第406話ドラゴンスレイヤー part1

406.ドラゴンスレイヤー part1






レッサー君の憐れな最後を看取ってから、その足で魔瘴石のある祭壇へと向かった。

久しぶりに見る魔瘴石は、血のような赤で、禍々しい気を発している。


「以前スライムを倒した時に見たマナは、感動するくらい綺麗だったのに……人の悪意が入っただけで、こうも禍々しくなるのか……」


改めて人の業の深さを見せ付けられてしまった気分だ。

少し感傷に浸ってしまった。今はルイス達を追わないといけないし、ノンビリなどしてられない。


早速、アオとの証がある右手で魔瘴石に触れると、指輪から青い光が溢れ出してくる。

魔瘴石は見る見るうちに浄化され、数瞬の後には綺麗な青い石に変わっていた。






今は魔瘴石を収納に放り込み、団長達と合流すべく4階層への階段に向かって空を駆けている所である。

これで一連の権力闘争も終わりを迎え、オレ達は晴れてお役御免で釈放されるはずだ。


後は王への謁見だが、これについては一度ブルーリングへ飛んでエルや父さんの意見を聞こうと思っている。

やはり政治にまつわる諸々を、オレが勝手に決めるわけにはいかないわけで……


あわよくば、エルに丸投げしようなんて、これっぽっちも思ってない!

まぁ、どちらにしても、今日明日に謁見なんて話にはならないはずである。先ずは随分 遠回りしてしまったが、犬神の森のマナスポットを解放するつもりだ。


そうすれば、やっとアシェラ達に会える……それだけの事なのに、顔がニヤけるのを止められない。

これじゃあ、またカズイさんに、揶揄われてしまうじゃないか! オレは何とかニヤケ顔を抑えようと、必死になって真面目な顔を作るのだった。






結局 切り替えられず、ニヤニヤしたまま空を駆けていると、眼下には丁度 階段を下りてくるルイス達の姿があった。

驚かせないよう、ゆっくりと少し距離を取って地上へ降りていく。


『アルド! 無事だったか。急に迷宮の雰囲気が変わったから下りてきたんだ。レッサードラゴンはどうなった?』

『何とか無事に倒せたよ。ついでに魔瘴石も浄化しておいた。これで、この迷宮は死んだはずだ』


『そうか……お前の事だから問題無いとは思ってたが、こうも簡単に迷宮主を倒されると、何て言って良いか分からなくなるぜ』


ルイスとの会話に、団長が悲壮な顔で割って入ってきた。


「話している所 悪いが、れ、レッサードラゴンはどうなった? アルド君がここにいると言う事は、上手く逃げられたと言う事なのだろうか?」

 「あー、それはですね……何とかなりました……」


「何とかなった? それはどう言う事なんだろう? ここにドラゴンが来る事は無いと考えて良いのだろうか?」


倒しちゃいました、テヘペロって言ったら誤魔化されてくれないかな? 無理だろうなぁ。

そもそも、そんなふざけた態度で話したら、無表情で殴られそうな気がする……


「あー、まぁ、何とか倒せたと言いますか……辛うじて勝てたと言いますか……うん、はい……」

「は? た、倒せた……え? か、勝てたって……たった1人で、あのドラゴンに勝ったって言うのか……君は……」


「まぁ、はい、そうです……でも辛うじてですよ? 本当にギリギリだったんです。もしかして、あのレッサードラゴンは弱っていたのかも……あー、僕程度で勝てるって事はきっと死にかけだったんじゃないかなぁ……きっとそうですよ。あのレッサードラゴンは瀕死だったんです。それで僕が運良くトドメだけ刺せたんですよ。うんうん、きっとそうだ。そうに違い無い。いやー、運が良かったですねぇ」


一息に言い訳を並べると、団長だけで無く騎士達やバジル達も呆然とした顔でオレを見つめてくる。

こ、これはマズイんじゃないか? 良く考えれば、目立ち過ぎてフォスターク王家に何かしらの問い合わせでも入ったりしたら……


オレちゃん、ぴーーんち! どうしよう、どうしよう……これじゃあ、逃げ出すのと変わらないじゃないか!

