第263話結婚 part3
263.結婚 part3
アドがお腹いっぱいに焼肉を堪能し終えた頃、部屋の隅でオリビアがルイスに何やら怒っている。
途中、2人でオレを見てきたので、もしかしてルイスに頼んであった初夜の件だろうか……
凄く近くに行き、話したいのだが、今は爺さんやサンドラ伯爵、父さんやハルヴァの肉を焼くのに忙しい。
しかも、この4人、席で大人しくしていれば良いのに、わざわざ鉄板の前までやって来て、ちょくちょくオレに話を振ってくるのだ……
「アルド君の頑張りで世界が救われる……私はアルド君を誇りに思うよ」
「ありがとうございます、サンドラ卿」
「サンドラ卿など他人行儀な……是非、お義父さんと呼んで欲しい」
「はい……お義父さん」
サンドラ伯爵は嬉しそうに目を細めて、手にしたグラスを飲み干した。
サンドラ伯爵の話が一段落すると、次はハルヴァだ。
「アルド様、以前の約束を忘れないで下さい」
「ああ、アシェラは絶対に死なせないし、幸せにしてみせる。誓うよ」
ハルヴァは小さく笑みを浮かべて頷いた。
「であれは、私が言う事は何もありません……アシェラをよろしくお願いします」
「はい、ハルヴァ……いえ、お義父さん」
驚いたことに、これが長い付き合いであるハルヴァの、心からの笑顔を見た初めての瞬間だった。
「アル、おめでとう。僕からすると生き急いでいるように見えてしまうけど、使徒として生きていくには、しょうがない事なんだろうね……」
「父様、ありがとうございます。何不自由無く育てて頂いたのに、貴族籍を抜けてしまって申し訳ありません」
「そんな事は良いよ。貴族籍を抜けても、ブルーリング家の家族である事には変わらないんだから」
「重ねてありがとうございます……」
爺さんからも話があるのかと身構えたのだが、何も言われる事は無かった。
きっとこの場で、言葉を送るのは父さんの役目だと考えて、一歩引いていてくれたのだと思う。
男性陣は少し重い空気を醸し出す中、女性陣はと言うと……母さん、ルーシェさん、リーザスさん、ミリアさんの4人は笑いを混ぜながら和気あいあいと会話をしているのが見える。
話題も、お互いの子供達から始まり、今日の料理の数々、風呂の気持ちよさ等、多岐に及んでいた。
そんな中、興味があったのだろう、ミリアさんが母さんへ年齢の話を振った。
「ラフィーナさんが最初に会った時より、ずいぶんと若く見える理由が今日、分かりました」
「な、何の事かしら?」
珍しく母さんが動揺しているが、”若返り”と”エルフの精霊であるアド”を結び付ければ答えを導くのは難しい事では無い。
「ごめんなさい。詮索するつもりは無かったんです。ただ、ブルーリング家には驚かされてばかりで……まるで、子供の頃に読んだ冒険譚を見ているみたい」
ミリアさんの言葉に母さんは少し疲れた顔で答えた。
「身近にいると、楽しい事ばかりじゃないですけどね……」
「それは、そうでしょうね。でも物語のような冒険を身近で見られるなんて……やっぱり羨ましいわ」
楽しそうに語るミリアさんが意外だったらしく、母さんにしては珍しく驚きを隠さなかった。
「意外でした。ミリアさんは冒険なんて嫌いかと思ってました」
「そうですか?私の小さい頃の夢は騎士になる事だったんですよ。尤も剣をまともに振った事も無いのですけど……」
そんな母さんとミリアさんの会話に、リーザスさんが入ってくる。
「私が初めてサンドラの屋敷に招かれた時、ミリアは冒険者の話を聞きたがった。最初は冒険者をバカにするつもりかと思ったが、私の話に眼を輝かせて聞く姿を見て毒気を抜かれたものだ」
「そんな事あったかしら?」
「ああ、お前が第1夫人だから私は結婚を決意したんだ」
「そうだったの?」
「……言うなよ」
ミリアさんとリーザスさんがお互いの顔を見て、イタズラに成功したような笑みを浮かべていた。
オレだけじゃなく、全員が微笑ましい物を見るように2人を見つめる中、何とも言えない顔のサンドラ伯爵の顔が酷く印象的だったのは、同じ男として他人事ではないのかも知れない。
こうして、食事も終わりにさしかかる頃、女性陣の落ち着きが無くなってきた。
そう、食事の後は当然ながらデザートである。皆、以前のプリンやシャーベットの味を覚えているらしく、リーザス師匠までこちらをチラチラと窺っている有様だ。
「そろそろデザートを出してもよろしいですか?」
オレの言葉に女性陣は食い気味に頷き、その姿を見ていた男性陣は、自らの分を取られる事を覚悟したのだった。
一度、厨房に戻り用意してあったデザートをカートに乗せて運んでいくと、プリンでもシャーベットでもないデザートに女性陣は困惑の色を表している。
「アル、それは何?プリンやシャーベットは無いの?」
「シャーベットはありませんが、プリンは冷やしてあるので後で出すつもりです」
「そう、なら良いわ」
母さんはプリンがあるなら、このデザートにはあまり興味が無さそうだ。
実はここ最近、結婚の準備をしていて感じていた事なのだが、正直な話、イマイチ”結婚する”と言う実感が湧いてこないのに気が付いた。
アシェラ、オリビア、ライラと一緒に住んで生活を共にしていく……頭では分かっていても心が付いて来ない、とでも言うのだろうか。
そこで、もう15年前にもなる日本での結婚を思い出してみたのだ。
入籍、結婚式、披露宴、新婚旅行……こうして考えてみると、何度も友人や親戚の結婚式に出席した中で覚えている事……新婦の手紙、指輪の交換、ケーキ入刀、キャンドルサービス……幾つか思い出される中で、この世界で出来る事……
