第402話鱗の迷宮 part2
402.鱗の迷宮 part2
街で買い出しをした次の日の朝。
オレ達は日が昇り始めたと同時に1階にある応接間へとやってきた。
「おはよう、諸君。今日から迷宮に潜る事になるわけだが、メンバーを紹介したい。付いて来てくれ」
それだけ言うと、団長は足早に歩いていき、玄関の外に停めてある馬車へと移動していく。
「では紹介しよう。右から騎士のゾーイ、ルッツ、ザザ。それから迷宮内の道案内を頼む、Aランク冒険者のバジルとナナイだ。バジルとナナイは他の冒険者と合同で、鱗の迷宮を3階層まで潜った経験がある。道中は当てにして良い」
「紹介にあずかったバジルだ。よろしく頼む」
「ナナイよ。よろしくね」
団長に紹介された冒険者の片方は、驚いた事に女性だった。何かのレザーアーマーを着込み、見える素肌には歴戦の傷跡が見える。
「よろしくお願いします。アルドです。今回は僕達のパーティが先行させてもらいますので、迷宮内では道案内をお願いします」
「それなんだがな、お前等、本当に4人で先行するのか? 見た所、成人してそんなに経ってないだろ。本当に大丈夫なのか? こう言っちゃ悪いが、怪我でもされて足手纏いになられても困る。人を1人運ぶのはかなりの労力を割く必要があるからな……」
「そうよ。何なら私がそっちのパーティに入ってあげても良いわよ? お姉さんが手取り足取り教えてあげるわ」
「ナナイ、若いヤツを揶揄うな。今は真剣な話をしてるんだ」
「なーに? 妬いてるの?」
「は? お前に? ハッ、そんな事は天地がひっくり返ってもありえねぇ。もう一回、鏡を見直したらどうだ?」
「……テメェ、今、なんつった……このナナイ姉さんに魅力が無いだと? 切り落としてやるから×××出せ……ほら、頭のおかしいテメェには要らねぇモンだろうがよ」
えー、何この人……お世辞にも美人では無いが、20代後半で気の良いお姉さんって感じだったのに……今は場末のスナックのママのような空気を醸し出している。
それから騎士の1人が仲裁に入り、何とか事態は沈静化した。
「本当にスマンかった。コイツがいきなりキレるから……行き遅れてるもんだから、直ぐ辺りへ当たり散らすんだ……全く、敵わんぜ」
おい、お前、全くさっきの事 反省してないだろ……ナナイさんが後ろでドス黒いオーラを出してるぞ。
再度の騎士の仲裁で、バジルは貝のように口を閉ざしている。お前はそうしててくれ。それが全て丸く収まる方法だ。
「改めてよろしくね。でもバジルのアホが言った事は事実よ。アナタ達、本当に戦えるんでしょうね……迷宮探索は遊びじゃないわ。1人が怪我を負えば誰かの負担になる。悪いけど、実力を見せてもらえないかしら?」
なるほど。バジルとナナイはAランクだけあり、言っている筋が通っている。勿論 いきなり喧嘩しだす必要は無かっただろうが……
確かに誰かが怪我を負って抜けたりすれば、その穴を埋める必要があるし、最悪は探索自体が中止になる。
この2人は要になるだろう先行パーティに、オレ達が相応しいのかを聞いているのだ。
面倒ではあるが、軽く実力を見せようと足にチカラを入れた所で、オレより先に前に出た者がいる。
「オレが実力を見せるんだぞ。どっちでも良いからかかって来るんだぞ」
ネロは楽しそうに、2人へ向かって口を開いた。
「ヘェ、可愛らしいネコちゃんねぇ。外見は似ているけど、私はトラの獣人族よ? 相手になるのかしら?」
「お前なんかに負けないぞ。簡単に倒してやるんだぞ」
「面白いわ……ここ最近 私に挑むヤツも見なくなったし。久しぶりに坊やの相手をしてあげる。ただね、私は加減が苦手なの……ちょっと痛い思いをするだろうけど許してね」
「サッサとかかってくるんだぞ。お前、口ばっかりでウルサイんだぞ」
「……ガキが。靴を舐めさせてやる」
そう呟いた瞬間、ナナイは腰の短剣を抜き放ち、ネロへと真っ直ぐに襲い掛かっていく。
狙いはネロの右肩。鋭い刺突が向かって行く中、当のネロは何でもない事のように躱してナナイの横に立っている。
「もっと真剣にくるんだぞ。これじゃあ、オレの実力が分からないぞ」
「このガキ! 吐いた言葉は飲み込めないって事を教えてやるよ!」
それからもナナイは短剣を振るい続けるものの、ネロは得意の足を使って躱していく……自身は一切の武器すら抜かずに。
その姿は舞うようでもあり、遊んでいるようにも見えた。
「こ、この……ハァハァ……こんなガキに……ハァハァ……ありえない!」
ナナイは滝のような汗をながしてネロを睨みつけている。
反するネロは余裕かと思えば、同じく滝のような汗を流していた……ダメじゃん! おま、メロウとの模擬戦と変わってないじゃん!
