第303話ファングウルフ part3
303.ファングウルフ part3
周りの恐れを含んだ視線の中、ギルドを出て行くとオレを呼ぶ声があった。
「アルド、帰ろうか」
振り返るとカズイ、リース、ラヴィ、メロウの4人が苦笑いを浮かべながらオレを見ている。
「カズイさん……」
「皆はアルドの強さに戸惑っているんだよ。気にしないであげてほしいな」
「強さですか……」
「うん。アルドだって使わないと分かっていても、辺り一面を吹っ飛ばす魔道具を目の前にしたら怖いでしょ?」
「……前に、親友にも今のカズイさんと同じ事を言われた事があります」
「その時はどうやって返したの?」
「『確かに』って……返しました」
「でしょ? だからね、少しだけ驚いただけなんだと思うよ。皆、悪気は無いんだ」
「そう、ですね……」
「じゃあ、帰ろうか。お腹が空いたし、眠くてしょうがないよ」
「そうですね」
努めて明るく振る舞ってくれるカズイに、心の中でお礼を言って帰路へついた。
オレは今も引き続きラヴィ家で居候中の身である。
夕食を終えて一通りの家事を手伝っていると、ラヴィママであるナーニャさんに今日は休むように言われてしまった。
流石に疲れていたので、甘えさせてもらって今は自室のベッドの上である。
しかし、村はどうでも良いとして、あのファングウルフの主をどうするか……
改めて考えてみると、今のオレは使徒じゃない。
証を奪ってもマナスポットを解放出来るわけでは無いのだ。
かと言って歩いて1日の場所にあんな主がいては、ベージェの街の安全が脅かされてしまう。
本当なら主は無視して、フォスタークに帰る手段を探す事に注力するべきなんだろうが……
ハァ、正直、この街にはカズイ、リース、ラヴィ、メロウを始め、マハルさん、ナーニャさん、ファーファさん……知らん顔をするには知り合いが増えすぎてしまった。
どうせ戦いになるのなら、なるべく早めに行くのが良いだろう。
少しでもオーガ戦の疲労なりケガなりが残っているとありがたい。
それからベッドに寝転がり主との戦い方や逃げ方を考えていたのだが、いつの間にか眠ってしまっていたのは、やはり疲れていたのだと思う。
次の日の朝、朝食を摂っているとカズイ、リース、メロウが訪ねてきた。恐らくはこれからの行動を相談したいのだろう。
急いで朝食を終えるとラヴィも含めた4人から、予想通りの質問を聞かれてしまった。
「アルド、昨日のファングウルフの件だけど、どうするつもりなの?」
「そうですね……休息も取った事ですし、迷いの森を1度見てこようと思います」
「1人でかい?」
「はい。壁走りを使って木に登れば、ファングウルフ相手なら簡単に逃げられますから」
「壁走り……昨日、見せてもらったヤツだね?」
「そうです。アレです」
「そっかー。だったら僕達が付いて行くのは邪魔になっちゃうね……」
「すみません。あのファングウルフの上位種を相手にして、皆さんを守る自信はありません」
「いや、良いんだ。僕達はアルドの邪魔をするつもりは無いから。ただアルドと一緒にいるとね、物語の登場人物になったような気持ちになっちゃうんだ。僕自身には何のチカラも無いんだけどね……」
「……」
気まずい沈黙が流れる中、カズイは努めて明るい口調で聞いてきた。
「それで、いつ行くつもりなの?」
「オーガとの戦闘で傷の1つでも残っている事を祈って、明日の朝にでも向かおうかと思います」
「そっか。じゃあ、今日は食べちゃった食料を補充しに行こう。他にも何か用意する物はある?」
「何から何まで……ありがとうございます。食料だけで大丈夫です」
「そう?右手の装備も僕のお古で大丈夫なの?」
「思ったより使い易いので、何か素材を手に入れるまではこれで大丈夫です」
「そっか。因みに前から気になってたんだけどアルドの鎧って何の皮なの?鱗もあるからずっと気になってたんだよね」
「…………ファイアリザード?」
「へー、フォスタークにはそんなトカゲがいるんだ」
「裏地に少しだけ使って……ごにょごにょ」
「え?何か言った?」
「いえ、別に。そんな事より早速、行きましょう」
そう言って食料の補充に向かったのだが、オレは嘘は言って無い!この鎧には確かにファイアリザードの皮が裏地に少しだけ使われている。
殆どが地竜の皮と鱗なのだが、ファイアリザードの鎧でもあるのだ!
