第301話ファングウルフ part1

301.ファングウルフ part1






「カズイさん!村へ逃げて!僕がシンガリを務めます!」


オレの叫び声を聞き、カズイ達だけで無くジイスを筆頭に男達も村へ逃げ出していく。


「うわぁぁぁ!ファングウルフの群れだ!」「村へ逃げろぉぉぉ!」「ま、魔物だ!!」


この場面で矢面に立つぐらいの男気を見せれば、許す事も考えるのに……一瞬、考えが頭をよぎったが、そんな出来た者達ならそもそもラヴィ達を襲ったりしないか、と思い直した。


オレは直ぐに切り替えて短剣二刀を構え、ファングウルフの群れへと吶喊していく。

正直、ファングウルフは弱い。ウィンドウルフほどでは無いが、成人男性であれば1対1なら素人でも時間稼ぎくらいは出来るはずだ。


では何故こうもファングウルフを恐れるのか。

それは群れを成す魔物の本当の恐ろしさは、数と連携だからである。


数えるのが面倒になるほどの群れ。それだけの数を率いる事の出来る長。この群れを見て逃げ出さないヤツは頭のネジが何本か足りないはずだ。


しかしオレはそんな群れの中に飛び込んで、1番近いファングウルフの首を叩き落としてやった。

ファングウルフ達は、まさか反撃してくるとは思わなかったらしく、戸惑った様子で目に見えて動きが鈍くなる。


しかし、そんな空気も主が一声吠えただけで消え失せ、冷静さを取り戻した群れの一部がオレを囲むように動き始めた。

群れ全体の1/3程の数を引きつけてはいるが、未だにカズイ達を狙うファングウルフの数は多い。


牽制の意味も込めてカズイ達を狙うファングウルフにウィンドバレット(魔物用)を10個、撃ち込んでやった。

その間にも前後左右、あらゆる方向からからファングウルフは襲いかかってくるが、短剣二刀を使って返り討ちにしていく。


しかし、こう数が多いと一度、空間蹴りで空に出て仕切り直したい所だ……しかしカズイ達は兎も角、ジイス達に空間蹴りは見せたくない。

悩んだオレが出した答が、壁走りで木に登る事だった。


この状況では空間蹴り以外の技を見られるのは許容するしかない。

早速、木に駆け上り、遠距離の攻撃オプションが無いファングウルフへウィンドバレットを撃ち込んでいった。


狙いはカズイ達を狙うファングウルフのみ。ジイス達を狙う方は申し訳ないが放置させてもらう。

暫くウィンドバレットで逃走をサポートしていると、カズイ達は何とか村へ逃げ延びる事ができた。


これでカズイ達は大丈夫のはずだ。ほっと一安心して残っている男達を見ると、丁度ジイスか村へ逃げ込んでいく所だった。

しかし、門の外にはまだまだ沢山の男達の姿がある。


気は進まないが放置するのも寝覚めが悪いので、ファングウルフにウィンドバレットを撃ち込もうとした所で門がゆっくりと閉まりだしていく。


驚いて門を見ると、ジイスが門を閉めるよう大声で指示を出している……

アイツ、救いようのないクズだ。素行が悪いだけでなく仲間も簡単に見捨てるとか。


ここまで生き残った男達も、閉まった門に縋り付きながらファングウルフに噛み殺されていった。






オレが立つ木の下にはおびただしい数のファングウルフ達がおり、こちらを睨みつけている。

しかしオレからすればファングウルフが何十、何百いようと大した驚異は感じない。


オレが唯一気になるのは、未だに小高い丘の上から微動だにせず、こちらを窺っている主の動向のみである。

しかし主はオレの一挙手一投足を観察しているのか、自ら動く様子は見当たらなかった。


少しずつこちらの情報を剥ぎ取られていくようで、オレとしては非常にやり難い。

そんな中、城壁に併設されている見張り台から声が聞こえてきた。


「アルド!直ぐに門を開けてもらうから!村に入って!」


声の主はカズイだった。ジイスの部下に羽交い絞めにされながら必死に声を張り上げている。

ウィンドバレット(非殺傷)をカズイに纏わり付いている男達へ撃ち込んでから、大声で返事を返した。


「カズイさん!僕は大丈夫です!自分達の安全を最優先して下さい!」


それからカズイが何か叫んでいたが、主がゆっくりと立ち上がる姿が見え、直ぐに意識を切り替えた。

ファングウルフの癖に主は、地上では無く木の枝を足場にして軽快に宙を駆けてくる。


空中は安全と言うアドバンテージが無いのなら、空間蹴りを封印したままで主との戦闘は流石にキツイ。

オレは主と同じように枝からから枝へ飛び移って、森の奥へと移動していった。


そうして10分ほど移動して、絶対にジイス達に見られる事は無い場所までやってくると、丁度良い枝に立ち止まり主へ向き直る。

主は途中でオレを攻撃するチャンスが何度かあったはずだ。しかし眼に好奇心を携えて素直に付いて来てくれた。


「付き合わせて悪かったな。あそこは少しマズかったんだ。助かったよ」


いくら主とはいえ、人語など通じるはずも無い。しかし確かに主は牙を見せ笑ってみせた。

