第401話鱗の迷宮 part1

401.鱗の迷宮 part1






大まかな方針を決めた後、夜は交代で見張りをし、食事は荷物の中にあった干し肉と黒パンで過ごさせてもらった。

信用出来ない相手が用意した物を、どうしても食べる気にならなかったのだ。


これはかなり失礼に値するのは間違い無いが、団長は苦笑いを浮かべながら許してくれた。



「おはよう。襲撃が無くてホッとしてるよ」

「おはよう。そりゃそうだろ。迷宮探索をさせようって相手を襲っても意味は無いだろ。やるなら探索の後だろうぜ」

「おはようだぞ。夜に何度か気配があったけど、たぶんオレ達を警護してたんだぞ。意識がオレ達の方じゃなく、外に向いてたような気がするんだぞ」

「そうなの? 僕は全然 気付かなかったよ。そんな事まで気が付くなんてネロ君は凄いね」


何かネロの成長が凄い。他人の意識の向きが分かるとか、意味が分からないんですが……

尤もネロなので、何となくそう思ったって事を口に出しているだけかも知れないが。


軽く干し肉を囓りながら他愛ない会話をしていると、唐突に扉をノックする音が聞こえてくる。


「……はい、何でしょうか?」


少しの緊張と共に返すと扉の向こうからは、メイドと思われる女性の声が返ってきた。


「おはようございます。バジル様がお話をしたいとおっしゃっています。差支え無ければご案内させて頂きたいのですが」


時計を見ると針は8時を指している。少し早い時間であるが、団長としては直ぐにでも話を纏めたいのだろう。

こちらとしても本当に迷宮に潜るのであれば、急いで準備しないといけない物が沢山あるわけで。


お互いの思惑が合致し、直ぐに案内をお願いする事にした。






「おはよう。良く眠れたかな?」


応接室には団長が座り、薄い笑みを浮かべながら当たり障りない言葉をかけてくる。

向こうもオレ達の事を完全には信用していないのだろう。団長の後ろには完全武装の騎士が2人立っていた。


「はい。過分な配慮、ありがとうございました。全員がしっかり休息を取る事ができました」

「そうか、それは良かった。先ずは座ってくれ」


「はい」


オレ達4人が促されるまま団長の対面のソファーに座ると、更に団長の言葉が続く。


「急かして申し訳ないとは思うが、昨日の返事を聞かせてほしい。どうだろうか?」

「その件ですが、話を受ける前に幾つか確認したい事があります」


「何かな? あまり焦らされるのは好きじゃないんだが、分かる事なら答えよう」

「鱗の迷宮について分かっている事を教えてください。特に罠の種類と出現する魔物の種類、それと可能であれば迷宮主の情報を……」


「なるほど。確かに迷宮に潜るのであれば、必要な情報だな。サージ、説明を頼む」


団長が後ろの騎士に話しかけ、サージと呼ばれた男が口を開いた。


「ハッ、先ずは判明している罠の種類ですが…………」


勝負に負ければ廃嫡される以上、真剣に調査されていたのだろう。サージは鱗の迷宮について、思ったより細かな情報を教えてくれた。

罠の種類は、落とし穴、毒、麻痺に加え、「警報」と言う物があるそうだ。


これは踏むと大きな音が鳴るもので、近くの魔物を呼び寄せてしまうらしい。フォスタークで潜った迷宮には無かった、オレも初めて聞く罠である。

未知の罠はあったが、どうやら危惧していた転移の罠は無いらしい。思わずホッと胸を撫で下ろしてしまった。


次に魔物の種類は名前の通り、鱗を持つ魔物が出るそうだ。

具体的には1階層には懐かしのファイアリザード。2階層にポイズンバイパーと呼ばれる蛇の魔物。3階層にはファングアリゲータ、これはワニの魔物なのだとか。


しかし、4階層の正確な情報は無く、実際に潜ってみるしか無いらしい。

一説には小型の竜種が出るとの噂もあるらしく、楽観視できる情報では無かった。


そして5階層……最悪な事に迷宮主は竜種であるとか……


「竜種ですか?」

「はい、4階層、5階層とも正確な情報が無い以上、人伝にはなってしまいましたが、何人かの冒険者から話を聞けました。その者達の話では「鱗の迷宮」の迷宮主はなにがしらのドラゴンであると……但し、実際に目で見た者がいたわけでは無いので、真偽のほどは分かりません」


