第350話墓荒し
350.墓荒し
ブルーリングに帰って3日目の朝。昨晩はオリビアと3年ぶりになる熱い夜を過ごさせてもらった。
3人の内で見た目が一番上のオリビアは、やはり出るところは出て引っ込む所は引っ込んでおり非常に魅力的であった。
例の如くハッスルし過ぎたせいで、今朝はアシェラに起こされてしまったのは相変わらずである。
流石にこれが続くと嫁達に呆れられてしまうかもしれない。気を付けねば。
「おはよう。アシェラ、ライラ」
「おはよう。アルド」
「おはよう、アルド君」
「オリビアは後で来るって言ってたから先に朝食を食べよう」
「うん、分かった」
「うん」
席に着き朝食を食べ始めると、この世界に来て初めて見る目玉焼きがテーブルに並んでいた。
「目玉焼きか。美味そうだ」
「子供の頃 アルドが言ってたから作ってみた……どう?」
「うん、美味い。今日はアシェラが作ってくれたんだな。凄く美味しいよ」
「良かった。アルドは料理が上手いから少し不安だった」
「そんな事 無いよ。アシェラやオリビアの料理の方がオレは好きだ」
「ありがとう、アルド」
そんな会話の途中でオリビアがやってくる。髪が濡れているのはオレの部屋のシャワーを使ったのだろう。
「おはようございます、アシェラ、ライラ」
「おはよう、オリビア」
「おはよう」
そう言ってオリビアは自分の席に着くと、テーブルの上の目玉焼きの興味津々だ。
「これは玉子ですか?」
「うん。子供の頃にアルドに聞いた料理を作ってみた。予想より凄く美味しい」
「それは楽しみです。頂きますね」
そう言うとオリビアは目玉焼きをナイフとフォークで綺麗に食べていく。
オリビアの食べ方は貴族の令嬢であるだけあって、非常に美しい。まるでマナーのお手本のようである。
それに引き換えライラは……オリビアに負けないほど綺麗に食べる時もあれば、マナーなど全く無視して冒険者のように食べる時すらあるのだ。
今など目玉焼きの黄身が気に入ったらしく、白パンをちぎって皿を拭って食べている。
何だろう、このチグハグさは……まるでどこかのお嬢様が急に冒険者にでもなったかのような……逆ではあるが、氷結さんに通ずる物がある。
流石は謎紫の少女だ、いつもオレの予想斜め上を行く。
そんな事を考えながら久しぶりの目玉焼きに舌鼓を打っていると、アシェラが不意に聞いてきた。
「アルド、今日は腕を掘るの?」
昨日のボーグの店で話した件だ。結局 あれから市場で食材を買って、当然の如く服屋へ行ったので昨日は墓を掘り返してはいない。
後回しにしても良い事は無いので、今日はこれから自分の墓を掘るつもりだ。
「ああ。食べ終わったら掘ろうと思う。後で墓の場所を教えてくれ」
「分かった」
こうして自分の墓を荒らすと言う、意味の分からない事をする事になってしまったのだった。
因みに服屋には王都にいた女性店員が引き抜かれており、服のラインナップが恐ろしい事になっていたりする。
向こうは3年以上経っているのにアイデアを出したオレの顔を覚えており、更に色々と聞かれてしまった。
おまけにアシェラやオリビアと夫婦になった事を知られ、またもやに下着の好みを根掘り葉掘り聞かれたのは悪夢としか言いようがない。
昨日はライラと気があったらしく、どんな着ぐるみが良いか花を咲かせていたのは早く忘れようと思う。
朝食の後、早速 アシェラに案内されて裏庭に来てみたのだが……何これ。
墓と言っても、せいぜい木の棒に名前が書かれてる程度かと思っていたら、石造りの豪華な墓が鎮座しているでは無いか。
「あ、アシェラ……これ……」
「お師匠が用意してくれた」
これは非常に判断に困る。実際に死ぬ可能性も充分にあったわけで……しかし、ヤツならオレがこうして呆然とするのを、楽しむために作った可能性も捨てきれないのだ。
そんなオレの葛藤を見透かすようにアシェラが話し始めた。
「お師匠がこんな立派なお墓を用意してくれた時は凄く嬉しかった。でも今考えると……」
「そうか……」
2人でオレの墓を、何とも言えない気持ちで見つめるしか出来ない。
「ハァ……掘るか」
「うん」
結局 結論は出ず、オレは自分の墓を掘り始めたのである。
墓を掘り始めると直ぐに、通りがかった騎士から「ブルーリングの英雄の墓に何をするか!」と怒られてしまった。
事情を説明するため振り向くと、騎士はオバケでも見た顔をして逃げ出していく。
弁解する余裕も無かったため、オレは何とも言えない気持ちのまま墓掘りを再開した。
本当はアシェラに魔法拳でも撃ってもらえれば大穴が空くのだろうが、そんな事をすれば腕もろとも鎧がミンチになってしまう。
チビチビと穴を掘っていると、にわかに辺りが騒々しくなってくる。
何だろうとは思っていても無視してひたすらに穴を掘って行く。
オレは穴掘りマシーンだ。他の事は考えない!
