第229話ヤルゴ part2

229.ヤルゴ part2






オレはヤルゴに、迷宮を踏破した後の溢れる魔物の討伐と採取を手伝ってくれなければ、風竜の採取だけをして王都へ帰るつもりだと話した。


「オレ達が手伝うと言っても、具体的には何をしたら良いんだ?」

「基本、討伐はオレ達がするつもりだ。但し翼の迷宮は開放型だけに、いきなりAランクの魔物が外に溢れる可能性も0じゃない」


「ああ、それは分かる」

「その場合は時間稼ぎを頼みたい。後は出来る範囲で良いので倒せそうな魔物の討伐だな。ぶっちゃけると戦闘力としては、あまり期待していない。メインは殲滅後の採取と冒険者ギルドへの口利きになる筈だ」


ヤルゴは勿論パーティからも少なくない殺気が漂い出す……Sランクまで上り詰めたヤルゴ達に、戦力外を申し渡したのだから、ある意味当然の反応ではある。


「それとも、風竜の討伐に参加してくれるのか?」


ヤルゴ達は苦い顔をしたと思ったら、露骨に目を反らした……


「Aランクのワイバーンを間引いてくれるだけでも、助かるんだが」


更に追い打ちをかけるようにオレの言葉が響くが、ヤルゴ達は視線を合わせようとはしない。

オレは露骨に溜息を吐き、話し出した。


「ハァ、一つだけ言っておく。これは確かに交渉ではあるが、対等じゃない。オレ達が上だ。お前達はオレ達に、踏破後の殲滅をお願いする立場だと言う事を忘れるな」


ヤルゴは絞り出すようにオレの言葉に答える。


「ああ……分かった……」


ヤルゴのパーティメンバーもやっと話の全体が見えたのだろう、今では最初の頃の反抗的な空気は消え去り、負け犬のオーラを出していた。

そこからの交渉は至ってスムーズに進んだ。


申し訳ないが殆どこちらの要望に、ヤルゴが頷いていくだけの簡単な作業だった。

順調に交渉が進んで行き、交渉も終盤に差し掛かった頃合いに、ヤルゴは逆にこちらへ要望を出してくる。


「分かった、全て従おう。ギルドでの換金も山猿……王都のサブギルドマスターが、差配出来るように手配もする……但し1つだけ頼みがある……」


ヤルゴが必死の形相でオレを見て来た。


「お前らに条件を出せるとは思えないんだが……一応、聞くだけは聞いてやる。話せ……」

「すまない……お前達なら簡単な事だ……迷宮を踏破して、殲滅も終わった後の話だ」


「終わった後の事?それはオレ達に全く関係無い話だぞ……もしかして、オレ達を良いように使う気なのか?」


流石にこの話はオレ達をバカにし過ぎている……今回と別件の話を交渉の中に入れてくるとか……それは格下への扱いと同義だ。

何か急に面倒臭くなってきた……もう爺さんの言うように迷宮を踏破した後は、風竜の素材だけ収納経由で手に入れれば良い……放置しては住民が不憫だと、余計な事を考えたオレがバカだった。


「もう良い……交渉はけつれt…………」


オレが交渉を打ち切って席を立とうとした所で、ヤルゴは土下座で頭を床に擦り付けながら、必死の声音でオレに懇願してきた。


「頼む……いや、頼みます。殲滅が終わってから、過去に翼の迷宮から溢れた魔物の討伐を手伝ってください!オレ達では翼のある魔物に届かないんです……お願いします。オレの命が欲しいなら差し上げます。どうか……どうか、街道を通すために助力を……お願いします……」


ヤルゴのあまりに以外な行動に、オレが呆けているとパーティメンバーも同じように、床へ頭を擦り付けながら懇願してくる。

これは反則だろう……これでは脅しと同じじゃないか……自分の中の甘さがチクチクと、オレの心を刺してくる……


「何で領主でも無いお前が、そこまで街道にこだわる」

「オレ達も今のミルドが、どれだけ歪なのかは分かってるつもりだ。勿論、街道が通れば、全て上手く行くなんて考えちゃいない……ただ、今のミルドには希望が要る。明日は今日より少しだけ良くなるって希望が……」


