第228話ヤルゴ part1

228.ヤルゴ part1






昼食を終え、ブルーリングから戻ると母さんに呼ばれてしまった。


「ナーガとの話はどうだったの?」

「実は…………」


オレはナーガさんとの話し合いで決まった方針を、なるべく細かく母さんへ話していく。


「そう、Sランク冒険者のヤルゴと交渉をして、踏破後の殲滅と採取の手伝いをさせるのね……」

「まだ決定ではありませんが」


すると氷結さんがニチャっと悪い顔で話だした。


「ヤルゴはミルド領に愛着があるのよね……」

「そ、そうみたいです。Sランクに成れたのも、ミルド領からの支援があったからだって……」


「じゃあ……断ったり裏切ったらミルドの街を焼く、と脅してやりなさい。ブルーリングやサンドラでの事件はミルドにも大筋では伝わってる筈よ。それにアンタのドラゴンスレイヤーとしての実力。余程のバカじゃない限り裏切ったりはしないわ。それどころか必死になって働いてくれるはずよ」

「禍根が残ったりしないでしょうか……」


「どのみちブルーリングにとってミルドは敵よ。本質的な味方になる可能性が無いなら、それ相応に扱ってやれば良いわ。ナーガやアルは甘いから……こっちの本気度を見せるために、本当ならパーティメンバーの1人ぐらい、消しても良いと思うんだけど」

「いや、流石に脅しでそれは……」


こいつは何、恐ろしい事をサラッと言ってるんだろう……それで揉めたら、ク〇ャナ殿下みたいに「焼き払え!」ってオレとエルをけしかけて、コンデンスレイでミルドの街を灰燼に帰す未来が見えるんだが……


