第305話ファングウルフ part5

305.ファングウルフ part5






先ずは主に怒りをぶつけるような一当てを叩き込んでやると、ヤツはふてぶてしそうな顔で軽やかに攻撃を躱してしまう。

どうやら今の動きを見るに、主の動きは昨日と変わりなさそうだ……おそらくはオーガ程度に傷を負わされる事は無かったのだろう。


主のどこか余裕を感じさせる佇まいに少しだけ警戒しながら、以前と同じように主へ語りかけた。


「今日は魔力が満タンなんだ。昨日と同じだと思うなよ」


言葉の終わりと同時に突っ込んだオレに、主は待ち構えていた牙を食らい付かせるためにタイミングを合わせてくる。

咄嗟にオレは正面のバーニアを吹かし強烈なGの中、急停止をかけると目論見通り主の牙が空を斬った。


目の前には主の首は伸びきり、”まるで切り落してください”と言わんばかりだ。

オレは右手に持った短剣を、首目掛けて真っ直ぐに振り下ろした。


浅い……確かに主へ短剣は届いたが、首を落とすには至らなかった。

直ぐにオレから距離を取った主は、首から血を流して驚いた様子でオレを見つめている。


「だから昨日とは違うって言っただろ」


オレは空間蹴りで空を駆けながら、更に立体機動で主を追い込んでいくのだった。






それから10分ほど戦闘を続けているが、やはり主からは昨日ほどの脅威を感じない。終始オレが圧倒しており、主の体には徐々に傷が増えて行く。

昨日と何がこれほどまで違うのか……それはオレの魔力残量だけじゃない。


決定的な違い……それはここが街の中と言う事である。当然ながら昨日とは違い、主は森の木を使った立体的な動きは出来ない。


速さだけなら最悪はバーニアを使えばどうとでもなる。昨日は速さに立体的な動きが加わった事で、あんなにも手子摺ってしまったのだ……あれではまるで自分と戦っているようなモノだった。


