第223話ミルド公爵 part3
223.ミルド公爵 part3
ヤルゴ達との戦闘から屋敷に帰ると、ブルーリング領までの護衛から戻った、アシェラとライラが待っていた。
「アシェラ、ライラ、護衛お疲れ様」
「うん」
「大丈夫……」
先ずは2人の無事を喜び、こちらの状況も軽く説明をしたが、細かい報告は爺さんにもして貰わなければいけない。
もう直ぐ夕飯の時間だが、オレ達は爺さんの執務室へ移動して、アシェラとライラから護衛の報告をしてもらった。
「ブルーリングまでの護衛ですが、特別な事は起こりませんでした。想定されていた闇ギルドからの襲撃も無く、順調そのものです。強いて言えばオーク3匹との戦闘が一度だけありましたが、アシェラが接敵する前に全て一撃で倒しました」
「そうか……」
「それとナーガさんですが、王都のサブギルドマスターという事でこちらでは顔見知りが多く、足が付き易いという理由で暫くはブルーリングに滞在するそうです」
「分かった……」
ライラは爺さんからオレへ視線を移して話し出す。
「後、これはアルド君へですが、ナーガさんより“何か困った事があれば直ぐに連絡してください”との伝言を受けております」
「はい……」
そしてまた爺さんの方へ向き直る……
「報告は以上となります」
「分かった……」
爺さんが何とも微妙な顔をしながら、オレを見つめてきた。
何が言いたいか手に取るように分かるのだが、オレにも理由が全く分からない。
ちんまい成りをして何故、ライラはこんなに軍人然としているのだろうか……何か悪い物でも食べたのだろうか?
2人で微妙な顔をしていると、当の本人であるライラは、やりきった顔で鼻息を荒くしている。
「お、お爺様、ライラ達からの報告は以上のようです。コチラで何があったかは僕から話しておきます」
「分かった……」
こうしてオレ達は執務室を退室し、いつもの屋根の上へと移動した。
アシェラ、オレ、ライラと並んで座り、空を見上げると星が出始めている。
「こっちは色々あったんだ。実は…………」
襲撃こそ無かったが、今日の朝からの事を説明していくと、ライラが難しい顔をしていた。
「どうした、ライラ」
「……うん、私はリュート領の出だから色々と聞いた事がある」
「何を?」
「ミルド領は翼の迷宮のせいで発展出来ないって……騎士や魔法使いも、迷宮から溢れる魔物の討伐のせいで、死傷者が他領よりずっと多くて、誰もやりたがらないみたい……」
「……」
「それに領にお金が無くて給金も低い……何とか騎士達を繋ぎ留めるのに、しょうがなく無法を許してるとか……」
「それで、あの治安か……」
「うん。リュート領に逃げて来られた人は、まだマシな方……本当に困ってる人は……」
「ハァ……状況は分かった。可哀そうだとも思う……後3~4日でエル達も戻る筈だ。そしたら一度、皆で相談しよう」
「うん……」
こうしてオレ達の胸の中にモニョっとした物だけを残し、行動方針も決まらず、ミルド公爵からは何の打診も無く、全てが宙ぶらりんのまま保留となったのだった。
3日後の深夜-----------
オレは相変わらずベッドの中で、生木と壁に挟まれながら眠っている所だ。
アシェラもライラも最初はオレがアドと同衾をしている事を知ると、怒り狂っていたが実際の様子を見た瞬間、顔を背け笑いを堪えていた。
それ以降、悪い虫が付かない、という理由だけで、オレは毎日アドと一緒に寝る事になってしまったのだ。
何という横暴……アドにせめて生木は止めてほしい、と言ったのだが「ジェイル以外の男の人と寝る時はこの格好になる」と遠い昔に約束をしたそうだ。
ジェイルロリコン説が急遽浮上してきたが、口に出した瞬間ドライアドとエルフが結託して攻めて来そうなので、絶対に口には出さない事を誓う。
そして、今日も樹皮が転がる布団の中でうなされていると、珍しくアドに起こされた。
「アルドちゃん。起きて、アルドちゃん」
肩をゆすられ起こされると、普段と違いドライアドは真剣な顔をしている。
「どうしたんだ。まだ夜中じゃないか……」
「アルドちゃん、襲撃。庭の樹木達は5人って言ってる」
一瞬ドライアドが何を言っているか分からなかったが、襲撃?5人?
