第78話王都へ

78.王都へ



8月の終わりとは言え、まだ残暑はかなりの物だ。

しかし馬車の中の淑女達は涼し気な様子で特に暑さは感じていない様子。


実は氷結の魔女に弟子入りして、最初に習ったのがエアコン魔法であった。

まだ完璧な制御とは言えないが、馬車の中を冷やす程度は簡単にこなす。


「快適ですねぇ」

「そうですね」

「カイテキデスー」


馬車の配置だが行きの最初と大体同じになった。

エル、マールで1台 オリビア、ファリステア、アンナ先生、ユーリサイスで1台 ルイス、ネロ、騎士で1台 メイドで2台 荷物1台だ。

エル、マールの馬車に誰か1人移動するか?と聞いたが全員が首を横に振った。あの空気に入って行く猛者はいなかったらしい。


涼しいのはエル達とオリビア達の馬車だけで他は相変わらずの暑さだ。

ルイスとネロがエアコン魔法を習えば良かったと後悔している。


次の長期連休には絶対教えて貰う。と鼻息を荒くしてるが次の連休もウチの実家に来るつもりなんだろうか。

来てもらうのは全然かまわないのだが。


(あぁ、風が気持ちいい。このまま昼寝でもしたい気分だ。そういえばピクニック行けなかったな)


