第304話ファングウルフ part4
304.ファングウルフ part4
「どうかな? 古の国からの来訪者さん?」
そう言って神父はドヤ顔でオレを見つめてくる。
「そ、それじゃあ、アルジャナの民は東に逃げてきたって事ですか?」
「逃げてきたんじゃないよ。そこは間違えてもらっちゃ困る。伝承にもあるように、我々は憎しみを克服して精霊に選ばれたんだ。戦いばかりの世界から解放されたんだよ」
神父は穏やかに話しているが、目の奥には確固たる意志の光が見える。
これはオレが悪い。人の信仰に土足で踏み入るような事を言ってしまったのだから。
「すみません、失言でした。アルジャナの民は精霊からこの地へ招かれた者の末裔なのですね」
神父はうっすらと笑みを浮かべてくれゆっくりと頷いた。
「ああ、その通りだよ。しかし、今は建国の理念も人族がファーレーンを作って出て行ってしまって、道半ばになってしまっている。私は思うのだ、同じ国にあっても婚姻の統制さえすれば人族も共存できると!本当にフォスターク王国からアルド君が飛ばされてきたと言うのなら、これは精霊の意思によるものだ!是非、人族の代表として、共にこの国で人族との共存に尽力していこうじゃないか?」
あ、この人、オレの苦手な人種だ……目の奥に信仰と言う名の狂気が見える……
それにオレが飛ばされたのは確かに精霊の意思だ……それも瘴気を纏った上位精霊の……
きっとこの人は精霊と言うだけで無条件に信頼するのだろう……この考えは、オレとは絶対に交じり合わないと断言できる。
それから何とか伝承を紙に書き写させてもらい、他に手掛かりになりそうな物は無いかと聞いてみたのだが、他にこれといった物は無さそうであった。
その間にも神父から教会への勧誘が凄い……終いにはこの教会を譲るとまで言い出した時は、流石にカズイと一緒に止めさせてもらった。
「き、貴重なお話をありがとうございました。機会があれば、またお邪魔させて下さい」
逃げるように去ろうとするオレを見て、神父は引き留めようと必死になっている。
最後はカズイと一緒に走って逃げだしてきたのはしょうがない事だったのだろう。
「アルド、ごめんね。あんな神父は始めて見たよ。元々、信仰心があついのは知ってたけど、あんなに強引に物事を進める人じゃ無いのに……」
「いえ、大丈夫です。フォスターク王国への手掛かりがあっただけで僕は……」
伝承を書き写した紙に目を落とすと、嬉しさから笑みが零れてしまう。
「アルド、良かったね」
「はい、良かった……本当に良かったです!カズイさん、ありがとうございました」
そこからは歩きながらではあるが、2人で伝承について話し合った。
「東へ進んだって事は、フォスタークは西にあるって事だよね?」
「そうなりますね。フォスターク、ゲヘナフレア、ドライアディーネ、グレートフェンリル、ティリシアのどれかに辿り着けさえすれば、そこからは何とかなるはずです」
「お伽噺の国々か……実在するんだね……」
そんな話をしながら歩いていたのだが、カズイの何かに思いを馳せるような言葉が妙に気になってしまったのだった。
「じゃあ、アルド。またね」
「はい、今日は本当にありがとうございました」
カズイと別れて自室で何度目かの伝承を読んでいると、幾つか気になった事がある。
どうやらアルジャナの民を導いたのは1体ではなく、複数の精霊での行動だと分かる記述がいくつかあった。
敵が燃えたと言うのは恐らくドワーフの精霊であり火の精霊のアグニ。同じく切裂いたと言う部分は、グリムがオレの腕を斬り落とした攻撃と、同じような気がする。
更に季節を問わず森の恵みを得られたのはドライアドのチカラだろう。獲物が勝手に首を差し出したと言うのは、獣の王フェンリルのチカラではないのだろうか。
そして数えきれない精霊が、端の見えない程の大きさがある湖を割った……これは今まで現れた上位精霊のチカラでは無さそうだ。きっとまだ現れていない精霊の中には水を操る精霊もいるのだろう。
それより、ここで問題なのは”端の見えない湖”と言う部分だ。これはもしかすると……海なんじゃないだろうか?