「お前の敗因は森を出た事だよ」


それだけ呟くとオレは右手に短剣を握ったまま、指先に魔力を溜めていく。

主はマズイと思ったのだろうが、既にどうしようも無い。


ここでも森を出た弊害が出てしまう。立体で動けるなら、もう1歩早く動いて魔法を潰せただろうに……

オレは魔法を潰そうと必死に向かってくる主に指先を向けて、ゆっくりと呟いた。


「雷撃……」


瞬間的に3度もの紫電が、爆音と共に主の体を走り抜けていく。

オレの雷撃はワイバーンですら一撃で倒す威力を持っている。それを瞬時に3発も受ければ、主とて無事では済まないのは当然の話だ。


案の定、主は白目をむいて、体から煙を出しながらゆっくりと倒れていく。

しかし相手は主だ。オレは警戒しながら主の背中へ周りソナーを打ち込んでいった……やはり主は気絶しているだけで、まだ生きている。


放っておけば回復して再度、襲いかかってくるだろう。

勿論、この状況で放置などするはずも無いのだが。


気を取り直して更にソナーを打つと、牙の1本へおかしな魔力が流れ込んでいるのが感じられた。

改めて主を見るが、この状況で証を失って生きていられるケガではない。


色々と悪条件が重なったとは言え、1度は追い詰められたほどの相手だ。

衰弱して死んでいく姿なと見たくはない……オレは右手に持った短剣をミスリルナイフに持ち替え、魔力武器(大剣)を出して超振動を発動していく。


ヒィィィィィンと鳴き出した所で魔力武器を振り上げると、主の証目掛けて真っ直ぐに振り下ろした。

超振動は地竜にも通じたコンデンスレイと双璧を成すオレの必殺の技である。


証は大した手応えも無く斬り落とされ、直ぐに無くさないように財布に入れた。

徐々に小さくなっていく主へ少しの寂しさを感じながらも、首へ同じように魔力武器(大剣:超振動)を振り下ろす。


終わった……この戦いは結果だけを見ればオレの圧勝だったのは間違いない。しかし、言うほど実力に差があったわけでは無かった。

オレに地の利と空間蹴り、そして「雷撃」と言う切り札があったからこその勝利だ。


一息ついて屋根の上から改めて辺りを見渡すと、未だに街のアチコチで冒険者や衛兵がファングウルフと戦っている姿が見える。

オレの魔力はまだ半分以上残っており、体力的にも問題は無い。


「もう大丈夫だろうけど……最後に……あと少しだけ手伝っていこう……」


それだけ呟くとウィンドバレット(魔物用)を10個纏い、ベージェの空へと駆けだして行く。

ベージェの街では沢山の人がファングウルフに襲われていた。


オレはその様子を空から確認して、七面鳥撃ちでウィンドバレットを撃ち込んでいく。

危ない、子供が……あそこでは親子が……あー、そんなヘッピリ腰じゃ……


ウィンドバレットの何度目かのおかわりを終えた後、近くの民家の屋根に降り立った。

眼下では冒険者や衛兵、街の人全てがオレを呆然と見上げている。


そして、思った通りその目に浮かぶのは感謝や羨望では無い……何か途轍もなく恐ろしい物でも見ているかのような畏れだった。

やっぱりこうなったか……本気を出せばこうなるのは分かっていたのだ。


しかも今回は空間蹴りだけでなく、主との本気の戦闘まで見せたのだから……これは当然の反応なのだろう。

ここを出て西へ向かおう……そして街を見つけて、そこで路銀を稼ごう……それが良い。


この街には確かに、言葉に出来ないほど世話になったのだ……シルバーの冒険者になった。腕も治せた。この国の知識も得られた。そして、何と言ってもフォスタークへの手掛かりを得られた。

森を彷徨っていた時とは雲泥の差である……本当に感謝してもし足りない。


ただ、欲をいえば平穏な別れをしたかった……そう思わずにはいられない。

一度だけ振り返って街を眺めると、遠目にカズイ達の姿が目に入ってくる。


色々な思いがオレの中を駆け巡るが、悲しい事にカズイ達の目にも畏れの色が浮かんでいるのが見えてしまった。

寂しさを堪え1度だけ深く礼をすると、踵を返して空へ駆け出していく。


この日、オレは誰にも告げずにベージェの街を後にしたのだった。




時間を少し遡ったカズイの視点--------------




アルドと教会へ行き、神父様にアルドの事情を説明すると、代々教会に伝わるお話を教えてもらえた。

それは僕も初めて聞く内容で、驚いた事にアルジャナの建国にまつわる伝承であった。


建国……当然のように、僕達アルジャナの民がどうやってこの地にやって来たかについても語り継がれており、それは逆に言えばフォスターク王国への道のりの大きな手掛かりである。

こうしてアルドはフォスターク王国へ帰るための重大な一歩を手に入れる事が出来たのだった。


そんなアルドは伝承についてもう少し考察したいらしく、部屋に戻ると言う。

僕としては邪魔をするつもりは無いので快く了承して、教会に行く前に分かれたラヴィ、メロウ、リースを探す事にした。


ラヴィの母さんであるナーニャさんの話によれば、3人はどうやらギルドへ向かったらしい。

ラヴィ達もアルドの事はずっと心配していたので、手掛かりがあった事を早く教えてあげたい。


早速、ローブを着てギルドへと向かうと、併設された酒場でラヴィ達はファーファさんと何やら話し込んでいた。

その様子は真剣で、冗談や世間話をしているような雰囲気ではなさそうだ。僕は邪魔をしないように静かに席へと近づいていった。


「アルドは悪いヤツじゃない!」

「そうだ。アイツの料理はどれも美味しい。あんな美味い物を作るヤツが悪人なわけがない!」


どうやらファーファさんがアルドの人となりを尋ねているようだが、メロウ、その理論は無理があるんじゃないかな?