オレは飛び起きて、ドラゴンアーマーに着替えながら、ドライアドへ詳しい事を聞いてみた。
「何処からだ?」
「裏口から入ろうとしてる所……あ、コイツ等、鍵を持ってる……」
「鍵を?アド、見えるのか?」
「うん。飾ってある花の視界を借りてるの。あ、当直の騎士が薬で眠らされたよ……入ってきた。1人は見張りで残るみたい。4人が入ってきた」
「分かった。アドは木の姿でベッドに寝ててくれ。その姿なら何かされる事は無いはずだ」
「分かった」
オレは空間蹴りとバーニアを使って賊の元まで最短のルートで進んで行く。
賊を見つけた時には裏口から侵入したばかりで、建物の間取りを調べ始めた所のようだった。
賊は散開して静かに部屋の扉を開け、人の有無を確認している。
賊の首を刎ねてやっても良いのだが、家の中が血だらけになるのは、勘弁してほしい。
血の匂いが充満する中、生活するとか……取り敢えずは意識を奪って無力化させてもらおうかと思う。
しょうが無く、ここ最近いつも使っている魔力武器(刃無し短剣)を使って賊の集団に吶喊した。
オレの姿を見つけると首領らしき者が声をあげる。
「いたぞ!男のガキだ。殺すなよ」
どうやら標的はオレらしい……爺さん辺りを攫われて人質にでもされると面倒だったのだが……正直、助かった。
オレは空間蹴りとバーニアを使って賊の背後を取り、首に当て身を当てていく。
みるみる間に賊の数が減っていき、首領が気付いた時には既に自分一人が立っているだけだった。
「こ、こんな事あってたまるか!な、何なんだお前は!!」
首領が黒ずくめの格好で叫んでいるが、近所迷惑なので止めてもらいたい。
オレは下っ端の賊と同じように、背後から首筋に当て身を当てて、意識を奪ってやった。
「ば、バカな……こんな……」
いやいや、普通に考えて、翼の迷宮を踏破させようという相手が弱いとか無いから……
しかもヤルゴはオレ達がドラゴンスレイヤーだと、知ってるはずなんだが……
何かミルド家のポンコツぶりが、ここにきて露わになって来てる気がするぞ……
オレ、こいつらと真面目に戦わないといけないのかな……我ながら凄くいたたまれない気持ちを抱きつつ、放置も出来ないのでロープで賊を縛って行く。
そう言えばアドが外に1人待機していたと言っていたが、確かにここには4人しかいない。
追うかとも少し考えたのだが、ミルド公爵側への報告も必要だ。
1人はわざと逃がして、賊が全滅した事を知らせるメッセンジャーとして、使わせてもらおうと思う。
追わないのは、決して面倒になってきたからでは無い。
空を見ると星が瞬いていて、夜が開けるにはかなりの時間がありそうだ。
オレは賊を縛り上げた後、当直室で寝かされている騎士2人に回復魔法をかけて起こそうとするが、中々に難しい。
普段、アシェラに睡眠の状態異常を撃ち込まれているが、直ぐに寝てしまうので毒などと違い、睡眠の状態異常回復は練度が上がり難いのだ。
「うーん……」
一通り悩んで出した答えは、氷を作り騎士の背中に入れてやる事だった。
「うひゃ!」
「にょおー」
騎士2人はおかしな声を出し飛び起きると、寝かされた事を思い出したのか、腰の片手剣に手をかけて辺りを警戒している。
「賊はそこに縛っておいた」
オレの姿と回りの様子を確認すると、事態の顛末を察したのだろう、驚きながらも返事を返してきた。
「あ、アルド様、申し訳ありません。賊の侵入を許したばかりか、制圧までお任せしてしまって……」
「も、申し訳ありません!」
騎士は大きな体を小さくして、しきりに恐縮している。
きっとこの2人の騎士は、何かしらの処罰を受けるのだろう、であれば、オレからこれ以上何かを言うつもりは無い。
「気にするな、とは言え無いが大事にならなくて良かった。後はハルヴァ辺りから絞られてくれ」
2人の騎士は肩を落とし、明らかに気落ちしてしまった。
「落ち込むより、そこに賊が4人もいるんだ。これから手柄を上げて、ミスを帳消しにする方が前向きだと思うぞ」
