第351話特級呪物
351.特級呪物
呪物を持ってオレ、アシェラ、オリビア、ライラは領主館へと向かった。
誰に相談すれば良いのか……いや、誰ならアシェラを止めてくれるのか。
そう考えると、必然的にリビングにいた母さんへ話を持っていくしか選択は無かった。
「母様、相談があります」
「なーに? どうしたの4人共 そんなに深刻そうな顔で。アル、アンタ、久しぶりに帰ってきて3人へ無茶な事させたんでしょ。やーねー、もう」
コイツは何を言ってるんだ。近所のオバちゃんが下世話な噂話をするかのように扱われてしまった。
「あ、あの、真面目な話なんです。もしかして危険かもしれない事で……」
「ん? 危ない事なの?」
「先ずはこれを見て下さい。これは僕の腕を埋葬していた墓を…………」
そこからはドラゴンアーマーを修理するために、自分の墓を掘って棺桶を取り出した事から順番に説明していった。
「…………と言う事です。安全が確認できない以上 僕はこれを使うべきじゃないと思うんです。でもアシェラはどうしても使うって言って聞かなくて……」
「話は分かったわ。取り合えずその棺桶は閉めて頂戴。私は畏れを感じるだけみたいだから」
「え? 畏れですか? マナスポットみたいに?」
「ええ、あれと同じ感覚ね。アルは分かるけど3人は畏れを感じないの?」
「ボクは懐かしくて暖かく感じる」
「私も嫌な感じはありません。アシェラが言うように懐かしい感じがします」
「私も同じ。子供の頃お母様に抱かれてたような感じがする」
「そう……アナタ達3人共がそう感じるのね。ちょっとエルとマールを呼びましょう。アル、範囲ソナーを2回打って。きっとそれで分かるわ」
「そんな乱暴な……ハァ、分かりましたよ」
オレは氷結さんに言われたまま、100メードの範囲ソナーを2回続けて打つと、少し焦った様子のエルとマールがやってきた。
「兄さま、どうかしたんですか? 急に範囲ソナーを2回も……」
「あー、実はな…………」
先ほど母さんに話した内容を、もう一度エルとマールへ聞かせていく。
「…………って事なんだ。2人にも見てほしい。頼む」
「分かりました」
「分かったわ」
返事を聞き、ゆっくりと棺桶を開けると2人共 穏やかな顔をしている。これは聞くまでも無いだろう。
「その顔を見れば大体 分かるけど、一応聞かせてもらっても言いかしら?」
「はい、母さま。僕はマナスポットと同じように懐かしくて暖かい感じがしました」
「私も同じです。でもマナスポットの光をエルファスはこんな風に感じていたのね……」
「そう、ありがとう。他にも沢山の人に試したい所だけど、これでこの石を扱える資格がある者はおおよそ分かったわね」
「扱える資格ですか?」
「ええ。恐らく「懐かしくて暖かい」と感じる者がこの石を扱えるのよ。そうでないとこの石を持ちながら戦闘なんて出来るわけないわ。そこで誰がそう感じるかって事だけど……」
全員が母さんの言葉に全員が耳を傾けている。
「たぶんだけど、アル、エル、アンタ達と寝た女性ね」
「は?」
「え?」
「良く考えてみなさい。ここにいるのはアナタ達の妻と母親よ。昔アオが言ってたわね。使徒との契約は魔力とするのだと。アルとエルは双子だから同じ魔力を持っているんでしょうけど、妻は? 魔力の質の関係で言ったら他人である妻より母親の私の方が余程 近いはずよ。それでもこの結果になったのはそう言う事でしょ?」
母さんの説明は非常に理路整然としていて分かり易い。確かにその通りだとは思うが、オレが言いたいのはそんな事では無い。
「母様の言う事は分かりました。確かにこの石は僕達と肉体関係があった者が使えるのかもしれません。でも僕が言いたいのは、そんな事じゃ無いんです。この石が危険かもしれないのでアシェラを止めてほしいって事を言いたいんです!」
「アルが何をそんな怯えているのか分からないけど、危険度で言えばよっぽど主と戦う方が危険だわ。むしろ魔力の回復が出来るのなら、安全なほどじゃない」
「そ、それは……そうかもしれませんが……」
「あのね、アル。アナタが飛ばされて、ここに帰って来る事が出来て、改めてアシェラ達が大切なのを実感したのは痛いほど分かるつもりよ。でもね、間違えないで。あるかどうかも分からない危険を心配して、もっと大きな危険を呼ぶ事だってあるの。アナタなら分かるでしょ?」
母さんの言う事は尤もだ……例えどんなに止めてもアシェラとライラはオレに付いてくるだろう。だったらこの石を使った方が良いのか? いや、でも……分からない。
「母様の言う事は分かります。正しい事も理解できます。でも、こんなアオも分からないような物を使って、アシェラに何かあったら……」
「そうねぇ。じゃあ、その時は世界を守らなければ良いわ。アナタにとって世界が守る価値が無くなったのなら、全部 放り出しなさいな。私はアナタの選択を尊重するわ」
母さんは……何て苛烈な事を言うんだ……オレが使徒である事を知った者は、全員が揃ってオレに世界を救えと言うのに。
この人はそんな事は自分の好きにしろと言う。
今まで自覚していなかっただけでプレッシャーになっていたのだろうか……何故か分からないが、母さんの言葉を聞いて少しだけスッキリした気がする。
ありもしない、ただオレが不安だからと言うだけで、アシェラとライラにかえって危険を呼ぶと言うのなら……オレは……
纏まらない思考の中でもアシェラは、オレの隣で真っ直ぐにオレを見つめている。
「分かったよ……アシェラ、お前の意思を尊重しようと思う……ただハルヴァとルーシェさんにだけは了承をもらおう。それと、お前やオリビア、ライラの誰が死んでも、きっとオレは世界を愛せなくなる……きっと全部投げ出したくなる……それだけは覚えておいてほしい……」
「ボクはアルドの心がそんなに強く無い事を知ってる。絶対に死んだりしない。約束する」
そっとアシェラがオレを抱きしめる中、オリビアとライラも同じように後ろから抱きしめてくれた。
あの旅を経て分かった事がある。オレは自分で思っていたよりずっと弱い人間だったみたいだ。
日本にいた時には気付かなかった。目まぐるしく過ぎていく毎日に、オレはきっと寂しさすら忘れていたのかも知れない。
この温もりを知ってしまった今、もうあの頃には戻れない。心の底からそう感じてしまった。
しかし、こんなお互いを大事に思う言葉を紡ぐ中、氷結さんは全く空気を読まずニチャっとした悪い顔で、特大の爆弾を落としてきやがった。
「でもアル、エル、分かってるわよね? この石があればアナタ達が誰と寝たか分かるって事を。精霊印の完璧な浮気発見器よ、これ」
おま!このタイミングでなんちゅー事を! しかもこれ、良く考えたら過去に遡って分かるって事だろ!何て恐ろしい石なんだ。
オレとエルにとっては特級の呪物じゃ無ぇか!!