オレは馬に乗りのんびりとした旅を楽しんでいた。

暫く進むと街道に馬車が一台止まっているのが見える。


騎士達は盗賊か?と緊張感を持って近づいて行く。オレは伏兵の可能性も考えて範囲ソナーを使ってみた。

範囲ソナーには特に潜んでいる人や動物はいない。


止まっている馬車に近づくと、どうも馬車の車輪が壊れてしまった様だ。商人と護衛が数人 立ち往生しているのが判る。

オレは暇なのも手伝って商人に声をかけた。


「どうした?」

「すみません。馬車が壊れてしまって。貴族の方の足を止めるつもりは無かったんです」


「それは良いんだが動きそうなのか?」

「車輪が壊れてしまいまして…車軸ならなんとかなったんですが…」


「そうか。どうするつもりなんだ?」

「馬車を捨てて歩いて次の街へ行くか。馬車の修理を呼ぶか。どちらかしか無いのでしょうが…」


「歩いてか…荷は何だ?」

「奴隷でございます」


「奴隷だと?」

「もし宜しければ貴族様に買って頂ければ助かります」


「……」

「今、乗ってる奴隷は母娘なのですが、娘は小さく、母親の方は魔道具職人だったのですが事故を起こし片足がありません。馬車を捨てた場合次の街に辿り着く事は難しい」


ノエルが近くに寄って来てオレと奴隷商人の話に割って入る。


「アルド、これ以上は話を聞くな。可哀そうだとは思うがどうしようもない」

「ノエル待ってくれ」


馬を降り奴隷商人に近づいた。


「奴隷はその2人だけなのか?」

「売った帰りだったんです。母娘は売れませんでしたが…」


「見せてくれ」

「アルド!」

「分かりました。こちらへ」


奴隷商人の馬車の中へ案内される。

馬車の中はには檻があり奴隷商人の言う通り、片足が無い母親とクララ程の年の女の子が入っていた。


2人は見るからに衰弱している。


「み、水を…」


オレの顔を見るといきなり”水”を求めて来た。


「水をやってもいいか?」

「どうぞ」


どうせ街まで持たないのなら水や食料を与える必要は無い。いつから馬車が故障していたか知らないが水や食料を与えられなかったのだろう。


「ほら、水だ」


オレは腰の水筒を渡してやると奴隷の女は自分では飲まずに娘に水筒を渡した。


「お母さん良いの?」

「うん。全部飲んで良いからね」


余程、喉が渇いていたのだろう。残そうとする素振りはあるが、奴隷の娘は水筒の水を全て飲んでしまう。


「水筒を貸してくれ」

「どうぞ…」


奴隷の娘から水筒を受け取ったオレは、魔法で水を出し水筒に水を一杯まで入れてやる。


「水だ」


奴隷娘は水筒を受け取りそのまま母親に渡す。奴隷母はやっと水を飲みだした。


「魔法使いの方でしたか。もし良ければ私共にも水を頂けないでしょうか?」

「幾ら出す?」


奴隷商人が一瞬、忌々しそうにこちらを見たが知らん顔をする。


「2人は幾らだ?」

「特別に金貨35枚でどうでしょうか?」


オレは内心”吹っ掛けられてる”と悟ったが、面倒なので言われた通りの金額を奴隷商人に払ってやった。


「ありがとうございます」


母娘は檻から出されたが母親の方は片足が無く歩く事が出来ない。


「ノエル」


オレはノエルを呼んだ。


「すまないが馬車まで連れて行ってやってくれ」

「私は知らんぞ…」


「オレが責任を持つよ」

「まったく…アルドは甘すぎる」


「すまない」

「もう良い…お前の甘い所、嫌いでは無い」


ノエルは奴隷母を背負って馬車まで連れて行った。奴隷娘はその後ろをちょこちょこと付いて行く。

2人は荷物用の馬車の中だが、そこは我慢して貰わないとしょうがない。


これでここには用は無いとオレ達は移動を開始する。

奴隷商人と別れる際にノエルが”ブルーリングの直系に金貨35枚も吹っ掛けるとは度胸がある。しっかりご当主には報告しておこう”と奴隷商人に脅しを入れている。


奴隷商人は領地持ちの貴族だとは思わなかったらしくお金を返そうとしてきたが”払った金を受け取れるか”とノエルが突っ返していた。


暫く移動すると昼食の時間になり、奴隷の母娘を馬車から降ろす。

少し痩せているが食べているのだろうか…少し心配もあり一緒に昼食に誘う。


「貴族様と一緒の食事なんて恐れ多いです。私達にお構いなきよう」

「そう言うのは面倒だからやめてくれ。大した物は無いが遠慮せずに食べろ」


オレの言葉にこの場のオリビア、エル、ルイスがそれぞれの意見を述べる。


「アルドはもう少し序列を考えた方が良いかもしれませんね。却って気を使わせる事になりかねません」

「僕は兄さまの考え方に好感を覚えますが…」

「オレもアルドの考えが好きだ。序列とか面倒臭い」


母娘はオレ達がやいのやいのと話をしてるとおずおずと食事を摂り始めた。


「食べながらで良いが名前を教えてくれ」

「は、はい。ローザと申します。こっちは娘のサラです」


「オレはアルドだ」

「分かりました。アルド様」


「オレは序列が嫌いなんだ。様はやめてくれ」

「そ、そう言われましても…」


「敬語もやめてくれ。狙ってくれと言ってるようなものだ」

「あ、なるほど…判りました。アルド…」


「それで良い」


取り敢えず名前だけは聞けた。片足の件や魔道具職人の件も聞いてみても良いのだろうか?


「話し難ければ話さなくても良い。魔道具職人だったのか?」

「はい。私の一派は代々、剣や鎧に何かを付与する事を研究しています。しかし研究中の実験で事故が起きてしまい。その事故で私は片足を無くし、賠償金で奴隷に落とされました」


「剣や鎧に何を付与するんだ?」

「今回、研究していたのは魔法の効果です。剣を振ると魔法が出る。そんな付与を研究していました」


「それはすごいな。魔剣ってやつか…」

「そうです。人工的に魔剣を作る研究をしていたんです」


「まだ研究をするつもりなのか?」

「いえ、これだけの事をしておいて研究は…」


「そうか」

「はい…」


「ただ、オレは魔道具に興味があるんだ。何か聞くかも知れんがその時は頼む」

「私で出来る事であれば、喜んで」


ローザとサラ母娘と最低限の会話は出来た。後は王都に着いて爺さんに何て言われるか…気が重い。


そこからの王都への道のりは順調そのものだった。一部、心配されていたファリステア誘拐もそんな気配はまったく無い。

オレは馬を騎士に任せ、馬車の上に乗りウィンドバレットの魔法で何が出来るかを色々と試していた。


(結局、アシェラみたいに自分の周りに待機させておいて必要に応じて射出するのが一番良いか…ファ〇ネルみたいで恰好良いし!)


1つ使い難い点がある。魔法の威力は最初に発動する時に決めておかないといけない。

例えば最初に非殺傷型で待機状態にしたウィンドバレットを後で殺傷型に変える事が出来ないのだ。


本気で戦う時には問題無いのだろうが、雑魚処理で雑魚とちょっと強い雑魚が混ざってたりすると面倒な事になるかも知れない


(それも慣れるしかないか。魔法自体はかなり使い易い。それに風の魔法だから見え難い)