言われた事に思い至ったようで4人の賊を見直すと、2人は目に喜色を浮かべだす。
「はい!直ぐに宿舎に連絡して移送後、前後関係を吐かせます!」
「頼む。相手はミルド公爵が雇った闇ギルド辺りだと思う。向こうに賊の全滅を知らせるために、1人はワザと逃がした」
「ワザと逃がした……のでありますか……」
「ああ、襲撃に失敗した事が分からないと、頭を下げて来るのが遅くなるだろうからな」
「はぁ……」
騎士はここ一連のミルド公爵のやり取りを知らされて無いのだろう。
確かに全ての騎士が知る必要の無い情報だ。
「上の者に話せば分かってくれると思う」
「分かりました!」
「じゃあ、賊は任せても良いか?」
「大丈夫です」
もうひと眠りしようと踵を返すと、騎士が敬礼しながらお礼を叫んだ。
「アルド様!ありがとうございました!!」
気持ちは分かるが、夜中にその声量はどうなんだと……オレは苦笑いを浮かべて自室へと戻って行った。
次の日の朝、早朝の間に爺さんへ報告が行ったのだろう、朝食が終わったら執務室へ来い、と呼び出されてしまった。
昨日の賊の件だとは思うが、急いで朝食を摂って執務室へと向かう。
「アルドです」
「入れ」
執務室には真冬なのに薄着で、執事服が筋肉でパンパンになっているセーリエと爺さんの2人が待っていた。
オレは特に何か言うわけでは無いが呆けた顔でセーリエを見てると、額に縦ジワを浮かべて苦々しそうに話しかけてくる。
「アルド様、何か?」
「え、あ、いや、何でも無い……」
ここで冗談でも言おう物なら、セーリエのマッソーパンチが飛んできそうだ。
くだらない考えを振り払うように頭を振り、改めて爺さんに向き直った。
「お爺様、昨夜の賊の件でしょうか?」
「そうだ。騎士からの報告は受けているが、一番の当事者は賊を行動不能にしたお前だ。詳細な報告を頼む」
「分かりました。昨日の夜中の事ですがアドに起こされまして…………」
オレの分かっている事と考察を、なるべく客観的に話していく。
爺さんは黙ってオレの話を聞いていたが、終始難しい顔をしてオレの報告を聞いていた。
「…………という事で賊を4人取り押さえた所で縛りあげてから、騎士達を起こしました」
「そうか……因みに賊はお前の予想通り闇ギルドの者だった。目的はお前の誘拐。お前がドラゴンスレイヤーだとは伝わっていたそうだが、15歳という年齢から何かの間違いだと勝手に判断したそうだ」
「そうですか」
「お前の誘拐には騎士を眠らせた薬を使うつもりだったようだ。無臭の薬で部屋の隙間から流し込み、10分もすると大の大人でも眠りこける代物だったらしい」
「万が一、使われていたら僕も危なかったわけですか……」
「そうだな。お前は単純な“武”では他に並ぶ者はいないほどだが、倒すだけなら色々と方法はある……今回のような薬や毒、近しい者を使って罠に嵌めるなど……」
「そうですね……」
「ワシはこれから賊を連行するついでに王城へ行く。今回の件を報告して、王家にブルーリングとミルドの仲裁を頼むつもりだ」
「仲裁ですか?」
「ああ、ミルド侯爵としてはお前達に“翼の迷宮”を踏破させるまでは、絶対に引けんはずだ。いっそのこと足元を見て踏破の値段を吊り上げても良いのだが、このまま襲撃が続いて周りに飛び火しても面白くない」
「……」
「お前は元々、貴族同士の面倒が嫌いなのだろう?であればここは これ以上の禍根が残る前に、迷宮を踏破して貸しを作っておいた方が得策だ」
「そうですね……正直な所、僕もここ最近のミルドとのやり取りに、少々ウンザリしています」
「ああ、ワシも同意見だ。サッサと片付けられるよう、早速 王城へ行って来る」
「分かりました」
こうして爺さんは忙しそうに王城へと向かっていった。
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