「それが街道だと?」

「ああ。バーグ侯爵領に街道が通れば、経済も少しは良くなるはずだ。翼の迷宮が無くなれば、騎士達の死亡率も下がる。そうすれば騎士の質も上がり、治安も良くなる筈なんだ。全部がほんの少しだが確実に良くなっていく……そんな小さくても確かな希望がこのミルドには今、必要なんだ」

「……」


「頼む……」

「……ハァ、分かったよ。少しだけだが手伝ってやる」


ヤルゴ達が頭を上げて嬉しそうな表情をする中、釘を刺しておく。


「但し、踏破後の手伝いはオレだけだ。メンバーの他の者は関係無い。これ以上の譲歩は無いぞ……」

「ああ、それで十分だ。ありがとう……本当にありがとうございます……」


こうして全ての交渉は終わり、ヤルゴ達には今日にでも、ミルド領へ向かって貰うように話しておいた。

ヤルゴ達は道中のオレ達の護衛も買って出たのだが、こちらはマナスポットで飛ぶだけなので、半日もあればミルドの街に移動できる。


丁重に断って、オレ達の移動速度に付いてこられるのか?と脅してやると、真面目な顔をして最速でミルドの街まで移動するそうだ。


全ての交渉が終わり、今まで見ていただけのシレア団長が、唐突に重い口を開いた。


「話は全て聞かせてもらった。僭越だが王国騎士団 団長シレアが立会人とならせてもらう。今回、決めた事を全て完全に達成する事は難しいだろう。それ故に両者には誠実な対応を望む」


今回の交渉で決まった事は、ヤルゴ達には迷宮の入口で待機してもらい、踏破後に溢れる魔物の討伐を頼んだ。

どうしても倒せない魔物は時間を稼いでもらって、オレ達が到着するまでの足止めをしてほしい。


それすら無理ならせめて、魔物の向かう方向の確認と避難の誘導を頼んだ。

ヤルゴのパーティーメンバーは不満そうだったが、ヤルゴは真面目な顔で頷いていた。


「迷宮探索は10日後から始めようと思う」

「10日?そんなに早く……」


「無理か?」

「いや、何とかする。馬を潰しながらなら10日で帰れるはずだ。大丈夫……」


「じゃあ、10日後の9:00に、ミルド領の冒険者ギルド集合だ」

「ああ、分かった。今回の一連の件は、オレが余計な事をしたから始まった事なのは重々承知している。本当にすまなかった。事が全て終わったら、オレの事は好きにしてくれ」


「……お前の処遇はナーガさん……王都のサブギルドマスターに一任するよ。精々ナーガさんのご機嫌を取るんだな」


ヤルゴは何も言わずに、一度だけ深く頭を下げた。






こうしてヤルゴとの交渉も終わり、今は一人でブルーリング邸へ帰っている所である。

シレア団長はミルド公爵と話があるそうで、ミルド邸に残った……きっと立会人としてミルド公爵に、ヤルゴとオレの交渉の報告をするのだと思う。


それと、勝手に10日後と決めてしまったが、大丈夫だろうか……ヤルゴ達はミルド領に戻るのに、急いでも9~10日はかかるだろうし、冬休みも既に半分が過ぎてしまっている。

10日後から探索して踏破するのに10日?殲滅するのに5日?踏破後の手伝いに5日?どんぶり勘定の概算でも冬休み中に終わるかギリギリだ。


直ぐにナーガさんに話して準備に入らなければ……どうやらゆっくりする時間は無さそうである。






王都のブルーリング邸に戻ってから、直ぐにアオの間に向かい、ブルーリング領に飛んだ。

ローランドにナーガさんを呼んでもらい、応接間で待っていると“休日のOLファッション”のナーガさんが気の抜けた顔で入って来る。


「ナーガさん、早速ヤルゴと交渉をしてきました」

「もう?アルド君は優秀ねぇ」


ナーガさんの纏う空気が、ダメな時の氷結さんに似ている気がする……きっと今は“新緑さん”モードなのだろう。


「実はミルド邸に向かう途中、王国騎士団のシレア団長と会いまして、そのまま…………」


オレは偶然ではあったが、シレア団長に立会人になってもらった事、ヤルゴ達に踏破後のサポートをしてもらう事、全て終わった後にオレだけが残って魔物の掃除を手伝う事を説明していった。


「そう、騎士団長が立会人に……この件はご当主様に必ず報告して。後日、騎士団長がご当主様へ説明に来るはずよ。その時に何も知らないとなると、ご当主様が恥をかいてしまいます」