これ以上はオレの中の良識さんがヤバイ……それに巨〇兵みたいに腐り落ちたくもない。

氷結さんのありがたいアドバイスは早々に切り上げて、王都のミルド公爵邸に向かおうと思う……






氷結さんの魔の手から逃れてオレは貴族街を歩いている所なのだが、アシェラとエルは連れて来ていない。敢えてオレ1人で向かっている所だ。

ミルド側も流石にこれだけの時間が空けば、オレ達が修羅と呼ばれブルーリングの最高戦力だというのは調べがついている筈である。


そこに3人で乗り込んで、頼み事と言う名の恫喝をするのは……やってる事が氷結さんと同じになってしまう。

多少の恫喝はするかもしれないが、迷宮探索のサポートを頼むなら、やはり最低限の信頼関係は欲しい。


絶えず背中を気にして探索するくらいなら、いっそのこと爺さんの言うように素材を焼いて溢れた魔物は放置したほうが良い、と思えてしまう。

そんな事を考えながらミルド公爵邸へと、重い足取りで向かった。






ミルド公爵邸への道すがら、ドラゴンアーマーを着こんでいるせいかやたらと騎士から声をかけられる……要は職務質問だ。


「そこの!ちょっと待て……」


また騎士に止められた……いい加減鬱陶しく思っていると、遠くにシレア団長とマリク副団長の姿が見える。


「シレア団長ーー!」


騎士の目の前でシレア団長に大声で呼びかけると、オレに気が付いたシレア団長がこちらにやってきてくれた。


「アルド君、ワイバーンの時以来だね」

「ご無沙汰してます。シレア団長」


挨拶を交わした後でシレア団長とマリク副団長が、オレをまじまじと見つめてくる。


「どうかしましたか?」

「いや……アルド君、これから戦いにでも行くのかな?」


内心、驚いていたが、平静を装いながら何故そんな事を言うのか聞いてみた。


「何故、戦いに行くと思ったんですか?」

「殺気……アルド君からすれば大した事は無い微々たる物なんだろうけどね」


シレア団長はわざと軽い感じでそう指摘してくれたが、目の奥が笑ってない……

どうやらミルド公爵邸に行くのに緊張しすぎて、殺気が漏れ出ていたらしい。道理で騎士がオレを見てあからさまに警戒するわけだ。


「そうですか……すみません。ミルド公爵邸に向かう途中だったので、交渉事を想像して緊張してしまっていたようです」


オレの言葉にシレア団長は面白い物を見つけた、とばかりに眼を輝かせ始める。


「それは“王家の影”の件かな?」


流石、王国騎士団の団長だ。オレがミルド公爵邸に襲撃をかけた事も、報告が上がって当然のように知っているのだろう。


「はい、その件です……」

「“王家の影”としての仕事でミルド邸に向かうという事なら、私も騎士団付きの護衛として同道しよう」

「団長、勝手な真似をして……また宰相に怒られますよ」


「大丈夫だよ、マリク。“王家の影”の扱いは王族に準ずるんだ。宰相だって口を塞がざるを得ないよ」

「……私は知りませんからね」


マリク副団長からの苦言にもシレア団長は知らん顔で、楽しそうにしている。

どうしようかと思ったが、王国騎士団長 立ち合いの元での取り決めなら、お互いに一定の拘束力が働く筈だ。


これはブルーリング側だけで無く、ミルド側にとっても悪い話では無い。

王家の仲裁の案件に王国騎士団長が立ち合いでの取り決め、寧ろオレ1人では無く爺さんも連れてくるべきだったのでは……


話がどんどん大きくなっていく気がするが、考えるのが面倒になってきた……敢えて何も考えない事に決めて、シレア団長と一緒にミルド邸へと向かって行く。






王都のミルド公爵邸に到着すると敷地は左程広くは無いが、屋敷の外壁に彫り込まれたレリーフの一部に黄金を使い、成金趣味全開の非常に悪趣味な建物だった。


「これは……」

「アルド君はミルド邸は初めてかい?」


「はい。今回の件で初めて存在を知ったくらいです」

「そうか、大抵の人はこの屋敷を見て驚くからねぇ」


「はい、驚きました……」

「アルド君のその顔を見れただけで、同道した甲斐があったよ」


そう言ってシレア団長は人好きのする顔で笑っている。


「さて、こうしていてもしょうがない。アルド君は誰を訪ねてきたんだい?」

「ミルド邸に滞在している筈のSランク冒険者、ヤルゴに会いに来ました」


「Sランク……なるほど」

「早速、呼んで貰います」


シレア団長とは門番の目の前で話しているので、全て聞こえているのだが、物事には形式も大事な事である。

オレは“王家の影”ご用達の仮面を被ってから、正式に門番へヤルゴへの取次を頼んだ。


「“王家の影”だ。こちらに滞在中のSランク冒険者のヤルゴに取次を頼む」

「お、王家の影……何か証拠になる物はございますか?」


懐から王家から賜った短剣を出して、門番へ見せる。


「確かに、だいぶ前だが御触れが出ていた短剣だ……少々お待ちください」


そう言って2人の門番の内、上役だと思われる男が屋敷へ走っていく。

時間にして20分ほど……門の前に放置され、いい加減遅すぎる、と文句を言いそうな頃合いになって屋敷の扉が開いた。


しかし、ミルド邸から出てきたのはヤルゴでは無く、壮年の男が騎士を10名程引き連れてこちらに歩いてくる。


「私はこのミルド家の執事です。ヤルゴ殿にどのような用件でしょうか?」


門を開ける事もせず、関係無い執事に扉越しで用件を問われてしまった……流石にこの扱いは想定外だ、こちらは“王家の影”として来ていると名乗った筈なのに……

最初は隣で事態をニヤニヤしながら見ていたシレア団長も、ミルド側の態度は見過ごせないらしく苦い顔をしながら口を開いた。


「王国騎士団 団長のシレアだ。立会人として口を出すつもりは無かったが……こちらのアルド君は“王家の影”だと名乗った筈だ。王家の影の扱いは王族に準ずる。ミルド家がこれ以上“王家の影”に、このような扱いを続けるのであれば、私も上に報告しなければならない」


騎士が執事に耳打ちをし、シレア団長が間違い無く王国騎士団の団長である事を報告しているようだ。


「わ、私は王家の影様を迎えに参ったのです……は、早く門を開けなさい!」


執事は青い顔をしながら、急いで騎士に門を開けさせている……

そのままシレア団長と一緒に屋敷の客間へと通されたが、途中で“武器を預かる”と言われてしまった。


敵地の真ん中で武器は手放したくは無い……隣にいるシレア団長を見ると小さく首を振っていたので

丁重に断らせてもらった。

向こうも本当にオレが武器を手放すとは思っていなかったのだろう、粘る事も無く直ぐに引き下がっていく。


客間に通されお茶を出されたが、手を付ける気には成れない。


「アルド君、王家の影と騎士団長を、同時に毒殺する勇気はミルド家には無いと思うよ」


隣のシレア団長はそう呟くと気にした風も無く、普通に口を付け、味と香りを楽しんでいた。

シレア団長の言う事は分かるが、だからと言って僅かでも毒が入っている可能性があるお茶を楽しめるのは、相当に肝が据わっている。


そうしていると扉の外が徐々に騒がしくなってきた。

オレは警戒レベルを1つ上げて扉を睨むと、騒がしかった気配が途端に静かに成って行く。


「アルド君……殺気を抑えて。それじゃあ戦いに来たみたいだ」

「はい、すみません……」


オレが殺気を抑えると、直ぐに扉が開きヤルゴのパーティがフルメンバー、フル装備で入ってきた。

ヤルゴ達は武器こそ抜いていないが完全に戦闘態勢に入っており、ちょっとしたアクシデントでも起これば戦闘が開始されるのは火を見るよりも明らかだ。


このまま放置しても良い結果にはならないだろう、オレは王家の影の仮面を着けたまま話し始めた。


「今日は戦いに来た訳じゃない。提案……交渉にきたんだ」


オレの言葉の意図が掴めなかったのか、にヤルゴ達は警戒を更に深めていく。


「頼み事だと?ミルド公爵じゃなく、オレにか?」

「ああ、オレ達が王家の影として迷宮を踏破するのは決定事項だが、このまま踏破をすると迷宮の魔物が溢れる事になる。オレ達としてはどうでも良い事なんだがそっちには死活問題だろう?」


この事はミルド側でも事前に話し合われていた事なのだろう、ヤルゴは驚いた様子は無かった。


「踏破した後に迷宮の魔物を殲滅するのは、踏破した者の責任だ。お前等が責任を持って殲滅するのが当然だろ」

「そんな決まりはどこにも無いな。踏破した後に残りの魔物を殲滅するのは、単純に実入りを多くするためだ。冒険者ギルドもそっちの息がかかっている以上、オレ達が殲滅しても適正な価格で買い取ってもらえるとは思えん」


ヤルゴはパーティの顔を見回してから、オレがこの場所にやってきた意図をやっと把握したのだろう、特大の溜息を吐くと、オレの対面のソファーに乱暴に座る。


「分かった……話しを聞こうか」


こうしてヤルド達と8割が脅しの、交渉が始まったのだった。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る