しかし騒がしさは一向に止む気配も無く、いい加減鬱陶しく思って振り向いた所で、何故か沢山の騎士がオレを囲っていた。
…………
オレと騎士達が呆然と見つめ合う。そんな騎士の中から呆れた顔でガルが進み出てきた。
「アル坊。お前、ここで何をやっているんだ?」
「え? あ、久しぶりだな、ガル」
「挨拶なんざ今は良いんだよ!お前はここで何をやっているのか聞いてるんだっつぅの!」
「え? オレの墓の中にドラゴンアーマーの腕の部分が埋められてるから掘り返してるんだよ」
ガルは目を閉じて天を仰いでしまった。
そして後ろの騎士達に向かって大声で叫んだ。
「何が『ブルーリングの英雄』の幽霊が出ただ!コイツは間違いなく生きてここにいる!こんなフザケタ回答をするヤツは絶対にコイツしかいねぇ!」
その瞬間 騎士はバツが悪そうにする者と、ホッと安堵する者に分かれた。
「分かったならサッサと持ち場に戻れ!」
ガルの怒号に騎士達は雲の子を散らすように逃げていく。それから呆れた様子でガルはオレに向き直った。
「そもそも自分の墓を荒らすとか、お前は相変わらずだな……いつ帰ったんだ?」
「あー、2日前だ。それにしてもガル、騎士達にあんな言い方して良かったのか?」
「あ? あいつらはオレの部下だよ。英雄の墓荒らしが出たとかで騒いでるから来てみれば、お前がいたんだ」
「おー、出世したんだな。おめでとう」
「ハァ……ありがとよ。ハルヴァ副団長や上の者が急にいなくなったからな。今じゃ中隊長様だ。似合わねぇだろ?」
「いや、ガルなら適任だ。エルを支えてやってくれ」
「はっ、一丁前になりやがって。もうアル坊なんて呼べねぇな」
「ハハハ。ガルなら好きに呼んでくれ」
「分かったよ。じゃあ、行くぜ。またな、アルド」
「ああ、またな」
3年ぶりのガルは少し老けていて、貫禄のような物が漂っていた。
「オレがもう直ぐ19歳だからな……そりゃ、皆 年を取るか」
そう呟いて穴掘りを再開していく。
爺さんが10年か15年後に独立すると言ったのが13歳の頃だ。後7,8年もすればその時が嫌でもやってくる。
「王都には学園に通ってるクララもいるはずだし、一度 爺さんの所にも顔を出さないとな」
そう言って穴を掘っていく。
そうして昼も食べて少し経った頃、何やら豪華な装飾のされた箱が出てきた。
大きさも腕が1本 入る程度である。気分は最悪だが、きっとこれがオレの棺桶なのだろう。
自分の墓荒らしがこんなに嫌な物だとは……二度と自分の墓を荒らしたりしない。オレは心にそう誓ったのだった。
そうして棺桶の周りを掘り進め、動かせるようになった所で空間蹴りを使って地上まで運び出したのである。
いよいよ、腕とのご対面だ。きっと3年と言う時間でグチャグチャのドロドロになっているはずだ。
鼻をつまみ直ぐに逃げられる体勢をとり、片手でゆっくりと棺桶を開けた。
ぺかーー
直ぐに棺桶から逃げたのだが、棺桶の中からは青い光が零れている……何これ。
ゆっくりと中を覗き込むとオレの腕などどこにも無く、ドラゴンアーマーの甲の部分に石が付いており薄っすらと青く光っていたのだった。
良く分からない事態に、オレは直ぐアシェラとオリビア、ライラを呼んで棺桶の中を見せた。
「これはどう言う事だ?」
「ボクにも分からない。確かにこの棺桶にアルドの腕を入れて埋葬した」
「それは私も見ています。アシェラが言うようにアルドの腕はこの中に入っていました」
「私も見た。間違い無い」
「そうなのか……だけど腕は無いし、この青い光は何なんだ? まるでマナスポットの光じゃないか」
どうした物か考えていると、アシェラがドラゴンアーマーをつついている。
「アシェラ、危ないかもしれない。無暗に触るな」
「これ懐かしくて暖かい感じがする」
「懐かしくて暖かい……取り合えずアオを呼んでみる。何か分かるかもしれない」
「うん」
オレが指輪に魔力を通すと、青いモヤが湧きだしアオが飛び出してくる。
「どうした? アルド」
