第225話精霊の使い part2
225.精霊の使い part2
ブルーリング邸を出て暫くするとサンドラ邸へと到着した。
前の馬車からはリーザス夫人とルイスが降りる中、こちらの馬車では爺さん、母さん、オレ、エルの順番で降りて行く。
ルイス達から同道を許された時に先触れは出してあったので、玄関には既にサンドラ伯爵、ミリア第1夫人、オリビア、オコヤ君が並んでいた。
「サンドラ卿、このような不躾なタイミングでの訪問をお許しください」
「頭を上げてください、ブルーリング卿。何か余程の事があるのでしょう……アルド君やルイスベルの顔を見れば何か重大な事があるのは分かります……」
「はい。出来れば内々でお話をさせてもらいたい。その後はサンドラ卿の判断にお任せします」
「分かりました。では誰を同席させれば良いですか?」
「格別の配慮、ありがとうございます。こちらは4人で。そちらの人選はお任せします」
サンドラ伯爵はぐるりと見渡すとオリビアとルイスに声をかけた。
何故2人なのか……ミリア夫人は小さく首を振って、リーザスさんは先ほど説明したのに頭の上に???が浮かんでいたからだ。
「オリビア、ルイスベル、同席を」
「はい、お父様」
「はい、父さん」
オリビアには移動する間に“使徒の件だ”と小さく話しかけておいた。
眉をピクリと動かしただけで表情は読めなかったが、賢いオリビアなら察してくれると思う。
サンドラ邸の応接室へ到着するとサンドラ伯爵は護衛も人払いをしてくれ、部屋の中にはオレ達7人だけになった。
「サンドラ卿、本当に申し訳ない……」
「気にしないでください、ブルーリング卿。それで本日はどういった内容ですかな?お顔を見るとあまり良い話では無さそうですが……」
サンドラ伯爵の言葉に爺さんは苦い顔で返し、ゆっくりと話しだした。
「実は…………」
駆け引きも無く、爺さんはオレとエルが創世神話に出て来る精霊の使いである事、今回のミルド領での事件、王都に戻ってからの騒動、そして王家に仲裁を頼んだ件を話し、最後にリーザスさん、ルイスもミルド領での事件は部外者では無い事を説明した。
「…………と言う事です。リーザス第2夫人とルイスベル君を今回の事件に巻き込んでしまいました。それにオリビア嬢はアルドの婚約者です。事ここに至ってはサンドラ家自体を、ブルーリング家の問題に巻き込んでいるとも言えるでしょう。本当に申し訳ありません……」
「……」
「……」
「……ぶ、ブルーリング卿、今の話は……全て…し、真実なのでしょうか?」
「はい。一切、嘘は言っておりません」
「精霊……の使い……創世神話……使徒?」
サンドラ伯爵はいきなりの事で気持ちの整理が出来ていないようだ……ブツブツと何かを呟き、冷静な判断を下すのは難しそうに見える。
いきなりこんな事を言われれば、オレだって同じ反応をするだろう。
爺さんとしては話を進めたいだろうが、サンドラ伯爵が落ち着くまでの間、ひたすらに待ち続けた。
30分ほどすると、やっとサンドラ伯爵が絞り出すように声をだす。
「やはりどうしても信じられません……な、何か精霊の使い、という証拠は無いのですか?」
「分かりました。アルドに精霊様を呼んでもらうのが一番確実ですね」
「ちょ、ちょっと待ってください。きけん、危険は無いのですか?」
「大丈夫です。とても聡明で優しい方ですから」
爺さんは、アオの何処を見て言っているのだろうか……確かに色々な事を知ってるのは確かだが……聡明で優しいとか無いわ。
「わ、分かりました……ブルーリング卿がそう言われるのでしたら……」
爺さんはオレを見ると小さく頷いて、アオを呼び出すよう、促してくる。
「では……」
オレはそれだけ呟くと、指輪に魔力を加えアオを呼び出した。
するとアオはオレの証である指輪から、回転しながら飛び出してくる。
予めいってあったとは言え、中々の演出だ。
「アルド、どうした?」
「アオ、オリビアの父親のサンドラ伯爵だ」
「アルドとエルファスの精霊をしている、アオだ。よろしく頼むよ」
空中に浮いたままアオが話しかけるが、サンドラ伯爵は眼を見開きフリーズして何も言葉を発しない……
「アルド……この人、大丈夫か?」
「……アオ、ありがとう。戻ってくれて構わない。もしかしてもう一度、呼ぶかもしれないけど……その時はすまない」
アオは嫌そうな顔をしながらも、何も言わずに消えていく。
オレはどうして良いか分からずに、サンドラ伯爵と爺さんを交互に見ていると、それに気付いたサンドラ伯爵がポツリポツリと話しだした。
「し、失礼した……あまりの事に思考が止まってしまったようだ……」
「サンドラ卿、私にはその気持ち、良く分かります……」
そう言い合っているサンドラ伯爵と爺さんの間には、友情のような物が垣間見える。
それからサンドラ伯爵はマナスポットを使った転移などの、普通は信じられない話も一切、疑う事は無かった。
それがどういった物なのかを聞くと、どんなに信じ難い事だとしても眼を閉じて吞み込んでいく。
その姿はひたすらに神の御業を聞く聖職者の如きで、眼には信仰に近い光を携えていた……コワイ。
一通りの説明が終わってからも、サンドラ伯爵は使徒の役目について執拗に聞きたがった。
この世界のマナスポットの半分が汚染されたという現実に、放っておけば数百年で世界が終わるという事実。
オレとエルを救世主の様に見始めた時には、背筋に冷たいモノが走るのを止められなかった。
「ブルーリング卿、お話は良く分かりました。アルド君とエルファス君の使命も……」
「ありがとうございます、サンドラ卿」
「私にどれだけの事が出来るか分かりませんが、事は世界の存続に関わる大事……出来るだけの事はさせて頂きたい」
「重ねてありがとうございます。ミルドとの確執は翼の迷宮を踏破すれば、取り敢えずは終わるでしょう。ミルドも悲願である迷宮が踏破されれば東へ街道を伸ばすのに必死になるはず、アルド達にちょっかいを出す余裕は無くなると思われます」
「そうですか……しかし、サンドラは創世神話にある“精霊の使い”に救われていたのですね……そして、危機の原因もマナスポットの汚染に端を発していた……更に世界の終わり……」
サンドラ伯爵の眼には何か悟ったような色が浮かんでいる……この人、本当に大丈夫か?本気で怖いんだけど!