「分かりました。後でお爺様には報告をしておきます」


「それとアルド君は全てが終わってからも、ミルド領の手伝いをするのね……」

「……はい。ヤルゴに頼み込まれたのもありますが、ミルド領の治安の悪さも見てしまいましたから」


「アルド君らしいわね」


そう言ってナーガさんは、微笑ましい物を見る様に笑った。

そういえばナーガさんにヤルゴの処遇の話をしていない……攫われて一時は命の危険すらあったのだ。


ナーガさんが望むなら全てが終わった後、ヤルゴを殺す事も覚悟している。


「ナーガさん、それとヤルゴの処遇なんですが…………」


オレはナーガさんにヤルゴの処遇を任せる事を話した。一番の被害者であるナーガさんが、決めるのが一番良い。

ナーガさんはオレの話を黙って聞いていたが、全てを話し終わってナーガさんを見ると困った顔をしながら「迷宮討伐の態度を見て決める」と、この場では保留する事になった。


精々、ヤルゴはナーガさんのご機嫌を取ると良い……怒ったナーガさんは怖いのだ。






話も終わり王都へ戻ると、そろそろ夕飯の時間になる。

あまり時間も無い事なので、爺さんには夕食の席で報告をさせてもらおうと思う。


暫くすると夕食の席には爺さんを筆頭に母さん、エル、マール、アシェラ、ライラ、そしてオレの7人がテーブルについて食事を摂りはじめた。


「色々と決まった事があります。食べながらで良いので聞いてください」


オレがそう声をかけると全員がオレを見てくる。爺さんを見ると小さく頷かれたので、このまま報告をさせてもらう。


「まずナーガさんと相談したのですが…………」


今日の家見学の後から起こった事を順番に説明していく。

ヤルゴにサポートをお願いする事、シレア団長と偶然出会い、立会人になってもらった事、ヤルゴとの交渉内容、オレだけが全て終わった後にも魔物の討伐に助力する事、を分かり易く説明していく。


「アルド……ちょっと待て。シレアに立会人になってもらっただと?ワシは聞いて無いぞ」

「すみません。伝えるのが遅れてしまいました……」


爺さんは渋い顔で俯いて、眉間を揉んでいる。


「それだけか?他には無いな?」

「はい、それだけです」


「そうか……」


爺さんは何か言いたそうだったが、飲み込んでくれたようだ。

そして爺さんの話が終わると、待ってましたとばかりに氷結さんが声を上げた。


「アル、ちゃんとヤルゴに釘を刺したんでしょうね?」

「刺しましたよ。ヤルゴの処遇もナーガさんが決めるって言ってありますし、お互いの関係は対等じゃ無くて、ヤルゴ達がこっちにお願いする立場だ、って言ってあります」


「じゃあ、何で踏破後の面倒までアンタが見るのよ。それこそミルドの問題でアンタは関係無いでしょうが!」


うっ、痛いところを確実に突いてくる……流石はAランク冒険者の氷結の魔女だぜぃ。


「そ、それは……大した手間じゃないですし、領民がかわいそうと言うか……」


氷結さんは露骨に溜息を吐いてオレを呆れた顔で見てくる。


「あのねぇ、私は言ったわよね?ミルドは敵なの。ずーっと昔からブルーリングとミルドは仲が悪いの。味方になる可能性が無いなら、適当に扱っておけば良いのよ」

「すみません……」


オレの顔を見ながらまたもや溜息を吐かれてしまった。


「ハァ……まあ良いわ。迷宮踏破の具体的な日程を教えて頂戴」

「分かりました……」


こうして出発は9日後の朝9:00に出発する事に決まった。ヤルゴ達と合流する1日前にミルドの街に入り、最後の準備をしてヤルゴ達と合流する。

オレ達が迷宮探索をしている間にヤルゴ達には、採取の準備や溢れる魔物への警戒をさせるつもりだ。


オレの説明が終わっても、特に質問や反対意見は出なかったが、ライラから「私の魔道具……」と悲しそうに呟かれてしまった。

そう言えば、ライラの魔道具をナーガさんに渡して、新しい物を作るのを完全に忘れていた……


オレはライラに平謝りして、早急に新しい魔道具を作る事を決めた……くそぅ、ヤルゴ。やっぱりお前は何か罰を受けるべきだ、そう心の中で呟くのだった。





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