第49話馬車
49.馬車
ブルーリングの街を出て2時間ほど、オレは既に暇を持て余していた。
エルとマールは王都に行ったらあれをしよう、これをしよう。
演劇はこれを見たい、とまるで旅行に行く前のカップルのように、とても楽しそうだ。
それに比べてオレはアシェラもいないし、特に行きたい所も無い。
そもそも、この空気の中でオレが出来る事と言ったらタヌキ寝入りか、本を読むか、景色を見るぐらいだろう。
これが、あと8日も続くと思うと気が滅入るどころか、気が狂いそうになってくる。
早急に時間を潰す方法を考えなくてはいけない。
窓の外を見る。
騎兵が馬を走らせてた。
馬か……アシェラを追った時も思ったが、この世界では馬に乗れた方が良いよな……
学園で、たしか馬術の授業もあったはずだ。
オレは休憩の時を狙って、騎士に話しかけてみる事にした。
休憩--------
「おっちゃん」
「……」
「おっちゃん!」
「ん?」
「お、」
「私の事か?」
ゆっくりと面を上げ、顔を見せたのは30歳手前ぐらいの女騎士だった。
「スマン、女性とは思わなかった」
「良い、面をしていては分からないだろう」
人好きのする笑顔で女騎士は返してくる。
「お姉さん名前は?」
「私はノエルだ。血濡れの修羅殿」
「血濡れの修羅?」
「騎士団では皆そう呼んでるぞ。何でも遠征軍でゴブリン相手に大立ち回りをして、返り血で真っ赤だった、とか」
「そんな恐ろしい二つ名じゃなくて、もっと無かったのか……」
「そうか?私は恰好良いと思うがなぁ」
「二つ名ってオレだけ?」
「いや、3人だ。アルド様の血濡れの修羅に、エルファス様の修羅の騎士に、アシェラ様の撲殺少女だ」
「ぷっ、、、」
「どうした?」
「ぼ、撲殺……少…女……」
「……」
「ハハ……腹イテェ…お、オレを笑い…死にさせる……気か……」
「……アシェラ様に伝えておこう」
「おま、何言ってるんだ」
「アシェラ様とは格闘術の手合わせで、ご一緒した事がある」
「すみませんでした」
オレはすぐに土下座の姿勢を取った。
「冗談だ」
「オマエの冗談、分かり難いな!オイ!」
こうしてオレは女騎士であるノエルと知り合いになり、王都への道中で馬術を教えて欲しいと頼んでみる。
「馬術を覚えたいんだ」
「馬術か。教えるのはいいが休憩は馬の休憩でもある。移動中に教える事になるぞ」
「願ってもない。逆に移動中が良いんだ」
「降りたいと言っても次の休憩までは降せないぞ?」
「それは大丈夫だ、ほら」
オレは空間蹴りを見せて、いつでも乗り降り自由な所を強調してみせる。
「馬が動いててもオレは空中に逃げられるからな」
「アシェラ様も使ってる空間蹴りってヤツか……良いだろう、移動中に馬術を教えてやる」
「ありがとう、ノエル」
これで、あの馬車の中から解放された……オレは嬉しさでいっぱいになってしまう。
休憩が終わり出発する段になった頃、エルとマールに話し出す。
「エル、マール、オレはそこのノエルから移動中に馬術を習う事になったから、馬車にはオマエらだけで乗ってくれ」
「え?兄さまは乗らないのですか?」
「ああ、馬車はオレの性に合わないみたいだ。暇すぎる」
「そうなのですか……大丈夫ですか?」
「キツくなったら空間蹴りで馬車に戻るかもしれん」
「あまり無理をしないでくださいね……」
「分かった。じゃあオレは行くぞ」
「はい……本当に無理はしないでくださいね」
オレは振り向かずに、片手を上げて返事を返した。
「ノエル、オレはどうすればいい?」
「私の前に乗ってくれ。乗りながら説明する」
「分かった」
オレは空間蹴りで空を歩き馬に跨った。
「アシェラ様の時も思ったが、その歩法良いな……」
「良いだろう」
「馬術を教えてやるから、私にその歩法を教えてくれないか?」