だとすると、ここはフォスターク王国とは別の大陸の可能性が出てきた事になる。
「くそっ、単純に西を目指すだけじゃダメなのかもしれない……」
やっと手に入れた情報は、希望に満ちた物であると同時に苦難を示す物でもあった。
こうして帰りの道筋が少しずつハッキリしてくると、途端にブルーリングへの郷愁が溢れてくる……
「アシェラ、オリビア、ライラ……会いたいんだ……」
とめどなく溢れてくる感情に揺り動かされながら布団をかぶっていると、いつの間にか眠ってしまっていた。
何か外が騒がしい……どうやらこの物音に起こされてしまったようだ。
涙の後を隠すために眼を擦ってから窓を開けると、街の至る所から煙が上がって叫び声が響いてくるのが聞こえる。
なんだこれは……一体どうなっているんだ……
いきなりの事態に驚きながらも直ぐにドラゴンアーマーに着替え、完全武装にリュックを背負い外に飛び出していった。
異変の原因は直ぐに分かった。街の中にファングウルフが入り込んで街の人を襲っていたのだ。
ファングウルフ……直ぐに主を思い浮かべるが、オーガを倒し終わって大した時間は経ってないのに、こんなに早くベージェへ攻めてくるなんて……そんな事があり得るのだろうか。
確かに主の知能は高そうではあったが、こんなにも手際よく物事を運ぶ事が可能なのか? 誰かが手引きをした? 魔物相手にそんな事をする者などいないはずだ……
思考を加速させながらもファングウルフを倒すべく走り回っていると、ファーファさんに殴られているジイスの姿を見つけた。
ジイス……何故、ヤツがこの街に……何かとても嫌な予感がする。近場のファングウルフを倒し終わり、ファーファさんの下へ駆け寄っていく。
「ファーファさん、これは一体何があったんですか? ファングウルフを街に入れるなんて!」
「アルドか……それはコイツに言ってくれ。”迷いの森の村”が昨夜襲われたそうだ。コイツは村の防衛を放り出して、4頭しかいない馬でここまで逃げてきた……ご丁寧にファングウルフを引き連れてな!!」
な!まさか、この事態は全部、コイツのせいか?!ファングウルフを引き付れてきた事から、村は無事なのだろうがこのままではベージェが……
「アルド!」
「カズイさん……リースさん、ラヴィさん、メロウさんも……無事で良かった」
カズイ達はオレがファーファーさんと話している所を、偶然に見つけたらしく駆け寄ってきたらしい。
「アルド、このままじゃベージェが……」
「……手分けしてファングウルフを倒しましょう。ベージェの冒険者や衛兵の総力であれば押し返せるはずです。ファーファさん、誰かに冒険者の指揮を取らせてください。バラバラに戦っていては各個撃破されてしまいます」
「わ、分かった……ギルドマスターを引っ張り出してくる。ヤツも昔はミスリルまで行った猛者だからな。今でも指揮ぐらいとれるはずだ」
これで状況は理解出来たわけだが……オレには気掛かりが1つある。これだけの数のファングウルフがいると言う事は、ここにいるのは本隊のはずだ。
で、あれば間違いなくヤツもここにいる筈である……
オレの心を読んだかのようにカズイの声が響き渡った。
「アルド、アイツ!村で見たファングウルフの親玉だ!」
どうやらカズイも村でファングウルフに囲まれた時、主の姿を見ていたようだ。
主の姿はファングウルフより二回りは大きく、漆黒の体で民家の屋根の上からこちらを見下ろしていた。
事ここに至っては、オレは覚悟を決めざるを得ない……小さく溜息を吐いて、カズイ達へ最後になるだろう言葉を口にする。
「ハァ……カズイさん、リースさん、ラヴィさん、メロウさん、僕は最初に会ったのがアナタ達で本当に良かった。沢山お世話になったのに、何も恩返しが出来ない事だけが心残りです。カズイさん、ウィンドバレットは練習すればきっと上手になります、頑張ってください。リースさん、回復魔法の時に胸を触ってしまってごめんなさい。ラヴィさん、コツコツと修行をすればアナタならきっと強くなれますよ。メロウさん、本当はもっと美味しい物を沢山ご馳走したかったんですが……皆さん、本当にありがとうございました。そして……さようなら……」
「え? 何を?」「アルドさん?」「アルド!」「何を言っている?」
主と戦うのであれば手の内を隠して戦うのは無理だ。しかも、街の中であれば隠れて戦う事も出来るわけが無い。
オレの戦いは慣れ親しんだフォスターク王国の仲間ですら……王子の名前で行われた模擬戦でも恐れられたのだ。
本気の戦闘を見せればこのアルジャナと言う外国で、しかも人族のオレの居場所は恐らくだが無くなるだろう。
しかし、カズイ達ならそんなオレを必死に庇おうとするに違いない。
オレは旅人だ、直ぐにいなくなる。だけどカズイ達は違う。この国、この街に居続けるのだ。心優しい彼らをオレの都合に巻き込んじゃいけない……
さあ、主よ……こんな所まで来てくれたんだ。望み通り殺し合いの続きを始めようじゃ無いか……
親しくなった友人と、こんな別れしか出来なくなったのはお前のせいだ、と言わんばかりに渾身の殺気を叩きつけてやった。
オレはゆっくりと短剣を二刀抜くと、主が待つ屋根の上へ向かって空を駆けあがっていく……
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