軽くパニックに陥っていると、そんなオレを見て団長達は……


「す、素晴らしい!! アルド君! 君はレッサーとは言え、1人でドラゴンを倒したのか! これは偉業だ! これほどの猛者がいようとは!」

「ドラゴンスレイヤー……ど、ドラゴンスレイヤーの誕生だ!」「凄いぞ! こんな若者がたった1人でドラゴンを倒すなんて! ドラゴンスレイヤー万歳!!」「ま、まさか……本当に倒したのか? ルル、父さんは、ここにいる英雄に救われた……精霊様に感謝を……」


騎士達と団長はオレがレッサードラゴンを倒したと知り、興奮の極致になっている。

そんな中、バジルが真剣な顔で口を開く。


「あ、アルド君……き、君が倒したと言うドラゴンを見せてはもらえないだろうか? 信じてないわけじゃないんだ……ただ見たいんだ。勇者に倒されたドラゴンの亡骸を……頼めないだろうか?」


バジルの言葉で、素材やら何やらの事に思い至ったのだろう。騎士や団長も口々にレッサー君の骸がある場所を聞いてくる。


「た、確かに……ドラゴン1匹……いったい幾らになるんだ……」

「ダンへ討伐した証拠を見せる必要があるな……魔石だけでも持って帰らないと。アルド君、悪いが倒したドラゴンの場所まで案内してくれないか?」


やっぱりそうなるよなぁ。首が埋まったレッサー君を見て、また何を言われるんだか……

小さく溜息を吐いて、オレは一行を案内するのであった。






レッサードラゴンとは言え、間違い無く立派な竜種である。

牙と爪、持てるだけの皮を剥ぎ取り、最後に魔石を取っていく事になった。


さて、ここで気になるのが取り分である。

確かに団長の護衛のような形で迷宮探索は始まったが、オレ達に一切の分け前が無いのは流石に納得がいかない。


オレの顔から不満を悟ったのか、団長は慌てて追加の報酬を呈示してきた。


「あ、アルド君、相談なんだが、このドラゴンの一切の権利を譲ってもらえないだろうか? 勿論 迷宮探索の報酬とは別の話だ。そこは安心してほしい」

「報酬ですか……それは構いませんが、私は相場が分かりません。具体的にどれぐらいを考えてますか?」


団長も正確な相場は分からないのだろう。随分長い間 騎士達と相談をして金額を決めた。


「正直な所、今 この場で正確な数字を出すのは難しい……しかし、ドラゴンまるまる一匹の権利だ。安い物だとは思っていない。ただ私個人の資産には限りがあるのも事実なのだ。私が出せる精一杯……フォスタークの金で、神金貨1枚はどうだろうか?」