これじゃあ、前と同じだろうが! 安〇先生に、「ダメだ。まるで変わって無い」って言われるぞ!
どうやらネロは、未だに足とそれ以外の身体強化の調整が出来ていないようだ。
確かに互いの身体強化を合わせようとすれば、足の方を1段下げるしか無いわけで……わざわざ弱くなると分かっているのに、やりたくないのは分かるが。
これは一度 ネロと話し合う必要がありそうだ。
今のネロならナナイ程度、ここまで消耗する必要は無い。
全てに全力で挑むネロの姿勢は好感を持てるが、持久力を犠牲にしてでは意味が無いのだから。
圧倒的に速度の差があるにもかかわらず、両者共に疲弊すると言う意味の分からない模擬戦を前に「終了」の声が響いた。
団長だ。勝手に始めて勝者も曖昧、しかも加速度的に疲弊していく両者の姿に呆れた顔で中止を宣言したのである。
「2人共、実力は見せてもらった。両者共、そのチカラがあれば十分だ。存分に迷宮探索にチカラを尽くしてほしい。勝手に始めた勝負ではあるが、今回は引き分けとする」
傍から見ればネロの圧勝だったのは間違いない。今のはAランク冒険者である、ナナイへの配慮だったのだろう。
その証拠にナナイは少し考えてからネロへと口を開いた。
「ごめんなさい、少し熱くなっちゃったわ……アナタのチカラはしっかりと見せてもらった。それだけ強いのなら先行しても大丈夫ね。一番強いアナタがリーダーとして先行組を引っ張って頂戴」
ナナイの言葉にネロは訝し気な顔で口を開く。
「オレなんかより、アルドの方がもっともっと強いんだぞ。それにリーダーはルイスだぞ。お前の言ってる事は意味が分からないんだぞ」
「え? アナタより強い子がいるの? マジで? しかもリーダーはその子じゃない?」
「オレなんかアルドの足元にも及ばないんだぞ。それにルイスは凄いリーダーなんだぞ。ルイスの指揮にはアルドもオレも全然かなわないぞ」
オレ達のパーティと団長以外、全員がネロの言葉に呆けた顔を晒していたのだった。
顔見せの後、団長に促されるまま直ぐに馬車に押し込まれてググの街を発つ事になった。
今は3台の馬車の1台に、ルイス、ネロ、カズイと一緒に揺られている。
『何時まで乗ってれば良いんだよ……尻が痛くなってきたぜ』
こう愚痴を零すのはルイスだ。
獣人語を話せないために、出発する際に言っていた団長の言葉を聞き取れなかったらしい。
『昼過ぎには着くみたいだ。そこで準備を整えて休憩を入れた後、直ぐに潜るって言ってたな』
『は? それだと夕方になるだろ。そんな時間から迷宮探索とかバカじゃないのか?』
『条件は副団長も同じらしいからな。少しでもリードしておきたいんだろ。気持ちは分かるが、意味も無く疲弊するのがオチだ』
『分かってるなら何で言ってやらないんだよ? 明日の朝から潜った方が安全に余裕を持って探索できるって』
『バジルさんとナナイさんがお前と同じ事を団長に言ってたよ。ただ団長も理解はしてるが、どうしても副団長に出し抜かれるのが怖いみたいだ。あの辺りの胆力の無さが副団長に付け入られてるんだろうな。きっと実戦経験が少ないのが原因じゃないかと思う』
『なるほど……団長は団長で問題があったって事か……』
『ああ、指揮官はドッシリ構えてないと下が不安になる。個の強さ云々だけじゃなく、団長にも問題があったんだろうな』
『そりゃそうか。幾ら個の武があったって、それだけで騎士団が真っ二つになんてなるわけ無いわな。こうなると、このまま団長に付いてるのが正解なのか不安になってくるぜ』
『……もうサイは振られてるんだ。今更 乗り換えは出来ないだろうな』
『だな……ハァ、こんな権力闘争に首を突っ込む羽目になるなんて……本当はお前の時間を無駄になんか出来ないのに……』
ルイスの溜息が響く中、こうして ふたを開けてみればどっちが勝っても大して意味の無い戦いに巻き込まれながら、馬車に揺られていくのだった。
予定通り昼過ぎには鱗の迷宮に辿り着いた。しかし既に副団長の一団は到着しており、忙しそうに野営の準備を始めている。
あの様子から見ると、どうやら副団長達はここで野営をし、明日の朝から迷宮探索を始めるのだろう。
団長からの話では、副団長は猪突猛進で猪武者のような性格だと言っていたが、ちゃんと状況判断が出来ている気がする。
勿論 模擬戦で負けを認めずいきなり激高した件や「面白そう」と言う理由でオレにちょっかいを出した事は忘れていない。
そんな事を考えながら荷物を降ろしていると、不意に声をかけられた。
「おい、そこのお前、確かアルドと言ったな。少し話しがある。こっちに来い」
振り返ると、そこには少し苛立たし気な空気を出した副団長が立っているではないか。
「私ですか?」
「ああ、お前だ」
いきなり敵対関係の副団長に声をかけられるとか……どうして良いのか分からずに団長を見ると、小さく頷かれてしまった。
えー、行けって事? 面倒事の匂いしかしないんですけど……
しかし、無視するわけにもいかない訳で、しょうがなく副団長の前へと進み出た。
「模擬戦を見ていた部下から聞いたが、お前は本当に理解できない速さで動いて、オレの意識を刈り取ったらしいな……」
「えーっと、まぁ、そうですね、はい……」
「……幻術でもかけられたと思って真剣を抜いてしまった。悪かったな……ただ勘違いするなよ? お前達のウィンドウルフに対する嫌疑は晴れていない。オレが団長になったらしっかりと聞かせてもらうからな! 話はそれだけだ」
そう言って副団長は自分の野営地へ戻ってしまった。
うーん……これはどう判断すれば良いんだろう。
もしかして短気で浅慮ではあるが、副団長は悪い人では無いんじゃないか?
こうして2人の人となりを見て思うのは……団長と副団長って、立場が逆なら上手く噛み合うような気がするんですが……
少し臆病ではあるものの、理知的で堅実な意見を出す団長……対して大雑把ではあるが間違いを認める度量があり、個の武と言うカリスマを持つ副団長。
2人が逆なら、冷静で堅実なNO2に、大らかに受け止められるトップになる気がする。
あー、何かとんでもない失敗をやらかしてる気がしてきちゃったよ。ただ、今更どうしようも無いわけで……
だから権力闘争なんて物に首を突っ込んじゃいけなかったんだ。
何とも言えない気持ちを感じながら、オレは空を見上げる事しか出来なかったのである。
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