こうして、今のオレに出来る事としたい事を考えてみた結果、ケーキ入刀をしてみようと思ったのだ。
自分でも考えが迷走している自覚はある……ケーキ入刀をして、結婚の自覚が芽生えるわけが無い、と冷静な自分が囁いているのも分かるが、久しぶりにケーキも食べてみたい。
こうしてこの世界で初になるであろうホールケーキが誕生したのだった。
18センドのケーキが置かれたワゴンの前に立ち、アシェラ、オリビア、ライラに声をかける。
「アシェラ、オリビア、ライラ、最初の1刀を4人で切りたいんだ。ダメかな?」
「ダメじゃない」
「分かりました」
「アルド君がしたいなら私は何でも……」
「ありがとう、これが結婚して最初の共同作業だ」
オレの言葉に3人は驚いた顔を見せてから、嬉しそうに笑ってくれ、それだけで幸せな気持ちになってくる。
4人で並び1本のナイフを持つと、想像以上に”結婚する”と実感出来た。ケーキ入刀なんて……自分でも呆れていた筈なのに……
思い出すのは日本での事。何十人もの結婚式に出席した……ある者は嬉しそうに、ある者は恥ずかしそうに、ある者は緊張に震え……ただ全員がケーキを切っていた。
こう言うのはどうかと思うが、きっとケーキを切るなんて事はどうでも良い事なんだろう。
ただ、あの時の彼ら彼女らと同じ事をした、と言う事に、オレの心が震えたのだと思う。
改めて3人の顔を見回すと、今の素直な気持ちが口から滑り出た。
「これから死ぬまでの間、大変な事が沢山あると思うんだ。きっとオレだけじゃ辿り着けない……一緒に歩いて欲しい」
「ダメって言われても一緒に行く!」「私はアルドと共にあります」「アルド君は私が守る……」
「ありがとう、オレは幸せ者だ」
4人で自分達の世界に入っていると、特大の咳払いが聞こえてきた。
「ゴホン!あー、仲が良いのは結構な事だが、ワシ等を忘れてもらっては困るぞ……」
爺さんの声に、食堂には大きな笑いが響き渡った……オレ達4人の真っ赤になった顔と引き換えに。
ケーをを12等分にして、2つ分、計24個を用意した。
アドを入れた客が13人、オレ達が4人でケーキは7個余る予定なのだが、恐らくは壮絶な取り合い合戦へと発展する事が容易に想像できる。
「足りない」と文句を言われるのは分かり切っているので、代わりになるか微妙だが、冷えたプリンを取りに厨房へ行っている間に、ケーキを配っておいてもらった。
「デザートの名前はケーキ、スポンジに生クリームを塗った、今の僕に出来る最高のデザートです。少しだけおかわりも用意してありますので、食べてみて下さい」
オレの言葉が終わるや否や、まずは母さんがケーキの欠片のゆっくりと口に入れた。
「!!!美味しい!!何これ!プリンやシャーベットを軽く超えたわ!何なのよこれ!」
「!!何だこれは、人族はこんな物まで作り出すのか!」
「何これ……美味しすぎる!王宮のパーティーでさえ、こんなに美味しい物は出たこと無いわ……」
「美味しい!アルド君が遊びにきた時に、こっそり作って貰わないといけないわね……」
お母様達の感想が響き渡る中、焼肉を食べ過ぎて倒れていたアドの声が響き渡る……
「うーまーいーよーー!!!何これ!アルドちゃん、これ凄い!この白いのメチャクチャ美味しい!」
上位精霊様に喜んでもらえて、ワテクシ大変うれしゅうございます。
過剰な反応に、若干引きながら眺めていると、オレの手元にあるおかわりの7個に猛獣たちの視線が集まってきた……
「あ、あの……7個しか無いんです……ほ、ほら、プリンなら沢山用意しましたので……母様はプリン大好きでしたよね?」
「プリンがなんぼのもんじゃい!」
「あ、バーサクモード中でしたか……失礼しました……」
氷結さんだけでは無く、女性陣の殆どがバーサクモードに入っている現状、オレも他人事では無く……ケーキを一口食べた後ではアシェラ、オリビア、ライラに食べかけのケーキをガン見され、ひな鳥にエサをやる親鳥の如くケーキを食べさせるのであった。
結局、予備の7個のケーキは争奪戦の末、アド×2個、氷結さん、クララ、鮮血さん、オコヤ君、アオの手に渡る事となった。
何故アオが?と言うのはアドがケーキを食べて喜び過ぎた事が原因である……アドはあまりの美味さに驚き、どうやら無意識の内にマナに干渉してしまったらしくアオが様子を見に来た、と言うわけだ。
「これは……アルドは僕の使徒なんだから、次に作る時にも僕の分は作ってくれるんだよね?」
それなりに長い付き合いになってきたアオだが、声音は真剣であり有無を言わせぬ圧力がある……
「わ、分かった、アオ。当たり前じゃないか、お前の分は絶対に作るに決まってるだろ……」
オレの返事を聞いたアオは、嬉しそうな顔で消えていった……きっとまた何処かの領域を調整しに行ったのだろう。
そこからは大量のプリンを食べている女性陣に、「プリンやケーキは少しカロリーが高いので食べ過ぎると体重が増えるかもしれません」と注意喚起した時の顔が印象的だったのは秘密だ。
こうしてバタバタしたままオレ達の結婚パーティーは終わりを迎える事となったが、まだルイスから大事な話を聞いていない。
何処かで聞き出さねば!オレの真の戦いが今、始まる!!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます