第302話ファングウルフ part2

302.ファングウルフ part2






主から離れて村へ戻る前に地上へと降りておく。カズイ達なら兎も角、ジイスには空間蹴りを見られたくは無い。

そのまま森を抜け村へ向かって走っていると、門の手前で見張り台から声が響いてきた。


「止まれ!」


ジイスだ。ヤツは厭らしい笑みを浮かべながら更に言葉を続けてくる。


「お前はそこでファングウルフでも倒してろ。朝まで生き残ってたら門を開けてやるよ」


そう言えばコイツの件もあったんだった……カズイ達は無事だろうか……

オレはジイスの言葉を無視すると、壁走りを使って城壁の天辺まで駆け上がった。


壁走りを間近で見たジイスは、眼を見開いて何かを叫んでいるが今はどうでも良い。

そんな事よりカズイ達は何処に……いた!4人は建物を背にして大勢の男達に囲まれている所で、辛うじて無事のようだ。


コイツ等は……お前等には反省って言葉は無いのか!いい加減にしろよ。

オレはウィンドバレット(非殺傷)を10個纏ってカズイ達を取り囲んでいる男達へ吶喊したのだった。






「アルド!」


いち早くオレの姿を見つけたカズイは、こんな状況だと言うのに嬉しそうな声で出迎えてくれた。


「僕は大丈夫です。身を守る事だけ考えてください!」


それだけ言うと、オレは男達へウィンドバレット(非殺傷)を打ち込み、魔力武器(刃無し短剣)を振るって蹂躙していく。

最初はジイスの命令で向かってきた男達も、バーニアを使ったオレの動きを見て勝てない事を直ぐに悟っていった。


そうして幾ばくかの時間が過ぎて、オレは今、本気の殺気を立ち昇らせジイスを睨み付けている所だ。

辺りには戦闘で気絶させた男達が転がっており、立っている者も既に戦意は消失している。


「ま、待ってくれ……こ、コイツ等が勝手にやったんだ。お、オレは何もやってない……ほ、本当だ、信じてくれ!」


コイツは……あまりのクズさに呆れて言葉も出ない。


「アナタって人は!!……カズイさん、コイツをどうしましょうか?被害者であるカズイさん達の判断に委ねようと思います……」

「……アルドが来てくれなかった事を考えると正直、割り切れないけど……ギルドに報告するのが良いと思う」


「分かりました……」


リース、ラヴィ、メロウもカズイの判断に不服そうな顔をしているが、リーダーであるカズイの決めた事に従うようだ。

確かに私刑で殺しでもしたら、捕まりはしないだろうが色々と面倒な事になるのは理解できる。


カズイは辺りを一度だけ見回すと、男達の後ろで立ち尽くしている村長へ向かって声をかけた。


「村長、ジイスとその仲間を捕まえておいて下さい。逃がすような真似をすれば村長も共犯だと訴えます」

「ま、待ってくれ。な、何とか穏便に片づけてもらえないだろうか?金なら出す。何とか……お願いだ」


「僕達は2度も襲われたんですよ。アルドがいなかったら、僕は殺されて3人は辱められてから売られてたはずです……流石にここまでされて許すなんて出来ませんよ」


カズイの言葉に村長は俯いて黙り込んでしまった。

本当はこの村で魔力を回復して、直ぐにでも主に挑みたい所なのだが……この村にカズイ達を置いて行けば、コイツ等はきっとまた碌でもない事をしでかすだろう。


今回は一度仕切り直すのが良さそうだ。何時ものように無理をしてもフォローしてくれるエルやアシェラはいないのだから……






結局、あの村では休息を取れないと判断して、今は徹夜でベージェに戻っている道中である。

