第306話旅立ち

306.旅立ち






一方的な別れを告げられたかと思ったら、ファングウルフの親玉に向かってアルドが空を駆けていく……

空を歩く……意味が分からない。その現実感の無い光景に僕等は呆然と眺める事しか出来なかった。


そんな中、僕等が我に帰った時には、屋根の上でアルドがファングウルフの親玉と戦っていた……実はファングウルフの上位種が、オーガの上位種より強いだなんて眉唾だと思っていたのだが、アルドか戦っている相手は……


現にファーファさんの口からも「な、何だあの動きは……殆ど見えないじゃないか……」と驚きの声が漏れている。

当然ながら僕の目に追える物では無かった。


ごく稀に姿を見る事か出来るだけで、殆どの戦闘は霞んでしまって良く分からない。そんな常識外の戦闘も、唐突に終わりがやってきた。

アルドか距離を取ってファングウルフに指先を向けると、爆音と共に紫電が走り抜けたのだ。


あれは雷?空を駆け、およそ人の動きと思えない速さで動き、雷を扱う……アルド、君は一体何者なんだ……

普段の少し緩い雰囲気を持つアルドと、今、目の前で戦っているアルドがどうしても結びつかない。


そんな僕の混乱を知ってか知らずか、アルドはファングウルフの首を刎ねると空へ駆け上がって行く。

そこからは以前に教えてもらった魔法ウィンドバレットで、残りのファングウルフを空から一方的に撃ち抜いて行った。






ほんの1時間前には平凡な日常があった。30分前にはファングウルフの襲撃でベージェが滅ぶのを覚悟した。そして今は……

ファングウルフを倒し終わったアルドは再び民家の屋根の上に立ち、撃ち洩らしが無いかを確認するように辺りを見回している。


僕だけじゃない、近くにいるラヴィ、メロウ、リースは当然として、ゴールドやプラチナの冒険者もただアルドを見つめていた。

その瞳の中に畏れを抱いて……


そんな中、僕とアルドの眼があった。アルドは悲しそうな顔をすると、深く頭を下げて再び空へ駆け上がって行く……

違うんだ……アルド、待って……


そう思うが畏れに怯えた僕の口からは何の言葉も出ず、その場で立ち尽くす事しか出来なかった。






あれから30分ほどの時間が経ち、やっと少しだけ落ち着く事が出来たと思う。

あの時の僕はアルドに怯えたのは確かだ。正直な話、今でも怖く無いと言えば嘘になる。


でも、このままアルドと別れるのはどうしても納得できない。僕は同じように落ち込んでいるラヴィとメロウへ話しかけた。


「ラヴィ、メロウ……アルド、行っちゃったね」

「ああ……」「そうだな……」


「僕はアルドを追いかけようかと思うんだ」


2人は驚いた顔をして僕を見ると、”その手があった”と言わんばかりの顔で返してくれる。

そんな中、一番最初に声を上げたのはリースだった。


「お、お兄ちゃん、本当にアルドさんを、追う……の?」

「ああ、このままアルドと別れるのは嫌なんだ。別れる事になったとしても一言で良い、話をして怖がった事を謝りたいんだ」


ラヴィとメロウも気持ちは同じなのだろう、同じように頷いている。


「私は……」

「リース、リースはベージェに残るんだ。2人共いなくなっちゃ父さんや母さんが悲しむからね」


リースは怯えた顔を上げて僕の顔を見てくるが、どうして良いのか分からないようだ。


「リース、この旅は帰れるか分からないんだ。それにリースはアルドが怖いんでしょ?」

「だ、だって、あんな……お兄ちゃん達は何で怖くないの?」


「僕もやっぱりさっきのアルドは少し……怖いかな」

「じゃあ……」


「でもね、普段の少し抜けたアルドは僕の大事な友人だよ。きっとこのまま別れたら僕はずっと後悔すると思うんだ。だから会って話をしたい」

「……」


「離されると会えなくなるかもしれないから……行くね。昨日の内に食料も用意してあって良かったよ」

「待ってお兄ちゃん……アルドさんに……ありがとうって伝えて……」


「分かった。間違いなく伝えるよ」


そう言ってアルドを追おうとした所でファーファさんに声をかけられた。


「カズイ、少しだけ良いか?」

「……少しだけなら」


「すまない。話は聞かせてもらった。アイツを追うんだろ?」

「はい」


「私はな、娘が生まれた事で冒険者を引退したんだ。私が死ねば娘が露頭に迷うからな」


僕はファーファさんがいきなり何を言いだしたのか訳が分からなかった。つい訝し気な顔をしてしまう。


「そう嫌がるな……恐らくあのファングウルフの上位種には、ベージェの誰であっても勝てなかっただろう。アイツが戦ってくれなければベージェは全滅、当然ながら私の娘も死んでいた筈だ。正直、私は今でもアイツが怖い……ただ、娘の命を救ってくれた事には本当に感謝している。それだけは伝えて欲しいんだ」

