第403話鱗の迷宮 part3
403.鱗の迷宮 part3
迷宮に潜って既に4日が経った。
今は4階層へ下りる階段の前で野営地を作り、明日からの4階層探索に休息を取っている所だ。
4日目で4階層前? と、あまりに遅い進行を不思議に感じるかもしれないが、初日は夕方からの探索であり、殆ど探索できなかった。
実質3日間ではあるのだが、それにしてもここまで遅い探索には訳がある。
それは、この迷宮の魔物が他よりも強いと言う事で、団長とバジル達Aランク2人がかなりの安全マージンを取りたがったのだ。
1階層のファイアリザード、2階層のポイズンバイパー、3階層のファングアリゲータ、3種類共、速度、膂力、全てがオレにとっては雑魚同然の魔物だった。
ぶっちゃけ、姿形が違うだけでどれも似たような物である。
更にルイス達にとっても楽に倒せる魔物であり、雑魚とまではいかなくとも特に脅威を感じる敵では無かった。
しかし、それはオレ達だけの事であり、団長達は全く違ったのだ。
念のため、それぞれの魔物をわざと後ろに通し、団長達とAランク2人の混成パーティに戦ってもらったのだが、ファイアリザードは3匹、ポイズンバイパーも3匹、ファングアリゲーターに至っては2匹を相手するのに精一杯だった。
特にオレ達は迷宮に入って直ぐに空間蹴りを見せた事で、今は空を自由に動きまわっているのが大きい。
天井があるのでそう高くまで登れないものの、敵に囲まれ無いのはやはりオレ達の強みだ。
因みに、空間蹴りを見せた際、Aランクの2人は最初こそ驚いたものの直ぐに割り切って普通に接してきたが、団長や騎士からは 想像以上の武威と空を駆けるオレ達の姿を見て、少し怖がられてしまっている。
まぁ、向こうからしてみれば、寝込みを攫って監禁し、更に権力闘争に利用している現状、いつ反旗を翻されるのかと恐ろしくなるのはしょうがない事なのだろう。
こうして問題は山積みではあるが、迷宮探索 自体は至って順調に進んでおり、明日はいよいよ4階層に挑む事になっている。
『しかし、あの態度は何とかならんもんかねぇ。オレ達は猛獣か何かかって話だぜ』
こう零すのはルイスだ。団長達を完全に信用できない以上、安全を見てオレ達の会話は全て人族語で行っている。
これが余計に怖がらせているのは分かっているが、ルイスとの意思疎通も出来ないし、少しくらい怖がらせた方が良いと判断しての行動だ。
『まぁ、そう言ってやるなよ。ファングアリゲーター程度に苦戦するんじゃ、オレ達がいないと、ここから帰る事も出来ないんだ。かと言ってオレ達を無理矢理 参加させた手前、完全に信用もできないんだからな』
『自業自得ってヤツだな。精々 誰を嵌めたか身をもって味わいやがれ。今は完全に立場が逆転してるとしても、一歩間違えれば殺されててもおかしく無かったんだ。それぐらいは許されるだろう?」
そう言ってルイスは、悪い顔でチラチラと騎士達を見てはわざと怖がらせている。
確かに一時は本当に殺される可能性もあった。オレ達の武が抜きん出てるとしても、人である以上 休息は必要なのだから。
因みに団長から聞いた話では、オレ達を攫う際 扉の隙間から薬を漂わせて眠らせたと聞いている。
これからの話ではあるが、ブルーリングの外では宿だとしても交代で見張りを立てた方が良いのかもしれない。
これも一度、落ち着いたら皆の意見が聞きたい。これからも同じような事が起きる可能性がある以上、押さえる所は押さえておかねば。
そろそろ寝る段になった頃、迷宮探索を開始して初めてナナイが親しげに話しかけてきた。
「ねえねえ、ちょっと良い?」
「ん? はい、何でしょう?」
「アンタ達どうやって空を飛んでるの? 良かったら私にも教えてくれない?」
いきなりの言葉にオレ達は唖然とし、反対に団長達は身を固くしている。
「止めろ、ナナイ。お前は死にたいのか……」
「何よ、この子達、空を飛んでるのよ。アンタだって知りたいでしょ」
「あのなぁ、空を飛ぶんだぞ? 一般に広まってない以上、何処かの秘匿された技術に決まってるだろうが。ソイツ等が少し本気になっただけで、この場の全員の首が落ちるんだ。お前、本当に分かってるのか?」
「ここ数日 一緒にいて、アンタも分かってるでしょ。この子達が有無を言わず、首を刎ねるような真似をしないってのは。だったら聞くぐらい良いじゃない、ねぇ?」
いや、オレに同意を求められても困るんですけど。
「それでも赤の他人に詮索されるのは、気分の良い物じゃないだろう。お前の頭は飾りか? 少しは考えろ。だから直ぐ男に捨てられるんだ」
「あぁ? テメェの頭よりはしっかり中身は詰まってるっつうの! ちょっと聞くぐらい良いだろうが……金〇付いてんのかテメェ、この腰抜けが」
「き、金〇って……そ、それは少し言い過ぎじゃないか?」
