第224話精霊の使い part1
224.精霊の使い part1
朝から爺さんは王城へ向かっていった……ブルーリングとミルドの仲裁を王家に頼みに行ったのだ。
オレはというと当面はやる事が無く、居間でアシェラ達と一緒に魔力操作の修行をしていた所、爺さんが帰ってきた。
懐中時計を見ると15:00を少し回った頃だ。王様との話がどうなったのか聞きたい……早速、爺さんの元へ向かおうとしている所に、メイドがやってきて“ご当主様がお呼びです”と呼びだしを受けてしまった。
タッチの差で負けた気分を味わいながら、執務室へと向かっていく。
「アルドです」
「……ごくっ……入れ……」
返事までの間に違和感を感じながら執務室へ入ると、爺さんは最近のブルーリング家のファストフードであるサンドイッチを食べていた。
「お爺様、昼食がまだだったのですか?」
「ああ、直ぐに済ます。少し待っててくれ」
「分かりました。急がず、ゆっくり食べてください」
「ああ……」
そうは言うが爺さんは5分ほどの時間で、大き目のサンドイッチ1つを食べきってしまう。
「待たせたな。それで王との話の件だが……」
「はい」
「王家としては貴族家同士の度を過ぎた確執を望まない。この度の翼の迷宮踏破は王家預かりとなった」
「王家預かり?」
具体的にどうなるのか、言葉からは全くイメージが出来ない。
「“王家の影”として翼の迷宮を踏破しろ、という事だ……」
「僕達のやる事に変わりはあるのですか?」
「やる事に変わりは無いが、それ以外が大きく変わる」
「それ以外ですか……」
「先ず王家の影として動く事で、ミルドはブルーリングに頭を下げる必要が無くなった。ミルドが頭を下げるのは王家に対してだ。しかし、お前達のミルド領での扱いも王家と同等になるため、ミルド領での危険は格段に下がるだろう。万が一以前のように仲間を攫いでもしたら、領主館を更地に変えられても文句は言えんはずだ。踏破を目指すお前達への障害はほぼ無くなったと言って良い」
「それは、助かります」
「ここからは報酬の話になるが、今回の話はこちらが仲裁を求めて王家としては全面的に応じてくれた形となる。ミルドが翼の迷宮踏破に出している賞金 神金貨3枚、それとは別に神金貨27枚。計神金貨30枚は王家の物となる。ミルドとしては神金貨30枚で王家に迷宮討伐を依頼する形だ」
「なるほど」
「ブルーリングとしては迷宮踏破で倒した魔物の利益とは別に、王家から踏破に成功した暁には褒美として神金貨3枚と勲章が授与される事になるだろう。後は内々の話ではあるが、子爵に叙爵される話もある」
「ミルドは長年の夢を、王家は実利を、ブルーリングは名誉を、良く考えられていますね」
「ああ、今回の話を纏めたのは第2王子であるカムル王子だ。フォスターク王国の次の王になるはずであり、恐らくはブルーリング独立時の王でもあるはずだ……カムル王子は今回の件でお前に興味を持ったらしい。今回の件が終われば謁見する事もあるだろうが、決して気を抜くなよ」
「分かりました……」
王子様とか……やっぱり白タイツとか穿いてるんだろうか……オレは絶対に指を差して笑う自信がある。
思考が逸れた……
「迷宮探索には日時の指定はあるんですか?」
「それに関しては特には無い。お前達の都合で進めて大丈夫だ。但し、ミルド領内では王家の影としての短剣と仮面は絶対に忘れるな。王家の威光を借りてでの失態は後々面倒な事になりかねん」
「分かりました。エルが戻ったら一度ブルーリングに飛んで、ナーガさんや母様に相談してみます」
「それが良いだろう」
爺さんの様子を見ると他に話は無さそうだ。
「では僕は自室に戻ります」
「分かった。後の実務については全て任せる」