「……ファーファさん」


「それと、これは渡していなかった報酬だ。ジイスの件もハッキリした今、ギルドとして正当な報酬を払う責任がある」

「これは……多くないですか?」


「ベージェを救った特別報酬も入ってる。それでも少ないくらいだが、今は手持ちが無くてな」

「……必ずアルドへ届けます!」


「じゃあ行け。追いつけなくなる」

「はい。ラヴィ、メロウ行こう。それとリース、父さんと母さんによろしく言っておいて。行ってきます!」


僕達が歩き出すと、成り行きを聞いていた街の人から次々と声をかけられた。


「あ、ありがとうって言っておいてくれ……」「アイツは何者だったんだ……」「次にきたら奢らせろって伝えてくれ」「オレはファングウルフよりアイツが怖い……」「カズイ、本当に追うのか?」「アイツはもしかして、精霊に遣わされて俺達を助けにきてくれたんじゃ?」


街の人から畏れ、驚きの声をかけられる中、僅かではあるが確かに感謝の声もまじっていた。


「皆さん、落ち着いたらで良いので、アルドがいなかったらベージェがどうなっていたかを考えてほしいんです。もしアルドがベージェに戻る事があったら……笑って迎え入れてあげてください……お願いします」


ベージェの危機は去ったが、お通夜のような空気の中、僕達3人はベージェを後にする。

こうしてどれだけかかるか分からないが、僕達のアルドを追う旅が始まったのだった。




2時間後--------------




アルドが向かうであろう西へ街道を2時間ほど歩いていると、大きな木の下で上を見ながらウロウロとしているコボルトを3匹見つけた。

僕達は直ぐに身を隠しながら木の上を見ると、ロープを編んでベッドにして眠っている人の姿が見える。


あれ、アルドだ……何をやっているのかと思ったが、恐らく戦闘で減った魔力を回復しているのだと思い至った。


「ラヴィ、メロウ、あれアルドだと思う」


2人も長い旅になる覚悟を決めていたはずのに、あまりに早いアルドの発見に目が点になっている。


「と、取り敢えず、アルドの睡眠の邪魔になるコボルトを倒そうか」

「……分かった」「任せろ!」


そう言うとラヴィは右、メロウは真ん中のコボルトに突撃していき、僕は左のコボルトにウィンドバレットを撃ち込んだ。

すると、想定より随分あっけなくコボルト倒してしまった……アルドと会う前はもっと手こずっていた筈なのに。


少し教えを受けただけで……改めてアルドの規格外さを実感してしまった。

それからはコボルトの死体をどかして焚火をしていると、何やら木の上から気配がしてくる。


3人で上を見ると木の影から半分だけ顔を出して、こちらの様子を伺っているアルドの姿があった。

思わず笑いそうになったが、ここは兎に角さりげなさを意識しながら声をかけるべきだ。


「早く降りてきなよ。少し早い夕食にしよう」

「アルド、身体強化で聞きたい事があるんだ」

「香辛料は沢山持ってきたぞ」


不思議な事に、ラヴィとメロウも僕の心を読んだかのように自然に声をかけている。

そんな僕達の声に少し考えた様子のアルドだったが、観念したのか恥ずかしそうに木の上から降りてきた。


「皆さん……」

「アルド、先ずは謝らせてほしい。さっきは本当にごめん。アルドの戦い方が僕の想像以上で、驚いちゃったんだ」


「いえ……」

「それと街を守ってくれてありがとう。リースもお礼を言っていたよ。それにベージェの皆からもお礼を言っておいてくれって頼まれてるんだ」


「リースさん……ベージェの皆……そうですか……」

「リストラルさんなんて、今度来たら奢らせろって言ってたよ。あ、それとファーファさんからこれを預かってるんだ。迷いの森の報酬とベージェを守ってくれたお礼だって」


そう言って僕はファーファさんから預かっていた財布をアルドへ渡した。


「こんなに……良いんですか?」

「ファーファーさんはこれでも少ないって言ってたよ。ただ今は手持ちがないから、それだけだって」


