第300話迷いの森 part3

300.迷いの森 part3






カズイ達と一緒に迷いの森へ入って、直ぐに気が付いてしまった事がある。この森、マナスポットだ……

森に入った瞬間、何とも言えない感じがして領域に入ったのが分かった。


思えばアシェラも領域には反応していたので、使徒で無くとも領域は感じられるのだろう。

勿論、使徒の頃の方が、よりハッキリと感じられたのは事実ではあるのだが。


しかし、こうなると今回の騒動はオーガの討伐だけでは収まらない気がしてきた。

ファーファさんがこの依頼を急がせたのは、何か不穏な気配を感じたからなのか……冒険者の勘も侮れない。


いや、ファーファさんの場合は女の勘……違う、野生の勘か。

こうなると違約金がどうのと言ってられない。


カズイ達にはベージェの街に帰ってもらって、オレは木の上でハンモックを使って野営をしようと思う。


「カズイさん、もしかしてこの森には僕より強い敵がいるかもしれません」

「オーガの上位種かい?」


「分かりません。申し訳ありませんが、カズイさん達は直ぐにベージェの街に戻って下さい」

「ちょっと待って。急に何を言いだすの? ちゃんと説明してくれないと分からないよ」


カズイの言う事は尤もだ。半ば無理矢理連れてきて急に帰れでは、カズイの立場からすると納得できるものでは無い。

ただ、どうやって説明すれば良いのか……


まさか、使徒である事を話す訳にもいかないし……

オレがどうやって説明しようか悩んでいると、カズイが苦笑いを浮かべながら口を開いた。


「アルド、僕達には分からない何かを感じたの?」

「はい……黙っていましたが、僕からすると普通のオーガ程度、どうとでもなるんです」


「オーガ程度って……」

「どう説明すれば良いのか分かりませんが、恐らくオーガとは比較にならない敵がいます。僕でも勝てるかどうか分からない……」


「普通のオーガが比較にならない敵……ど、ドラゴンとか?」

「竜種と同じぐらいの強さの可能性もあります」


「その言いようだと、アルドはドラゴンと戦った事があるような言い方だね……」

「…………兎に角、それぐらいの強さの敵がいるんです」


オレが真剣に話しているのが分かったのだろう。カズイはゴクリと喉を鳴らしてゆっくりと頷いた。


「分かったよ、アルドがそこまで言うんだ。僕達にはどうしようも無い敵がいるんだろうね。しょうが無い、ベージェの街に帰ろう」


カズイはそう言うが、素直に言う事を聞くわけが無い2人がここにはいる。


「私は帰らないぞ」

「ん?来たばかりで何で帰るんだ?」


1人は“こんな面白そうな事、絶対に帰らない“と目を輝かせ、1人は今の今、話していたのに全く聞いていなかったようだ。

しかも、聞いてないだけでなく、腹が減ったのか森を見ながら何かいないか獲物を探してやがる……


思わずカズイと顔を見合わせ、お互いに苦笑いを浮かべてしまった。


「本当に危険なんです。お願いしますので、ベージェに帰ってください」

「嫌だ。私は絶対に帰らない」

「私も帰らない。来て直ぐに帰るとか意味が分からん」


意味はたった今、必死に説明しただろうが!

