出来るだろうか?

それとも今更そんな事をしても意味は無いのか?


色々と思う所はあるが、どちらにしてもミルド公爵を交渉の場に引きずり出さなければ意味が無い。

どちらにしても、オレの方が圧倒的に強い事をミルド公爵に見せつけるのが先だな。


「ハァ……分かったよ。話だけは聞いてやる……」

「!マジか!助かる」


「ミルド公爵にオレのチカラを見せつければ良いんだな?」

「……ああ、出来れば殺さないでもらえると助かる」


「分かった。但し手加減した攻撃を受けても降参しない場合は、本気の攻撃をするからな。二度目は無いぞ」

「……分かった」


ヤルゴはパーティメンバーに向き直って激を飛ばす。


「手加減は要らねぇ。但し、今の話を聞いたな。手加減の攻撃を食らったヤツは隅で休んどけ。これだけは絶対に徹底しろ。アイツに本気を出されたら全員が死ぬと思え」

「「「「「はい……」」」」」


こうして奇妙な模擬戦が始まった……





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る