「……ありがとうございます」

「だから、こっちがお礼を言う方だって。アルド、ベージェを守ってくれてありがとう。本当に感謝してるんだ」


「いえ、何とかなって本当に良かったです……」

「あ、そう言えば、アルドも倒せるかどうか分からないって言ってたよね……」


「はい。あのファングウルフが森を出てくれたからこそ、あんなに簡単に倒せたんです。そうじゃなければ僕が負けててもおかしくなかった」

「そっか……ギリギリだったんだね。改めてありがとう」


そこからは焚火を囲むと、4人でゆっくりと話をする事になった。

旅発つ前は決死の覚悟を決めた筈だったが、こうして僕達のアルド探しの旅はあっけなく僅か2時間で終わる事になってしまったのだった……






ベージェの街を出て魔力が半分を切っていたので魔力回復のために眠っていたのだが、まさかカズイ達が追いかけてくるとは思わなかった。

これで別れの挨拶ができる。胸の中が暖かくなる感覚を味わいながら、一緒に夕飯の準備を始めた。


「美味い!流石はアルドだ」


このセリフは当然ながらメロウである。運良く野兎が狩れたので、肉を香辛料で焼いたら大喜びで食べ始めた。


「慌てずに食べてくださいね」


空はまだ辛うじて明るいが、陽は落ちている。直ぐに暗くなってくるのだろう。


「こうして挨拶が出来て良かったです。あのままでは少し……寂しかったですから……」


オレの言葉にカズイとラヴィは難しい顔をしているが、残りの1人は野兎の肉に夢中で会話には興味が無さそうだ。

訝し気にカズイを見ると、覚悟を決めたように口を開いた。


「アルド、無理を承知でお願いするよ。僕達もフォスタークへ同行させてもらえないかな?」


同行……思ってもいなかったいきなりの提案だ。正直な所、迷っている。効率だけで考えれば断るべきであるが……

ただ、この多民族国家のアルジャナと言う国で、人族であり外国人のオレは異端者なのは確かなのだ。


いや……そんな理由は後付けで、オレ自身がカズイ達と旅をしたいと望んでいる。

今回、ベージェを飛び出して1人になった時、言いようのない寂しさに襲われてしまった。


フォスタークまでの旅は、何年かかるか想像も出来ないのが現状だ。

この先、カズイ達ほど信用出来る相手が現れる保証は無い。


いや、薄々は感じている……そんな相手は恐らく現れないのだろう。飛ばされて右も左も分からない状態だったからこそ、カズイ達にこうまで寄りかかってしまった自覚がある。

であれは……このまま甘えさせてもらっても良いのだろうか?


改めて冷静に考えてみるが、オレは何年も1人で孤独に旅をするのは耐えられそうに無い。


「カズイさん、1つ約束して下さい」

「何かな?」


「自分達の身を第一に考えて、絶対に無理をしないでもらえますか? 雰囲気に流されないでほしいんです」

「分かったよ。アルドも僕達が付いていけないと判断したら、直ぐに言ってほしい。お荷物になるつもりは無いんだ」

「分かりました」


オレ、カズイ、ラヴィはお互いの顔を見てこの約束を心に刻み込んだ。約1名は野ウサギの肉を貪るのに忙しいようなので……まぁ、うん、はい……


「よし!じゃあ、最初にアルドの本当の実力を教えてもらおうかな。僕達はパーティーを組んだんだから、戦力は知っておかなきゃね」

「そうだぞ。あの空を歩くのは何だ? 私も使えるのか?」

「アルド……その肉も食べて良いか?」


パーティーを組んだせいか、それとも色々と吹っ切れたせいなのか、急に遠慮が無くなって質問責めにあってしまった。因みにメロウ、それはオレの分なので食べて良いわけ無いだろうが……


「分かりました。順番に説明していきますね。それとメロウさん、これは僕の分なので食べちゃダメです」


こうしてオレは、カズイ達と一緒にフォスタークを目指す事になったのだった。





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