そうして爺さんの執務室を出たオレは、自室のベッドで寝転がっていた。
(貴族の面子か……自領の民や将来よりも大切なモノかねぇ。為政者なら時には笑いながら相手の靴を舐めるぐらいの覚悟があるべきだと思うがな……)
今回、ミルドは神金貨30枚……30億円相当の金を払って迷宮踏破を王家へお願いする事になる。
何処かのタイミングでミルド公爵が爺さんに頭を下げていれば、こんな大金は必要無かったはずなのだ。
それとも貴族が下げる頭には、30億以上の価値があるとでも言うつもりなのだろうか……ハァ、今回の事で改めて貴族が心の底から嫌になってしまった。
爺さんとのやり取りを纏め、夕飯の前にエルへ3日ぶりになる手紙を送ってみると、どうやら明日の午前中には王都へ到着出来そう、との返事が返ってきた。
オレは深い溜息を吐いてから、執務室にいる爺さんを訪ねた。
「アルドです……少しよろしいでしょうか?」
「……入れ」
爺さんの声もどことなく元気が無い。
「どうした?」
「エルと収納で手紙のやり取りをしました。どうやら明日の午前中には王都へ到着するそうです……」
「……そうか」
爺さんはそう呟くと何かを考えだして、思考の海へと潜って行く。
10分ほどが経ち、爺さんが顔を上げて話だした。
「サンドラ伯爵に“使徒の件”を話す事としよう……事ここに至っては、新しい種族の件と独立の件さえ隠し通せれば他は致し方あるまい……」
爺さんの疲れた顔で、これが苦渋の選択である事が分かる。
「タイミングはエルファス達が戻り、リーザス第2夫人とルイスベル君がサンドラ邸に帰る時に同席させてもらう」
「分かりました」
「サンドラに向かう人員はワシとお前、エルファスとラフィーナの4人だ」
「はい。大人数で話す内容でもありませんしね……」
「恐らくは精霊様を呼び出して、真実だと証明する事になるだろう。精霊様には予め了承を貰っておいてくれ」
「分かりました」
「後はサンドラ家以外の者に、お前から使徒に関する全ては他言無用だと伝えてくれ。お前の友人達を脅すような事を言いたくは無いのだが、口外すればブルーリング家として敵対する可能性がある事は、理解しておいてもらわねばならん」
「はい……伝えておきます」
「辛い役目を押し付けて申し訳ないと思うが、ワシからの言葉では重すぎてしまうからな……」
「そうですね。僕かエルが適任でしょう」
こうして爺さんと何度目かの話し合いを終え、自室へ戻ると既に夕飯の時間は過ぎ、他の者は夕食を済ませていた。
疲れた頭で冷めた夕飯を摂り、風呂に浸かると疲れが染み出していく様だ……
「疲れた……」
明日の午前中にエル達が帰ってきて、サンドラ伯爵に話をすれば取り敢えずは一息つける。
サンドラ伯爵がどんな反応をするかは分からないが、オリビア、ルイス、リーザスさんの3人がいれば、そんなに酷い事にはならないのではないだろうか。
そんな楽観的な思考を浮かべながら、オレは露天風呂を楽しんだ。
次の日の午前中の事。
朝食を摂り終わり、居間でアシェラ達と魔力操作の修行をしていると俄かにメイド達が騒がしくなった。
どうやらエル達が帰ってきたようだ。
オレ達も出迎えのために玄関を出ると、馬車が3台並んでおりエル達が荷物を降ろしている所だった。
「アルド。本当にオレ達より先にブルーリングに戻ってたんだな……」
そう呟いたルイスは、呆れ、驚き、羨望、そして畏怖……様々な感情が溢れたのだろう、何とも言えない顔をして最後に溜息を1つ吐いた。
「折角だからな、落ち着いたら練習がてら酒でも飲んで話そうぜ。話してくれるんだろ?」
「ああ、そうだな……」
ルイスはおどけるように話すとネロも会話に加わって来る。
「オレも参加するぞ」