しかし、困った。力尽くで返すわけにもいかないし、かと言ってこのメンバーでマナスポットの解放など無理ゲーすぎる。


申し訳ないが、カズイ達と一緒ではいざという時、逃げる事すら出来なくなってしまう。

いっそ空間蹴りも含めたオレの本気を見せるか……カズイ達なら信じられるし、万が一問題になるようなら最悪は他の街に逃げてしまえば良い。


自分で考えて、何故か少し寂しい気持ちになってきた……

知らない土地にいきなり飛ばされて、最初の知り合いであるカズイ達に、オレは自分で思うよりもずっと寄りかかっていたのかもしれない。


結局、考えても良い案が出てくる事も無く、なし崩しに全員揃って森の入口で野営する事になってしまった。

夕食を食べ終わり、最初の見張りのカズイ以外は眠りについていく。


「アルド、寝ないの?」

「少し話しても良いですか?」


「僕は見張りだからアルドが良ければ僕は大丈夫だよ」

「すみません」


焚火の火を挟んで向かい合わせで座り、オレはゆっくりと口を開いた。


「カズイさん、どうしましょう……」


オレの言葉に予想がついていたカズイは、苦笑いを浮かべながら口を開く。


「オーガと実際に戦って、実力差を理解すれば大人しくなると思うんだけどね」

「なるほど。オーガですか……どれくらい弱っていればカズイさん達のパーティーで倒せますか?」


「え? そんな事言われても、オーガと戦った事なんて無いから分からないよ」

「そうですか……腕が使えなくて攻撃が限定されていれば大丈夫ですかね」


「えええ、そりゃ、敵の腕が使え無ければ僕達が倒される事は無いと思うけど……そんな事、不可能だよね?」

「僕がオーガの腕を折ってから、カズイさん達と替われば良いかと」


「うーん。その状態のオーガを倒して、ラヴィやメロウが納得するかな……」

「やっぱりダメですか……」


2人でどうしようか考えていると、草むらで微かに物音がした。

直ぐに戦闘態勢に入り、小声でカズイに声をかける。


「カズイさん、以前に使ったソナーと言う探索魔法を使います」

「分かったよ」


100メードの範囲ソナーを使うと既に包囲されている……その数15。


「カズイさん、包囲されてます。数は15」

「15?お、オーガじゃないよね?」


「違います、人ですね。恐らく目当ては……」


オレとカズイは眉間に皺を寄せながら、幸せそうに眠る3人を見て溜息を吐いた。


「素人でも15人は脅威だよ……直ぐに3人を起こすね」

「分かりました。これぐらいなら僕1人でも制圧できますが、薬を使われると面倒ですしね」


「1人で制圧出来るんだ……」


カズイの言葉をワザと聞こえないフリをさせてもらって、暗闇へと声をかけた。


「誰ですか? こんな人数で取り囲むなんて……敵対行動と取りますよ?」


オレの言葉に驚いたらしくザワザワと声が聞こえ、暗闇からゆっくりと村長の息子であるジイスが進み出てくる。


「そんなに怖い顔するなよ。心配で見に来てやっただけじゃねぇか」


ヘラヘラしながら話かけてくるが、ジイスの眼はオレの後ろのラヴィ、メロウ、リースに向いており、何が目的かは簡単に察する事が出来た。


「僕達は冒険者です。余計な心配は結構ですから帰ってくれませんか?ハッキリ言って迷惑です」

「ケッ、可愛くねぇガキだな。テメェはそこで野宿でもしてろ。後ろの嬢ちゃん達は温かい布団で寝かしてやるから」


後ろの男達からは「寝てる暇があればな」「オレが肉布団になってやるよ」「久しぶりの女、たまんねぇ」等々の非常にありがたいお言葉を頂いてしまった。

これならオレの心が痛む事なく、お灸を据えてやれると言うものだ。


「ハァ、アナタ達は言葉が通じないサルなんですか? 僕は帰れって言ったんです。ケガする前にサッサと村に帰って下さい」


オレの煽りたっぷりの言葉に腹が立ったのだろう、全員が剣呑な空気を醸し始める。


「おいおい、テメェ、あんなり調子に乗ってると、やり過ぎて殺しちまうかもしれねぇぞ。謝ってどっかに隠れてりゃオレ達も追わねぇから。ほれ、どっか行け」

「ハァ、これが最後通告です……直ぐに村へ帰って下さい……これ以上は体に罰を叩き込みます」


ラヴィ達を見てニヤついた笑みは鳴りを潜め、今はオレを睨み付けながら武器を抜く者がチラホラ。

これだけ煽れば標的は完全にオレ1人になった筈だ。万が一にもラヴィ達に何かあってはならないので、このまま戦闘に入るべく最後の煽りを叫んでみせた。


