第48話出発

48.出発





3月の第2週。


明日はいよいよ王都へ出発する日だ。

オレは今まで世話になった人達に出発の挨拶に行きたかったが、荷造りをしろと部屋に缶詰にされていた。


何とか部屋から出る方法は無いかと考えてみたが氷結さんのガードは固い。

しょうがないので一度、エルに世間話を話しかけてみた。


「エル。明日からの移動は何を着て行くんだ?」


王都までの移動は馬で4~5日ほど、馬車だと6日~8日ほどかかる予と聞いている。

その間の恰好をどうするのか、聞いてみたのだ。


「普段着で良いんじゃないですか?」


オレはエルの顔を見て露骨に溜息を吐いてやった。


「ハァ~分かってないぞ、エル。貴族の恰好なんかしてみろ。途中の街で敬遠されて旅を楽しめない」

「そうなのですか?」


「ああ、しかも魔物が出ても咄嗟に戦えない」

「魔物に丸腰は嫌ですね……」


いきなり後ろから頭を叩かれた。

驚きながらもオレは後ろを振り返って、犯人を睨みつけてやる。


「アル!エルに変な事を吹き込まないの。アンタは何と戦うつもりなのよ」


氷結さんだった……オレは速攻で白旗を揚げた。


「魔物や盗賊が出たらどうするんですか」

「そんなもん、護衛に任せれば良いのよ。そのための護衛なんだから」


「護衛が敵わない魔物が出るかもしれないじゃないですか…」

「それこそ、さっさと逃げなさい!」


オレは納得してしまいそうな所を、なんとか屁理屈で返す。


「僕は護衛とは言え、領民を見捨てるような事はしたくありません!」

「なに恰好つけてるのよ、アンタのはただのバトルジャンキーでしょうが!」


「ぐぐっ……」

「なんとか言ってみなさいよ」


オレは負け犬のオーラを出して、俯きながら部屋を出ていく……

部屋を出て、俯いたままで屋敷の外に出る……


外に出て周りを確かめてみるが……誰もいない……


「おっしゃー!解放されたぜ」


やはりオレは荷作りよりも、世話になった人達へ挨拶回りをしたかった。


「まずは騎士団の演習場だ」


演習場では騎士が模擬戦をしたり、陣を組んだりして訓練に励んでいる。

オレはその中にガル、ベレット、タメイを捜す。


どうやら3人はちょうど休憩中のようだ。オレは休憩している集団へ近づいていく。


「ガル、ベレット、タメイ、ちょっといいか?」

「お、アル坊か、どうした?」

「アルド様、どうかしましたか?」

「お久しぶりッス」


「明日、王都に発つから挨拶にきたんだ」

「もう、そんな時期かぁ。最初、会った時は豆つぶぐらいだったのになぁ」


「そんなに小さくねえよ!」

「ガッハッハッハ。まあ、でかくなったって事だよ」


「まぁ、行ってくるよ」

「おう、行ってこい」


ガルとは相変わらずだ。


「ベレット。親以外で一番、世話になったのがオマエだと思う。本当にありがとう」

「やめてください。私は任務でやっただけに過ぎません」


「それでもだ。ありがとう」

「……」


ベレットにはいつも世話になっている。


「タメイ、アシェラの時は世話になった。今でも感謝している」

「お姫様とは仲良くしてるッスか?」


「ああ、オマエのおかげだ」

「なら、良かったッス」


タメイは途中からだが世話になった。


「これで明日は心置きなく王都に向かえるよ。皆、ありがとう」


オレの言葉に3人は笑顔で送り出してくれた。戻ったらまた挨拶に来たいと思う。


「次は教会だな」


教会までの道を最短で移動するために、壁走りで屋根まで駆け上がり空を駆け抜けていく。

空間蹴りまで使った甲斐あって、いつもの半分の時間で教会に到着できた。


「こんにちはー」


オレは玄関で大きな声で呼びかける。


「誰だ?」


扉からヤマト訝しそうにが出てきた。


「おう。明日、王都に発つから挨拶に来たぞ」

「そうか……」


「どうした?寂しいのか?」

「ば、ばっか。寂しいわけあるか。キモイわ」


(コイツは本当にツンデレだな。ツンデレやまと)