あー、どうしてこのタイミングでケンカが始まるんですかねぇ。
最終的にバジルが一方的に言い負かされて、この不毛な争いは幕を閉じた……バジルが泣きそうになってるのは見なかった事にしよう……武士の情けだ。
「ふぅ……ごめんなさいね。アイツ、うるさいのよ。小さな事でグチグチグチグチ。男のくせにみみっちぃ」
みみっちぃ とか! 男として最大限の侮辱だぞ、それは……
憐れバジル、見事な死体蹴りを見せてもらったよ……
「それで、どう? 教えてもらう事は出来るのかしら?」
「すみません。これは僕の実家の秘術なんです。申し訳ありませんが教える事はできません。無理に奪おうとするなら、殺してでも秘匿しろと祖父に言われています」
軽く殺気が漏れていたのだろう。ナナイはゴクリと喉を鳴らして、それ以上 口を開く事は無い。
「それと、出来ればこの探索で見た僕達の事は、あまり口外しないでもらえると助かります。勝手を言ってすみません」
「い、良いのよ。分かった、分かったわ。アナタ達の事は絶対に誰にも話さない。誓うわ」
「あ、そこまでしてもらわなくても……むやみやたらに広めなければ問題ありませんので。親しい人との会話で話す程度は構いませんよ」
「……本当に? 後で殺しにこない?」
「行きませんよ! そんな事でいちいち人を殺してたら、僕は殺人鬼になっちゃうじゃないですか!」
オレの食い気味のツッコミを聞き、バジルとナナイはやっと笑みを浮かべてくれた。
それからは眠るまでの僅かな時間ではあったが、この辺りに魔物や植物の植生を教えてもらい、オレ達は旅の間にあったくだらない出来事を話していった。
「そうか、君達はフォスタークから来たのか。こんな遠くまで何を……っと聞いても良いのかな?」
「構いません。そう言っても大した理由は無いんですが……しいて言えば世界を見たかって事ですかね。後は武者修行の旅を兼ねてます」
「なるほど。それだけの強さは、絶えず武を磨き続けた結果と言う事か……私も後5年若かったら、同行を願い出たんだがな」
「現実は楽しい事ばかりじゃないですけどね……」
「それはそうだろ。それでも自分の目で世界を見て回る……冒険者なら誰もが一度は心に描く光景だ……」
バジルの少年のような顔で発した言葉の後に、何故かナナイが爆弾を投げつけてきた。
「私は付いて行ってあげても良いわよ? 勿論 婚期を逃しちゃう事になるから、誰かに責任を取ってもらうけど……どう?」
これはどう答えれば良いのか……全員がそれまでの軽口を止め、貝のよう口を閉じてしまった。
「……何よ! この沈黙は! そりゃ、少ーしだけ婚期を逃しちゃったかもしれないけど、まだまだ若い子には負けないわよ!」
尚も声一つ上がらない周りを見渡し、ついにナナイは言っちゃいけない事を言い出した。
「分かったわよ! 見せれば良いんでしょ! 私だって脱いだら凄いんだから!」
おま、何言ってるんだよ! 男ばかりの迷宮探索で裸を見せようとするとか!
しかし、全員が止めようとはするが、誰もがナナイに一歩 踏み込もうとはしなかったのである……もう、バジル貰ってやれよ、お前 仲間だろ?
こうしてバカな事をしつつ、バジルとナナイ、2人との親交? を深めたのであった。
迷宮探索5日目の朝。昨晩はナナイが盛大にやらかしてくれた。
熟れた女性の半裸など……ごめんなさい、大好物です! 無性にアシェラ達に会いたくなっちゃったじゃないか。
ハァ、早くブルーリングに帰りたい……しかし愚痴っていてもしょうがないわけで……気を取り直して、ルイス達へ声をかけた。
『今日からいよいよ4階層だ。魔物の情報も無い以上 安全を第一に進んで行こう』
『ああ、そこの団長達の様子から見ても、恐らく副団長はここまで来れないと思うがな。ただ折角ここまで来たんだ。行ける所まで進みたくなるのが人情ってもんだぜ」
『オレは迷宮主が見てみたいぞ!』
『迷宮主……ちょっと怖いけど見るだけなら僕も興味があるかも』
団長達は悲壮な顔で荷物を背負い出してるのに……何なんだろう、この温度差は……
団長達は既に勝ちはほぼ確定している以上、凄く帰りたそうな空気を醸し出しているのだが、どうやらオレ達に配慮して言い出せないらしい。
やっぱり人を無理矢理 権力闘争に巻き込んだりするから、バチが当たったんじゃないかな?
可哀想だとも思うが、もう少し辛抱してほしい。
何故ならオレも、ここまで来たなら迷宮主の顔ぐらい見て帰りたいからだ。
ここの迷宮主が地竜なら、ボーグから頼まれていた皮の件もある。
後日、エル達を連れて再度挑んでも言いわけで……
まぁ、そうは言っても先ずは4階層を越えないと、お話にならないのではあるが。
ふぅ……じゃあ、楽しい楽しい、迷宮探索を再開するとしましょうか。
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