「ハァ、腰抜けの皆さん、サッサとかかってきて下さい。彼女達を口説きたいなら僕を倒してからにするんですね」


16歳の見た目で尚且つ人族のオレは、彼等からすれば最初から好意的な対象では無かったのだろう。

ジイスを含んだ男達は怒りを露わに、オレに向かって襲い掛かってきた。






15人とは言え、所詮は碌に戦闘訓練も行っていない素人の集まりである。

数の有利を最大限引き出せる、囲んでからの一斉攻撃すらジイス達はしてこなかった。


これでは素人と1対1の模擬戦を15セットしているだけである。オレは既に武器を治め、素手で男達の相手をしていた。


「人族の子供1人に何やってやがる!サッサと囲んでぶっ殺せ!」


おいおい、殺せとか……少しだけカチンときたじゃないか。

意識を奪うと面倒だと思い躱すだけに留めていたのだが、コイツ等はキリが無い。


すれ違いざまに3人の顔を軽く撫でてやると、たちまち悶絶しながら崩れ落ちて行く。

その光景を見てやっと実力の違いに気が付いたのか、男達からの怒号は止み恐れを含んだ眼をオレに向け始める。


まともに戦った事すら無い者達からすれば、勢いが無くなった今となっては勇気を振り絞って更に攻撃をしようとする者は皆無であった。

オレはこの場のボスであるジイスに振り返りゆっくりと近づいて行くと、ヤツは恐怖を顔に張り付けて言い訳を始める。


「ま、待て。待ってくれ。お、オレは本当はこんな事したく無かったんだ!しょ、しょうがないだろう!こんな辺鄙な所に押し込められて、皆ストレスが溜まってたんだ。わ、悪かった。もう2度とこんな事はしない、見逃してくれ!」


これ以上、騒ぎを大きくするのも後々面倒な事になりかねない。

どうしようかと思いカズイ達を見ると、ラヴィは大剣を抜き不適な笑みを浮かべ、メロウも片手剣を抜き今にも飛び出して来そうだ。


こんな事で人死にを出したくも無いが、何の罰も無く場を治めるのも違う気がする。

考えた結果、このままベージェの街へ帰って依頼を破棄するのが良いのではないだろうか。


正直、この村は滅べば良いと思うし、マナスポットは後日、1人で偵察に来て主を倒せそうならそのまま挑めば良い。

ファーファさんに村人から襲われたと言えば、流石に違約金を取ると言う話にはならないはずだ。


「僕達は明日の朝、ベージェに帰ります。この事はギルドに報告させてもらいます」


オレが話を大きくするとは思わなかったのだろう。男達は驚いた顔をすると次々に謝罪の言葉を口にし出す。


「わ、悪かった。出来心だったんだ。許してくれ」「ギルドに言うのだけは止めてくれ。今までの給金が全部なくなっちまう」「すまない。本当にすみませんでした。ギルドだけは何卒!」


どうやらギルドが正解のようだ。オレは努めて冷静な口調で話し出した。


「アナタ達は自分が何をしようとしたのか良く考えてみる事です。僕がたまたま強かったからこうなりましたが、僕にチカラが無かったらアナタ達は女性に乱暴して僕とカズイを口封じしたはずです。村の中にいる分、ある意味、盗賊よりたちが悪い。僕は絶対にアナタ達を許さない」


オレの言葉に一部の男達が殺気だったが、オレが腰の短剣に手をやると青い顔をして目を逸らしていく。

正直、帰ってほしいのだが、男達からすればこのままオレ達を放置できないらしく、一定の距離を空けてお見合い状態になってしまった。


寝られる状況でも無く、いっそベージェの街へ向かおうかと思った所で唐突に叫び声が上がる。


「ぎゃぁぁぁぁぁぁ!!」


叫び声は男達の一番後ろから聞こえた。直ぐに200メードの範囲ソナーを打つ……しまった、囲まれてる。

オレ達と男達を値踏みするように、夥しい数のファングウルフが取り囲んでいた。


しかしオレが驚いたのはファングウルフの数では無い。

一段、小高い丘からオレ達を見つめている眼が……ヤツは普通のファングウルフより2回りは大きく、色は禍々しい黒。


間違いない、主だ。最悪のタイミングで主と出会ってしまった。空を飛べないファングウルフの主であれば、オレだけなら空間蹴りで簡単に空へ逃げられる。

しかし、カズイ達と一緒では……オレはカズイ達を見ると、力の限りに叫んだ。


「カズイさん!村へ逃げて!僕がシンガリを務めます!」






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