第77話移動の前日

77.移動の前日



長かったブルーリングでの帰省も終わり王都へ戻る前日の昼、父さんがささやかながらパーティを開いてくれた。

来賓は無し。ドレスコードも無し。あくまで身内だけの小さなパーティだ。


しかしホールには楽団が配置され、食事も立食ではあるが普段より豪勢な物が並ぶ。

騎士団や魔法師団からも多少ではあるが有志が参加していた。


「アル、エル、マール、オリビア嬢、ファリステア嬢、アンナ先生、ユーリサイス嬢、ルイスベル君、ネロ君の送別会を始めるね。今日は本人達の希望で無礼講だ。楽しんで欲しい」


父さんの言葉を皮切りに大人は酒を子供はジュースで乾杯をする。


「アル兄様、エル兄様、行ってしまうんですか…」

「また長期連休には帰ってくるよ」

「次の時もプリンを作ってやるからな」


「はい…」


クララはいつも可愛い。そのままでいて欲しいと思うのはオレのエゴなんだろう。


「アル、エル、体に気を付けるのよ」

「「はい」」


「アル、エル、ほどほどにね…」

「「はい」」


父さん、母さんへの挨拶も済ませた。これで家族は全て済ませた事になる。

エルと一息ついていると音楽が鳴り始めた。ダンスも踊りたければ踊って良いようだ。


向こうのテーブルにアシェラとマールが一緒にいるのが見える。


「エル、行くか」

「はい、兄さま」


オレ達2人はアシェラとマールにそれぞれ声をかけダンスに誘う。


「アシェラ。一曲、お願いします」

「マール。一曲、いかがですか?」


「お願いします」

「喜んで」


オレ達はそれぞれがホールの真ん中に進んで行き、踊り出す。

考えてみると10歳の誕生日から2年ぶりのダンスだ。懐かしく思いながらも精一杯に楽しむ。


一部、怪しい所もあったが身内だけのパーティだ。気にしない。

楽しかった踊りも終わり、飲み物を2人分取る。片方をアシェラに渡し談笑を楽しんでいると、オリビアが話しかけてきた。


「10歳を思いだすわ。アルド、またお願い出来るかしら?」

「喜んで」


ダンスを断るのはマナー違反になる。体格的にどうしても踊れない等の場合以外は申し込まれれば踊るのだ。


「アシェラに悪い事をしたかしら?」

「アシェラはそんな事で怒ったりしない」


「そうね…」


2年ぶりに踊ったオリビアは数段上手くなっていた。きっとダンスも努力を重ねてきたのだろう。

踊っている途中にオリビアが話しだす。


「このダンスパーティ、アシェラが言い出したのよ」

「アシェラが?」


「私がアルドと踊る為にずっとダンスを練習してた。って話をルイスから聞いたから」

「……」


「アシェラってやさしい子ね…」

「ああ…」


オリビアは練習したであろう成果を見せてくれる。心からの笑いを浮かべ踊る彼女は不覚にもとても綺麗で儚く…寂しく見えた。


どれぐらい踊ったのか…曲が終わりダンスの時間も終わる。


「ありがとうございました」

「ありがとうございました」


お互いに挨拶をするとオリビアは踵を返してしまった。

オレは少しの間オリビアの後ろ姿を見つめ、踵を返してアシェラの元へ向かう。


何を思ったのかアシェラがいきない訳のわからない事を言い出した。


「オリビアなら3番目でも許す」

「お前はオレをどう思ってるんだ。そもそも2番目は誰なんだよ」


「それは内緒」

「なんで自分の嫁を内緒にされないといけないんだよ」


「女には秘密がある」

「意味が分からん」


アシェラといつもの様に遊んでるとクララからダンスの申し込みを貰う。


「1曲、お願いします」

「喜んで」


隅で踊ろうと思ったらホールの真ん中へ移動して行く…大丈夫なのか?