村を出て暫くの間はヘタクソな尾行をされたが、ウィンドバレット(そよ風バージョン)を全員の眉間に撃ち込んでやると、青い顔をして逃げ出していった。


逃げる時に「2度目は本気で撃ち抜きますよ」と殺気を込めて脅しておいてので、恐らく追ってくる事は無いだろう。

ここは村からかなり離れた場所であり、追手も追い返した。


そろそろ最低限の睡眠だけでも取らないと事故でも起こしてしまいそうだ。


「カズイさん、そろそろ何処かで休みませんか?」


太陽はまだ顔を出していないが、うっすらと空は青くなりかけている。


「そうだね。最初は僕とアルドが2時間だけ休もうか。魔力を少しでも回復しておきたいんだ」

「分かりました。リースさん、ラヴィさん、メロウさん、見張りをお願いしても良いですか?」


3人は嫌な顔はせず、頷いてくれた。


「任せて下さい」「私達は昨日の夜に少しだけ眠れたからな」「朝ご飯……」


メロウの言葉に皆で笑いながら、軽く干し肉を囓って眠りについた。






「アルド、起きて」


カズイから起こされて時計を見ると、時計は8時を指している。

辺りを見るとリース、ラヴィ、メロウの3人は眠っており、どうやらカズイ1人で見張りをしていたようだ。


「アルド、魔力はどう?」

「……満タンです」


確か眠る時、時計は4時を指していたと思う……どうやらオレだけ起こされずに、4時間ほど眠り続けていたらしい。


「どうして起こしてくれなかったんですか?」

「ごめんごめん。でも情で起こさなかったんじゃないよ。アルドの魔力を回復しておきたかったんだ。アルドを万全の状態にする事が、1番僕達の安全に繋がるからね」


カズイはそう言って片方の眉根を上げて見せた。


「……それでも、ありがとうございました」

「いいってば、僕が勝手にやった事なんだから。それよりアルドに聞きたい事があるんだ」


「何ですか?」

「ファングウルフが最初に襲ってきた時、どうやって木に登ったの? それと村の門は閉められてたのに、どうやって村に入ったの?」


カズイは聞いても良いのか、不安そうな顔で質問してきた。

良い機会だ。カズイ達には空間蹴り以外は見てもらっておいた方が良い。


「実際に見てもらった方が早いですね」


オレはその場で立ち上がると、ゆっくり近くの木の根元まで移動する。


「これは僕が壁走りと呼んでいる技術です。見ててください」


そのままカズイの返事を待たずに木の幹を歩いて登っていく……途中の枝に立って眼下を見下ろすと、そこにはカズイが大口を開けて放心している姿があったのだった。






「アルドのやる事には驚かないって決めてたのに……」

「すみません」


「もう無いよね?」

「……」


オレは何も言わずに、そっとカズイから顔を背けるしか出来なかった。


「まだあるの??そのうちアルドなら空でも飛びそうで怖いんだけど!」

「ハハハ……」


曖昧に乾いた笑いで誤魔化してみせるが、カズイはジト目でオレを見つめてくる。


「ハァ、もう良いよ。アルドだからね。これじゃあラヴィじゃなくてもフォスターク王国へ行ってみたくなっちゃうよ」

「残念ですが、フォスターク王国はアルジャナとあまり変わらないと思いますよ」


「じゃあ、アルドだけが特別なの?」

「僕だけと言うか……僕の周りだけと言うか……」


「アルドの周りだけ……なるほどね」

「……」


それからは昨日の別れていた間の事や、主の事は濁してファングウルフとオーガが縄張り争いをしている事。そしてそれぞれに上位種がおり、出来れば漁夫の利を狙いたい事を話していった。