「ガキ共にも挨拶してくわ。良いよな?」

「おう、声をかけてやってくれ」


オレは教会の中に入ってシスターや子供達に明日 王都へ発つ事を話すと、シスターは祝福してくれ子供達には泣かれてしまった。

泣きじゃくる子供達をあやし、3年で帰ると約束して何とか解放してもらう。


「じゃあな、次は3年後だ」

「あ、アシェラには挨拶したのか…よ…」


「アシェラはこれからだ」

「そうか……ちゃんと挨拶しろよな……婚約者だろ……」


「ああ、そうだな……お前は本当に……最初に会った時からずっと良いヤツだな」

「な、急に何言ってやがる!」


「じゃあな!騎士団入れると良いな。応援してるぞ」

「……頑張るよ」


この教会もしばらく来れない……今日、来ておいて本当に良かったと思う。

時間も夕方だ。最後はアシェラの家へと向かう。


アシェラの家も空間蹴りを使い、最短距離で屋根の上を走っていく。

かなり急いだつもりなのだが、空を見ると日が暮れかけている。


「ごめんくださいー」

「はーい」


中から声が聞こえてきて、ドアが開いた。


「こんばんは、アシェラいますか?」

「あらあら、アルド君。アシェラね。ちょっと待ってね」


ルーシェさんは家の中に、アシェラを呼びに行ってくれた。


グラン家から戻って2か月ちょっとが経つが、すっかり体調は良さそうだ。

しかし、腎臓の片方は摘出されたままだ。


熟練した回復魔法使いは欠損も治せるらしい。どれだけかかるか分からないが、いつか治してあげたい……


ルーシェさんに呼ばれ、直ぐにアシェラが出てきた。


「アルド、遅い」

「オレが来るの分かってたのか?」


「来ると思ってた。もし来なかったら明日、馬車の中でお腹が痛くなってたかも……」

「オマエ、オレを毒にするつもりだったのかよ!」


「気のせい」

「恐ろしいヤツだな……オマエは」


馬車で腹痛とか……社会的に死ねる。オレは辛うじて命を拾ったらしい……


「まあ、なんだ……行ってくるよ」

「うん……」


「3年待っててくれ……」

「うん……」


「……」

「……」


「さ、3年間オマエを想ってられるように、思い出が…ほしい……」

「う、うん……」


アシェラが俯きながら返事をする……これは…良いよな……


「……」

「……」



オレ達はこの日、初めてのキスをした。



唇が触れるだけの子供のキスだが今はこれで良い。

アシェラは頬を染め潤んだ瞳をオレを見ていた。


そのまま一歩下がってオレもアシェラを見つめる。


「3年後、迎えにくるから」

「待ってる……」


気恥ずかしくて足早にオレは屋敷へと帰路についた。

帰り道では“この世界でのファーストキスに喜び、ふと冷静になり14歳とキス……”と微妙な気持ちになったり……1つだけ言える事は、オレは酷く幸せだ、と言う事だった。


オレが幸せな気分で屋敷に辿り着くと、そこには母さんとローランドが額に青筋を立てながらオレを半笑いで眺めている……


「アル……明日の用意もしないでどこに行ってたのかしら……」

「アルドぼっちゃま……出発は明日なのですよ……どうするのですか……」


オレは2人から、こんこんと説教をされ、荷造りが終わるまで夕飯抜きになってしまった……解せぬ。




何とか荷造りが終わり、次の日------------------




屋敷の玄関前に箱馬車が2台と、護衛の騎兵4騎が並ぶ。

箱馬車の中には1台がオレ、エル、マール、が乗り、もう1台がメイド2名と荷物が乗っていく。


ガル達かと騎兵の顔を見たが、全て知らない人だった。どうやら王都のブルーリング邸勤務の騎士のようだ。

見送りには父さん、母さん、アシェラ、クララ、タブ、マールの母親が来ている。


「アル、エル、勉強だけじゃなく色々な事をしっかりと学んでくると良い」

「はい、父様」

「はい、父さま」


「アル、エル、遊んでばっかりじゃなくて、ちゃんと勉強するのよ」

「はい、母様」

「はい、母さま」


「アル兄さま、エル兄さま……」

「クララ、長期連休にも帰るから土産話を楽しみにしてろよ」

「クララ、行ってくるよ」


マールはタブと母親から激励されていた。あ、タブが泣きそうになっている……

人目も憚らず泣き出したタブをマールの母親が宥め、マールを送りだした。


マールが恥ずかしそうにこちらにやってくる。

これで王都の学園に行く3人とアシェラが揃った……


マールは途中からだったが、いつもこの4人一緒だったはずだ。

ただ1人ブルーリングに残るアシェラが、オレ達を見回した……


「アルド、エルファス、マール、行ってらっしゃい」

「アシェラ姉、行ってきます」

「アシェラ、行ってくるわね」

「アシェラ……」


「アルド、浮気は許さない。エルとマールは見張ってて」

「ハハ、分かった。アシェラ姉」

「フフ、分かったわ。アシェラ」

「浮気なんかしねえよ……じゃあ、行ってくる……」


アシェラは笑顔で大きく1つだけ頷いた。

馬車がゆっくりと動き出す……オレ達は今日、生まれ育った街から旅立っていく。





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