そんな強引なこじつけで、この場は有耶無耶にさせてもらった。
カズイ達に行きつけの店を案内してもらい、保存食として5日分の黒パンと干し肉を買ってもらった。
未だに買って貰っているのには訳がある。実は迷いの森の報酬は保留状態で貰えていないのだ。
昨日のファーファさんとの話し合いで、オレ達の報告が確かなら全額報酬が貰える事になっているが、今現在はオレ達側の言い分しか聞いていない。
ギルドとしては相手側の言い分も聞いて、最終的な方針が決まってからでないと、報酬は払えないと言われてしまった。
言われてみれば確かにギルドとして正当な言い分だと思うので、カズイ達と相談して了承してある。
しかし、オレの財布の中には先日の護衛依頼の報酬が少し残っているだけで、干し肉すら満足に買うお金は入っていない。
こうして今のベージェで最強と言われながらも、干し肉1つ買えない冒険者が爆誕したのだった。
「カズイさん、すみません。お金を全部出してもらって……」
「気にしないで。迷いの森でもアルドに助けてもらったし、持ちつ持たれつだよ」
「そう言ってもらえると助かります」
「だから気にしないでって。本当に他に必要な物は無い? 遠慮は無しだよ」
「……本当に甘えても良いんですか?」
「そんな高い物は無理だけど、言ってみて」
「では……塩や香辛料を少しで良いので欲しくて……」
カズイ達に会う前のハッチャケていた野生児時代に、かなりの香辛料を使ってしまっていたのだ。出来ればこの機会に少し補充しておきたい。
「香辛料かい? 僕じゃ相場が全然分からないや。一度、見に行ってみよう」
「ありがとうございます」
それから雑貨屋のような店へ連れて行ってもらって、塩と何種類かの香辛料を買ってもらった。
報酬が入ったら必ず返すと約束をしたのだが、困った事に「じゃあ、お金は良いからその香辛料で何か作ってよ」と返されてしまったのだ。
直ぐ横でカズイとのやり取りを聞いていたメロウが、香辛料を山ほど買おうとし出したので全員で止めさせてもらった。
オマエはその量の香辛料で、どれだけの料理を作らせるつもりだったのかと……
それと、飛ばされて最初の頃に思った通り、この辺りはフォスタークより南にあるらしく香辛料の類も沢山の種類があった。
北に向かえば何かフォスタークの手がかりが見つかるのだろうか……分からない。
そんなオレの気持ちを知ってか、カズイは教会へ行かないかと聞いてきた。
「アルド、今日は時間あるでしょ? 良い機会だから、前にマハルさんが言ってた教会に行ってみない? フォスタークの情報が何か分かるかもしれないよ」
「教会……何か伝承や伝説が残ってるかもしれないですね。行きたいです」
「決まりだね。ラヴィ達はどうする?」
カズイが声をかけると、女性陣は露骨に嫌そうな顔をしている。
「やっぱり今でも神父様は苦手かい?」
「私は止めておく」「私も教会はちょっと……」「私も……ごめんなさい、アルドさん」
どうやら女性陣とはここでお別れのようだ。
3人と別れてカズイと2人で歩いていると、女性陣が教会が苦手な理由を話してくれた。
「今から行く教会の神父様は少し厳しくてね。僕は本を読んだりお話を聞くのが好きだったから良いんだけど、3人は昔からじっとしてるのが苦手だったから……」
「あー、だいぶ絞られたんですか?」
「うん。特にラヴィとメロウは、今でも顔を見るとお説教を始めるくらいだよ」
「今でもですか……メロウさん達が逃げるのが分かる気がします……」
「礼儀をわきまえれば凄く優しい人だから、きっとアルドは気に入られると思うよ」
「そうだと良いですね」
こうして歩いていると直に教会へと到着した。どうやら場所的には冒険者ギルドのすぐ近くである。
「こんにちはー!」
カズイが教会の裏口の扉を開けて大声で挨拶をすると、人の足音が奥の方から聞こえてくる。
「カズイか、久しぶりだね。メロウやラヴィは一緒じゃないのかい?」
「お久しぶりです、神父様。2人はお説教が怖くて逃げちゃいました」
「って事は相変わらずなのか……2人共、良い年頃なのに……これじゃあ、私が結婚の祝福をするのはまだ先になりそうだね」
「そうですね……ハハハ……」
カズイは乾いた笑いを浮かべると、話題を変えて今日の目的を話し始めた。
「実は神父様に聞いて欲しい事があります」
「真剣な話みたいだね。立ち話も何だし、奥で座っててくれるかい。私はお茶を炒れてくるよ」
「ありがとうございます」
カズイに促されて奥の小さな部屋で待ってると、お茶を持った神父がやってきて口を開く。