「あの森がそんな事になってたなんて。全部ギルドに報告するんでしょ?」

「そうですね……ただオーガの上位種は兎も角、ファングウルフの上位種は恐らくベージェのギルドの中で勝てる人はいないと思います」


「え?ちょっと待って……オーガの上位種よりファングウルフの上位種が強いの?」

「はい。恐らく縄張り争いもファングウルフが勝つと思います」


「ファングウルフがオーガを……アルドの言う事を疑う訳じゃないけど、そんな事があるんだね」

「……それとこのまま放っておけば、あの村は魔物に攻め込まれるかと」


「思う所はあるけど、流石にあの村を救いたいとは思えないかな……」

「そうですよね」


渋い顔で顔を上げると、お互いの間抜け顔に思わず笑いが零れてしまった。


「ぷっ、アルド、何その顔」

「カズイさんこそ。眉毛がハの字になってましたよ」


そんなバカ話をしていると、声がうるさかったのかラヴィ達が起き出してくる。


「んー……おはよう……」「おはよう……」「腹減った……」


凄い……年頃の女性の寝起きなのに全くドキドキしない。

桶に水を張ってやると3人は交代で顔を洗い始めた。


「さて、軽く食べたら出発しようか。今日の夕方か夜にはベージェに着くはずだよ」


カズイの言葉にそれぞれが頷きながら準備を進めていく。申し訳ないがベージェに着くまでは悪魔のメニューである。

この状況で呑気に狩りと料理に時間を使うのはバカのやる事だ。


移動の途中でカズイに促されて壁走りを見せたのだが、3人共、年頃の女の子がしちゃいけない顔で驚いていたのは彼女達の名誉のために秘密にしておく。






「やっと着いたよ」「長かった」「今回は移動ばかりだったな」「干し肉以外が食べたい……」「……」


言葉の通り、全員怪我も無く何とかベージェの街へと辿り着けた。

結局、道中は最低限の休憩だけを取り、雑魚もオレが全て掃除させてもらったので、予定よりだいぶ早く、今は夕方である。


「さあ、ギルドで報告してこよう。それで依頼終了だ」

「はい」「うん」「ああ」「分かった」


早速ギルドに移動したのだが、代表でカズイとオレがファーファさんへの報告をするので、ラヴィ達は隣の酒場で休んでもらう事にした。

オレ以外の4人は2時間しか寝ていないのだ。少しではあるが休めるなら休んでもらった方が良い。


カズイは……リーダーで男なので気合で頑張ってほしいと思う。

2人でファーファさんの前まで移動すると、オレ達の様子に気付いたのか険しい顔で話しかけてきた。


「何があった?」

「実は………………」


カズイは最初の移動から村に着いてからの事、村長とジイスの態度に危機感を持ち全員で野営をした事、そして襲われた事を説明していった。


「何だと!ギルドの依頼だと分かっていて襲われたのか?」

「はい。リース、ラヴィ、メロウが目的で僕やアルドはたぶん殺すつもりだったと思います」


「アイツ等!これだから誰も依頼を受けずに塩漬けになっていたのに!これはギルドへの宣戦布告だ!」


ファーファさんの怒りは相当な物で、周りにいた冒険者も何事かと聞き耳を立て始めている。


「ギギ家に話を通してくるからお前達は家に帰って休んでくれ。くそっ、やっぱりこの依頼は最初から断るべきだったんだ。ギルドにも責任の一端はある、本当に申し訳なかった……」


『蹂躙のファーファ』と呼ばれるほどの女傑であるファーファさんの謝罪に、ギルドの中は一気に騒々しくなる。


「おいおい、アイツ等、また何かやったのか?」「ファーファが謝ってるよ……夏なのに雪が降るぜ」「話が聞こえてきたけど「迷いの森」の連中が、依頼中のアイツ等を襲ったってよ」「ギルドに正面から喧嘩を売ったのかよ……バカじゃないのか?」「この件で芋を引けばギルドが舐められる。ひいてはオレ達自身の安全が脅かされるぞ」「特別依頼か?村の連中の制圧、逮捕ならオレも参加するぜ。アイツ等いけ好かなかったからな」


話がどんどん大きくなっていく……まだオーガやファングウルフの件を何も話して無いのに……


「待って下さい。まだ話は半分です。僕達が襲われているとファングウルフの群れが現れて………………」


カズイが場の空気に飲まれてしまったため、ここからはオレが変わりに説明させてもらった。


「オーガの上位種より強いファングウルフの上位種だと?」

「はい。恐らくはオーガは駆逐されてファングウルフが勝つかと」


「バカな。オーガでしかも上位種だぞ?ファングウルフ程度の上位種にやられる訳がないだろう」

「あのオーガは恐らくジェネラルでした。ジェネラル程度ではあのファングウルフには絶対に勝てません」


「オーガジェネラルは危険度プラチナだ……それを程度と言うのか、お前は……」

「はい……きっと遠くない先に「迷いの森」はファングウルフの物になります。その時にあの村が無事だとは思えません。逮捕に向かうなら何時でも逃げられるように注意だけはしてください」


「……お前は一体何者なんだ。その強さ、知識、胆力……全てが規格外だ……まるでバケモノじゃないか……」

「報告はそれだけです。失礼します」


そうして周りの恐れを含んだ眼の中、ギルドを後にしたのだった。





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