第404話鱗の迷宮 part4

404.鱗の迷宮 part4






『ネロ、右からくるぞ!』

『分かったぞ! あっ、ルイス、奥からまた来てるんだぞ!』


『マジかよ。一体どれだけ来るんだよっと……カズイさん、ネロの援護を。ネロ、悪いが頼らせて貰うぜ、奥を頼む。ここはオレが一人で何とかする!』

『分かったよ、ネロ君の援護は任せて』

『分かったぞ。奥に行ってくるんだぞ!』


ルイス達の必死の戦闘の背後では、不気味な唸り声のような音が鳴り続けている。

これはオレも始めて経験する「警報」の罠だ。


安全を確保しながら進んでいたものの、騎士の1人が罠を踏んでしまった。

今は途切れる事の無いラプトルの群れを倒し続けている所である。


そう、この4階層の魔物はレッドラプトル。

鱗の迷宮らしく、小型の恐竜の魔物だ。


体高は2メードほどで、形はティラノサウルスをまんま小さくしたような形である。

更に色は赤を基調とした、茶色のまだら模様。


体表は、触れば何かの病気になりそうほど毒々しい。

そのレッドラプトルが次から次へと現れ、終わりの無い戦いを続けているのである。


『くそっ、きりが無い! アルド、団長達は頼むぜ。そっちまで手が回らねぇ!』

『任せろ!』


ルイス達に正面の処理を任せ、オレは背面と右の通路からやって来るラプトルを殲滅していく。


「バジルさん、まだ警報は壊せないんですか? そろそろ限界です!」

「もう少しだ。後 少しで開きそうなんだ! 何とかもう少し耐えてくれ!」


「警報」の罠は、一定範囲の魔物を全て呼び続ける罠なのだそうだ。

一度 発動すると、範囲内の魔物を呼び尽くすか罠自体を壊すまで鳴り止む事は無い。


今はオレ達が魔物を抑えている間に、バジルとナナイが罠を破壊すべく、床に偽装されている罠の表面を壊している所だ。


「よし! 開いたぞ!」


そうバジルの声が響くと同時に、警報の罠から黒いモヤが湧き出してくる。

数秒が経った頃には、魔物を呼ぶ呻き声とモヤは最初から何も無かったかのように消え去っていた。


『よし、罠はバジルさんが壊してくれた。後は目の前のラプトルを倒すだけだ!』

『分かったぜ。聞こえたか? ネロ、カズイさん。目の前のラプトルで終了だ』

『分かったんだぞ!』

『了解、目の前の敵に集中するよ』


こうして数分の後には、一人の脱落者も出さずレッドラプトルを殲滅し尽くしたのである。






『ふぅ、何とか終わったな……流石に疲れたぜ……』

『お疲れさん……オレ達だけなら空中に逃げれば何とでもなるが、団長達はそうはいかないからな』


『分かってるよ。ただ、今の戦闘でもアイツ等、団長様を中心に縮こまってただけだろ? あれじゃあ、下の者が副団長になびくのもしょうが無くないか?』


ルイスからの言葉にオレは苦笑いで返すしか出来ない。

確かに騎士団と言うのは、その領における最大最強の武力である。


その長ともなれば、時として先頭に立ち部下を鼓舞する気概が必要になるはずだ。

実際に一騎打ちをしてみせろとまでは言わないが、先陣を切る覚悟だけでも持って欲しい。


ルイスの言葉は、戦いの間 ずっと騎士の後ろにいた団長へ向けた言葉である。


『オレ達が言ってもしょうが無い事だよ。それより、もうそろそろ次の階層へ向かう階段があるはずだ。迷宮主がいるはずだからな。気を引き締めよう』

『ああ。しかし、迷宮主か……竜種だって話だよな? ワクワクしてくるぜ』


そう言ってルイスは子供のように笑い、気力を漲らせている。


『見るだけだからな? 絶対に戦わないぞ?』

『分かってるって。このメンバーで竜種に挑もうなんてバカは言わねぇよ。オレも無駄死になんてしたくねぇからな』


こうして団長へのモニョる物を抱えながら、更に奥……5階層を目指していく。






レッドラプトルを倒しつつ、1時間ほど進むと下層へ下りる階段を見つけた。

中は薄暗く、覗き込んでも数メード先しか窺い知る事は出来ない。


まるで冥府へ続くかのような闇は、見ているだけで人の根源的な恐怖を呼び起こしてくる。


『ゴクリ……い、いよいよ迷宮主か……流石に雰囲気があるな……」

『お、オレも緊張してきたんだぞ……』

『僕もだよ……まさか僕が迷宮の最深部に辿り着けるなんて……アルドに会う前なら信じられないよ……』


3人はそれぞれの言葉を吐き、緊張の面持ちで地下へと続く階段を見つめている。

そんな中、この緊張に耐えきれなかったのだろう。恐怖を顔に張り付けた1人の騎士が、悲痛な声で口を開いた。


「も、もう十分だろ! ここまで来れば団長の勝ちは揺るぎない! この先へ行く必要なんて無いはずだ! 引き返しましょう! だ、団長もそう思いますよね?」


必死の形相の騎士は、縋るように団長へ詰め寄っていく……


「そ、そうだな……確かにダン達はここまでは来られないはずだ。あ、アルド君、どうだろう、ここらで引き返すと言うのは?」


各自の顔を見ると、騎士達は全員が団長の背後に立ち、必死な形相で撤退を懇願してくる。

対するルイス達は、不満気な顔を隠そうともせず、最下層に降りようと主張してきた。


バジルとナナイは、どちらでも構わないらしく傍観の構えである。


『アルド、ここまで来て降りないつもりかよ? それにボーグのオッサンからも、地竜の皮を頼まれてるんだろ。何も戦おうって言ってるわけじゃない。ちょっと行って迷宮主を確かめるぐらい何てこと無いはずだぜ?』

