第227話シャーベット
227.シャーベット
オレの家の進捗を見終わってから、いよいよナーガさんとこれからの事を相談したい。
早速、屋敷に戻ってナーガさんを呼び出そうと、応接室へ移動しようとした所で、女性陣が地下へ移動していくのが見えた。
「え?アシェラ達はどこへ行くんだ?」
「王都へ戻る」
「ナーガさんとの打ち合わせは?」
「アルドに任せる」
「皆も?」
全員が頷いている……おいぃぃぃぃぃ!エル、お前もか!
「お、オレが全部決めるのか?」
「うん、アルドとナーガさんが決めた事なら大丈夫のはず。それ以上に何かあった場合は、ボク達が何とかすれば良い」
アシェラの無駄に男前の答えの後ろで、全員が頷いている。
押し付けられた感が凄くてイマイチ納得できないが、これ以上言った所で建設的な話になるとも思えない。
強制で打ち合わせに参加させるのも、何か違うように思えるし……
「分かった……」
こうしてオレは1人、ブルーリング領でナーガさんとこれからの事を決める事になってしまった。
モニョりながらもローランドにナーガさんを呼んでもらい、お茶なんぞを飲みながら待っていると暫くしてナーガさんが応接室へとやってきた。
「ナーガさん、お久しぶりです」
クララ達と一緒にブルーリングへ避難してもらってから10日と少しだろうか、久しぶりに見たナーガさんは顔色も良く伸び伸びしているように見える。
「アルド君、お久しぶりです。ここは良いわねぇ。ブツブツ言って来るギルドマスターも居ないし、3食昼寝付きで誰からも文句を言われないわ」
今、ナーガさんの口から、聞こえちゃいけない言葉が聞こえた気がするのですが……
「え?今、何て?」
「ん?ギルドマスターが居なくて、3食昼寝付きで天国みたい、って言ったの」
やはりオレの聞き間違いでは無かったようだ。
ふとすると忘れてしまいがちだが、この人は氷結さんと長年の友人である。
根っこの部分では氷結さんに通じる物があっても不思議では無いという事か……
「……ナーガさんらしくないですね」
オレはそう答えるのが精一杯だった。
「そうかしら?私もたまの休みは1日中、部屋に閉じこもって本を読んだりするわよ?」
そう言うナーガさんを上から下まで見つめると、髪は適当に結び、上下もジャージに毛が生えた程度の簡単な部屋着で、所々毛玉が出来ている。
当然ながら化粧などしている筈も無く、休日のOLのような雰囲気を醸し出していた。
「な、ナーガさんとこれからの事を相談したかったのですが、出直した方が良いですか?」
「ん?私は今からでも大丈夫ですよ?」
ナーガさんは頭の上に?を出しながら聞いてくる。
「わ、分かりました。では、ナーガさんがブルーリングに発ってからの事ですが…………」
オレはナーガさんがブルーリングに発ってからの事を順番に説明していった。
闇ギルドの襲撃、王家へ仲裁を頼んだ事、王家の仲裁で、翼の迷宮の踏破は強制になった事、細かく説明していくと、ナーガさんも全体の流れを把握して色々と合点がいったようだ。
「問題は踏破した後の殲滅と採取ですか……」
「はい、それについてですが、ミルド領の冒険者ギルドはヤルゴ達の息がかかっているはずです」
「困りましたね。翼の迷宮はミルドの街から近いので、最悪はギルドに頼もうと思っていたのですが……」
「……ギルドはダメ、ジョー達もこれ以上巻き込むのは怪我人が出かねない」
「……」
「……」
「風竜の素材は、収納を使って回収するのですよね?」
「はい。サポートが得られる前提になりますが、被害をイタズラに増やすつもりは無いので、風竜の討伐が完了次第 先に雑魚を殲滅をするつもりです。そして余裕が出来たらアシェラに護衛を頼んで、風竜の素材を回収しようかと」
「……であれば、私としては非常に不快ではありますが、ヤルゴに交渉してみてはどうでしょうか?」
「ヤルゴに?」
「はい。ヤルゴはミルド領のために、翼の迷宮踏破を望んでいるのですよね?」
「本人からはそう聞いています」
「そうであれば、迷宮踏破後に魔物が溢れて住民に被害が出るのを黙っているとは思えません。私達が住民に被害が出ないように留意しつつ、ヤルゴ達へ採取に関わる正当な報酬を提示すれば、充分交渉の余地はあるように思えます」
「確かに……」
「しかも、これはヤルゴが個人的に受ける依頼であり、ミルド公爵がブルーリングに借りを作る事はありません。万が一、ミルド公爵に事が漏れても、実利を取る公算が高く邪魔は入らないかと……」
「なるほど……」
「但し、全てが終わった後は素材の殆どを、ミルド領の冒険者ギルドで換金する事になる筈です。その時になってミルド公爵から横やりが入る可能性は否定できません」
「……」
「どちらにしても領主に全てを隠して事が済む話では無い以上、多少のリスクはしょうがないと割り切りましょう」
「そうですね……」
「もしも交渉が纏まるようなら念の為にヤルゴには、とびっきりの脅しを入れておいて下さい」
「はい……」
ナーガさんが悪い顔をしている……やっぱり“山猿”呼びと、ナーガさんを半裸にしたくせに全く反応しなかった事を根に持っているっぽい……