僕もいきなりではあるが、ラヴィ達の援護をさせてもらおうと思う。


「ファーファさん、実際に護衛依頼で数日間ですが、アルドと過ごしたじゃないですか」

「カズイか……私もアイツが悪人だなんて思っちゃいない。本来あの強さがあれば、必死になってシルバー試験を受ける必要なんて無いんだ。他人に危害を加えない時点でアイツの性根は真っ直ぐで、善性の者だとは分かっている。だがな信頼するには私はあまりにもアイツの事を知らなすぎるんだ」


「言ってる事は分かりますが、そんな理由でアルドを怖がるなんて……」


ファーファさんは僕を訝しげに見つめながら更に口を開く。


「私からすればお前達が怖がらないのが不思議でしょうがない……オーガジェネラルだぞ?プラチナの魔物だ……それが本当なら最悪の場合、迷いの森と村は放棄される可能性がある。そんな敵をアイツは“ジェネラル程度“と言ったんだ。私には分かる、アイツは本気でジェネラルを程度としか思っていない……」

「……」


「しかもだ……更にそれよりも強いファングウルフの上位種がいるだと? 狂ってる……ただな、私にはアイツが嘘を吐いてるとはどうしても思えないんだよ……」


ファーファさんとそんな話をしていると、ギルドの扉が乱暴に開けられた。

こんな開け方をすれば、冒険者の中でも気の短い者に絡まれかねないのに……


しかし入ってきた男はそんな事はどうでも良いとばかりに血相を変えて叫びだした。


「べ、ベージェにファングウルフの大群が入り込んでる。至急、迎撃を!」

「何だと?ギギ家に連絡は?」


「そっちは別の者が走ってる。ギルドには独自で迎撃を頼みたい!」

「くそっ!次から次へと問題ばかり!聞いたか、お前等? ファングウルフ討伐の緊急依頼だ!報酬は弾む、ファングウルフを殲滅するぞ!」

「よっしゃ!ファングウルフでボーナスだ!」「ファングウルフ程度に門を抜かれたのか?」「おい、ファングウルフって……昨日の坊主の言ってた事、本当じゃないのか?」「ファーファ、ボーナスは期待してるぜ!」


ファーファーさんの声を聞き、ギルドにたむろしていた冒険者は鼻息を荒くして門へ向かっていく。

未熟とは言え僕達も冒険者の端くれだ。列の一番後ろに紛れ込んで現地へ向かう事を決めた。






ベージェに入ってしまったファングウルフの数は、思ったよりもずっと多いようだ。

思案顔をした顔見知りのゴールドに、ファーファさんの近くを掃除するように言われてしまった。


驚いた事にそんな僕達の横を、衛兵に連れられたジイスがファーファさんの前に連れて行かれていく……なんでここにジイスが……

ファングウルフを倒しながらも衛兵の話に聞き耳を立てると、どうやらジイスが迷いの森の村からファングウルフを引き連れて来たようだ。


怒りが込み上げてくるが、今はファングウルフの対処を最優先にしないと。

するとファングウルフの一角がなぎ倒されてアルドがファーファさんの下へとやってきた。あれだけのファングウルフの群れを軽く抜けてくるなんて……


僕達に気が付かなかったアルドは、ファーファーさんに話しかけて情報をもらうようだ。

少しの会話の後、やはりアルドもジイスの行動に思う所があるらしく、何も言わないがジイスに殺気を込めて睨みつけている。


そんな中、僕は見つけてしまった。迷いの森で見たファングウルフの親玉を……


「アルド、アイツ!村で見たファングウルフの親玉だ!」


叫んだ僕の声に気が付いたアルドが、少しだけ考えた後に僕達へ話しかけてきた。


「カズイさん、リースさん、ラヴィさん、メロウさん、僕は最初に会ったのがアナタ達で本当に良かった。沢山お世話になったのに、何も恩返しが出来ない事だけが心残りです。カズイさん、ウィンドバレットは練習すればきっと上手になります、頑張ってください。リースさん、回復魔法の時に胸を触ってしまってごめんなさい。ラヴィさん、コツコツと修行をすればアナタならきっと強くなれますよ。メロウさん、本当はもっと美味しい物を沢山ご馳走したかったんですが……皆さん、本当にありがとうございました。そして……さようなら……」


何を言っている?さようなら?僕がアルドに声をかけようとした瞬間、アルドはゆっくりと空へ駆け出していく……

空を駆ける……僕はその現実離れした光景に声も出せず、ただただ見ているしかできなかった。





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