団長は引きつった顔で脂汗を流している。恐らくこの金額は、団長の出せる限界か少し越えてしまうのだろう。

改めて考えてみる。


地竜はドラゴンアーマーの素材を抜いても神金貨7枚以上だったはずだ。

しかし、爺さんからの話ではオレとエルの収納を使って、足の速い血と内臓を捌けたのが大きかったと言っていた。


地竜より1段 下の素材で、尚且つ足の速い血と内臓は捨てるしかない……色々な条件を加味して考えてみると、案外 妥当な金額に思えてくる。

正直な所、これ以上 雑事が増えるのは勘弁してほしいのも本音ではある。


「分かりました。それでこの素材に関しての全ての権利をお譲りします」

「お、おぉ……無理を言ってる自覚はある。卿に最大の感謝を」


こうしてレッサー君の諸々は団長に一任する事になった。

正直、今のオレ達にレッサードラゴンの素材があっても、満足に売る事も出来ないわけで。


これが地竜ならエルに頼んで収納を使い、無理にでも何とかしたのだが。

こうなったら、乗りかかった船だ。団長には精々、この素材で自分の地位を確固たる物にしてもらおう。


どうせ腐って捨てる事になるレッサードラゴンの肉は、団長の好意でこの場の全員に振る舞う事となった。

伝説とも言えるドラゴンステーキに、全員が舌鼓を打ったのは特筆しておく。


これが迷宮に潜り始め、全員揃って摂った、初めての食事であった。






延べ7日に渡った迷宮探索も終わり、やっと外の空気が吸える。

喜び勇んで外へ出ると、そこには眉根を下げた副団長が立っていた。


これは間違い無く、オレ達が出て来るのを待っていたのだろう。

何故このタイミングで……「闇討ち」そんな言葉が脳裏をよぎる。


そんなオレ達の緊張を余所に、副団長はバツの悪そうな顔で近づいてきた。


「探索の途中で迷宮の雰囲気が変わった。荷物も呑まれる事が無くなった以上、お前らが迷宮を踏破したんだな?」


副団長は、何故かオレに向かって話しかけてくる……オレじゃなくて団長へ話してほしいんですが……

団長を見ても薄い笑いを貼り付けているだけで、答える素振りすら見せようとはしない。


無視して放置するわけにもいかず、副団長へ言葉を返した。


「はい、そうです。私達で迷宮を踏破しました」

「やはりそうか。迷宮主は何だったんだ?」


「噂通り竜種。レッサードラゴンが迷宮主でした」

「ドラゴン……まさか、お前達はこれだけの人数でドラゴンを倒したと言うのか……」


驚愕した顔を晒す副団長へ、団長が口を開く。


「ダン、勘違いするな。ドラゴンはそこのアルド君がたった1人で倒したんだ。お前が闇討ちをして攫った、アルド君 1人でな」

「ひ、1人だと? そんな事、あり得るわけが……」


団長の目が冷ややかに冷たい物へと変わっていく。


「私は一切の嘘は言っていない。アルド君は本当に、たった1人で迷宮主……ドラゴンを倒したんだ。未だに一体どれだけのチカラを隠しているのか、一緒に迷宮へ潜った私でさえ見当も付かない……私は普段から言っていただろう? 世界は広い、お前の武が素晴らしいのは認めるが、所詮は数人でかかれば屈服させられる程度だと」

「ば、バカな……そんな武を持つ者がいるなんて……」


「その気持ちは良く分かる……しかし、いたんだ。そして、そんな英傑に、お前は真正面から喧嘩を売った。恐らくアルド君が本気を出せば、お前の首はとっくに落ちていたはずだ。しかも、お前は騎士団と言う公の組織を動かした……最悪は人の枠を逸脱した英傑と、領として敵対していたんだ」

「し、知らなかったんだ。こ、こんな常識外れのチカラを持っているなんて……」


「ウィンドウルフを殲滅したと、事前に情報があっただろう。にもかかわらず、勝手な行動を起こしたお前の責任は重い。せめて攫うなどと言う強攻策を取らなければ、挽回の機会もあっただろうに……」

「……」


団長の言う事は正しい。確かにこれだけの目に合わされて、この領自体に良い感情を持っていない。

しかも、前情報があったにも関わらず、勝手に嘘だと判断してオレ達を攫ったのだ。


気が短い者なら報復されてもおかしく無いわけで。

しかし、割り切れない思いはあるものの、オレ達はこれ以上 揉めるつもりは無い。


このまま副団長が排斥されるような事になれば、この地に大きな禍根が残る事になる。

母さん辺りならキッチリけじめを付けるのだろうが、ぶっちゃけ、もう、お腹一杯なのだ。


とっとと片付けて帰りたい。

自分の仕出かした事の重さに思い至り、副団長は青い顔で俯いている。


オレは小さく溜息を吐いて話しかけた。


「副団長、私はこれ以上の軋轢を望みません。きっとアナタにも立場や考えがあったのでしょう。しかし、私達がウィンドウルフを殲滅したのは、紛れもない事実です。未だに割り切れない思いはありますが、正式に謝罪を頂けるのであれば、私は受け入れようと思います」


アッサリ許すとは思わなかったのだろう。副団長だけで無く、団長までもが驚いた顔でオレを見つめてくる。

おい、ボーッと見てないで、サッサと謝れよ。もう、こっちはお腹一杯なんだよ。


少しの躊躇いの後、副団長は深々と頭を下げたのだった。



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