「アオ、これを見てくれ。グリムに切り落とされたオレの腕が埋葬してあったんだが、腕がなくなって青く光る石が付いたドラゴンアーマーだけが残ってたんだ」
アオは驚いた顔でオレの言葉に何か返す事もなく、ドラゴンアーマーをジッと見つめて固まっている。
「アオ? どうした?」
オレの声で我に返ったアオが興奮した様子で話し出した。
「何だこれ!マナスポットじゃないか!いや、違うのか……マナスポットの欠片? そんな事が……」
アオは何やらぶつぶつと独り言を話し、暫くすると恐る恐る口を開いた。
「これは多分、ここブルーリングのマナスポットの結晶だと思う。アシェラ、ここには証のついたままのアルドの腕が入っていたんだよね?」
「うん。ボクが埋葬したから間違い無い」
「恐らくだけど、アルドの証と腕が一度マナに分解されて、何かのはずみで凝縮したんだ。きっと領域の中だから僕との証が安定してたからだと思うけど……詳しい事は分からない」
「それってどう言う事なんだ? 危ない物なのか?」
「どうなったとしてもマナの変化した物だからね。このままなら危険は無いはずだよ。恐らくだけど、この石を身に着ける事が出来れば、使徒と似たような加護を得られるかもしれない。勿論 僕が了承すればだけどね」
「オレの証? 使徒と同じ加護って……お前を呼び出せたり、領域内で魔力を回復出来たり、ギフトが貰えたりって事か?」
「どこまでのチカラが使えるかなんて僕には分からないよ。こんな事 聞いた事も無いんだから」
「それはそうだろうけど……」
アオとオレがこの石について話していると、いつの間にかアシェラが勝手にドラゴンアーマーを着けていた。
「アオ、加護を頂戴」
アシェラがそう不意に声をかけると、かけられたアオは驚いた顔で固まっている。
「アシェラ!」
オレは直ぐにアシェラからドラゴンアーマー外し、誰もいない方向へ投げ捨てた。
「バカ、何やってるんだ!大丈夫か? アシェラ。 おかしな所は無いか?」
アシェラは驚いた顔で自分の右腕を見つめているだけで、オレの言葉に何も返そうとはしない。
「アシェラ!大丈夫なのか?!」
やっとオレの声に気が付いたアシェラは、ゆっくりオレを見て呆けたように口を開いた。
「魔力が回復した……これがアルドとエルファスが感じてた感覚?」
「魔力が……体は大丈夫か? おかしな所は無いのか?」
オレの言葉に右腕を動かしたり、ウィンドバレットを撃ったりするが、傍から見るにはアシェラに異常は見られない。
「大丈夫。何ともない」
「そうか……良かった……」
アオも未知の事らしく、どう対処して良いのか分からないのか苦い顔をしているだけだ。
「アオ!何でアシェラへ勝手に加護を与えたんだ!」
「急にアシェラが声をかけるからビックリしちゃったんだよ!ワザとじゃない!」
オレやエルと同じように領域の中であれば魔力が回復する事は分かったが、安全性は全く確認できて無いわけで……
「これは危険かもしれない……最悪は壊して処分しよう」
「待って!これはボクが使う。これがあればアルドの横で戦い続けられる!」
「ダメだ!何があるかアオも分からないんだぞ。今は良くても徐々に悪くなる事だってあるんだ!」
「ボクはアルドの隣にいられるなら死ぬのなんて怖く無い!お願い、アルド。これはきっと役に立つ。お願い……」
こう言うが、アシェラに万が一があったら……オレはきっと立ち直れない。
「ハァ……アオ、これは使っても安全なのか? 分かる範囲だけでも教えてくれ。頼む」
「マナそれ自体が人に害を成す事は絶対に無い。ただね、人には瘴気の元になる負の感情がある。長い間これを使い続けて、人体に影響が出ないとは僕には言えないよ」
「そうか……アシェラ、オレには判断できない……せめて皆に相談させてくれ……頼む」
「分かった……」
こうしてオレの腕は何故か呪物に生まれ変わっていたようだ。何でこう次から次へと……オレは空を見上げて特大の溜息を吐くしか出来ないのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます