第349話命の洗濯 part2
349.命の洗濯 part2
今は嫁達とルイスも一緒にボーグの店に向かっている所だ。
3年ぶりのブルーリングの街は相変わらずで、懐かしさを感じながら歩いていた。
「楽しそうだな」
「ん? ああ。懐かしくてな。こんな何でもない事が心の底から嬉しくてたまらない……おかしいよな?」
そう言って笑うオレをルイスは安心したような眼で見つめてくる。
「どうした?」
「いや、良かったなと思ってるだけだ。カナリスの街でオレと会った時にはもう、お前の眼は荒み始めてたからな。昔の眼に戻ったお前を見て安心してるだけだよ」
「は? オレ、そんな眼をしてたか?」
「自分では気付かなかっただろうけどな。母さんもお前の眼の事は心配してた。このままじゃアイツの心はそう遠く無い先に壊れるってな」
「まさか……リーザス師匠はそれでパーティを分けるって言い出したのか?」
「まぁ、多分な。あの人はそう言葉が多くないから、息子のオレでも何を考えてるのか分からない。ただ、お前の事を考えていたのは確かだぜ」
「マジか……オレ、自分の事ばっかりで……リーザス師匠達の事なんて何も考えて無かった……」
「良いんじゃねぇか? お前が元のお前に戻る事が、母さんの望みだったんだからな。特にオクタールを発ってからのお前は本当に折れそうだった。先ずは嫁さん達に十分 甘えさせてもらえ。そしたら次にやるべき事をやれば良いんだよ」
「……スマン、ありがとう」
「バカか。礼なんて言うな。親友だろ?」
「そうだな……そうだったよな」
思いがけない話を聞いて思わず泣きそうになってしまった。
確かに改めて思い返せば、オレの心は徐々に疲弊していた気がする。
特にオクタールから逃げ出した後は、魔物が憎くてしょうがなかった……魔物とは言え、わざと苦痛を感じるように嬲り殺すなんて……今考えると自分でやった事ながらゾッとする。
「本当だな……今 考えるとオレおかしかったよな……魔物とは言え嬲り殺すとか……普通じゃない……」
「そう言えるなら大丈夫だよ。お前には嫁さん達が必要だ。絶対に離すんじゃ無ぇぞ」
「ああ。大事にする。オレの命に代えてもな!」
「ハハハ、本当はお前の命に代えてもらっちゃ困るんだけどな。でもお前らしいぜ」
オレは気が付かなかったが、ルイスとの会話を後ろで聞いていたアシェラ達は思ったそうだ。
後に聞いた話では、オレを絶対に1人にしない事をこの時に誓ったのだとか。
ルイスと話しながらも直にボーグの店へ到着した。
「おーい、ボーグ、いるかー?」
そう言いながら扉を開けると、ボーグだけじゃなく客として来ていたらしいジョーとネロも目を一杯に広げて固まっていた。
「久しぶりだな。皆 元気だったか?」
オレの言葉に3人は時が動き出したかのように、一斉に叫び出した。
「アルド!!どこにいってたんだぞ!心配したんだぞ!」
「お前!今まで何やってやがった!急にいなくなりやがって心配するだろうが!」
「テメェ、心配かけやがって!」
そう言ってネロはオレに飛び掛かるように抱き着いてきた。
「あー、ちょっと遠い国まで行ってきたんだ。心配かけて悪かった」
「バカ野郎、エルファスから大体の事情は聞いてる。転移罠で世界のどこかに飛ばされたらしいじゃねぇか。心配かけやがって」
どうやらネロやジョーにはオレが転移罠でどこかに飛ばされたと説明がされているようだ。
流石に魔族の精霊グリムに飛ばされた事を、話す事は出来なかったのだろう。
「あー、まあな。探しに来てくれたルイスと一緒に、2日前に帰ってきたばっかりだ」
そう言った途端、ネロは急に俺から離れてルイスへと向き直った。
そのまま、今まで見た事も無い怒気を込めて、ルイスへと口を開く。
「ルイス、ちょっと表に出るんだぞ……」
「お? どうした、ネロ」
「良いから……」
そう言ってネロは店を出て行ってしまう。
言われたルイスは訳が分からないらしく、肩を竦めてネロの後を追った。
すると直ぐにゴッ、ドン。と店の壁に何かが当たり外からは怒号が響いてくる。
何事かと驚いて全員で外へ飛び出すと、怒りで尻尾の毛が逆立っているネロが仁王立ちし、殴られただろうルイスが口の端から血を流して道路に転がっていた。
「何やっt…………
オレが止めようとした所でネロが吠えた。
「あの時、お前はアルドを探す旅に誘いに来たんだろ!!何で言わなかったんだぞ!オレ達は親友じゃないのか!」
ルイスは何かに思い至った顔で、バツが悪そうにゆっくりと立ち上がる。
「……ああ、そうだ。ただ詳しい事情を言えなかったんだ。それにお前は王都のミミルさんへ仕送りをしてるだろ? 何年かかるか分からない旅に連れてくわけにいかなかったんだよ……」
「お前がオレの都合を勝手に決めるな!詳しい事情が話せないならなんでそう言わないんだぞ……オレだけ……仲間外れだぞ……」
そう言ってネロは歯を食いしばりながら俯いてしまう。
「悪かった。お前を仲間外れにするつもりは無かったんだ……でも今更何を言っても言い訳だな」
するとルイスはまっ直ぐに立ってネロに謝った。
「すまなかった、ネロ。勝手に自分で決めつけたオレが悪かった。せめて言える範囲だけでもお前に話すべきだったんだ……スマン」
ルイスの真正面からの謝罪に、ネロは悔しそうにしながらも尻尾は急速に垂れ下がって行く。
