第222話ミルド公爵 part2

222.ミルド公爵 part2






ヤルゴからの話を聞き、オレの実力を見せつけるためだけの模擬戦が始まった。

やられ役のヤルゴは、本当にこれで良いのだろうか……Sランクの矜持とは……噛ませ犬のヤルゴは随分と楽しそうに見える。


“本人が良いなら良いか”と思考を断ち切って、オレはウィンドバレット(そよ風バージョン)を10個纏った。

ミルド領での戦闘で、一度はヤルゴ以外の全員が、ウィンドバレットに足を吹き飛ばされている。


ヤルゴ達は急に青い顔をしながら、ヤルゴともう1人の盾持ちの後ろに隠れるように隊列を変更した。


「良いか?」


軽く聞いたのだが、帰ってきた声には悲壮感が漂いだしている。


「お、おう……」


ウィンドバレットがそんなに怖いのだろうか……怖いんだろうな……

オレも過去に足を吹き飛ばされた魔法を、10個も纏って突っ込んでこられたら流石にビビルはずだ。


ウィンドバレット(非殺傷)は単発で骨が折れる事もある。当たり処が悪いと死にかねない。

今回は安全を考えて(そよ風バージョン)にしておいた。これなら殴られた程度の威力なので死ぬ事は無いはずだ。


待っていても縮こまっているだけで攻撃してくる様子は無い……魔法使いは何をやっているんだろう。

小手調べにウィンドバレットをヤルゴ達の周りに配置するべく、半分の5個を動かしてみた。


「き、来たぞ!」


ウィンドバレットの射線から外れようとするが、5個は自由に動き回って全ての射線から逃げるのは不可能だ。

オレは徐々に弱い者イジメをしてる感覚になってきた……もう良いんじゃないかな。


5個のウィンドバレットの射線から、必死に逃げようとしている魔法使い2人を狙い、オレの周りに漂っているウィンドバレットを2発撃ち込んでやる。

オレの周りのウィンドバレットは全くノーマークだったらしく、2人の顔面にクリーンヒットした……


「ノイマン!シューラ!」


ヤルゴが仲間の名前を悲壮な顔で呼ぶが、当の2人は鼻血を流すだけで大した怪我はしていない。

2人は自分の顔を触って、そこに頭が存在する事を確認すると安堵の息を吐いていた。


今なら隙だらけなのでウィンドバレットを撃ち込めば全滅できるのだが……それではミルド公爵は納得しないだろう。

改めて短剣二刀を構えると、オレの殺気に反応してヤルゴ達はゴクリと喉を鳴らした。


「ノイマン、シューラ、退場だ……」

「で、でも……」


「次はお前等の頭が弾け飛ぶぞ……正直、オレは見たくないんでな」

「わ、分かりました」

「分かった」


魔法使いと回復魔法使いが演習場の隅へと退場していく……ホッとした表情を浮かべていたのは見なかった事にしよう。


「ウィンドバレット……魔法は止めた方が良いか?」

「……ああ、スマンがその魔法は止めてくれると助かる」


オレは残っているウィンドバレットを消すと、短剣二刀に魔力を流し魔力武器(刃無し片手剣)を

出す。


「この片手剣は刃引きした物と同じだ。さっきのウィンドバレットと違い、当たり処が悪いと死ぬぞ……必死になって躱せ」


それだけ言うと、オレは空間蹴りとバーニアを使って弾丸のように飛び出していく。

オレのスピードに目が付いてきてるのはヤルゴだけだ。


他はオレを見失い、酷い者などオレに背中を向けている者までいる。

ヤルゴがカウンターを狙いながら片手剣を振り抜いてくるが……剣速はエルと同じくらいだ。


ミルド領で初めて見た時は驚いたが、分かっていればエルとの模擬戦と変わらない。

しかもエルにはリアクティブアーマー、バーニア、魔力武器と多彩な攻撃方法がある。


これではエルを大幅に劣化させただけだ……苦戦する理由が無い。

それでもこの中で一番の使い手はヤルゴである。


ヤルゴを最後に残すべくオレはバーニアを吹かしながら、ヤルゴ以外の3人の首筋に魔力武器(刃無し片手剣)を撃ち込んで行った。

ほんの5分ほどが経つと、魔法使いの2人は演習場の隅で呆然と立ち尽くし、ヤルゴ以外の前衛は意識を失いそこらに転がっている。


「ここまで差があったとはな……バケモノか……」

「もう勝負はついただろ。降参しろ」


「お前ほどの強さがあると分からんだろうが、降参できん戦いもあるんだよ……」

「オレの強さか……言っておくが、オレはブルーリングではいつもボコボコにされてるぞ」


「は?」

「いつもボコボコにされてる……」


ヤルゴはアホ面を晒して、オレをガン見している……


「……う、嘘だろ?」

「本当だ。少なくともオレより強いヤツが1人、同じぐらいの強さが1人いるな」


「……それは人なのか?」

「あ?お前も見ただろう、領主館に突入した時にいた銀髪の少女を……」


ヤルゴが眼を見開いて更にアホ面を晒している……


「……え?あ、え?銀髪の少女って……状態異常を撃ち込んできた女の子か?」

「ああ、そうだ」


「そりゃ、吹かし過ぎだろ……あんな少女がお前みたいなバケモノより強いとか……」

「さっきの魔法、ウィンドバレットだが、アイツは15個を纏って殴りかかって来るぞ……しかも格闘を使うからオレより疾い……」


「マジかよ……」

「あの時、オレが前線に立たなかったらお前等全員ミンチになってたぞ……それぐらいナーガさんを攫った事に怒ってたからな……」


ヤルゴは自分達がどれだけ、か細い糸の上を歩いていたのかに思い至ったようで、青い顔をして大量の脂汗を流し始めた。