ふと、遠くを見ると隊の前方300メード程の場所に木が1本生えている。オレは馬車を飛び降り、木に向かって走りだした。


途中でウィンドバレットを5個発生させ、自分の周りに展開させる。目標まで100メードの距離になった所で空間蹴りで動きを3次元的に変えた。


短剣を二刀構え5個のウィンドバレットを木の周りに配置する。


「行けー!」


オレの言葉を合図に全ての風の弾丸が木に射出された。弾丸が命中した部分は抉れて大穴を晒す程の威力だ。

そこに短剣を魔力で大剣に変化させたオレが飛び込む!大きく振りかぶり大剣を袈裟切りに振るった。


そこそこの太さがあった木が真っ二つになって倒れていく…5個の大穴が開いてるのはご愛敬。

オレが自分の動きや魔法を考察しているとノエルが馬に乗ってやってきた。


「どうした?何があった?敵襲か?」

「は??あー」


「どうした?」

「ただの練習だ…」


「は?」

「魔法の使い方を試してみたくなった…かな?」


「お、おま…」


後方を見ると馬上の騎士が抜剣して戦闘準備をしている。

エル、ルイス、ネロも鎧は着ていないが武器と盾を装備して馬車から降りてくる所だ。


オレは心の中で”やっべぇ…”と冷や汗を流す。

その様子を見てノエルは特大の溜息を吐き、大声で叫んだ。


「アルドのいつもの病気だ!敵はいない!休憩するぞ!」


ノエルの声に隊には弛緩した空気が流れるが、オレに対してはジト目で無言の抗議が集中する。

休憩に入る前にノエルに促され謝罪させられた。


「皆さん、お騒がせしてすみませんでした。ちょっと魔法の使い方を閃きまして…」


オレの謝罪に”またか”と言う空気が流れる…何故だ。


こうして特に問題も無く王都への旅は順調に進み、ブルーリングを出て6日目の昼過ぎに王都へ到着した。

城門では貴族用の門を通り、足早にブルーリング邸へ向かう。今回は一度ブルーリング邸に到着してから解散する予定だ。


程なくしてブルーリング邸に到着し、全員が馬車から降りてきた。屋敷の扉を開けて中に入ると爺さんとサンドラ伯爵が出迎えてくれる。


「まずは無事に帰った事、嬉しく思う」

「良く無事で帰ってくれた。おかえり」


爺さんとサンドラ伯爵に帰還の挨拶を受けて、今日は疲れただろうとオレとエル、オリビア、ルイス以外は解散になった。

ネロはオレの家の馬車で家まで送っていくようだ。


爺さん、サンドラ伯爵、オレ、エル、オリビア、ルイスの6人は客間へ移動する。


「アルド、詳しい報告を頼む。他の者は随時、補足を」


爺さんの言葉にブルーリング領へ向かう時に魔物を使った襲撃があった事、オークの巣の件、オーク討伐に乗じて屋敷に襲撃があった事、賊の目的、をオレの主観を交えて話した。

所々で皆が補足を入れてくれ非常に分かり易い報告だったと思う。最後にオレ、エル、ルイス、ネロで冒険者の活動を行ってランクがFになった事も伝える。


爺さんは頭を抱えて、サンドラ伯爵は最初は驚き、次に嬉しそうにルイスを見た。


「報告は以上になります」

「そうか。他の者も何かあれば言ってくれて構わんぞ」


特には誰も無い様だ。


「では引き留めてすまなかった。ゆっくりと休んで欲しい」


その言葉を聞き、オレ、エル、オリビア、ルイスは退室する。爺さんとサンドラ伯爵はまだ色々と相談する事があるのだろう。


「じゃあな。また学園で」

「ああ、またな」

「では、また学園で」

「また学園で」


オレ、ルイス、オリビア、エルの4人も玄関で挨拶をし別れた。

オレは踵をかえし、もう一度 爺さん達がいる客室へ戻りノックをする。


「アルドです。1つ報告する事があります」

「入れ…」


扉を開けて部屋に入るとサンドラ伯爵と爺さんがいた。


「何だ。皆がいる所では話し難い事か?」

「いえ。旅やブルーリング家とは関係が無い個人的な事だったので」


「話せ」


爺さんにローザとサラの件を話す。情に流されていると自分でも分かっている事。それでも目の前の命を放置できなかった事。魔道具職人として使い道がありそうな事。

そして、何とかブルーリング家に置いて欲しい。と自分の気持ちを伝えた。


「……」

「何とか置いてやって貰えないでしょうか?」


「……」

「お願いします」


「1年だ…」

「1年?」


「1年以内に奴隷の有用性を示せ。魔道具作りでも何でも良い。そうすれば家に置く事を許してやる」

「1年…分かりました」


「分かったなら下がれ。まだサンドラ卿と話がある」

「はい。ありがとうございました」


アルドが下がった部屋の会話


「甘いと思われるのでしょうな…」

「いえ。真っ直ぐに育っている様で見ていて気持ちが良い」


「あのまま真っ直ぐでいられるならどれだけ幸せか…」

「そうですね…」


2人はかつて自分も歩んできた道と子供や孫が歩むであろう道を思って、悲しみとも憐れみとも言えぬ顔をするのであった。


アルドは客間を出て自室へと戻ってきた。

2ヶ月ぶりの自室は出る前と変わらず、メイドがしっかり手入れしてくれた事に感謝をする。


当面のローザとサラの問題は何とかなった。1年後の事はローザと話し合って決めなければ…3日後には学園も新学期が始まる。


色々な事を考えてベッドで横になっているといつの間にか眠っていた。





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