「さて、じゃあ聞こうか」
「はい。実はここにいるアルドはフォスターク王国から飛ばされて………………」
カズイはオレが、フォスターク王国から転移罠で飛ばされてきて帰る方法を探している事、ファーレーンやアルジャナについて驚くほど何も知らない事、数週間ではあるが人となりを見てオレが信用に足る人物である事、凡そ聞いた事も無い技術を沢山使う事などを説明していった。
「………………と言う事です。アルドの帰りたいと言う気持ちは痛いほど分かります。神父様、何か知っている事があれば教えてあげて欲しいんです」
神父は眼を閉じて何も答えようとはしない……時間にして1、2分してからゆっくりと眼を開き、オレに話しかけてくる。
「アルド君、で良いのかな?」
「はい、アルド=ブルーリングと申します。フォスタークじゃなくてもゲヘナフレア、ドライアディーネ、グレートフェンリル、ティリシア、どこでも良いんです。知ってる事があれば教えてもらえませんか?」
「ふむ、私個人で言えば今、君が言った国は全てお伽噺で聞いただけで何も教えてあげる事は出来ない」
「……そうですか。無理を言ってすみませんでした。ありがとうございました」
そう言って席を立とうとすると神父はおもむろに口を開く。
「まぁ、待って。まだ話は終わっていない」
「え?でも何も知らないって……」
「私が何も知らないのは確かだよ。ただね、教会の伝承にこんな言葉があるんだ」
神父は眼を閉じると、背筋を伸ばし歌うように言葉を紡ぎ始めた……
今から約10万年前、何も無い虚空に光が現れた。
その光は5万年かけて凝縮し、1柱の神になる。神の名は不明。ただ創造神とだけ伝えられる。
創造神はまず大地を作った。
しかし、荒れ果てた荒野を嘆いた創造神は次に水を作る。
まだまだ殺風景と次に植物を作った。
美しい大地が出来上がり満足した創造神はそこに自分に似た人を作る。
しかし、魂が入っていなかったので人は動く事が出来ない。
創造神は人に魂を入れる為に風を作る。
人は自由に動き回るようになったが食べ物が無く死んでしまう。
創造神は人を哀れと思い、次に火と動物を作った。
人はやっと幸せに生きる事が出来るようになる。
この世界に満足した創造神は世界を守る為に精霊を作った。
創世神は精霊に世界の管理を任せた後、次の世界を作る為に去って行く。
それが凡そ1万年前である。
そこから人はエルフ、ドワーフ、獣人、魔族と個別の特徴を持つ種に分かれていく。
創造神の望みは美しい世界で人が豊かに暮らす事なのに人は違う種で、時には同種でさえ争った。
暫くすると世界に魔物が溢れ出す。
人の争う心に魔力が汚染されたのだ。
世界の管理を任された精霊は人が出す汚れた魔力を浄化するべく精霊の使いを世に放つ。
精霊の使いは魔力を浄化しながら、この世界の安定を司る。
これは、オレも知っている創世神話だ。この地でも語り継がれている事に感動していると、神父は更に言葉を紡いでいく……
しかし精霊の使いの願いも虚しく、戦いの火は消えず憎しみは憎しみを呼び地に満ちて行く。
その憎しみこそが瘴気を生む源と知りながら、人は尚も争い続けた。
精霊達は言う。
憎しみに染まっていない者を率いて東を目指せ、と。
徐々にではあるが、何かに導かれるように憎しみに染まっていない者、憎しみを克服できた者が集まっていく。
そして旅立ちの時はやってくる。
種族を越えた同胞との旅は、想像する事が出来ぬほど容易い物であった。
旅の道中で遭遇した敵は、勝手に燃え上がり、引き裂かれ苦しみながら死んでしまう。
森があれば季節を問わず恵を得られ、獲物は向こうからやってきて食えと言わんばかりに首を差し出していく。
そして極めつけは……東の果てに端が見えぬ程の湖が立ち塞がった。
旅もここまでかと思われた時、数えきれない精霊が現れると、湖が二つに割れて道が出来たのだ。
それから精霊の導きにより3日3晩をかけて全ての者が割れた道を渡り切った。
そして更に東へ向かうと精霊達から『ここが約束の地だ』と伝えられ、その豊饒な大地に感謝を捧げ全ての種族が住める国を作る事を約束したと言う。
もう2度と種族同士で争いをしないように、と。
「………………争いをしないように、と」
神父がゆっくりと眼を開けて、オレを見つめてくる。
「どうかな? 古の国からの来訪者さん?」
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