しかし……反応したらしたで問題、反応しなくても問題……男はいったいどうすれば良いのだろうか……
オレは頭を振って思考をリセットする。
兎に角、これで方針は決まった。ナーガさんの元をお暇して、まだ王都にいるであろうヤルゴと交渉しようと思う。
話し合いも終わり、王都に戻ろうとした所で父さんとクララに捕まってしまった。
久しぶりに父さんとクララ、オレの3人で昼食を摂る事となったのは良いが、クララから頼まれデザートはオレが作る事になってしまい、今は厨房に立っている。
「さて、何を作るか……」
そう言えばミルド領で逃げている時、アオにシャーベットを作ってやる約束をしていたのを思い出した。
「シャーベットかぁ」
料理長にどんな材料があるかを聞くと、真冬なだけにオレンの実が大量にあるそうだ。
「オレンのシャーベットにするか。果肉沢山の方がオレは好きだからな、たっぷり入れてやる」
早速オレンを取り出すといくつかを絞り、砂糖を少しだけ入れて味を調整してやる。
そこに果肉を入れてかき混ぜながら、魔法で温度を急速に下げていく。
この魔法で温度を下げるのは本当に楽ちんだ。本来なら1時間毎に冷凍庫から出してかき混ぜないといけないのに……
ほんの15分ほど冷やしただけでシャーベットの完成だ。
それからは久しぶりに父さん、クララと一緒に昼食を食べ、デザートの時にはアオを呼んで4人で一緒にオレンのシャーベットを食べた。
「アルド、君の料理の腕にだけは尊敬の念を送るよ」
「料理の腕だけってのが引っかかるが、ありがとう、で良いのか?」
父さんはアオの言動に神経を張り詰め、クララはアオの隣に座り甲斐甲斐しくアオにシャーベットを食べさせている。
「クララ、ありがとう。君に精霊の祝福があらん事を」
アオから小さな青い光がクララへ飛んでいく。
「アオちゃん、ありがとう。これでアドちゃんとで2つ目だー」
我が妹殿は上位精霊の祝福を、2つも貰っているらしい……なんて大物なんだ。
しかし、祝福というのがどんな物なのかは分からないので、アオに聞いてみる事にした。
「アオ、精霊の祝福って何だ?」
「そんな事も知らないのか、アルドは……」
「ああ、だから教えてくれ」
「もう……精霊の祝福ってのは、与えた精霊の恩恵を少しだけ受けられるようになるんだよ」
「恩恵?」
「ハァ……良いかい?ドライアドは植物の精霊だろ?その祝福を受けたなら植物から少しだけ恩恵が受けられる。例えばクララには薬草なんかの効果が少しだけ上がるとか、クララが詰んだ果物は少しだけ甘くなるとか、そんな効果があるはずだ」
「なるほど、ドライアドの恩恵は分かった。じゃあ、アオの恩恵は?」
「僕はマナの精霊だ。マナの流れに敏感になったり、ほんの少しだけならマナに干渉出来るようになるかもしれない」
「マナの流れって何だ?」
「アルドは僕の使徒だろ?何で知らないんだよ!」
「そんな事言っても、聞いてない事を知らないのはしょうがないだろ」
「ハァァァァァ……マナの精霊である僕の恩恵でクララは魔物の動向を感じたり、災害を予知出来る可能性がある」
「は?アオの恩恵ってそんなに有能なのか?」
「アルド、ケンカを売ってるなら僕は買うよ?」
そう言いながらアオは後足で立ち上がり、短い前足でシャドーボクシングをしている……
「いや、違うんだ。だってアオは予知なんか使えn……いや、そう言えば……最初に会った時に、制御出来ない予知能力があるって言ってたな」
「やっと思い出したのかい。因みにアルドと会ってからも、何回かは予知を見た事がある」
「は?どんな予知を?」
「僕はマナの精霊だ。今の主が倒されて、魔物にマナスポットが汚染される予知が多いかな」
「主の予知か……」
「ああ、他は災害なんかの予知も見る。大規模な災害はマナに干渉があるからね」
「クララも災害の予知や、主の予知を見るのか?」
「見る可能性があるってだけだよ。絶対に見る訳じゃない。特に人は自分に関係の無い事は鈍感だからね。もしかしてクララは自分や親しい人の、予知を見るかもしれない程度だ」
「そうか、お守り程度って事か」
「ああ、もっと強い祝福を与えても良いけど、クララが人の範疇から逸脱しちゃうからね」
「ダメだ!」「精霊様!お止め下さい!」
オレと父さんの声が響く。
「ああ、分かってる。人は人でいるのが幸せなんだ。本人が人以上のチカラを望んで、僕達が資格アリと認めない限りは強い祝福を与える事は無いよ……」
こうしてアオの言葉を最後に昼食は終わった……オレが思う事は、その“強い祝福”とやらの結果が使徒なんだろうか?
オレはそんなチカラをアオに望んだ事は無い筈なんだが……
この出来事で、オレはまだまだ精霊という物が分かっていない事が実感できた。
ただクララと精霊達を見ていると、精霊は鏡のような存在に思える……想いには想い、チカラにはチカラ、そして、悪意には悪意が帰ってくるような……
過去の使徒がどうだったかは分からないが、自分を律し自滅しないように心がけないと、いつか自分で自分自身を焼きかねない……それが精霊のチカラを授かった者の宿命なのだろう。
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