「もう良いぞ……オレもいきなり殴って悪かったんだぞ……ごめん、ルイス……」
取り合えず落ち着いたこのタイミングでジョーが口を開いた。
「良く分からんが、2人共 誰かの事を考えてのケンカみてぇじゃねぇか? だったら、ここらでお開きにするぞ。アルド、何があったかはまた今度聞かせてくれ。オレはコイツ等と一緒に酒場にでも行ってくる」
「あ、ああ……でも大丈夫なのか?」
「冒険者をやってりゃ、ケンカなんて日常茶飯事だよ。ほら、お前等も久しぶりのアルドに心配かけさせるんじゃねぇよ」
ネロとルイスは少し恥ずかしそうに口を開く。
「アルド、悪い。ちょっと行ってくるわ、またな」
「アルド、また今度 話を聞かせるんだぞ」
「待ってくれ。もしかしてオレのせいでケンカになってるんじゃないのか? だったらオレが謝る。悪かった、すまない。だからもうケンカなんて止めてくれ」
そう言うとルイスとネロはオレを見てからお互いの顔を見て、バツが悪そうに俯いてしまう。
おい、何だその反応は!お前等は付き合いたての恋人か何かか!空気を読まずにそう突っ込みそうになってしまった。
そんなくだらない事を考えている間に、ジョーがルイスとネロを連れて歩き去っていく。
恐らく2人はオレを探しに行くかどうかで揉めたんだろう。改めて2人の背中を見つめながら、感謝を込めて頭を下げたのだった。
2人はジョーに任せれば大丈夫のはずだ。道に転がっていたルイスの木箱を拾い、改めてボ-グに話しかけた。
「この箱はルイスのワイバーンレザーアーマーだ。オレのと一緒にメンテナンスをしてほしい」
「ハァ、お前ってヤツは……全くかなわんなぁ。取り合えず入れ」
ボーグに溜息を吐かれてしまった……何故だ。
改めてアシェラ、オリビア、ライラと一緒に店に入り、箱の中からルイスのワイバーンレザーアーマーとドラゴンアーマーを取り出した。
ボーグは2つの鎧を軽く叩いたり、関節の部分を動かして痛み具合を確かめている。
「以前の風竜ほどじゃ無ぇが、コイツぁだいぶ歴戦だな。お前がどんな旅をしてきたか、良く分かるってもんだ。しかし右腕の部分はどうした? 完全に違う鎧じゃ無ぇか」
「ああ、それか。オレは一度 右腕を落とされたんだ。その時に腕ごと無くした。その右腕部分は適当な鎧で代用してたんだ」
ボーグは驚いた後、オレの右腕をマジマジと見つめてから口を開いた。
「そうか……腕の部分丸ごととなると地竜の皮が足り無ぇな……だいぶ性能は落ちるがレッサードラゴンの皮ぐらいしか無いぞ」
「やっぱりか。しょうがない。残念だけどそれで頼む」
オレとボーグが話していると、アシェラが言い難そうな顔で会話に入ってくる。
「ある……」
「ん? どうした、アシェラ」
「腕の部分、自宅にある……」
「え? あ、そうか。腕を落とされたのは自宅だったから。取っておいてくれたのか、ありがとな、アシェラ」
そう返してもアシェラの顔色は優れない。オリビアとライラも眉根を下げて、良く分からないが言い難そうにしている。
「何か問題でもあるのか?」
「うん……アルドの腕……お墓の中に入ってる……」
「墓? 誰の?」
「アルドの……」
「は? オレの墓があるのか? マジで??」
オレがブルーリングに帰ってきて一番 衝撃を受けた瞬間であった。
アシェラの話ではオレの腕はドラゴンアーマーごと切り落とされ、暫くは氷漬けで保存されていたのだとか。
ただ、やはり夏と言う事もあり、相談した結果 腕だけではあるが、丁重に埋葬する事を選んだのだそうだ。
「じゃあ、オレの腕は……」
「自宅の裏のお墓の中……」
「念のため聞きたいんだけど……それって、腕と鎧は分けて埋めてあるんだよな?」
アシェラ、オリビア、ライラは何も言わず、一斉にオレから視線を外してしまう。
マジ? あれから3年……墓の下でも鎧は無事だろうが、腕は当然 腐っているわけで……
オレはボーグに向き直ると、ゆっくりと首を振られてしまった。
「地竜以上の素材は無ぇな……諦めろ」
その言葉の意味は、諦めてレッサードラゴンの皮を使えと言う意味なのか、ぐちゃぐちゃのドロドロになった自分の腕を掘り返せと言う意味、どちらなんでしょうか?
ボーグは呆れた顔をすると店の奥に消えてしまい、戻ってきた時には手にスコップが握られていた。
結局 ドラゴンアーマーは治せる部分を先に修理してもらうために、ボーグに預けて店を後にした。
「ごめん、アルド。あの時はそこまで頭が回らなかった……」
「大丈夫だよ、アシェラ。大事に扱ってくれたんだろ? ありがとな」
「うん……」
「じゃあ、買い物に行こうか」
「え? 腕はどうするの?」
「そっちは今更 1日や2日遅れても変わらないだろ? それよりオレはお前やオリビア、ライラと一緒にいたいんだ。ダメか?」
「ううん。ダメじゃない!」
「じゃあ予定通り市場に行こう。オリビア、ライラも良いよな?」
「勿論です。私は市場に行くのが初めてなので、とても楽しみです」
「アルド君の行く所ならどこでも良い」
こうしてオレは、3年ぶりとなる嫁デートを思う存分 楽しむであった。自分の墓を荒らす悪夢を忘れるかのように……
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