「クララ、ホールで良いのか?」

「はい」


クララの為なのだろう。指揮者がこちらにウィンクしてゆっくりした曲に変えてくれた。

最初、おっかなびっくりで踊っていたが徐々に笑顔が増えていく。最後は満面の笑みを浮かべ1曲を踊り切った。


決して上手くは無かった。しかしクララなりに一生懸命努力した跡はしっかり感じられた。

なによりクララの最初のダンスを踊れたのがプライスレスだ。


「クララ、ありがとう。でもオレが最初のダンスで良かったのか?」

「アル兄さまかエル兄さまか悩んでたらエル兄さまが”譲る”って言ってくれたの」


「そうか、エルに感謝しなきゃな」

「次はエル兄さまの所に行ってきます」


「いってらっしゃい」


忙しそうに動くクララを見送りながら選択肢にすら入らないパパンに貰い泣きしそうだった。

そこからはオリビアとエルが踊ったり、ルイスとクララが踊ったり、オレはユーリと踊る事になったが露骨に見え見えの誘惑をされた。


”惚れさせてから捨てるのか?”と笑いながら聞いたら顔を真っ赤にして”いつか泣かす”と呟きどこかに行ってしまった。


パーティは夕方に終わりを迎える。終わりの挨拶は母さんの様だ。


「もし私から魔法をもっと習いたいと思うなら卒業してからでも良いわ。私を訪ねなさい。きっちり修行をしてあげるわ」


これでは送別会では無く、弟子の勧誘だ…と心の中で突っ込むが、皆の心には響いた様でどこか本当に弟子入りしに来そうな雰囲気がある。

どこか締まらないのはブルーリングの特色なんだろう。


自室へ戻り完全装備に着替える。

アシェラを自宅まで送って行くのだ…また当分はお別れになる。


「アシェラいこうか…」

「うん…」


アシェラも判ってるんだろう…どこか元気が無い。

オレ達はなんでも無い風を装って、いつもよりも明るく振る舞うがどこか虚しさを感じてしまう。


ずっと到着しなければいいのに…そう思っていても目的地に着いてしまった。


「着いたな…」

「うん…」


「……」

「……」


「じゃあ、行く…」

「うん…」


帰ろうと歩き出す。1歩、2歩…立ち止まり恐る恐るゆっくりと振り向く。アシェラが切なそうな眼でこちらを見ていた。ダメだ、抑えきれない。オレは魔法のダークミストを使った…煙幕を焚く魔法だ。


真っ暗になった煙幕の中でアシェラを抱きしめる。アシェラだ。オレのアシェラだ。それから、ゆっくりとキスをした。

煙幕が消えた後には少し恥ずかしそうする笑顔のアシェラがいる。


「アシェラ、すぐ帰ってくるから。待っててくれ!」

「うん…待ってる…」


最後にもう一回だけハグをする。


帰りは屋根の上を空間蹴りで移動した。屋敷への道を真っ直ぐに進む。この景色も暫くは見れないな…

そう思うと、景色すらも惜しくなるから不思議だ。


屋敷に到着するとメイドがパーティの片付けの真っ最中だった。オレは邪魔にならないように隅を移動し、自室へ移動していく。

意外な事に自室の前にはオリビアが待っていた。


「どうした?」

「やっぱり止めました!」


「は?」

「私はまだ13歳です。もうちょっと自分の気持ちに自由でいようと思います」


「はあ…」

「それだけです!」


意味の判らない事を一方的に言われオリビアが去って行く。

ちょうどトイレに出ていたエルが部屋に戻れずに廊下で立ち尽くしていた。


(兄さま、頑張ってください……)


何を頑張るのか判らないがエルファスは謎のエールを送るのだった。




次の日------------




出発の為に朝からメイド達が大慌てで準備を行っていた。

オレは例によって完全武装だ。帰りも馬に乗って移動する。


父さん、母さん、クララと簡単な挨拶を交わす。


「アル、エル、いってらっしゃい」

「「行ってきます。父様」」


父さんは少しだけ寂しそうに話した。


「エル、アルを見ててね。何するか分からないから」

「はい、母さま」

「何もしません…」


氷結さんに言われると”条件反射で反発したくなる”がここはガマンだ。


「アル兄様、エル兄様、早く帰ってきてくださいね」

「ああ、約束する」

「なるべく早く帰るよ」


クララかわゆす。かわゆすー

家族とは昨日も十分に話した。これ以上、心配をかけない様にしないといけない。


「アシェラ、行ってくる」

「いってらっしゃい」


オレとの挨拶もそこそこにエルへと話し出す。


「アシェラ姉、行ってきます」

「エルファス、アルドをお願い」


「はい」


何故か皆がエルにオレの事を頼むんだが…解せぬ


「アシェラ!」

「オリビア…」


「やっぱり、もうちょっと足掻いてみようと思います」

「分かった」


オリビアとアシェラの中で何があったのか分からないが、傍から見てると、そこには確かに友情があるように見える。

そうこうしていると出発の時間がやってくる。


ノエルが大声で叫ぶ


「騎乗!」


オレも空間蹴りで馬に飛び乗った。


「アシェラ、次はお土産買ってくるからな」

「うん」


「出発!」


馬車と騎馬がゆっくりと歩き出す。オレの馬も隊列を組んで歩いている。

もうすぐ門と言う所で教会の子供達を見つけた。


「あ!アルドだ」「エルファスもいるぞ」「馬車にマールが乗ってる」「アルドが馬乗ってるぞ!騎士みたい」


子供達に軽く手を振り前を向く。



門を越えて一度だけ後ろを振り返る。後ろ髪を引かれながら心の中で呟いた”いってきます”と…





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