「勿論だ。エルファスも強制参加だぜ」
「僕もですか?」
「当たり前だろ。お前もアルドと同罪だよ。覚悟しておけよ」
使徒と知っても態度を変える事無く、今まで通りに振る舞ってくれる親友達の言葉を受けて、オレとエルは心の中でそっと頭を下げるのだった。
全員の疲労を考えて、個人の持ち物を降ろした時点で解散となった。
残りの片付けは2日後に改めて行う事に決め、今はリーザスさんとルイスを昼食に誘い、今までの報告とこれからの事を話していく。
先ずは爺さんが急な昼食の招待を謝罪し、次は本題であるオレからの報告をさせてもらう。
因みにこの場には爺さん、母さん、オレ、エル、アシェラ、ライラ、マールにリーザスさんとルイス、と使徒の件を知っている者ばかりであり、誤魔化す必要が無いのは非常にありがたい。
「先ずはミルドの街で別れてから…………」
リーザスさん達との情報のすり合わせのために、面倒ではあるが最初から順を追って説明をしていく。
ミルドの街でのナーガさん救出>ミルド領主館襲撃>逃走>マナスポット解放>王家経由でミルドとの交渉>ヤルド達との戦闘>闇ギルドの襲撃>王家による仲裁
全てをそれなりに詳しく説明していくと1時間ほどの時間が経っていた。
「…………という事です」
オレが報告を終わるとルイスやリーザスさんだけで無く、エルや母さんまでもが呆れた顔でオレを見てくる。
「アル、アンタいくら何でもやり過ぎでしょう……ヤルゴとそのパーティってSランクの中でもベテランのパーティじゃない。それを1人で手加減して全滅させたって……」
「そうですかね?たぶん空間蹴りの魔道具があれば、母さんでも同じ事ができますよ」
「それはそうかもしれないけど……」
母さん、リーザスさん、ルイスは自分の腰に着いている空間蹴りの魔道具を、眉間に皺を寄せながら見つめていた。
普通、空にいる敵を攻撃するには魔法や弓、投槍などがあるだろうが、地上の敵を相手にするより攻撃手段は圧倒的に少なくなる。
その証拠に弓が使えない前衛など、空を飛ぶ敵を相手にする場合は弾避けに使える程度で、お荷物以外の何者でも無い。
母さんほどの魔法使いが空を飛べるのであれば、相手の攻撃が届かない上空まで飛んだ後は、七面鳥撃ちの如く一方的な物になるだろう。
「それで提案と言うかお願いなんですが……今回の件でリーザスさん、ルイス、それにオリビアが使徒の件を知った事になります。ミルドとの事もリーザスさんとルイスがいる以上、無関係とは言えません。巻き込んでしまった形にはなりますが、一度サンドラ伯爵と使徒の件を含めてお話をしたいと思います」
「そうだなぁ。オレと母さんが知った時点で、秘密ってわけには行かなくなったよな……」
「ああ、申し訳ないが、今からルイス達に付いて行かせてもらえないだろうか?」
「今から、一緒にか……」
「サンドラ伯爵には不意打ちのような形になってしまうが、やはり使徒の件を何とか口止めしたいんだ。誰かに相談される前に話だけでもさせてほしい……勝手を言ってる自覚はあるが頼む……」
「気持ちは分かるし、それだけの大事でもある、か……分かった、オレは良いぜ」
「ありがとう、ルイス」
オレは残りの1人であるリーザスさんへ向き直る。
「リーザスさん、どうでしょうか?」
「ん?私は難しい事は分からん。話したいのなら話せば良いだろ。何故、私に聞く?」
オレはルイスと顔を見合わせ苦笑いを浮かべた。
こうして爺さん、母さん、オレ、エルはサンドラ伯爵へ説明するべくルイス達と一緒にサンドラ邸へ向かっていく。
酷い事にはならないと思うが……気持ちはやはり重かった。
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