「うーん……まあ、良いか。馬術が終わったら教えてやるよ」
「おお、これは楽しみになってきたな。良し、出発するか。総員出発!!」
ノエルの掛け声で全員が動き出した。
「もしかしてノエルって偉いのか?」
「ん?この隊の隊長は私だ」
「隊長だったのか!」
「そうだ。普段は騎士団 第2小隊の隊長をやっている」
「第2小隊長ってハルヴァの後釜か!」
「そうだ。ハルヴァ隊長には鍛えられた」
オレは“ノエルって優秀なんだろうけど、ポンコツ臭がする……”と喉まで出かかった言葉を飲み込むのに苦労した。
早速、馬術を習うのだが、最初は当然ながら馬の操作は全部ノエルが行う。
ノエルが言うには、まずは馬に慣れる事が大事らしい。
春の陽気に心地よい風、程よい振動にカポカポと馬の足音。
オレは睡魔と死闘を演じていた。
「アルド様、寝てはダメだぞ」
「お、おう……ね、寝てな…い……ぞ……」
「おい、本当に寝るなよ」
「だい…じょ……う…ぶ……」
オレは結構な勢いで後頭部を叩かれる。
「起きろ!」
「スマン……ちょっと顔を洗ってくる……」
空間蹴りで馬から跳びあがり、箱馬車の上へと降りる。
水魔法で水を出し頭から被った。
30秒ほど被ると眼が覚めて頭がスッキリしてくる。
水を止め、風魔法で髪の水気を飛ばしてやった。
「ふう、さっぱりした」
ノエルが呆れた顔でこちらを見ている。
「そっちに行くぞ」
「もう、好きにしてくれ……」
心底、呆れたと言わんばかりの声だ。
そこからは、少しずつ馬術を習っていく。
「アルド様は筋が良いな。馬術は本当に初めてか?」
「ああ、初めてだぞ」
「そうか、馬術は覚えておいて損はないからな」
「そうなのか?」
「ああ、平民でも馬が乗れればつぶしが利くしな。貴族では必須の技術だろ?」
「むう、父さんが馬に乗ってる所は見た事も聞いた事もないぞ……」
「ああ、ヨシュア様は別だ。普通の貴族は遠乗りに出かけたり、狩りに出かけたりする」
「そうなのか。父さんは馬術が苦手なのか……」
「……私から聞いたとは言うなよ」
「分かった」
そんな会話で道中を過ごし、今日の目的地である宿場町へと到着した。
先触れがあったようで宿はすんなり取れた。
宿での部屋割りはオレとエルが1部屋、マールとノエルが1部屋、メイド2人が1部屋、騎士3人が1部屋だった。
1部屋にベッドは2つだが騎士は交代で夜通し見張りをするらしい。
旅程には余裕を見てあり、夕方までには少し時間がある。
しかし馬車と馬の移動が思ったより体力を奪っていたのか、ベッドに横になると知らない内に眠ってしまった。
ノックの音で目が覚める……周りは薄暗く、エルの姿は無い。
「アルド様、夕食だ」
扉の向こうからノエルの声が聞こえる。夕食に呼びに来てくれたのだろう。
そのままノエルと一緒に1階の酒場に降りて行き夕食を摂る。
夕食はここらの名物という川魚の塩焼きがメインだった。
その川魚は鮎の塩焼きに似ていて、少し日本を思い出して懐かしい気持ちになってしまう。
夕食が終わると部屋に戻りお湯を貰い身を清めるが、こんなタライにお湯じゃなく風呂に入りたい……
オレはこの世界で今だに風呂を見た事がない。
貴族のオレで見た事も聞いた事も無ければ、恐らくではあるがこの世界に風呂は無いのだろう。
いつか風呂を作って存分に楽しみたい……
身を清めベッドに横になる……やっと移動の初日が終わった。これが7日も続くかと思うと流石にウンザリだ。
(目標は王都までの移動で、なんとか1人で馬に乗れるようになりたい)
とりあえず、やる事も無いので馬術を頑張ろうと思う。
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