「な、何を言ってるんだ、獣人語で話せ! そもそも、お前達は団長の探索の露払いに雇われた者達だろう! だったら団長が引くと言えば引くのが当たり前だろうが!」


『おい、アルド。このオッサンが何を言ってるか分からないが、どうせこの様子じゃ、臆病風に吹かれた事しか言ってないんだろ? 放っておけ。怖いならここで待たせておけば良いんだよ。どうせコイツ等だけじゃ、地上へなんて辿り着けないんだから』

「おい、お前! 言葉が分からないからってオレを侮辱してるだろ! その態度で凡その事は分かるんだぞ!」


あー、言葉が通じなくても、お互い悪口は分かるんですね……アナタ達、恐ろしい事に会話が成り立ってますよ?

オレだけじゃなく、獣人語と人族語が話せるネロとカズイも微妙な顔でやり取りを見つめている。


しかし、確かにルイスの言う通りだ。ここまで来て迷宮主の顔を見ずに帰るのは流石に勿体無い。

行って帰って来るだけなら1時間もかからないのだから……


『ルイス、話してみるから ちょっと待ってくれ』

『……分かったよ。でもな、コイツ等、ここに来るまでもおんぶに抱っこで、自分達では何もしてないんだぜ。そんな奴等の言う事なんて聞く必要は無いだろ』


『分かったって。何とか下りられるように話してみるから。な?』

『……』


ここまでルイスが言うのは珍しい。普段は他人の良いところも悪いところも冷静に判断して意見を言うのに……

恐らく団長達が、市井の者であれば何も言わないはずだ。


しかし、彼等は全員が騎士であり、団長においては最高責任者、しかも領主の次男ときた。

ルイスには、本来 彼等が負わなくてはいけない責任を、果たしていないように見えるのだろう。


「僕の仲間が失礼な態度を取ってすみません。ただ、やはり僕達は迷宮主を見てこようと思います。恐らく1時間もあれば戻れると思いますので、皆さんはここで待っていてもらえますか?」


この言葉に騎士達は、全員がホッとした顔で肩のチカラを抜いている。


「ま、まぁ、自分達だけで下りると言うなら、好きにすると良い……」


こう返す騎士の言葉に、Aランク冒険者のバジルとナナイは口を開いた。


「オレはアルド君達に同行する。ナナイ、お前はどうする?」

「勿論 付いていくに決まってるでしょ。私も迷宮主を見たいのは置いといて、こんな所でラプトルが出たら、1匹なら兎も角、2匹だと対処出来ないわ。置いて行かれるのはごめんよ」


2人の言葉に騎士達は再び苦い顔で何かを考え出してしまう。

ルイスやバジルが焦れ出した頃、団長が口を開いた。


「アルド君、やはりどうしても下りるのだろうか? 出来れば、このまま戻って欲しいんだが……」

「すみません。私達にも予定がありまして……戦うつもりはありませんが、迷宮主の確認だけはさせてもらいます」


「そうか……分かった。であれば、私達も同行する。引き続き先行をお願いしたい」

「分かりました。ただ、迷宮主は流石に私達でもどうしようも出来ないと思います。最下層では指示に従って下さい」


「了解した……」


オレ達の会話を聞いていた騎士達は明らかに落胆した顔で溜息を吐いている。

騎士達からすると、団長にもっと強く言って欲しかったのだろう。


どう言われても結果は変わらなかっただろうが……






結局 全員で5階層に下りてきた。

やはり迷宮主がいる階層は、いつもの如く壁などの隔たりは無く、踏み固められた土地が広がっているだけだ。


「ここが最下層……私、初めて来たわ」

「最下層は迷宮主だけしかいないはずです。他の魔物に襲われる心配は無いので、皆さんは下がって付いてきて下さい」


「了解よ。ほら、バジル、もう少し下がるわよ」

「あ、ああ……ここが最下層……迷宮の最深部……」


「バジル、ボサッとしないの。アルド君、ごめんなさいね。コイツ、いつかは自分も迷宮の最下層に至って、踏破するって言うのが口癖なの。年甲斐もなく感極まっちゃったみたい」


バジルは目を輝かせながら辺りを見回している……後ろの騎士達も同じようにキョロキョロとしてるが、恐らく感情は正反対なんだろう。

そこからはオレ達が先行して、その後ろ50メードほどを付いて来てもらっている。


そして30分ほど中心へ向かって歩いていると、とうとう大きな祭壇の隣に横たわる迷宮主の姿を発見した。


『竜種……』


ルイスが絞り出すように零した言葉の通り、迷宮主は竜種だった……けど、お前、レッサードラゴンじゃね?

丸くなって眠っているので、しっかりとは判別出来ないが、ここから見る姿はどう見てもレッサードラゴンに見える……


うーん……間違いなく地竜や風竜じゃないよな……水竜は魚のような見た目で、火竜の体は燃えるような赤って聞いてるし……

やっぱりどう考えても、懐かしのレッサー君にしか見えない。


どう言う事だ? この迷宮は出来て10年しか経っていない若い迷宮と聞いてる。

もしかして、迷宮には魔物を生み出すリソースに限りがあって、雑魚を強くしたため迷宮主に回せる余裕が無かったとか?


団長達がいなければ是非アオに聞きたい所なのだが、この場に呼び出せるわけも無く……

キラキラした目をしたバジル、緊張の面持ちのルイス達、そして顔に恐怖を張り付けた騎士達を見回しながら、どうしたものかと頭を悩ませるのだった。




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