小さく息を吐いて、サンドラ伯爵はオリビアに向き直る。
「オリビア、お前は知っていたのか?」
「……はい、お父様」
「そうか……」
「……」
オリビアの返事を聞いたサンドラ伯爵は、少しだけ寂しそうな顔を浮かべた……今のオリビアにとっての1番はサンドラでは無くブルーリングだ、と告白したも同然なのだから。
「ルイスベル、お前は今回の件で知ったのか?」
「はい、そうです」
「そうか……」
サンドラ伯爵はオレ、エルを見回してから爺さんに話し出した。
「お話は分かりました。この事はミリアにだけ伝えて、それ以上は他言はしない事を誓います」
「本当にありがとうございます」
「いえ、世界の崩壊を止めるために、サンドラ伯爵家当主として、出来る限りの支援を約束致します」
「必要が出来た時には是非、頼らせて頂きます」
こうしてサンドラ伯爵との話し合いは、表立った問題は出ず終わりを告げる事となった。
話し合いが終わり、サンドラ邸を出ると空は薄っすらと暗くなり始めている。
ブルーリング邸へと向かう馬車の中、特に会話も無く窓の外を見ていると、母さんが話しかけてきた。
「アル、取り敢えず問題は片付いたわね」
「そうですね」
「迷宮探索はいつから始めるつもりなの?」
「そうですね……王家の影として動かないといけないんですが、サポートをどうしましょうか」
「何のサポートよ。前と違ってミルド領には、マナスポットで飛べるんだから問題無いじゃない?」
「移動や保存食は問題無いですが、踏破した後の採取をどうしようかと……」
「あー、なるほど。ミルドに横取りされるのも癪に障るわね。いっそ翼の迷宮を王家の影の権限で立ち入り禁止にする?」
「それが出来るなら一番なんでしょうが……」
オレと母さんで爺さんを見つめるが、ゆっくりと首を振っている。
「ダメだ。王家のチカラを借りるのは、あくまで王家の影としての“待遇”のみだ。迷宮は領主が管理する物。それを占有するのであればそれなりの手続きが要る」
「そうですか……」
「ああ、占有してる間に魔物が溢れでもしたら、責任問題になって最悪は今より状況が悪くなりかねん」
「そうなんですか……迷宮を踏破すれば、程度の差はありますが絶対に魔物は溢れます」
「そんな責任は負えん。最悪は素材は放棄するしかあるまい」
「そんな……風竜の素材ですよ……」
「ミルドと交渉……いや、無理だな。アヤツが首を縦に振るはずが無い。ミルドに渡るぐらいなら最悪は全て燃やしてしまえ」
「分かりました……最悪は収納を使って風竜の素材だけでも回収して無理な物は燃やします……」
そんな話をしているとエルが疑問を投げかけてくる。
「解放型の迷宮という事は踏破した瞬間、いきなりAランクの魔物が迷宮から溢れる事もあるんですよね?」
「そうね……可能性は0じゃないわ」
「風竜の討伐は良いとしても、溢れるのが分かってるのなら何かしら対策を打っておかないと……」
「エルの言う事は尤もだけれど、領主の協力が無くては難しいわ。私達の依頼はあくまで迷宮の踏破よ。魔物の殲滅は入って無いの……」
「それはそうですが……」
エルとしては必要が無い犠牲が出る事に抵抗があるのだろう。
オレだってわざわざ犠牲を出したいとは思わないが、流石にジョー達を王家の影にするのは無理がある気がする……
「エル、明日になったらブルーリングに飛んでナーガさんに相談してくるよ」
「分かりました」
困ったときにはナガえもんに頼れば良い!心の中で、そう呟いた。
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