そして数舜の後、もう言葉は必要ない。


「行く!」

「ガゥ!」


言葉も種族も目的も全てが相容れぬ敵同士ではあるが、戦いの合図だけはお互いに理解出来たのは何故なのか。

こうしてオレと主は1対1での殺し合いを始めたのだった。






5分ほどファングウルフの主と戦ってみたが、強い……主は簡単な魔法すら使えず、特殊な技は一切持って無い。

恐らくは加護の大部分を身体強化にのみ使ったのだろう。残りは群れの規模から考えて繁殖だろうか。


何度か斬り結んだ後、主の動きについて考えてみると、膂力は当然として速さも素のオレを上回っているように感じる。

失ったギフトとナーガさんの付与魔法があれば、辛うじて同じぐらいだろうか。


今は空間蹴りとバーニアを駆使してやっと、五分五分か少しオレが速い程度まで持っていけている。

こうして今は拮抗した戦いを繰り広げているが、実は何度目かの斬り合いの後に地上へ降りての戦闘が少しだけあった。


主が上手くオレを地上へと誘導したのだ。

その時の戦闘は主+ファングウルフの群れが相手で、正直な話、逃げ出す事も選択肢に入れ始めていた。


しかし、ファングウルフの群れをリアクティブアーマーで吹き飛ばした途端、それ以降、主は地上戦を露骨に嫌がり始めたのだ。

どうやらコイツはオレの想像した以上の主だったらしく、部下だか家族だかの死は見たくないらしい。


コイツは確かに魔物ではあるが、爪の垢を煎じてジイスに飲ませてやりたいほどである。

そうして何度か切り結ぶが、お互いに決定打が無い状態が続いていく。


オレはソナーを打つ余裕すら無く、未だに1発も打ち込めていないのが現状だ。


「本当なら雷撃を使いたいが……」


雷撃は雷の攻撃故、躱すことは不可能で麻痺のおまけ付きである。上手く使えば一発で戦況をひっくり返す事が出来る魔法だ。

しかし、困った事にここまでの戦闘でオレの魔力は半分ほどに減ってしまっている……カズイ達への援護でウィンドバレットを撃ちすぎてしまった。


あの場面では他に手も無かったので後悔はしていないが、この状況での雷撃は完全な博打になってしまう。

雷撃の一番の欠点は魔力消費が高い事なのだから。


本当は一度、仕切り直して、改めて万全の状態で戦えれば……そんなオレの消極的な思いが出ていたのか、主は一層苛烈に攻撃をしかけてくる。


「やっぱり、逃がしてくれないか……」


軽口を叩きながらも主の隙を注意深く探していく。一瞬の隙さえあれば……枝の無い上空まで逃げ出したい。

しかし主からすればここは自分の領域の中だ。時間が経てば経つほど有利になっていく以上、オレを逃がさないのは当たり前の事である。


そんな焦れた戦いだったが、新たな来訪者の出現で事態は急激に変わる事になった。






事の起こりは、オレ達の戦いを見上げていたファングウルフの群れの端で、突然、戦闘音が鳴り始めた事である。

最初は小さな戦闘音だったのだが、徐々に音は大きく広くなっていき、今ではかなりの大きさで音が響いていた。


この事態に主は直ぐにでも現場へ向かいたそうな空気を出すが、目の前にはオレがいる。

結果、オレに対して、一掃苛烈に攻撃を仕掛けてくる事となった。


しかし、焦りからか、攻撃は直線的で雑な攻撃ばかりになっており、先程より余裕を持って対処出来るほどだ。

そして眼下の戦闘はどんどん大きくなっていき、ファングウルフを攻撃している者の姿がオレの眼にも飛び込んでくる。


驚いた事にオレにとって救援にも等しい相手は、ギルドの依頼でオレが討伐する予定のオーガ達であった。

依頼には、この森のオーガはあまり人に興味を示さないと書いてあったが、恐らくはファングウルフと縄張り争いをしていて、それどころでは無かったと言うのが真相なのだろう。


そのオーガ達は一回り大きい上位種を先頭に配置し、ファングウルフの群れを攻撃している。

オーガとファングウルフ……元々の地力の違う2者の戦いは、”オーガが蹂躙している”と呼んでも良いほどに一方的な物だった。


どうやらファングウルフ側の主力である主をオレが引きつける形になっており、戦局はオーガへ有利に働いているようだ。

どう動けば一番良いかを考えた結果、オレは村へ一時撤退する事に決めた。


2者の戦いは主をオレが引き付けている事から、オーガがかなりファングウルフ側へ踏み込んでいる。

このタイミングで主が戻れば、オーガとファングウルフは全面対決になるはずだ。


オレとしては漁夫の利を取らせてもらって、更に魔力を回復すれば疲弊している隙を付く事も出来るかもしれない。

少々、卑怯かとも思うが命の取り合いをしているのだ。ここは冷徹に行かせてもらう。


早速、牽制のウィンドバレットを撃ち込んでから距離を取ってやると、主は躊躇いの素振りを見せながらも踵を返して自分の群れへと戻って行ったのだった。






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