第405話鱗の迷宮 part5

405.鱗の迷宮 part5






竜種……どう判断すれば良いのか……迷ったオレは、取り敢えず「撤退」のハンドサインを出して、500メードほどの距離を戻る事にした。

運良く、土が盛り上がった場所を見つけたので直ぐに身を隠し、これからの事を口にする。


「……迷宮主は確かに竜種でした……恐らくあれはレッサードラゴンです」


オレの言葉を聞いた者の反応は、正に千差万別であった。

曰く、騎士達は「もう十分だろ! 直ぐに引き返すべきだ!」と撤退を主張し、ルイス達は過去にオレがレサードラゴンを舐めプした件を知っているので、『魔瘴石が手に入るんだ。倒すべきだろう』と進言してきた。


バジルは終始レッサードラゴンの方を見て、鼻の穴を大きくしているだけである。

正直な話、レッサー君ならオレ1人でも大した苦労も無しにに倒せると思う。


懸念があるとすれば、過去に風竜が行った魔瘴石を取りこんでの自爆特攻と、魔瘴石を浄化する姿を見られる事である。

普通 迷宮の踏破は、魔瘴石を破壊する事で完了する。それを浄化するなど、オレが使徒であると吹聴するのと変わらないのだ。


どうしよう……団長達が凄く邪魔なんですが……どっか行ってくれないかなぁ。

次の一手をどうしようか悩んでいると、ルイスが真剣な顔で口を開いた。


『アルド、正直に答えてくれ……あのレッサードラゴンはオレ、ネロ、カズイさんの3人で倒せると思うか?』


ルイス達だけでレッサードラゴンを倒す? 相手はレッサーとは言え正真正銘の竜種である。

同じ竜種でも最弱のワイバーンであれば問題無く倒せるとは思うが、レッサー君は流石に厳しいのでは無いだろうか。


空間蹴りの魔道具で同じ土俵に立てはしても、レッサードラゴンには圧倒的な膂力に素早さ、更にブレスがある。バーニアも魔力盾も使えないルイス達では、ブレスに対抗策が無い。最悪の場合 死んでしまうだろう。

考えた末、包み隠さず本当の事を話す事にした。


『空間蹴りの魔道具があるから同じ土俵には立てると思う……ただ、アイツにはブレスがある。勝てたとしてもギリギリ……怪我は当たり前として、最悪は全滅する可能性が高い……』

『そうか……言い難い事を言わせて悪かった。ネロ、カズイさん、聞いたよな? オレ達にはまだ早いみたいだ。今回は団長達のお守りをするとしようぜ』

『分かったぞ……でも、いつかアイツを倒せるようになってやるんだぞ!」

『そ、そうだね。いつか倒せるように……あまり自信は無いけど頑張るよ』


客観的に見てルイス達の勝率は3:7……負ける可能性が高い。でもいつかはこの差をひっくり返してくれる気がする。今後に期待だ。

まぁ、ルイス達はおいといて、当面の問題は団長と騎士達である。


こうなると、誰かがミスでもしてレッサードラゴンを見つかってくれたら良いのに……そうすれば「時間を稼ぐ」とでも言って、全員を4階層に逃がしてから倒せるのになぁ。

煮えた頭からは、何とも他力本願の考えしか湧いてこない。


しかし、思い返してみれば、今回は最初から何をやっても裏目に出てしまった。

最初は受付嬢に問い詰められた際、もう少し丁寧に説明しておけばここまでの事態にならなかったんじゃないだろうか……次に副団長との模擬戦も、相手の力量を確認してから倒せば、あんなにも激高されなかった気がする……更にオレ達の身分を明かすのも、もう少しやり方があったはずだ。


最後に団長との最初の話し合いでもそう。オレは最初に「絶対に迷宮主とは戦わない」と宣言してしまっている。

これで「やっぱり戦おうと思います」なんて、どの口が言うって話だ。


その場では最善手のつもりで動いたはずなのに、結果的には悪手を打ち続けてしまっている。

この調子では団長側に付いた事にも、後々 悪影響が出てくるのでは無いだろうか?


あー、もう、いい加減ストレスでハゲそうだ。いっそ全部放り出して帰りたくなってきた……オレは早く帰ってアシェラのお腹を撫でたいんだよ! 手紙には最近少し膨らんできたって書いてあったし、もしかして動くんじゃないか?

それに、オリビアやライラも寂しがってるって書いてあったし……


うぅ……帰りたいー帰りたいーあったかい我が家へ帰りたいー。

ぐすっ、サッサと終わらせて帰ろう。うん、それが良い。


軽いホームシックにかかってしまったが、アシェラ達の顔を思い出したら少しだけ元気が出てきた。

改めて周りを見ると、団長達は相変わらず怯えており、直ぐにでも逃げたそうにしている。この様子では絶対にレッサードラゴンと戦うなんて納得しないだろう。


もう、こうなったら最後の手段を使うしかない!

最後の手段……それは、コッソリとレッサー君に局所ソナーを打ち込む事である!


局所ソナーなら団長や騎士、バジル達には感知出来ないはずだ。しかも、目に見えて何かをするわけでは無いので、オレが何かやったなんて気付かれない!


後はルイス達に団長達を避難させてもらって、オレ1人でレッサー君を倒せば全ての条件をクリアできる!

これ、完璧な作戦じゃね?


早速、人族語で『局所ソナーを使う』と小声で囁くと、ルイス、ネロ、カズイの3人は呆れた顔で見つめてきた。

何だね、君達? これが全てを丸く収める手段なのだよ。


ホームシックにかかった私には、既に怖い物など無い! 恨むんならこんな茶番に巻き込んだ副団長と団長を恨むが良い!

えぃ、局所ソナー!


有無を言わず、いきなり局所ソナーを打ちこむと、レッサードラゴンは閉じていた目を開け、ゆっくりと起き上がりこちらを睨みつけてくる。


「う、うわ! ど、ど、ど、ドラゴンが起きた!」「や、やばいぞ! に、逃げろ!」「……ドラゴンが……もぅ、終わりだ……ルル……こんな所で散る父さんを許してくれ……」


突然の事に騎士達はパニックに陥り、まともな判断すら出来そうにない。

そんな中、団長は違った。


「お、落ち着け! す、直ぐに撤退する! アルド君、しんがりを頼む。他の者はアルド君の援護だ!」


驚いた事に、団長は怯えながらも的確な指示を出して「撤退」を宣言したのだ。

普段は少し臆病で積極性に欠いていたとしても、絶体絶命の場面では勇気を振り絞り皆の先頭に立つ事が出来る……どうやら団長にも人の上に立つ資格があったと言う事か……


少し嬉しくなり笑みをこぼしていると、呆れたルイスの声が聞こえてくる。


『お前なぁ……もう少し考えろ。タイミングってもんがあるだろうが。騎士達を見て見ろ。半泣きじゃねぇか』

『あー、スマン。良い案が浮かばなくてな。でも土壇場での団長の勇気は見れた。あの人にも上に立つ者の資質はあるって事だ』


『そうだな。意外だったが、騎士達よりよっぽど肝が据わってる。まぁ、今のままでは問題はあるにしても、将来は立派な長になるかもしれないな』

『ああ、オレ達が干渉して、どうしようもない者がトップになったんじゃ寝覚めが悪いからな。取り敢えずは良かったよ』


『まあな……おっと、もうゆっくり話してる時間は無さそうだぜ。アルド、オレ達は団長達を4階層へ逃がす。レッサードラゴンは任せて良いんだよな?』

『任せてくれ。アイツを倒したら、そのまま迷宮を解放する。その後はもう魔物が湧く事は無いが、全ての魔物は迷宮から解放されるからな。恐らくは今までと行動が変わるはずだ。レッサードラゴンを倒した後は、安全を見て一度 5階層に戻って休んだ方が良いかもしれない』


『分かったぜ。そう言ってる間にもレッサードラゴンが来た。じゃあ、4階層で待ってるぜ』


それだけ告げると、ルイスは団長達を連れて4階層へと向かって行った。

さてと、後はお前を倒せば、おおよその事は終わる……なぁ、レッサー君よ?


目の前にはレッサードラゴンが立ち塞がり、眠りを妨げたオレを怒りの籠った目で見つめている。


ガァァァァァァァァァ!!!


いきなりの咆哮だっだが、こちとら地竜と風竜の2匹を倒したドラゴンスレイヤーである。

今更レッサー程度の咆哮で、恐慌の状態異常などかかるわけも無い。


『先ずは少し遊んでもらうぞ。流石に瞬殺じゃあ、言い訳が面倒だからな』


ルイス達が逃げるのを背に、オレはレッサー君と戦うべく、空へと駆け出していくのであった。






レッサー君との戦いを始めて30分が経過した。

そろそろルイス達は4階層へ逃げられたはずだ。


であれば、オレも本気を出して戦おうと思う。

実はここまでの間、ひたすらレッサー君の攻撃を躱し続けていただけで、未だに一切の攻撃を仕掛けてはいない。


これには理由がある。追い詰めると、以前の風竜戦のように魔瘴石を取り込んでの自爆特攻をしかねない。


幾らレッサー君とは言え、魔瘴石のドーピングは流石に驚異である。

エルやアシェラと一緒なら兎も角、ソロで頼る者のいない今、安全を第一にしたのだ。


「そろそろ本気を出す。せめて苦しまないように倒してやる!」


どうせ素材も回収出来ないし、あまりに綺麗すぎる死体は、団長達にいらぬ警戒をさせかねない。

更に万が一にも魔瘴石を吸収させないよう、先ずは翼……レッサー君の足を奪うべく、魔力武器(大剣)を出して吶喊した。


オレの纏う空気が変わったためか、レッサー君は距離を取ろうとする。

しかし、レッサー君程度の速さで、全力のバーニアから逃げる事など出来る筈も無かった。


狙いは右の翼……未だに修行中である単一分子の刃に超振動を発動し、すれ違いざまに大剣を振り抜く!


一閃


どうやらレッサー君は何が起こったのか理解できなかったらしい。オレに怒りの目を向けブレスを吐こうと口に魔力を貯めるが、既に右の翼は無くなっている。

憐れ……きりもみしながら落ちていく……


「いつも、ここで調子にのって酷い目にあうんだよな……今日は安全第一でいこう。先ずはっと、魔瘴石は異常無いな。レッサー君の姿は……土埃で見えないか。視界が通るまで待機した方が良さそうだ。念のため、魔瘴石とレッサー君の間に移動してっと。これで魔瘴石を吸収しようとしても、その前に倒せる」


安全ため魔力盾を出し、土埃が晴れるのをジッと待つ。

徐々に視界が通り、顕わになったのは……どうやらレッサー君は頭から落下したらしい……落下の衝撃で、首まで埋まってしまった憐れな亡骸が鎮座していた……。


お前、着地失敗したのか……まぁ、きりもみしながらじゃあ運次第だってのは分かるけど……もうちょっと、こう、何かあるんじゃないかな?

一応、最強と言われる竜種なんだからさ……


レッサー君を見て、何とも言えない感情が湧いてくるのを、止められなかったのである。




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