「お、オレ達は運が良かったのか……」

「ああ、1番はナーガさんを攫っただけで何もしなかった事だな。何かしていたら……今頃、欠片も残っていなかっただろうな」


「……」

「ついでにお前が欲しがってた魔道具だが……」


空間蹴りの魔道具の効果を誤魔化すために、ワザとこのタイミングで魔道具を外していく。

魔道具を外し終わると、戦闘に巻き込んで壊したく無いので、魔法使い達がいる方向へ放り投げた。


「何のつもりだ……」

「いや、お前が魔道具の効果を勘違いしてるみたいだったからな」


そう言ってオレは空間蹴りで空中を2,3歩歩いてみせる。


「な、空を歩けたのは魔道具のお陰じゃなかったのか……」

「あれは足の疲労を取る魔道具だ。旅をするのに便利だから着けてただけだ」


「マジか……そ、それなら、どうやって空を歩いてるんだ?」

「自分の技術を使ってに決まってるだろう」


「……教えてもらう事は出来るのだろうか?」

「教えると思うか?」


「無理だろうな……」

「ああ、ブルーリングの秘術だ。無理に盗もうとするなら、確実に殺す」


「分かった……」


覚悟を決めたのか、そう言って片手剣と盾を構え直したヤルゴには、気迫が漲っていた。


「行く!」


オレはそう宣言すると、空間蹴りとバーニアを使い真っ直ぐにヤルゴへ突っ込んで行く。

ヤルゴはやはりオレの動きを捉えている……体は付いて来ないようだが、オレを見失うような事は無い。


正直な所、正面からの斬り合いでも圧倒できるが、ミルド側は空間蹴りの性能ををじっくり見たいはずだ。

この後の交渉が少しでも有利に進むように、オレは空間蹴りを見せつけながらヤルゴを圧倒していく。


片手剣二刀を短剣二刀に変え、体術も使う……オレ本来の動きにバーニアも吹かしていくと、とうとうヤルゴはオレの姿を追えなくなってきた。

もう少しギヤを上げられるのだが、オレを補足できる者がいないと意味が無い。


実力を見せつけるのは充分と判断し、そろそろ終わらせるべくヤルゴの懐に滑り込んだ。

剥き出しの短剣を首と鎧の隙間を縫って心臓に当て、いつでも殺せる事をアピールする……


そうして動けずに固まったヤルゴは、小さな声で敗北を宣言したのだった。





おかしな戦闘が終わり回復魔法使いがヤルゴ達に回復魔法をかけている中、爺さん、ダンヒル宰相、ミルド公爵の3人はゆっくりと観覧席の上段から降りてくる。

爺さんは呆れたような疲れた表情を浮かべ、ダンヒル宰相においては表情が無く能面のようだ。


そしてミルド公爵はというと……笑っていた。

心の底からの喜びを必死に抑えている様は、小さな子供が親に玩具を買ってもらえて嬉しくてしょうがない、といった感情が思い浮かんでくる。


一種、異様な空気の中でヤルゴが口を開いた。


「ご当主様、御覧になった通りです。私はこの者なら翼の迷宮を必ず踏破出来ると、確信しております」


今まで笑っていたミルド公爵は何度も頷いてから、オレに向かって話し出す。


「今回の領主館襲撃は翼の迷宮を踏破する事で不問にする。必要な支援も出来るだけ叶えてやろう」


相変わらずミルド公爵は笑みを浮かべながら話しているが、このオッサンは何故オレが断らないと思っているのだろうか……

オレが微妙な顔をしているとダンヒル宰相が口を出してきた。


「ミルド卿、領主館襲撃の罰はこの戦闘で終わった筈だ。追加の迷宮踏破など王家は許していない」

「バーグ卿、こちらは領主館を襲撃されたのだ。この程度の戦闘で不問になどできる物か!」


「ミルド卿……アナタはこのアルド君が”ここに1人で来る”事で謝罪も賠償も無しで全て不問にすると言われたではないか。戦闘で負けたからと言って条件を変えるなど出来る筈も無い」

「あ、あれはヤルゴからの報告で舞い上がってしまっただけで……そ、そう、勘違いをしたのだ。誰にも認識の違いはある物だろう」


「ハァ……ミルド卿、アナタはそこのヤルゴからの報告を受けたが、アルド君の実力を信じられなかった。そこで何とか真偽を確かめる為に領主館襲撃の件を使った。そうでもしなければブルーリングの嫡男であるアルド君に戦闘をさせ、実力を確認する事が出来なかったから……」

「……」


「ミルド卿、アルド君が想定外の強さだったからこそ、この様な結果になりましたが……本来Sランク冒険者パーティと15歳の子供を戦わせるなどあり得ない事です。この度の事は王家の判断の中でも異例中の異例。これ以上はありません。今回の戦闘の終了にて領主館襲撃は不問。これは絶対に覆らない事を宣言します」

「ま、待ってくれ……で、では、翼の迷宮はどうしろと言うのだ!ミルド領の悲願が直ぐそこに見えているのに……」


「それは王家の与り知らぬ所です。老婆心ながら……この機会にブルーリングとも友好を深めてはどうか?」

「……」


「ミルド領には魔物の領域が多くある。迷宮踏破後の魔物討伐にもブルーリングの力添えは必要なのではないですか?」

「き、今日はこれで失礼させて頂く……」


そう言ってミルド公爵は眉間に皺を寄せながら退出していった……オレとすれ違う時に少しだけ眼が合ったが、悔しさ、憤り、喜び、希望、色々な感情を受かべている気がしたのはオレの勘違いでは無いだろう。




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