「あ、アシェラ、やっぱりその石は壊した方が良いと思うんだ。お前に何かあったらオレは生きていけない。エルもそう思うだろ?」
「そ、そうですよ!そんな石、存在しちゃいけないです。僕のマールにも何か危険があるかもしれませんし、兄さま、直ぐに壊しましょう!」
「ああ、そうだな!」
オレが棺桶を掴もうとした瞬間 それを止める手が……1本、2本、3本、4本……あ、あれ? まさかマールさんもですか?
「これは我が家の家宝にする。ボクが使わなかったとしても、絶対に壊させたりしない」
「そうですよ、アルド。何をそんなに慌ててるのでしょうか? まさか何かやましい事でもあるのですか?」
「王都の色街に持っていくのが良い。あそこが一番怪しい……」
皆さん、少し落ち着きませんか? ライラさん、あの時の事まだ疑ってたんですね?
エル!たすけt……
「エルファス、効果が本当か直ぐに領主館中のメイドに試しましょう。やましい事が無ければ何も問題無いわよね?」
エル、お前、まさか……やっちまったのか?
「ま、マール……何をそんなに疑ってるのか僕には全く分からないよ。そ、そんな事より、そろそろサナリスのミルクの時間じゃ無かったかい?」
「ミルクならついさっきあげたでしょ? これ以上あげたら、誰かさんみたいに目が回っておかしな事を言い出しちゃうわ」
「ぼ、僕のマール、サナリスはまだ話せないよ」
「そう? じゃあ、アナタも何も話さない方が良いんじゃないかしら?」
マールさんが怖い……まるで氷結さんのようだ。
師匠に似たのか、母は強いのか分からないが、ヤツは3年前と明らかに違う。強くなってやがる!
そっとエルから顔を背けると、そこには3人の嫁の目が……
あー、マールさんのインパクトで忘れてました……オレもでしたね。
改めてエルと顔を見合わせて溜息を吐くと、オレ達2人はとうとう観念したのだった。
それからマールの強い希望で領主館のメイド全員に試してみたのだが、「懐かしくて温かい」と言った者はいなかった。
若干名 何も感じないと嘘を吐く者もいたが、何か罰を与えられると思って、つい言ってしまったのだとか。
念のため、父さんを含め男性陣も全員 確かめたが、温かく感じた者はいなかった。
「これは決まりね」
こうして、母さんが楽しそうに宣言し、アシェラの言葉通り、この特級呪物は我が家の家宝として扱われる事に決まったのである。
不安ではあるものの、使うと決めたのなら細かな性能を調査したい。しかし、時間も遅くなった事でこれ以上は後日へ見送られる事となった。
ただハルヴァとルーシェさんからの了承は早めにもらいたいので、明日 早々に向かう事を決めて自宅へと帰ってきた。
夕食をとり風呂に入ると、疲れがお湯に溶けだしていくようだ。今日は色々とあり過ぎて本当に疲れてしまった。
まぁ、半分以上は気疲れであったのだが……
改めて考えてみると、あの石をアシェラが使うのなら、こと戦闘においてオレはアシェラに勝てる物が殆ど無くなってしまう。
オレに残されている物など精々コンデンスレイの殲滅力ぐらいでは無いだろうか。
あの石の性能を確認する必要もあるが、オレの尊厳さんが虫の息になっているのはどうしたものだろう。
悩みながらも風呂から上がると、何故かウサギの着ぐるみを着たライラが待っていた。
「ら、ライラ、その恰好……」
「アルド君はウサギの恰好に魅力を感じるって……」
「え? オレが? 誰がそんな事を?」
「服屋の店員さんがアルド君から聞いたって……」
おま、それはバニーガールの事だろうが!
心の中で盛大に突っ込むが、目の前のライラに言えるわけも無く……
「か、カワイイよ、ライラ」
「ありがとう、アルド君……今日は私の番……」
そう言いながらライラはそっとオレの胸に抱きついてくる。
これも癒しか……そう思い直してライラをオレの部屋へと連れて行くのだが……問題はこの着ぐるみでオレのパオーンは反応するのだろうか?
そんな幸せな悩みを感じながら過ぎていく春の夜であった。
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