「そうですか……分かりました」


思い返せば、オレがまだ学生の頃に踏破した「爪牙の迷宮」では、ファイアリザードは5階層の魔物だった。

それが「鱗の迷宮」では1階層で出現する……サージからの話で分かった事……この「鱗の迷宮」は出現して10年、全5階層と、若く浅い迷宮でありながら、他より魔物が1段も2段も強いと言う事である。


更に迷宮主が竜種……以前 倒した事のある地竜と風竜は、エルやアシェラと協力する事で何とか倒せたのだ。

あれからオレも強くなっただろうが、1人で討伐など出来るはずも無い。それに申し訳無いが、竜種に挑むにはルイス達では荷が重すぎる。


これはどう返事をすれば良いのか……団長はそんなオレの一挙手一投足を何も言わずに見つめている……考えた末にオレが出した結論は……


「分かりました。迷宮探索をお手伝いします。但し、条件があります。私達は迷宮主には絶対に挑みません。副団長のパーティより深く潜る事だけを目標にします……それでもよろしいですか?」

「ああ、それで問題無い。卿の協力を感謝する」


本当にこれで良かったのだろうか……いっそこのまま逃げ出した方がマシなんじゃ? そんな思いがグルグルと頭を駆け巡る中、ルイスの声が響く。


『アルド、カズイさんに通訳してもらった。話し受けるって事で良いんだよな?』

『ああ。あの副団長に竜種を倒せるとは思えない。だったら向こうのパーティより深く潜れば良いだけだ。それなら十分に可能だと思う』


『竜種か……見て見たい気持ちはあるけど、それは次回の楽しみに取っておく。後は潜るメンバーとオレ達の役割だ。10人ともなれば大所帯になるし、オレは獣人語を話せない。いっそパーティを2つに分けてオレ達が先行した方が良いんじゃないか?』

『そうだな……お互い連携が未知数な以上 団長のパーティに組み込まれた方が返って危険か……だったらオレ達が前に出て、露払いした方が向こうもこっちも楽だな……分かった。話してみる」


黙ってオレ達の会話を聞いていた団長へ、ルイスと話した内容を話してみた。


「なるほど、卿達が先行してくれるのか。確かに私達は人族語を話せない……分かった、言う通りにしよう。それと、少ないがこれで必要な物資を揃えてくれ。卿達は私達が提供する食事では安心出来ないだろうからな。迷宮には7日間 潜る予定だ。念のため10日分の食料は用意してほしい。諸々の店の場所はサージに聞いてくれ。では私も色々と準備があるのでな。話は以上だ、失礼する」


団長は金貨袋をオレに手渡すと、忙しそうに席を発ってしまった。

やると決まればオレ達も早急に必要な物を揃えなければ……準備に使えるのは今日1日しか無いのだから。


それからはサージと呼ばれた騎士に雑貨屋や保存食の店を教えてもらい、手分けして物資を揃えていった。

保存食から敷物にもなるマントも買い、薬の類も買い足していく。


特に薬に関しては、ルイスとネロが回復魔法を使えない事から余分に買っておいた。

4人で街へ繰り出して、そろそろ陽が傾き始めた頃。


耳の奥からアオの声が聞こえ、「連絡が無いから、アシェラが心配してる。エルファスに手紙を入れてもらったから収納を見てほしいってさ。確かに伝えたからね」と聞こえてくる。

確かに一昨日出した手紙で、昨日のうちにはマナスポットを解放してブルーリングに帰ると伝えてあった。


今日になっても帰ってこないので連絡してきたのだろう。


「悪い、アオから連絡が入った。ちょっと待ってくれ」

「あー、本当なら昨日のうちにブルーリングへ帰る予定だったからな。お前の嫁さん達が心配するのもしょうがないか。じゃあ、2手に分かれよう。カズイさん、アルドの護衛をお願いします。直ぐに戻るので、待っててください。ネロ、一緒に買い出しに行くぞ」

「分かったよ。アルドの護衛を僕が出来るのかは不明だけどね」

「分かったぞ。何を買うんだぞ?」


「10日分の食料は流石に多いからな。もう1つ大き目のリュックを買いに行く。多分、お前とオレで交代に運ぶ事になるはずだ。体に合うかを確認するぞ」

「分かったんだぞ」


そう言ってルイスとネロは雑踏の中へと消えていった。

さてさて、アシェラからの手紙には何が書かれているのか……恐らく小言だろうが、それすらも愛おしく感じてしまう。


手紙には、予定になっても帰ってこないので心配している事、夕飯を作って待っていたのに無駄になったお叱り、アシェラの体調は良好で、最近は徐々にお腹が大きくなってきた件、最近いつもお腹が空いて体重が気になる等、多岐に渡る内容が書いてあった。


「アルド、楽しそうだね?」

「え?」


「顔にそう書いてあるよ。嬉しくてしょうがないってね」


思わず俯いてしまった。徐々に自分の頬が熱くなってくるのが分かる……そんなに嬉しそうな顔をしていたのだろうか……してたんだろうな。

気を取り直してカズイへ話しかける。


「すいません。手紙を読んでたらつい嬉しくなってしまって……」

「ブルーリングを発ってもうすぐ2か月だからね。しょうがないよ。そろそろ帰ってゆっくりしたいよね」


「そうですね……マナスポットは目と鼻の先で、後は解放するだけだったのに……上手くいかないものです」

「そうだね。でも無事に団長を勝たせれば、グレートフェンリルの王族に伝手が出来るかもしれないんだから。悪い事ばかりじゃないかもよ」


「ハハ……そうなると良いですけど。じゃあ、僕は報告がてら手紙を書きますね」

「分かったよ。僕は周りを警戒してるね」


「頼みます」


それからは、この2日間に起こった事を、なるべく主観を交えず客観的に書いていった。

最後に「鱗の迷宮」に明日から挑むので、団長達の目がある以上、直ぐに返事は書けなくなる件を書き入れて収納に放り込んだ。


そのままカズイと路地裏に入り込み、人の目が無い事を確認してアオを呼び出した。


「ここは……おいおい、アルド、まだグレートフェンリルにいるのかい? アシェラ達がうるさいから早くブルーリングに飛びなよ。僕が文句を言われちゃうだろ?」

「悪い、アオ。あんまり話してる時間は無いんだ。手紙に事の成り行きは全部書いてある。エルに収納を見て欲しいって伝えてくれ」


「もう……アルドはいつもこうなんだから。全く……分かったよ。僕も手紙を見せてもらう事にするよ。これで良いんだろ?」

「スマン。今度オレンのシャーベットを作ってやるから。それで勘弁してくれ」


「うっ……シャーベットに釣られたわけじゃないからね……でも絶対に作ってもらうから! 約束だよ!」


そう言ってアオは消えていく。お前、見事に釣られてるじゃないか、と心の中で盛大に突っ込んでおいた。

カズイと一緒に路地から抜けると、大き目のリュックを持ったルイスの姿が見える。


これで最低限の準備は出来たはずだ。足りない物もあるかもしれないが、この場にナーガさんはいないのだ。これ以上は難しい。

オレ達が副団長 程度に負けるとはおもわないが、迷宮は何が起こるか分からない。


改めて気を引き締め直し、ルイス達の下へと歩いていくのだった。





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